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11月30日(月) NHK TVの撮影
 何度か行った、打ち合わせも終わり、今日は撮影をする事になった。朝8時に予定通り撮影スタッフがやってくる。ディレクターとカメラマンと音声の3人だ。
 やってきた車はエステマハイブリッドだ。流行りのエコカーは高いのだろうな・・流石にNHKなのか。
 まずは室内での撮影。私の部屋で沢山ある資料を見るシーンと、質問に答えるシーンを撮る。土方の道を何故始めたのかと言う経緯などを対話形式で話す。
 次に、今まで撮ったトロフィーを後ろに、何故色々な事を次々とやる事が出来るのか?などなど沢山の話をしたのだが、今は何を行ったのかあまり覚えていない。
 登っているシーン

 後ろ姿も・・
 午後は函館山登山口に行き、トレ―ニングの様子を撮る。
 駐車場でカメラマンや音声の人がいる所に、登山者が3人下山して来た。こんにちはと挨拶するが、この人は何の人なんだろうといった感じで、振り返りながら車の方に行った。
 シーンは車が駐車場に入ってくる所から撮って、車の後ろからキャリアを降ろす。
 そこでこのディレクターが「キャリア全体の重さはどのくらいですか」と聞く。今日はトレーニングなのでペットボトルに水を入れて、重量を増やしているので、18kgくらいあると思います言う。
 「中を見せて貰えますか?」と聞かれ、中を開けるとカメラがずっと寄ってペットボトルを撮影する。
 その後は歩いて登り、登るシーンを何か所も撮って終了。
  ディレクターも体験で背負う
帰りにデレィクターが体験でキャリアを背負う。背負ったまま階段を下りて、駐車場まで行った。
 これで撮影が終了。
 後は4日に朝に撮って、5日の朝6時から終日撮影する。
11月29日(日) 「函館の歴史を学ぶ、箱館戦争探訪」ガイド
 ガイド前の緊張状態
 今日はガイドの日。昨日から暗記をして大丈夫だと思うが、今日の朝にも最後の暗記をしようと思ったが、食事を作ったり、犬の世話をしていたら、すっかり時間が無くなって、慌てて啄木亭に向かう。
 ロビーで少し暗記をするが、あまり力が入らない。もうウォークマンで音楽を聞いてのんびりする。何度やっても、最初は緊張感があるものだ。
 受付には参加者が集まってくる。やはり女性が多い。8対2くらいだろうか?
 やがて時間が来てバスに乗り込む。先日貰って来た、坂本龍馬資料館のパンフレットと、私の名刺を並べる。必要な人に持って行って貰うためだ。
 オンパク関係者の挨拶が終わり、マイクが私に渡され、バスはスタートする。
 「おはようござます」の挨拶で始まる。この声で緊張感がすっかり溶けて話は、スムースに出て来る。確かに今までかなり勉強しているので、自然に頭に入っているのかも知れない。結局は原稿はほとんど見なくても話す事が出来た。

 バスばかりだと疲れるので、途中からはウォークにする。気温は低いが天気が良かったので、参加者も気持ち良く歩けた筈だ。台場や碑を見て、箱館戦争総攻撃の話しをする。
 やはり現地で話す方が分かりやすいだろう。一通り歩いてまたバスに乗る。新政府軍の墓を見て、旧幕府軍の墓である碧血碑に向かう。いつもは行ける道が冬季通行止めでゲートが閉められたので、少し歩いて坂を登る事になった。
 やはり中にはきつかった人もいたようだ。息がかなり弾んだ人もいた。
 五稜郭公園でのガイド
 その後も数ヶ所の史跡を巡り、五稜郭公園に行く。公園内で説明し、今度は私の最も苦手な高所になる、五稜郭タワーに行く。いつの頃から高所は嫌いになったのだろう。昔はロッククライミングもした事があるし、会社勤務の時は、消防隊に入っていて、2階からロープで降りたりしていたのに・・・。
 東京タワーに登った時は、恐ろしくて動けなかった。娘も小さな時から高所は全く駄目で、今も高所は嫌いだ。その旦那は高所が全く平気で、100mくらいの高さでロープ一つで、仕事をするのも平気だ。
 面白い組合わせなのだ。子供はどっちに似るのだろう。
 エレベーターは凄く早く、あっという間に着いた。今回恐怖感が無かったのは、登る時に周囲が全く見えないので、これが良かった。
 タワーから降りてほっとしてセルフで撮影
 上に出たら流石に高い。恐る恐る窓側に行く。実はここから撮った写真が無いので、資料として使いたいので撮りたかった。でも28mmのデジカメでは全景色が入らなかった。24mmでなければ駄目だ。
 啄木亭から挨拶

 今日の料理
 最後の五稜郭も終えて、湯の川温泉啄木亭に到着。
 食事も出る。炊き込みご飯はうに、エビ、帆立てなどが入っている。それに刺身、塩辛など。美味しく頂き、その後は温泉に入れる。
 屋上の露天風呂ですっかりのんびりして帰ってきた。
 このツアーは確かに安いと思う。タワーが800円くらい、温泉は700円、昼食が1000円として、これだけで2500円になる。さらに大型バスで4時間の史跡巡りが出来る。

 ツアーが終了した後に、参加者のアンケートがある。その結果が思わしくなければ、来年はこのツアーも無くなるだろう。もし評判が良かったら、来年もあるかも知れない。厳しい評価の結果は後で分かる。

 家に帰ってスーパーに買い物に行く。玉子がなくなったのだ。今日は特売日で75円で買える。主婦感覚が身についているから直ぐに買いに行く。
 家に着いたらNHKの取材。1時間半ほど話す。明日は一日中映像撮影が行われる。私の部屋が撮られるので少しは整理しなくては、それに私の調理シーンもある。
 妻が釧路の入っているので、テレビに出れないから、私がやるのだが、そんなシーンを見たら、遊んでばかりいて、妻に逃げられた男に見えるのでないかと言ったら、その様にならないように放送はすると言ってたが・・・。台所も掃除する。そんなに汚してはいないが、古い台所なので、見た目は綺麗とは言えない。そんなシーンが出たら、妻に叱られそうだ。
 明日の撮影の後は、旅の1日目のシーンになる、鷲ノ木〜砂原までの間の旅風景が撮影される。
11月28日(土) 健康ランドでまったり
 昨日の夜にNHKの取材が入った。午後8時から10時を過ぎた。ディレクターも大変なんだな。でも4分の番組なので、そんなに膨大に調べる必要があるのかなと思ったが、それぞれのやり方があるのだろう。
 番組のタイトルも分からなかったが、「おはようほっかいどう」と言う、朝の7時30からの番組だった。私の怪しい過去の経歴から、鷲ノ木の出発までを放映するそうだ。
 ちなみに、今日の放送は「輝く!どさんこ高校生 静内農業高」だった。
29日と30日に取材と撮影がある。
 光景的には良いのだが
 朝の砂浜ウォーキングに行くと色々な人がいる。今日は前を男性があるていた。何か書類かパンフレットらしきものを持った人で、バッグも持っている。普通の散歩とは何か雰囲気が違う。
 ホテル渚亭の海の見える食堂の前の海岸で、朝日を眺めている様な雰囲気でもあり、朝日には関心が無く、ただぼんやりしている感じもある。
 そこにがっちり冬支度してフードを被った中年の女性が別な方向からやって来る。2人の距離は微妙に離れている。会話は全くない。10分もしただろうか、2人は微妙な距離で話もせず、歩いて何処かに行った。一体何だろう。
 まあ世の中色々ある。

 帰って食事をして、黎明薬湯に行く。昨日600円の割引チケットが新聞と一緒に入ってきた。ここは普段は高いので行かずに、割引チケットが来た時にしか行かない。
 自分的には好きで、風呂に入った後、本を読んだり、音楽を聞いたりして、リクライニングベッドに寝ているのが最高だ。今日は明日のオンパクガイドの原稿を大体暗記する。
 久しぶりにのんびり出来て、リフレッシュになった。
11月27日(金) カーナビ取り付けと新聞取材
 今日は雨の予報通り、朝から雨が降っていた。
 まずはカーナビの取り付けをする。昨日近所のホームセンターが、リニュ―アルオープンした。記念価格の品が当然出る。その中で目に着いたのが1カーナビだ。カーナビは故障して再起不可能になり廃棄処分になってしまった。先日札幌に行った時には、道に迷ってようやくホテルに到着した、苦い経験があった。
 本格的なカーナビは5万から6万円もして手が出ない。そこで考えていたのは、画面が4.3インチ程度の小型のものだ。1万7千円程度から3万近くまである。ワンセグなどが見れてば当然高いが必要はない。
 チラシで9800円となっていた。価格.comで最安値を見たら1万6千円だった。これは買い得だ。
 くちこみでは衛星を捉える時間が少しかかるが、とらえてしまえば問題はないと書かれてる。
 開店前にいって並ぶ。やがて開ドアー。急いで行ったら、カーナビ希望者は2人だった。5台の販売なので問題なく購入できた。
 
 その後、100円ショップや家電店やホームセンタ−−に行く。まだこまごました旅の準備が必要だ。
 ホームセンターに行ったら、A4コピー紙が258円と安かった。1人1冊なので、2回入って2冊購入した。
 家に帰って中を見たら真っ白い良質の紙だった。今までのコピー紙とは全く違い、印刷したら綺麗にばっちりで、これはもっと買わなくてはと、何度もレジを通り6冊購入した。
 印刷用紙は何枚あっても直ぐに無くなるので、大量に必要だ。

 夕方から北海道新聞の取材。ゲストハウス前でキャリアを押している写真を撮った。雨でなかったら函館山ででも撮ろうかと言っていたが、ゲストハウス前でOKとした。その後「土方歳三 蝦夷の道」の記事内容についてインタビューを受ける。
 記事が出る事によって、プレッシャーにもなるが、記事を見てくれた人に旅の途中で声をかけて貰えるのが嬉しい。
 何とか出発前に載せれるようにしますと言って、取材は終わった。
11月26日(木) 相泊の山道で弾薬庫?
 今日も朝イカを姪っ子に持って行く。姪っ子家族は今日、仙台に向かうので既に起きていた。来年の正月は帰ってこないのが、来年の出産には、また実家に戻るので、少しだけのお別れになる。
 10時半に妻を函館駅まで送って行く。釧路で孫の学芸会があるので見に行くのだ。私も当初は行く予定だったが、学芸会が風邪の流行で延期になっってしまい、同じ日にオンパクのガイドが入っていたので、仕方が無く釧路行きは諦めた。先日の日ハムファン感謝ディに会えたからまあ良いか。
 海岸は歩いて気持ちが良い
 午後から砂原に出かける。2個所の道の調査をしたかった。函館は曇っていたが、鹿部に入ると雨がぽつぽつ降ってきた。まあ良いかとMTBを相泊の集落跡近くに置いて、車を砂原の衛生センターに走らせ駐車する。ここから相泊まで海岸を歩くのだ。
 雨がぽつぽつ降っていたが、海岸を歩くのはやはり気持ちが良い。波は高かったが、海の背後までは広いので難なく歩ける。 35分で相泊の集落跡に着いた。8年前に最後の住人も移転して、廃集落になった。
 ここから、岬をまわろうと思うのだが、海にかなり近いので行けるかどうか分からない。
 ブッシュの中を高台に出たら歩いた海岸が見えた
 しばらく歩いて行ったが、ここは岬の上部が浸食でかなり落ちている。海岸を行くのは厳しいな。
 前回来た時に、集落の最後に出た人が来ていて、話を聞いた時は、かなり急な崖の様な場所を登ったと言っていた。そこで集落から山に登る道を行く。この道は少し行くと、はっきりしなくなる。
 前回は前回は木々の枝葉が沢山あったので、周辺は調べなかったが、今回は歩きやすい。
 しばらく動き回ったら、沢の様な地形があった。沢なのかなと思ったが、水が流れてはいないし、水が流れていたと言う形跡も全く感じられないので、道なのかなと岬の方まで行ったら、ぷっつりと道は切れて、先は崖になっていた。
 海岸が浸食されて落ちたのだろう。
 今度は反対側の山側に行く。しばらく行ったら国道に出た。終わりかなと思ったが、国道の先を見たら、まだ続いてた。さらに山側に行く。深く掘れてはいるが、普通の道のように凄く歩きやすい。
 やがて林道が出て来る。まだ道があったので行ったら、右手に直ぐに分かる物があった。
 弾薬庫後なのか?
 弾薬庫跡だ。またあったのだ。天狗岳、函館山群の入江山、川汲鉱山と見てきたが、今回も全く同じ大きさで同じ作りだ。
 本当に驚いた。今年になって3個所も見つけた。他と同じなのだが、壁面の石はかなり多くしっかり張り付けられていた。これが弾薬庫だとすれば、通ってきた所は道と言えるかもしれない。
 何だか面白くなってきたぞ!
 家に帰ってきたら、電話でNHKの取材。明日また打ち合わせがある。明日は天気も悪いから一日中家だ。
11月25日(水) 多くの事がありすぎた日
 朝に恒例のイカ売りがやってきたが、入荷量が少ないのか、いつものようにマイクで何度も叫ばなかった。それを見逃すはずの無い妻は、家を飛び出して買いに行った。
 今、台湾から一時帰国している、姪っ子夫婦が大のイカ好きなのだ。配達は私の役目で今日で3回届けた。寒くなってきたせいか、イカが生き生きとして新鮮だ。
 家を出ら直ぐ近くの、コンビニ前で事故が起きたばかりで、車が大破していた。信号のある交差点なので、信号ぎりぎりで入ったのか、コンビニから出るときに衝突した雰囲気だ。
 気をつけなくては・・。北海道の交通事故死が最近増えて、1位の愛知県に数人と迫ってきた。
 我が班を代表して阿部さんが述べる
 午前中は健康サロンin明和園。先日の料理教室の反省会と、今後の活動内容について話し合う。3月まで会は続くのだ。2月のゲームはも〜さんは考えるとなってしまった。
  今日は天婦羅。エビも入っていた。
 その後は、ストレッチ体操や頭脳体操などをして昼食を頂く。これも毎回の楽しみの一つだ。
 年をとっても、皆んなが和気あいあいとして楽しい。今の私の少し激しい活動が出来なくなっても、年寄の仲間と一緒に十分やって行けそうだ。

 オンパクガイドが迫ってきた。原稿の最期の仕上げをする。期日が迫ってくれば、やらざるを得ないが、いつもこんな調子だ。後は当日まで暗記するのみだ。暗記をする事は、頭脳を鍛えるには良い事だ。
 そこに電話が入り、北海道新聞の取材だった。11月27日に取材して貰える事になった。出発する前の取材は、皆が記事を覚えていてくれて、途中で声を掛けられたり、車がクラクションを鳴らして、頑張れと言ってくれたりしてくれるので、楽しさが増す。

 実は昨日の夜も、ラジオ出演の依頼が来たのだ。「生ワイドSTVの午後までとことん」への出演だった。以前土方の道を歩いた時にも出演した。
 今度の事を良く知っていたなと思ったら、別件の「MTBで50山」登った事の出演だった。
 電話の声は聞き覚えのある、女性スタッフだった。
 「名前は聞いた事があると思っていたら、やっぱりも〜さんだったの・・」ときた。
 彼女は話のテンポが良くて、人を上手く話させる術を持っていて、ついつい引き込まれてしまう。多分まだ20代後半くらいなのだろうが、私も自分がおじさんなのを忘れて、同年代のように錯覚し、テンションが上がった楽しい話になる。
 まるで、取材ネタを探っているとは思えない様な話になる。
 以前の取材も
 「も〜さん、今日はテンションが高いね・・」
 「お酒飲んでいるからだよ・・」その時はまだ酒を飲んでいた。
 「そうなんだ・・何という名の酒なの・・」などなど、取材とはあまり関係なさそうな、取りとめもない話を延々としてしまう。
 ラジオ出演よりも彼女と話している方が、数段楽しいのだ。
 そんな事で、ついつい出演をする事になった。
 出発までの、スケジュールが一杯になった。
 11/27 北海道新聞取材
 11/29 オンパクガイド
 11/30 NHK映像撮影
 11/1または2 台場山登山
 11/3  大野文化財保護研究会例会
 11/4  鷲ノ木に出発
 11/5  鷲ノ木スタート&NHK映像撮影
 お〜自分でも凄いなと思う・・でもこんな年寄が忙しいって事は、やりがいがあって嬉しい。今を大事に進むのみだ。ゆっくりするのは、体が動けなくなったら、いくらでも出来る。
11月24日(火) 連続取材とハプニング
 強の朝日は雰囲気が違う

 エチゼンクラゲ
 朝のウォーキングに行ったが、最近は今話題のエチゼンクラゲが浜に上がっている。まだそれ程多くは無いが、直径が60cmくらいと、大きいクラゲは気持ちの良いものではない。
 まるでUFOを思わせる外観だ。
 お父さんのストレッチ
 いつも木を持って走っている、お父さんと話をする。何で木を持っているのかと言う質問に、これは走って止まった時にストレッチをするのに良いそうで、かなり効くと言っていた。これで謎が解けた。
 カメラ台が完成した
 この様に刺して使う。凄く軽い。

 家に帰って、簡単な朝食を食べて、仕事に取り掛かる。先日はウォークング用のポールを作り、デジカメ用の雲台も取りつけて完成した。
 しかし。今回の歩きではポールは使わないので、新たに軽量のアルミポールを使って、カメラ台を作成した。足は1本なので、地面に刺して使う。舗装道などは使えないが、何かと役に立つだろう。

 昼前に函館市のコンベンション課の、観光推進室の女性から電話があり、函館市の土方の道をウォーキングコースとして、作成するので協力して欲しいと頼まれる。
 早速、ゲストハウスに来て貰い話をする。函館市内での土方の関連史跡は、少ないので苦労する。それでも何とか2コースを考え、持ち帰ってまとめて貰い、後で校正する事にした。
 こんなに車が来た
 担架で運ばれたが・・
 取材を終えて家に入ったら、妻が2階から勢い良く階段を降りて来る。「向いのアパートで人が閉じ込められた」と言う。消防が出動した時には、メールが入るシステムに申し込んであるので、何かあるとメールが届く。
 アパートに行って見る。消防車と救急車が来ていた。周囲は物が焼けるにおいがする。消防隊がはしごを3階まで伸ばし、登って行く。3人くらいがベランダに上がった。
 そしてベランダのガラスを割って中に入って行った。その後、人が担架で運ばれてきた。救急車に乗ったが大丈夫なのだろうか?
 どうやら室内で何かが燃えたらしい、その臭いに気がつき、誰かが119番通報したようだ。

 慌ただしさが続き、少しのんびりしたら、今度はNHKの電話取材が入った。今回の「土方歳三 蝦夷の道」を全道放送で取り上げてくれるそうだ。出発前のトレーニングから、出発地点での撮影などを行う事になりそうだ。4分番組なのだが、念入りな取材だった。
 終わって直ぐに、湯の川温泉組合事務所に行き、オンパクのガイド資料を届ける。今回のガイドには詳細な、史跡に関する資料や、箱館戦争に関する資料を20ページ添付する事にした。
 参加してくれる人に出来るだけ、詳しく内容をしって貰うためは資料は必要だ。
11月23日(月) 台湾から姪っ子が来る
 朝から、オンパクガイドの原稿作成をする。やはり迫って来なければ何事も進まないのはいつもの事だ。後6日後にはガイドをしなければならないのだが、昨日家に帰ってメールをチエックしたら、函館市役所で市内を巡る歩きのコースを考えているのだが、土方歳三関連の、歩きのコースの設定をどうするか、相談に乗って欲しいとの文書が入っていた。土方歳三の歩いた道に取り組んで以来、土方歳三そのものに関する、内容の依頼も増えてきた。
 函館に於ける土方の詳しい事は、あまり取り組んでいないので、少しは取り組んでいかなければならないかな? どんどん幅が広がって行く事が良いのかどうか判断に迷う所だ。道に専念した方が良いのかも知れないが、昨年の「地域で作る小さな旅」のコンテストでは、お世話になっているので、協力はしなくてはならない。
 しばらくぶりに歓談する
 午後に、台湾から姪っ子が里帰りして来た。旦那さんの台湾転勤に伴い、春から台湾に住んでいる。旦那も一緒に来たが、今回は友人の結婚式に出るそうだ。
 ゲストハウスに入ったら、颯太が泣き出した。古い感じの暗めの室内に驚いたのだろうか? しばらくしたら泣き疲れたのか寝てしまった。
 台湾と言っても、あっという間に日本まで飛行機が飛んで来る。函館には直行便が無いので、千歳経由に成るのが少し不自由である。
 しばらくぶりに話したが、皆んなが元気に生活しているのが一番だ。楽しい時間は、あっという間に過ぎてしまう。寝起きが今一つぐずついたが、何とか実家に帰って行った。
11月22日(日) パリーグ優勝パレード&帰宅
 暖かいビジネスホテルで目が覚めた。妻は瑞葵と一緒にいつも寝るが起きるのは遅い。外は明るくなっていた。布団に寝ころびながら、ブログをアップした。
 朝食はバイキング。いつもは少ない朝食なのだが、食べ放題にはついつい量が増えてしまう。
 チエックアウト後は、ホテルの隣の有料駐車場に入れたので、歩いてパレードの場所まで行く事にした。私の担当は友瑛の抱っこだ。ホットシャツに防寒コートは流石に暑い。コートを脱ぐがそれでも暑い。皆が寒がっているのに、額からは汗がぽとりと落ちる。それにしても赤外線仕様のシャツは暖かい。
 バスの写真しかない
 大通り公園を歩いて行ったら、パレード用のバスがいたので、ここにしようとなった。人はかなり集まっているが、選手は高い位置に乗るので、見る事には不自由しない。
  2軍選手に乗るトラックには、マスコットのカビーが乗っていた。友瑛はまだはっきり言えないが、手はガビーにに向けて、大きな声で叫ぶ。
 友瑛は大喜び これがガビー君
 ガビーも気が付いて手を振ってくれた。友瑛も大喜びだ。こんなに小さくてもマスコットは良く分かるんだ。
 瑞葵の方はB&B君が好きで、叫んだら見てくれて喜んでいた。
 これがB&B君
 やがて選手バスがやってきて、梨田監督以下、稲葉、誠、ダル、信二などが側を通って行った。そしてバスに乗り込む。バスに乗るのは1軍選手で、トラックは2軍選手だ。
 2軍選手には観客からから「来年はバスに乗れよ!」と声が掛る。2軍選手は本当に若々しい。将来のファイターズを背負う選手だが、流石に北海道の寒さには大変らしく、野球帽の上に毛糸の帽子、首にはマフラーを巻いて防寒対策もばっちりだ。
 反面1軍の選手は帽子も無く、首にも何も巻いていない選手が多かった。
 やがて選手を乗せたバスが出発。あっという間だったが、近くで選手を見れたので、感激だった。 トレーニングだ
 帰りは瑞葵を肩車して歩く。12月に歩く時の訓練に丁度良いと言われたが、瑞葵はもう21kgもある。少し重すぎる。
 安い物には直ぐ目が行く
駐車場まで歩いて、車に乗りラーメンの「ししおや」へ行く。瑞葵の好きな「まかないチャーシュ―丼」がある。自らねぎ抜きを頼む。友瑛はネギも平気で食べる。
 私はファイターズ優勝記念のとんこつ醤油ラーメン。750円が550円になっている。安いものに目が向く姿勢は、何処にいっても変わらない。
 食べた後の行き先は、釧路行きと函館行きと別々だ。分かれる時にいつも瑞葵に「ばあちゃん行かないで〜」と泣かれていたが瑞葵も大きくなり。すんなりバイバイとなった。
 道路の雪もすっかり溶けた、中山峠を走る。周囲の木々は昨日の猛吹雪で真白になって綺麗だ。
 その後も淡々と走り、夕方には函館に無事着いた。
11月21日(土) ファイターズ感謝ディ
 朝8時にはホテルを出る。フアン感謝ディのイベントが始まるのは11時なのだが、良い席を得ようとするなら、早くから並んで取るしかない。
 天気は雪だった。ホテルの窓からは雪化粧した街が見える。私の車はホテルに置いて、娘の旦那さんの車に同乗する。APAホテルは駐車場が広いのでなかなか便利だ。
 札幌ドーム付近の、駐車場探しも大変なのだが、娘夫婦が調べていてくれた駐車場に、すんなり入れた。
 小雪の中、孫の友瑛を抱いて歩く。周囲は人人人だ。途中で娘の旦那さんの御両親とも無事合流した。
 寒い中、長く出来ている列に並ぶ。その内、孫の瑞葵が足が冷たいと言い出し、旦那さんが靴下を買いに町に行く。瑞葵や友瑛を、皆で交互に抱くのだが、重さは徐々に腕に効いてくる。
 ようやく列が動き出して中に入る。旦那さんのお母さんが先にいって、良い場所を確保してくれた。
 選手紹介。ドームは超満員
 ようやくオープニングセレモニーが始まる。会場は超満員だった。一人づつ選手が出てくるが、稲葉、ダルビッシュ、誠、賢介、ひちょりなどの人気選手は一段と拍手が多い。
 友瑛もファイターズシャツを着ました
 普段はテレビしか見れない、ファイターズの選手が近くで見れるのが嬉しい。
 内容は盛り沢山で、本当に一日中、楽しく過ごせた。
 足を出して行儀の悪いのが瑞葵だ
 今年一年間、我々夫婦もファイターズの試合が、生活のスケジュールに組み込まれ、試合を中心に生活してきた。ファイターズの試合が優先される、生活は夫婦の生活の中に、すっかり溶け込んだ。
 ファイターズの試合を見るのと温泉に行くのが、夫婦の間違いが無く一致する点だ。
 今日はホテルが札幌中心街に変わる。夕方には皆で温泉に行き、食事してホテルに戻る。
 家族や孫達は釧路と言う遠隔地に居て、なかなか会う事は出来ないが、まだ会おうと思えば会える距離に居るので、良い方なのかも知れない。
11月20日(金) 札幌に向けて出発
 昼には函館の家を出る。久しぶりの車での遠出になる。雪はちらちら降っているが、路面は雪もなく快適だ。得に変わった事も無く淡々と車は進む。
 洞爺湖付近からは中山峠越えが札幌には近いのだが、、家を出る時のモニターテレビでは、吹雪で道は圧雪状態になっていた。
 タイヤも古いし、無理をしない方が良いかと、支笏湖経由で行く事にする。もう日もすっかり暮れて外は暗闇だ。雨に濡れたのか、雪が溶けたのか、黒い舗装の路面は見にくい。
 美笛峠は路面に雪が少しあった。初めての雪道はやはり慎重になる。冬に入り車の交通量も少ない分は、走りやすいが、下りはどの車もかなり慎重に走っている。
 ようやく札幌市の真駒内に入る。峠を下って着いた場所は、かなり久しぶりだったので、何処になのか分からない。
 目標の国道230号線にはなかなか出れない。30分かかり、ようやくホテルAPAに到着。あの女社長が「私が社長です」と前面に出てくるコマーシャルが流れた事もあった。
 チエックインして、エレベーターに乗ったらモニターテレビがあり、早くも私が社長!と映っていた。
 夕食は近くのスーパーで買って部屋で済ませる。その内に娘夫婦も到着した。孫の瑞葵と友瑛も久しぶりの再会だ。
 友瑛君は言葉が少しだけ覚えた
 瑞葵はお姉さんになり、顔がポッチャリしてきたようだ。友瑛は体重があまり増えず、背が伸びたので、すっきりしたスタイルになっていた。
 会ったら直ぐに友瑛が抱っこと言う。抱っこはいつも私にせがむが、しばらく振りに会ったのに、忘れないでいるものだなと感心する。
 皆で温泉に行く。ここのホテルの温泉は広くてサウナも露天風呂もあり、雰囲気の良い温泉だった。それにしても台湾か中国かは分からないが、アジア人が多い。兎に角声が大きいのが特徴だ。その声が遠くまで響き渡る。
 温まった体に運転の疲れなのか、追い打ちをかけ目がしょぼついてきた。
 部屋に帰って、少ししてから寝る。瑞葵はいつもの様にばあちゃんと一緒に寝る。
11月19日(木) ガイドコース下見
 今日はオンパクのガイドコースの下見の日。湯元啄木亭のスタッフの方とワゴンに乗って、今回バスを出してくれる渚亭に向かう。今日は、当日運航してくれる、バスの運転手さんも一緒に下見に行ってくれる。
 やって来たのは、昨年と同じバスの運転手さんだった。昨年のコースも知っていたので、大いに助かった。新たなコースは慎重に選ぶ必要がある。目的の場所に行くには、通る道をバスの立場で決め無くてはならない。
 我々が車で簡単に行ける所も、バスだと簡単に行けない所もあって、何処を行くのか苦労する事もある。函館は路線バスに道を合わせているそうで、路線バスが通っている所は間違いないが、今回巡るコースには道の狭い場所もある。
 ここは曲るかな?などと運転手さんと一緒に考え考え、道を決めていかなくてはならない。1時間30分回ってコースは決定した。
 後はバスを降りて、歩きながらや現地で説明する時間を、プラスすればOKだ。
 この各史跡間の時間に合わせて、ガイドする原稿を作成しなくてはならない。
 史跡と史跡の間が長い時は、何かの別ネタを用意しておかなくてはならない。結局は2時間くらいの、内容で作成する必要がある。

 午後からはNHKテレビの、番組取材の打ち合わせをする。朝の旅番組で、放映するかも知れないのだ。今日は「土方歳三 蝦夷を歩く」を中心に話をした。デレクターも大学の時にバックパッカーでアジアを回っていて、その過去の経過から「貧乏旅」についての番組を作成するらしい。自転車旅や歩く旅、中高年の旅についてなどなど、かなりの広範囲の取材となった。
 2時間半の長い取材を受けてようやく終了した。実際に放映の中味が決まれば、色々と忙しくなりそうだ。
 
 明日から、ファイターズファン感謝デーに参加するため、札幌に行く事が決定した。釧路からは娘夫婦と孫がやってくる。旦那の父母も登別から来るので、皆が一堂に会し、にぎやかになりそうだ。
 ブログは  http://blog.mousan.com/ にて配信。
11月18日(水) 料理教室に参加
 今日は健康サロンin明和園の料理講習会の日だ。
 雪がちらちらする中、チャリで函館保健所の調理室に向った。山も雪で真白だ。来月のウォークは雪の中になるのかな? 
 最高気温がまだ+5度くらいなので、寒さは感じないが、これからの気温はどうなるか、気になる所だが、寒い事を前提にしていれば大丈夫だろう。問題はスノーシューが要るかどうかだ。スノーシューを持つと、かさ張るのであまり持ちたくは無い。積雪が少ない事を祈るしかない。
 皆が集合して料理が始まる。私の班は、豚肉のレタス巻き梅風味とコロコロ和え、なめ子の味噌汁だった。
 私は豚肉のレタス巻き梅風味になった。最初はエビの背ワタ取り、持ってきた100円ショップの、マイ包丁は良く切れる。皆は保健所の包丁を使ったが切れないと言っていた。
 100円ショップは最強だ。その後は、肉に梅たれを塗り、青しそとレタスの湯がいたのを乗せ、みょうがを乗せて出来上がり。後は男性のAさんが焼く事になった。
 Aさんがコンロにフライパンを掛けていたが、何処に行ったので、フライパンがすっかり過熱していた。
 慌てて火を止めてフライパンを冷ます。その後、サラダ油を入れて焼いていたが、巻いた肉が重なり合っていて、大丈夫かなと思っていたが、私は他の仕事に移った。
 全て完成したが、レタスが余っていたので、塩コショウとみりん、しょうゆで味付けして、一緒に盛る事にした。最期に全ての盛り付けをして終了。
 こんな恰好でやりました 出来あがった料理 皆で食べれば美味しい
 皆で食事会をする。他の班で作ったチャンチャン焼きも頂いた。味は少し濃いめだったがまあOKだろう。
 豚肉のレタス巻きは、やはりしっかり焼けていなく、赤いのが入っていた。

 そこに電話が入る。NHKからの取材だった。北海道を回る、貧乏旅や変わった旅の話を聞かせてとの事で、情報を提供した。私は北海道は日本一周の他は、それ程回っていない。
 本州から来る旅人は知っているが、函館に居る旅人の事はあまり知らない。それでも永い間取材を受けた。
 テーブルに戻ったらすっかり片づけられていた。ほぼ食べたのでOKだ。
 料理の内容は簡単すぎたので、あっという間に出来、何か物足りなかった。
 スキーのグリップと三脚台をセットした
 カメラを付けてみた
 家に帰る途中、図書館がすぐ近くなので寄ろうと思ったら休館でがっかり。家に帰って、ウォーキングポールの製作と、カメラ用三脚を付ける作業をする。
 スノーブラス用のアルミポールにスキーポールのグリップを付ける。そのグリップを削って平らにして、カメラ用三脚の頭を付ける。なかなか難しい作業だったが完成した。後は下の石突きの部分が残っている。
 使い方はポールの石突きを土に刺して、固定して使う。他に木や何かに抱かせて使用する。
11月17日(火) 買い物やお付き合い
 ユニクロに買い物に行くと言ったら、妻がスーパー内にある、美容室に行きたいと言うので、一緒に出かける。美容室は2時間掛ると言う。私の買い物はユニクロなのだが、スーパー内の衣類売り場も覗いて見た。欲しい物はホット仕様のシャツなのだが、やはりブランド品は高い。アンダーパンツに3600円と言うのがあった。
 これを履いて歩くと、身体に良いそうだが、私のアンダーなら、10枚以上買える。
 希望する物は無さそうなので、本屋さんで本を探す。結局購入したのはBEPALだった。

 スーパーを出て向のホームセンターに行く。購入したいものは、延び縮みの出来るアルミポールだ。釣用の三脚台が良いかなと漠然と考えていた。
 入り口にあったのが、スノーブラシだった。確かにアルミの棒で、伸びたり縮んだりする。これが約800円だった。何をするかと言えば、カメラで写真を撮る時は、セルフで撮る事が多いので、三脚が必要になる。
 今はかなり小型のを使っているが、使い勝手は今一つだった。アルミの大きな三脚はあるが、少し重いのとかさ張る。
 そこで、ウォーキングポ−ルとカメラの載る台を兼ねた物を、作ろうと言う事だ。普段は短く格納していて、写真を撮る時は伸ばして、先端を地面に刺して固定す。これで写真も撮れるし、ポール代わりにもなる。
 どんなのが出来るか楽しみだ。

 時間もまだまだあるので、購入したBEPALを椅子に腰かけて読んでいた。その中で、ダウンが凄く軽くて暖かくなっているのが分かった。重さは270gしかない。新発想のヒートナビと言う発熱素材を使っといるそうだ。
 進化しているんだな。私のノースフェースのダウンの格納体積の、2/3くらいしかない。
 値段は約2万円か・・・高いな。
 テントも新しい素材が出て、冬用で僅か620gで2人用だ。私のテントも軽い方で1人用で1.2kgだが、さらに進化している。値段は約9万円と私のテントの倍もする。
 進化するのは良いのだが、貧乏人には手が出ない品が増えて来る。

 ユニクロでヒートテックスの、長袖シャツとフリースを購入する。これで3000円。これが限度だ。でも最近の遠赤外線の素材は暖かい。すっかり気に入ってしまった。
 夜にテストを兼ねて、ヤマトまでメール便を出しに行く。ウィンドゥブレーカー無しでも暖かい。周りの山々は雪で真白だ。今度の旅では活躍出来そうだ。
 
 スキーのチューナップ用の台は完売したのだが、売って欲しいとのメールが入った。今年のシーズン前には、在庫を置かなければと思っていたが、何かと忙しく作らないでいた。
 でも2種類の台をそれぞれ1台づつ取ってあった。これは寸法を図面化していなかったので、後で、採寸しようと取っておいたのだ。急遽採寸して、渡す事が出来た。
11月16日(月) オンパク予約定員達成!
 今日の朝刊にオンパク(温泉博覧会)の予約が始まるとの報道があった。
 ホテルや旅館の料理長らが指導する、料理作りや味噌作り、メーク教室が好調と書いてある。私のコースはどうなんだろうと気を揉む。
 私がガイドをする、コースは「函館の歴史を学ぶ、箱館戦争探訪」で、唯一のバスによるツアーだ。バスツアーはお金が掛るので、主催者としては負担になる。昨年まで有ったバスツアーは、私のコース1つだけになってしまった。
 それだけに予約状況が気になる。・・定員になりましたとのメールが来た。初日で定員を達成した。やった〜嬉しかったが、キャンセル待ちがあるそうで、その方たちをどうするかとなった。
 あまり多いと、説明が参加者に行き届かないので、数人なら良いが、あまり増やしたくない。倍の申し込みがあれば、もう1回実施する事は可能だが、私の旅が12月5日から始まる。余裕が無い・・どうなるかな。
 今回のツアーには五稜郭タワーが入っている。実は高所恐怖症でタワーにも、登っていないのだ。
 当日は登らなければならないだろうが、説明どころでは無い。今から悩むも〜さんなのだ。
 受付が始まった。
 今日は何か急に寒くなった。気温は日中で5度とか言っていた。何か寒さが身にしみる。
 今年は体重が落ちて脂肪が減ったのか、寒さを感じる。こんな事で「土方の道」を冬に歩けるのかと思ってしまう。
 私の部屋はまだストーブを点けていない。耐寒訓練の意味合いもあるが、やはり寒い。
 今着ている、シャツはドライシャツなので、ナイロン系なのが問題だろうと、ホームセンターに1行って見る。
 アンゴラ製は上だけで2500円もする。これは買えない。
 他に「セラミックス加工、遠赤外線、保温機能に優れ、暖かく快適な着心地」
 この文字に釣られて、上下を購入した。しめて1180円と安い。
 家に帰って着てみる。肌触りが良く、着心地は良い。ナイロン製に比べ格段に良いのだ。そして暖かい。こんなに安く買えるならもっと早く買えばよかったか。
 これで当分ストーブ無しか。
11月15日(日) 坂本竜馬記念館訪問
 「土方歳三 蝦夷の道」を歩く時の衣装が完成した。ただ歩くだけでも良いのだが、先日テレビで「新選組リヨン」と言うユニットが歌っていた。
 その時、着ていた衣装が恰好良かったので、妻に出来ないかと言ったら、簡単に出来ると言う事で作って貰った。
 服の生地は私の母が残した、毛利家の紋の入った、和服を有効利用した。母の遺品も生かされるし、守ってくれるだろう。
 表には近藤局長や土方歳三・沖田総司の名が入る。

 裏は誠と新選組が入る
 表面と背中には、土方記念館で購入して、しまってあった暖簾を使った。出来栄えはばっちりで、これを上に着て歩こう。
 目立ちすぎるかな?
 坂本竜馬記念館で・・
 午後から坂本竜馬記念館に行く。今日がオープンで無料だった。館内は無料と言う事もあってか、沢山の人で混んでいた。 
 100点程の展示物があった。その中でも姉に宛てた書簡が貴重な物らしい。姉は175cmで113kgあったと言う。そして剣の達人で男より強かったと言う。当時としては(今でも・・)かなり大きい女性だ。
 土方歳三と坂本竜馬。激動の時代には敵同士ではあったが、蝦夷の大地開拓を夢見た二人の記念館が函館に揃った。坂本竜馬はNHK大河ドラマが決まっているそうで、放映時や跡には人が沢山来るのだろうな。
 先日北海道新聞で紙上対談した、NPO法人、北海道坂本竜馬記念館、実行委員会、理事長の三輪氏とも会って完成のお祝いを述べ、関係者とも名刺交換をしてきた。
 
 見た後は、谷地頭温泉でのんびりと過ごすが、外は強風が吹き荒れていた。露天風呂は木の葉が、桜吹雪の様に舞い降り、浴槽にどっさり入っていた。建物が強風で悲鳴を上げ音もすごかった。
11月14日(土) 「出がらし紋次郎」さん出発
 昨日は強風の中、恵山に登頂した「出がらし紋次郎」さんがも、今日の雨には参ったで・・谷地頭温泉に出かけた。ここの温泉は休憩室もあり、持ち込みも可能なのでのんびり出来るだろう。
 午後になってもう帰ると、西波止場からメールが来た。迎えに行ったが、この辺りは観光客が多いな。観光客が減っていると言うのだが、ここは別格みたいな感じだった。
 軽量化に詳しい「出がらし紋次郎」さん
 家に帰ってきて、記念写真などを撮りあった。
 彼が、トランギア―のアルコールバーナーをプレゼントすると言う。私はアルコールバーナーは使った事は無いが、軽量化を図る人は使っているようだ。火力はどの程度かは分からないが、半世紀以上のロングセラーを誇るアルコールバーナーだ。
 トランギア―のアルコールバーナー
 アルコールタンク2/3の注入量(100cc)でなんと約25分も燃焼するのだ。
 風や低温に強く、着荷も簡単ですとのうたい文句だ。
 シンプルな構造ですが、アルコールバーナー自体が熱せられてくると、驚くほどの火力を見せるそうだ。今度試してみよう。
11月13日(金) 日ハムファン感謝ディチケットゲット
 今日は、札幌ドームで行われる、日ハムファン感謝ディの入場券の抽せん日だった。釧路の娘一家は孫の瑞葵の名前で4人分が取れた。娘一家は日ハムの会員なので事前に4人分頼める。我々は1枚/人しか頼めない。私はパソコンから1枚申し込む。妻は携帯電話から1枚申し込む。
 結局どちらも当たって、入場券をゲット出来た。後は札幌のホテルを取らなければならないが、私と妻が行くなら妻を1人にしておけないので、一緒にホテル泊まりになるが、もし妻の妹も行くなら、私は車中泊でOKなのだ。
 五所川原ウォーキングの時も妻と妹はホテル。私は岩木川河川敷でテント泊にした。周りから見れば、可笑しな夫婦かもしれないな。でも車中泊の方がのんびりできる。これもおかしいかな?

 歩き人 「出がらし紋次郎」さんはどうなっているかメールしたら、昨日は恵山の道の駅で寝たそうだ。今日は登るかどうかを迷っていた。風が相当強い様だ。もし帰ってくるなら迎えに行くよとメールしておいた。
 前部ドアの下がこんな状態になっていた

 オイル缶を切って2枚継ぎ足し

 これが裏面(缶の中の部分)

 ボディにリベットで固定していく

 綺麗に張られた。後はパテを塗って表面を仕上げる
 ポンコツ車を綺麗に洗っていたら、車体の下部が錆びて、鉄板が大きく無くなっていた。そこで修理を始める。オイル缶を切って、2枚を板金の要領でつなぎ合わせ、穴の開いた個所にりべットで固定する。
 オイル缶は錆びないので、錆びが酷いボディに当てれば、錆びが浮き出てこないので板金向きだ。
 そこまでは順調に行ったのだが、その上にパテを塗って下地やリベットの頭が見えないようにし、最後はペーパー仕上げをして、塗装をするのだが、硬化剤が何処にしまったのか、出てこないのだ。仕方が無く、今日はパテを塗らずに終了した。

 夕方100円ショップに行く。キャノンのプリンター用の9eの詰め代え用の、ブラックインクが売っているのだ。
 家電店で買えば60mlで800円くらいだが、20mlで100円とかなり安い。色の具合いはどうか分からないが、普通の印刷には十分使える。顔料と染料の違いはあるのだろう。写真などを綺麗に印刷する時のみは、カートリッジを代えれば済む。
11月12日(木) パソコンに向かう一日
 歩き旅人の「出がらし紋次郎」さんは、私の自転車で町に出かけた。お土産を買うと言うので中島廉売を紹介した。函館には朝市や中央市場があるのだが、やはり観光客相手なので高めだ。その点中島廉売は庶民市場なので安い。
 塩鮭とイクラ、塩ウニなどを購入したようだ。その後、今日は恵山に行くと言うのでバスターミナルまで送って行く。途中で暗くなりそうだが、今日は山頂にテントを張るそうだ。
 流石は野宿野郎だ。本州の人にとっては寒いのだろうが、そんな事は口にも出さない。下山して明日は函館山野宿をするそうだ。
 私はオンパクガイドの資料作りや年賀状作りに精を出す。昨年のオンパクは、マイクでの説明だけだったが、今年は詳細な史跡ガイドを渡そうと思っている。ホテル側との了解も取れたので、15ページくらいの資料を手っ渡せればと思う。
 ガイドの時は時間的な制約もあって、なかなか詳細に話せない。次から次へと史跡が出て来るので間に合わなくなる。そこで家に帰って、もう一度ゆっくりした気持ちで、読んでもらえれば良いのかなと思った。
 年賀状としては、今年も無く2年連続の喪中の葉書になってしまった。裏面のデザインもありきたりなので、直ぐに出来てしまう。夕方までかかり何とか完成した。
 
 昨日の北海道新聞の地域版の「みなみ風」のトップ全面に、坂本竜馬記念館の記事が載ったのだが、その中で私が新選組に土方歳三ファンと言う立場で、紙上対談をした。
 坂本竜馬は近江屋で殺されたが、実行犯は京都見回り組が一般的だが、新選組だと言う説も残っている。
 そんな訳で土方にとっては敵的なのだが、それは140年も前の話で、大政奉還後は武士も食べていけなくなり、みな新天地の蝦夷移住を目指した。
 坂本竜馬は蝦夷には来れなかったが、彼の意思は西郷隆盛に伝わり、黒田長官を動かし、屯田兵制度として北海道の開拓の基礎になったと言われている。
 蝦夷開拓を夢見た事では、気持ちは一緒なのであろう。
 新聞に出た後、読者の方から新聞社経由で電話を頂いた。馬関係の仕事をしている人で、土方も馬に乗っていたはずだから、道をトレッキングする際は、馬を活用したらどうかと言う事だった。
 どうやら私が観光関係の仕事をしていると思ったらしく、馬を持ってホーストレッキングをしている方からの、売り込みの様だった。江差馬と言う道産子馬の一番数の少ない馬を2頭持っているそうだが、私は馬に詳しくなく、良くは分からなかった。

  北海道新聞の記事
 
11月11日(水) 殿様街道案内
 今日は「でがらし紋次郎」さんを案内して、知内の殿様街道に行く。紋次郎さんは姫路の人で、バックパッキングの超軽量化を図っている。テントを含んで10kgを切る重量で旅している。
 仕事の合間に、自然歩道や山登りをしているのだが、今回はまとめて休みが取れたので北海道に来て、札幌〜函館と回っている。
 写真を撮る「紋次郎」さん
 殿様街道は落葉で埋もれていた。足の裏の感触が優しくてとても良い感じだ。この旧道はイベントも実施しているが、その道は本来の旧道では無く、一部後年に出来た道を歩いている。
 今回は、本来の旧道も調査し、マップを作りながら歩いた。
 途中の写真スポットでは千軒岳が辛うじて見えた。気温はかなり下がっていて寒い。今回はコースの半分で良いとの事だったので、ショートカットして別な道を戻る。

 帰りに先日新聞に載っていた、知内川の橋脚を発見した、千軒の笹島さん宅を訪問する。発見したお父さんは函館に行って留守だったが、奥さんが案内してくれた。
 この家から知内川まで100mくらいはあるだろうか? この道の笹を綺麗に刈っていた。時々来る人が居るのでやっているそうだ。他に廃線になったJR松前線の笹刈もやっていた。
 道のそばには大きな池があり、蛍が沢山いるそうだ。そんな話を聞きながら、道の端まで行った。
 知内川の対岸に橋脚が残っていたそうだ。対岸を見たら、橋の残骸が見えた。以前ここに来たのだが、雪が積もっている時期だったので、気が付かなかったし、残骸があるなんて思っても居なかったので、分かる筈も無かった。今度来た時には詳細に調べる事にした。ボルトが使ってあるので、その年代を調べようと思う。
 さらに道の事も聞いた。対岸の道は私も知っていたが、その道の登りきった所の右手に、旅籠があったそうだ。
 「佐藤甚五郎」のですか?と聞いたら「そうです」と言う。ここなんだ・・・。初めて分かった。
 旅籠は松前藩が建てたもので、佐藤甚五郎さんが管理していた。知内川が氾濫した時、川を渡れないので、旅人が宿泊出来るようにと建てたものだ。
 この人の子孫が、旧大野町の種田旅館の御主人だ。先日旅館に行った時、御主人に「歴史をやっているんですか?」と聞かれ、「そうですよ」と言った。
 私の先祖は千軒で「旅籠をやっていたんですよ」と言われたので「佐藤甚五郎さんですか?」と言ったら「そうです」と答えた。
 情報があまり無いので、何かあったら教えて欲しいと言われていた。その旅籠の場所があっさり分かった。

 それと収穫だったのは、川に下る道があった事だった。明治の地図に載っている道と同じ位置に、道が付いている。川に降りて、舟で対岸に渡ったと言う、古い絵も残っている。
 幕末の道がまだ残っていた。思わず、やった〜だ。これで舟渡しの古い絵との整合性が取れる。
 まだ紅葉が綺麗だった
 意気揚々と車を走らせて帰って来る途中、「紋次郎」さんの行きたい、トラピスト修道院による。
 今はひっそりして訪れる人も少ない。
 駒ケ岳が白くなった
 北斗市の近くまで来たら駒ケ岳が見えた。真っ白に冠雪していた。これだもの寒い。
 今日は、多くの事が分かって良い日だった。
11月10日(火) 片づけやら・・
 ファイターズ敗戦記念?膳
 昨日の誕生祝いをして貰った。シンプルに好きな温泉に入って、湯あがりにお膳を頂く。たまたまファイターズ敗戦残念メニューで、いつもの善が200円も安く、入浴込みで1380円だった。
 今日は2回目の「湯多里」入浴になる。ここの内湯はかなり熱い。多分45〜46度はあると思う。そのためか殆どが露天風呂に入っている。
 私もゆったり露天風呂で過ごすと言いたいのだが、この露天風呂は5人くらいが精々なので、少し人が多いと窮屈だ。
 最後に内湯の熱いのに入る。来た〜熱いってもんじゃない。動くのもようやく。気合いを入れて身体を沈める。心臓が止まるのではないかと思う。3分くらい頑張って上がったら、体がまかっかになっていた。
 上がって休憩室兼食堂に行く。若夫婦と1歳くらいの女の子とじいちゃんばあちゃん。今日の宿泊客なのだろう。食事の真っ最中だった。
 私が席に着いたら女の子がじっと見ていた。少し身振り手振りで構ってやったら、すっかり気に入ったのか、何度も何度もこちらを向く。その都度何かをすると喜んで、また何度も見る。
 こんな事を繰り返していたら、向うのじいちゃんが気が付いて、あちらばっかり見ていると言ったので、何かまずいかなと思って止めたが、まだ何度も見ている。
 そのうち妻が来て席が子供に後ろ向きになったので、もう構うのは止めた。
 食事も終わって、変える時にまたじっと見ていたので、バイバイして返ってきた。何処に行っても何か子供に好かれるな。

 66歳です
 家に帰ってケーキのろうそくを消す。いつもは皆で歌ってくれた、誕生歌も妻のソロになった。味わい深いものだ。

 今日は部屋の整理整頓。ゲストハウス横の自転車室や自分の部屋も綺麗にした。ついでにゲストハウスも清掃。今日は歩き旅の来客があるので、少しは綺麗にした。

  取り敢えず判明分で作った
 先日造った旅人マップが出来た。旅人ノートを置く前の、旅人の出身地が分からないので、分かっている人のみ載せた。まだ誰も来ていない都道府県は、新潟、群馬、富山、石川、三重、和歌山、香川、愛媛、高知、大分、佐賀、長崎、鹿児島だった。
11月9日(月) 誕生日&免許証更新
 朝日は出なかった
 昨日はぐっすりと眠れた。函館山千畳敷は、月明かりがうっすらと周囲を照らしている。人は全く居ないし、風が時々木々の枝を鳴らすのみで、本当に静かな世界だ。
 テントの中は暖かいし、テレビも携帯でワンセグが見れるので、寂しさは感じない。いつもはテント内でテレビを見る事も無いが、ここはテレビアンテナが直ぐ近くにある。函館市内なので、旅に出ている感じではない。
 2時間くらいテレビを見ていたが、どんな番組か思い出せないで朝を迎えた。外に出たら息は白いものの、寒くは無い。
 日がまだ上がらない前の函館市内の景色を見に行く。光は夜に比べ減っていて、街灯のみが目立つ。そんな中で赤字経営で問題の市営谷地頭温泉の駐車場の照明が、まばゆいばかりに光を放っている。何か勿体ない。
 車もヘッドライトを付けて動き出した。バイクも入っているが1台なのに、函館山まで音が響く。
 ささやかに持ってきた、コンロで水を沸かし、甘酒を飲む。暖かさが嬉しい。
 テーブルもある。

 今回はフライも付けた。
 朝日の写真を撮ろうと思ったが、朝日は出なかった。夜も開けたので、、テントを畳んで下山する。やはり暑い。Tシャツ1枚でキャリアを押して下る。
 下に着くころ、ご夫婦とあった。「早いですね」の言葉に「昨日は野宿しました」と答え、しばらく歓談する。
 
 家に戻って、温泉に行く。湯川温泉の「湯多里」から誕生日招待券が届き、入浴が無料だった。小さな温泉旅館の浴場だが、気にいって良く入っていたのだが、そう言えば最近は行って無かったな。
 時間が無いので早々に温泉を出て、運転免許の更新に行く。誕生日を挟んだ2ケ月以内にやれば良いのだが、やはり誕生日にきちっと行くのは、性格なんだろうか。
 システムが変わって、最初のスタートが分からなかった。免許証を機械に差し込むとを入れると、免許書のコピーが付いた申請用紙が出て来る。それに記入するのだ。
 後から来る人も分からず、私が説明をしていたら、私の前のお母さんが、ここのやり方は良く分からないから、ずっとやってあげたら?などと冗談半分に言わてしまった。
 講習は優良運転手なので30分だった。あっという間に終わって、免許更新は終了。

 今日で66歳の誕生日を迎えた。体力・気力はどんどん低下してくる。でも今を、精いっぱい生きる。誕生日が来るのを厭がる人もいるが、私的には誕生日は嬉しい。
 誕生日を機に、また新たな何かに挑戦しようと言う、前向きに考えられる日になる。
 「年を重ねる事を嫌がるのでは無くて、年を重ねる事が嬉しくなるような、人生を歩んで行きたい」
11月8日(日) 泣面山&誕生日野宿
 今日の気温は10月初旬並みと言う、最高気温が18度の予報が出ていた。山仲間に誘われて泣面山に行く事になった。この山は初めて行く山になる。
 湯の川温泉で待ち合わせて、山へ続く林道をひた走る。とにかく林道があちこちにあり、それがかなり長く伸びている。
 後部席に乗ってたので、どの辺りを走っているのか良くは分からないが、車は登山口に着いた。
 駒ケ岳が見えた

 展望台から眺めるメンバー

 やはり泣かなくては??
 登山口の看板には徒歩30分との標識がある。車で1時間半掛って、登りはあっという間だ。
 道は笹が綺麗に刈られて歩きやすい。途中からは横津岳連峰や駒ケ岳が見える。途中にある展望台からは内浦湾が見える。雲海も少し出ていて、景色に良い雰囲気を与えている。天気も良い最高の気分だ。
 やがて頂上に着く。汗をかく事も無くあっという間の山頂だ。
 しばらく景色を堪能していたら、下から鈴の音が聞こえる。こんな遠い所に来る人が居るんだと思った。
 やがて到着した人は、私よりは年配の人で、若い人も同行していた。話を聞くとこの辺りはかなり詳しいので、相当山に入っている人なのだろう。
 帰りは大船温泉に入って帰ろうと向ったが、林道があちこちにあり、それが長いので、本当に到着するのか心配になるくらいだった。1度か迷った以外は何とか大船温泉に到着した。
 でもここは凄い車が居た。中には我が町会の貸し切りバスがいた。そんな案内があったっけ??
 これじゃ大混雑だろうなとなり、少し離れた川汲の温泉に行く事にする。ここでのんびり入浴。
 夜景は写真で表現できない
 帰って直ぐに用意をして、函館山に行く。明日は私の誕生日になる。、ミニコミ誌「野宿野郎」のイベントに誕生日の朝は野宿で迎えようと言うのがある。これに参加するのだ。
 昨年は吹雪いている中、東大沼キャンプ場に行ったのだが、テントのポールを忘れると言う、失態で野宿は出来なかった。
 もう暗くなってきた登山道をキャリアを押して登る。登って直ぐに若い女性二人が木を杖代わりに突いて降りてきた。
 「今晩は!」と言ったら「こんにちは」と返ってくる。そうかまだこんにちはか・・。
 次に男性が降りて来る。「こんにちは!」と言ったら「今晩は」と返ってくる。この時間一体どちらが正解なのか??
 キャリアを押しているが、暑いので汗が出る。この時期にしてはかなり暖かい。やがて千畳敷きに到着。
 夜景は相変わらず綺麗だ。大森浜にはいさリ火も出ている。これで4回目の野宿になるが、やはりここは最高だ。
 フラッシュを焚いたら人だけしか映らない。
 夜景も十分堪能したので、芝生にテントを張る。今日はフライも張ったので、中に入ったら暖かい。これは快適だ。ワンセグでテレビを見ながら、うとうとしだし、その内に寝てしまった。
11月7日(土) 雑多な日
 この様に付いた
 昨日購入したFMトランスミッターを取り付ける。ついでに動作しなくなったカーナビも取り外す。さらに運転席のシートを外したら201円が出てきた。過去に椅子の横から落としたのを思い出したのだ。
 アルミのプレ−トに機器を取りつけてあっという間に完了した。もうボディにビス止めしても、惜しくは無いので楽に取り付けが出来る。音もチエックして無事完了。これから旅も楽しくなる。
 箱館奉行所もかなり出来た
 今日は他に何も予定が無いので、自転車で町を散策する。行った先が五稜郭公園。ここは今も観光客で一杯だった。復元中の箱館奉行所もかなり出来てきた。
 公園には土手が沢山ある。そこの土手をMTBで、上がったり降りたりして運動をする。うっすらと汗が出て来る。良い運動の後は函館中央図書館に行く。
 ここで本を読む。古川古松軒の「東遊雑記」だ。実は1週間くらい前の新聞に、「旧市の渡橋」の橋脚発見かとの記事が出た。
 北海道新聞記事
 片側の橋脚は私も知っていたが、反対側が川の中にあるのを発見したそうだ。ボルトや釘を使用していると書かれている。発見者は笹島さんと言う73歳の人で、幼少期に見た記憶があったので、探して見たそうだ。
 私もこの辺りは資料や現地調査をしているが、昔は舟渡しで、その後橋になったと言うのは知っていた。
 しかし、土方隊が進攻した時は舟か橋かに興味がある。
 「東遊雑記」は1799年の紀行文で、これでは舟渡しになっていた。その後、いつ橋になったのか?明治元年の有川(現北斗市)には大きな木橋が掛っていた事は絵が残っている。
 技術的には問題なく造れただろう。さらにボルトを使っている事に興味があった。ボルトは日本に入った火縄銃の台尻に使われていて、それを見た政府がボルトを造らせたという史実がある。
 この技術がここまで来ていたかどうかが面白い。ボルトの牡ネジは手作業で削っていたので、見れば分かる筈だ。それにより時代が分かるかもしれない。面白そうなので、早く行ってみたい。
 それにしても、私と同じように、こんな事に興味がある人も、いるもんだなと微笑んでしまう。
 脚絆は懐かしい
 先日薪運びを手伝ったお礼にと、川汲の千葉さんからプレゼント。1つはつなぎ服。手伝いに行った時に私のつなぎ服が汚なかったのでくれたのだろうか? 新品だよと言う三菱自動車のつなぎ服はかなり古い。生地も今はなさそうな生地だ。もう一つが脚絆だった。これも包装袋からして年代物だ。でもこれをどうやって使ったらいいのだろうか?山のスパッツ代わりになるかな?
 地下足袋もあるが出てこない言う。またまた年代物が出て来るのか?
 千葉さんの家は雑貨屋なので、かなりの在庫がある。売れないものはそのままになっているので、超レアな物があるかもしれない。
11月6日(金) タイヤ交換&お買い物
 数日前に早朝の気温がマイナスになって寒い思いをしたが、今日はかなり暖かくなった。日中は15度くらいに気温が上がった。
 毎年恒例のタイヤ交換をする。いつもは小雪の降る中でやっていたが、今日は暖かい日差しの中で行った。 このタイヤはもう何シ−ズン使ったのだろうか、4シーズンくらいかも知れない。
 そろそろ限界になってきたので、今年は新しいのに変える事にした。そこで降雪が本格化するまでは、古いタイヤを履こうと言う事だ。多少早めに履こうが摩耗に関しては、大した問題では無くなった。
 それに今月末には釧路の娘の所に行くので、途中で雪にでも降られたら困ると言う事もある。
 当初、車を買おうかと言う話もあった。購入後13年を経過していて、減税対象になっていた。さらに16万Kmも走った車なので、車体はかなり傷んではいる。購入のチャンスではあるが、200万円程度の出費は痛い。話し合いの結果、走れるところまで走ろうとなった。古くても何の不自由もなく乗っているし、いつも寝泊まりもしている車は馴染んでいて十分なのだ。
 その代わり、古い車に少しの金を掛けようとなった。それが新しいタイヤの購入の訳だった。
 タイヤ交換も30分くらいで終わって家に帰る。
 USB・インバーター付き、FMトランスミッター
 直ぐに買い物に行く。近くのホームセンターでFMトランスミッターを特売で売っていた。我が車にCDプレーヤーは着いているが、CDにダウンロードするだけでCD代が掛るので、今持っているソニーのウォークマンを車で聞きたかった。
 音楽は沢山入っているし、ダウンロードもパソコンから出来るので好都合だった。
 早速行ったら、まだ沢山残っていた。何種類かあったが、一案安いので1580円だった。これにはUSBの充電器やインバーターまで付いている。なかなかの優れものだった。ウォークマンの充電やパソコンも使える。
 購入して早速車で聞いてみる。ばっちりと聞こえる。これで長距離の楽しみが増えた。
11月5日(木) ディケアーサービス体験
 今日は大野文化財保護研究会の例会だった。会はいつもの通り、淡々と進み、私の「土方歳三 蝦夷を歩く」のプランも説明させていただいた。大方はそんな冬に歩いて、大丈夫なのかと言う声が聞かれた。
 幾ら小さな山でも、常に何らかの危険は持ち合わせている。今回の250km踏破も決して楽ではないだろう。 それを敢えて実行するには、今まで一生懸命取り組んできた調査の結果の集大成として是非ともやりたいからだ。
 その為には体力作りも欠かさず、MTB50山登山で鍛えてきた。またコース上の人の歩いていない場所は、昨年、今年と冬山に入山して調査したし、冬季のMTB単独登山登山で厳しい寒さも経験した。
 だからといって万全はありえないが、やるだけの事はやってきた。
 過去の経験から、今回は周到な準備をした。それでも何が起きるかは分からない。
 特に気象に関しては要注意だ。天候の見極めと、潔い撤退か、天候回復を待っての停滞など、慎重に越したことは無い。海外のもう2度とチャンスの無いような場所に行くのでは無い。
 今年駄目だったら来年もある。そんな気持ちで挑みたい。
 一般家庭の中で行っている
 例会が終わった後に、北斗市向野デイケアーサービスの見学に行ってきた。個人の家でサービスが行われている。中に入ったらサービスを受けている人たちがいた。
 「温熱リハ」は気持ちが良い
 そこでサービスの体験をさせて頂いた。「温熱リハビリ―」と言うのがあった。テーブルの上にヒーターパネルがあり、その上に小型の座布団の様な形の物が、2枚置かれている。
 その小型布団の中には麦石と言うのが砕かれて入っており、それは遠赤外線効果があるそうだ。
 早速、やって貰う。小型布団の間に手を入れ、その上からトントンと叩く。なかなか気持ちが良い。数を数える事により、酸素を吸い込むので、脳がより活性化されるそうだ。体が暖かくなってくる。
 その動作を腰・背中・首とやって貰うが、眠くなりそうな気持のよさだった。
 他にも色々ある
 その他のリハビリ―用品も実際にやってみたが、効果はありそうだが、これらは市販されていないので、資格者のいる所で無いとやって貰えない。400円でやって貰える。要介護の人はかなり安いそうだ。

 家に帰ったら元近所の人が来ていて、よもやま話に花を咲かせる。楽しいひと時だ。
11月4日(水) 徳川幕府鉱山に行く-鱒川山道危うし
 川汲の徳川幕府鉱山跡に行く事にした。既に弾薬庫は発見していたが、鉱山はまだ分からない。
 川汲の千葉さんの家に伺ったら、千葉さんも行くと言う。これは心強いと安心して出発。所が話を聞くと、小学校4年位の時に行ったきりだそうで、千葉さんは今76歳くらいになる。65年も前の話になる。
 大丈夫かなと思いつつ、川を登って行く。川道は流木や岩が落ちて歩きにくい。私は大丈夫だが千葉さんにとってはきつそうだ。
 千葉さんはに杖を作ってあげた

 こんな綺麗な場所もある
 途中で休みながら、少しづつ進む。私が以前行った場所は、滝を3個所越えて着いた。その場所に来たら、こんなに遠くでは無いと言う。千葉さんの記憶もはっきりしないが、もっと近かった筈だと言う。
 千葉さんは、かなり上流に来たので、不安になったのと、体力的にも厳しそうで、戻ろうとなった。ゆっくり戻って降りたら、左手の沢をじっと見ている。
 「この沢の上部に鉱山があった様に思う」と、少しずつ記憶が蘇ってきたようだ。私は戻るるから、毛利さんは行ってきたらとなったので、登る場所を探していた。
 沢は岩盤が苔で滑って登れそうにない。少し下って木の生えている急斜面を登る。木があれば急斜面でも何とか登れる。かなり上部に来た。千葉さんがはるか下に見える。
 さらに登ると、道があった!
 これが鉱山に続く150年前の道だ
 はっきりとした道が残っている。道は鉱山のあると言う沢の方に向っている。枝を払いながら登って行くと、先ほどの沢に出た。でも鉱山跡は見えない。
 道はさらに沢の上部に向っていたようだが、崩落したのだろうか、迂回して行けば行けそうだが、時間がかかりそうだ。千葉さんが下に居るので、今日は行くのを止める事にした。旧道をどんどん下って行ったら、川に降りた。そこには千葉さんが居た。
 少し川を下って、今度は弾薬庫に行く。結局この道は弾薬庫に続いていた。

 弾薬庫のある場所は平坦な場所で、ここで何か作業をしたのだろうか?広い平らな場所の端っこに弾薬庫がある。
 昨日函館山で見た弾薬庫と瓜二つだ。寸法を測り礎石の配置をスケッチする。千葉さんはこんな所に良く1人で来るなと感心していた。
 この川は熊の通り道で、何度も目撃したそうだ。私も何か新しい発見があると、熊など忘れて没頭しているかも知れない。
 下る途中に雨に降られたが、千葉さんも無事帰れた。
 千葉さんの家で焚く薪を運んでやる。重いので年を取れば大変だ。今年でもう薪ストーブは止めて灯油にしようかと言っていた。
 鱒川峠の入り口はばっさり削られた
 帰り道、「馬揚」に車を止める。来る時に鱒川山道が、ショベルカーで崩されていたのだ。
 ただ過ぎてしまえば、何も得られない。社長さんらしき人に話を聞く。
 この直ぐ先に道はあって、上の林道に行く事は出来るのだが、その土地の所有者が通っては駄目だとなったそうだ。そこで仕方が無く、自分の所有している土地に車の上がれる道を付ける事になったそうだ。どうやら何なのトラブルがあり、この様な事態になったようだ。個人の所有地なので、どうしようも無い。
 イギリスのフットパスの様に、個人の土地内でも、歴史や文化を繋ぐ道は、通行権というのががあり、誰でも通るい事が出来る。
 日本は無理かな?
 土地の所有者は税金逃れで、この山を保安林にしていたそうだ。保安林は簡単に伐採の許可が降りないそうだ。取りあえず取り付きは工事をするが、その後は分からないと言って行ったが、工事はするんだろうな。
 話をしているうちに、この人は新選組のファンで、大出さんの本を沢山持っているそうだ。10月に新人物往来社の大出さんが来たのも知っていた。
 そしてこの道が土方の通った道であると言うのも知っていた。亀尾の土建屋さんだから、この先の林道の話を聞いたら、改良した林道は、旧道をそのまま改良したので、道的には間違いが無いと言っていた。
 その他に、まだはっきりしない旭岡山地から上湯川の道を聞いたら、私と同じ結論だった。また一つ自信の無い事柄が解決した。
 そして私が2年前に、250kmを歩いた事を、新聞で読んでいて知っていた。
 ショベルカーで壁をきっちりこしらえたので、上がる事も出来ない。来月ここを歩くので、上がれるようにして下さいと言ったら、登れるようにしてくれるそうだ。
 他にも道の話をした。鉄山の「鍋毀坂」知ってますか?、あれねあそこにはっきり残っているよね。と話がやたら合った。
 まだまだ、地図を見ながら話していたかった。彼も古い地図を集めているそうだ。何か同じような趣味なのかも知れない。
11月3日(火) 初雪だ〜!
 昨日は雪がちらちらしていて初雪日になった。
 今日の朝は-4度になるという、予報が出ていた。いよいよ冬が来たか。この予報だと、雪が積もるかも知れない。
 と言う事で、「♪〜犬は喜び庭駆け回る・・」ではないが、雪が降れば何故か嬉しくなる。と言う事で、、早朝の函館山登山をする事にした。
 今日は寒いのでダウンを着た。
 4時半に起きてトイレに行き、既に配達されている新聞を読む。何時に配達しているのかとにか早い。5時には4度の室温の中で、ストーブも点火しないで、パソコンをやっていたら、窓が明るくなってきた。あれ〜今日は朝日が出るんだ。
 慌てて着替えをして、ザックを背負って、車で函館山登山口の駐車場に向う。行く途中の路面は、雪が少ししか積もっていないが、駐車場は真っ白だ。
 早速、汐見コースを登るが、朝日が出そうな雰囲気になってきたので、かなりの早足で登る。今日は荷物も少ないので、一気に登れる。心臓がばくばくいいだして、寒いのに汗も出て来る。登りきってからの尾根道は、走るように進む。
 朝日が綺麗だった
 何とか間に合って、朝日の写真を撮る事が出来た。今までは毎日のように、大森浜から見ていたが、高い場所から見る、朝日もなかなか綺麗で、感動的だ。
 ここが弾薬庫跡
 この後、先日発見した、弾薬庫跡に行く。ここで写真撮影やスケッチ、礎石の配置を書いたりしてから戻る。
 今年は弾薬庫を2個発見出来た。古文書には台場があったと言う記載もあるが、、現地を実際に調査する人は、少ないと言うのが良く分からる。
 現地を見れば、何故ここに台場があるのか良く分かる。
 古い道と古い史跡。それに古文書を合わせれば、歴史をより深く知る事が出来る。
11月2日(月) 鈴木さん出発&パンク修理
 早朝なのに元気に出発した。
 午前2時40分に起きる。鈴木さんが朝の4時30分発の、青森行きの青函フェリーに乗る。
 朝は低温になる予定だったが、まだそれ程冷えてはいなかった。それでも本州の人にとっては寒いだろう。 
 記念写真を撮って出発する。出発して途中で振り、再び返り手を上げて行った。
 やっとタイヤ交換が終わった。
 少し寝たが、目が覚め5時には起きてしまった。少しパソコンを開いてから、朝のウォークに出発。今日も朝日が綺麗だった。毎日のように撮影しているが、長いコース上の撮る位置がいつも変わるので、色々な写真が撮れる。朝日ばかり撮っているのだが、だんだん嵌りそうになってきた。
 20枚程撮るのだが、その中で気にいったのが数枚はある。

 食事後は自転車のタイヤ交換をする。近くのホームセンターに行ったら、夏タイヤが無かった。
 今は雪用のタイヤが売っているし、スパイクタイヤも売っているのは知らなかった。でもスパイクタイヤは5千円を超える。とても買える値段では無い。安い車のタイヤより高いのだ。
 遠くのホームセンターで790円で購入し交換した。雪が舞う中での作業だったのでやはり寒い。
 体がすっかり冷えたので温泉に行き十分に温まって帰ってきた。

 この気温は2〜3日のみで、週末は再び17度近くまで上がるようだ。9日は誕生日になる。ミニコミ誌「野宿野郎」で誕生日野宿と言うのをやっている。
 前日に野宿して朝に誕生日を迎えるというものだ。今年は参加してみようかな。
 場所は何処にするかはまだ決めていない。
11月1日(日) 旅人と話す
 朝から雨でウォーキングは諦めた。
 こんな日はお買い物に行く。昭和タウンの家電ショップでで写真用紙を購入。昨年買ったのはA4100枚入りで2500円した。これが一番安かった。でも今回はA4100枚で1980円があった。随分安くなってきた。
 写真印刷が多いので助かる。それに最近は両面印刷用紙の種類が増えた。最近まで1種類しか無かったので、選ぶ事も出来なかったが、3種類のメーカーから出ていた。暑さも厚手と薄手ての2種類があるので、本の作成には便利になった。
 この防水スプレーを購入。安物買ばかりだな。
 ゼビオに行ってみた。特に購入するものは無かったので、ウィンドショッピングのみかと思っていた。あちこち回っている時に防水スプレーが安く売っていた。先日はテントの防水処理をしたのだが、半分で1200円も掛ってしまった。
 売っていたのは2缶で980円と安い。透過性防水素材もOKと書いている。ゴアテックスも勿論透過性防水素材なのでOKだろうと購入した。実はゴアテックス推奨と言うのは1缶1800円とかするのだが、そんなに違いがあるのかどうか試したかった。
 これでOKであれば安いに越したことは無い。
 モンベルのレインウィアーである、ストームクルーザーの防水が弱くなってきたので、そろそろしなくてはと思っていた矢先だった。良い買い物か悪い買い物かは試してみてからだ。
 久しぶりに話した。
 午後から旅人鈴木さんと話す。ずっとお互いにすれ違いが続いてのんびり話す暇も無かった。今日初めて名刺を交わした。
 肩書はフリーライターと書いてあった。将来は物書きになりたい希望だそうで、頑張ってほしい。
 明日の朝の3時には函館を離れて日本海を行き、途中から会津に入り、東京に滞在しバイトをする予定だ。
 来週には歩き人がやってくるが、それが最後の旅人かな。冬が近づいてくれうのを実感する。
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