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10月31日(土) 帰宅
 朝は7時に目が覚めた。私の部屋はカーテンを閉めないので、明るくなれば直ぐに目が覚めるが、昨日はカーテンをしていたので夜が明けているのが分からなかった。
 ここがどんぐりの湯
 木をくりぬいた脱衣場
 朝一番で昨日とは違った露天風呂「どんぐりの湯」でのんびり。この帰りつり橋を渡るのだが、私はつり橋が怖い。おそるおそる渡るのだ。それでなくとも揺れて怖いのに、おまけに霜が降りて滑るのだ。
 そんな私を見て妻が「何が怖いの?」と言わんばかりに、すたすたと渡っていった。そうしたら霜で滑ってすってんころり。辛うじて一番下のワイヤーに捕まった。
 転んだ場面を写真に撮ろうとしたが、カメラを出すのが揺れるので怖い。その内に妻は立ちあがってさっさと行ってしまった。
 
 結局は11時のチエックアウトまで、何度も風呂に入り満足して旅館を後にする。
 その後は、厚沢部の道の駅で、安い野菜を買って、江差に向い、えにしえ街道を散歩するが、やたら風が冷たい。何処かの店に入ると女性陣は直ぐに物を買ってしまう。
 私はひやかしのみで購入は無し。
10月30日(金) 銀婚湯宿泊
 八雲町にある銀婚湯に行く事になった。普段から旅館泊まりなどはめったにない。ここには義弟が働いているので行きたいという事と、来年のおばあちゃんの1年祭をここでやろうと考えていた。
 義弟が忙しいので、打ち合わせにも来れないので、この際、旅館に宿泊して話の段取りを付けようとなった。
 家を出て函館市内の丸井デパートの「全国美味いもの祭り」とかに寄る。ここは試食豊富で楽しいし、途中の昼ごはんもここで買って行こうとなった。

 流石に会場は混んでいた。あちこち試食しながら歩く。それぞれが美味しいものばかりだ。多くの店の中で伊勢にある「赤福」だけは人が来ていなかった。やはり例の事件の影響は大きいのだなと感じさせられる。
 弁当は私が「東京深川のあさり弁当」、妻は「あなご弁当」で決まった。
 11月に私と義理の妹が誕生日を迎えるので、その誕生会もやってしまおうと言う事で、シモンケーキを購入。
 これで銀婚湯に向う。
 コースは国道5号線を避けて、厚沢部から山道を通って行く事にした。きっと紅葉が綺麗だろうという予測だったが、紅葉は既に遅いのか今一つ、、綺麗では無かった。
 チエックインは2時頃着いたのだったがOKだった。おばあちゃんが亡くなった時、大変お世話になっているので、その時のお礼とお土産を渡した。
 部屋に入り直ぐに、露天風呂に行く。ここには本館には男女別浴室と露天風呂があるが、その他に川に架かる釣橋を渡ってはるか遠い場所に露天風呂がある。歩いて10分も掛るのだ。
 怖いよ〜
 私は釣橋が嫌いなので、あまり気が進まない。それでも我慢しながら、ワイヤーにしっかり掴まって渡る。
 橋を渡った一案奥が、貸し切り露天風呂になっていて、周囲は全くの木立原になっている。
 木をくりぬいた露天風呂
 早速入る。浴槽は2人が入れるだけしか無い。かなりのんびりと入れる。解放感は抜群の所だが、近くで工事をしていて、その音が凄くうるさいので、雰囲気は今一つだった。
 すっかり温まって出たのだが、帰り道は流石に風が寒く、やはり今時期は近い場所の方が良いなとなる。

 食事は、私のキャンプ生活に比べれば、1000倍ほど豪華な食事が出た。皆は酒を飲みながら、食事をするので、のんびり話しながらゆっくりペースだ。
 酒を飲まない私は食べるしかなので、水を飲みながら、一気に完食してしまった。こんな豪華な食事はめったに食べないが、それでも旅館の料理は、どこでどんなのが出たかは、記憶から消えてしまう。
 テントで食べた粗末な食事の方が思い出されるのは、貧乏性なのだろうか。
 夜も内湯に何度も入り、誕生会をやる予定だったが、皆は酔いのためか寝てしまった。私は遅い時間に耐えきれず寝てしまった。
10月29日(木) ホームレス中学生
 昨日買った「ホームレス中学生」を半分読んだ。
 常日頃、妻から「あんたなら、ホームレスでもやって行けるよね」と言われている。確かに自分的には向いているかも知れない。
 何事をやるにしても、その中で楽しさを、見つける事が出来るから、適しているかもしれない。
 最近はテントを張る場所も、従来は凄く気を使って、キャンプ場の様な安心できる場所にしていたが、、最近はあまり気にしないで、何処でも張るようになった。
 自転車旅の場合は、機動力があるので、良い場所を探して歩く事は比較的出来やすい。しかし歩く旅になればそうはいかない。  4kmくらい歩くのも1時間はかかる。そこに良い場所があるという保障があれば、歩くかもしれないが、行ってから探すとなったら、面倒だから、何処でも良いからテントを張ろうとなってしまう。
 世界を歩いているふみさんのブログを見ても、平気で道端にテントを張っている。それは歩く旅人にとって、極普通の事なのだ。
 その気持ちが段々分かるようになってきた。
 「中学生ホームレス」は母親が癌で亡くなり、父親も癌の宣告をされ入院したら、会社から首を言い渡されて、一家が離散したのだ。
 仕方が無く、兄弟がそれぞれホームレスになった。公園でのホームレスの雰囲気は読んで良く分かる。自分も公園でテントを張る事もあるからだ。雨に当たらない場所を探す。人に目立たない所で寝るは自分と同じだ。
 一番大変なのは食料だった。最初に持っていたお金が無くなってから相当苦労した。草まで食べたし、段ボールも食べた。
 私の友人に日本一周した和也がいた。彼は草が食用に適しているかなど、非常に詳しかった。海のものも良く知っていて、驚いた事がある。一緒に数日暮らして、彼の生活力に驚いた。お金が無くても知識があれば、何とかなる事もあるのだ。
 でも、ホームレスは同級生の家に世話になる事になり、そんな長い期間はしなかった。その友人の家の人や地域の人の世話になり、兄弟がそろって、家を借りて貰い、生活保護を受けて生活が出来るようになる。やはり世の中は人だという事をつくづく考えさせられる。1人では生きられない、皆が支え合うそんな時代になってくれればいい。
 旅をしても、最後は良い景色を見たかではなく、良い人と会ったかという事が一番の旅の醍醐味になる。
 人は大事だ。
 後は地図外に顔写真を張る。
 旅人出身地マップを作る事にした。ゲストハウスに来る人は何処の出身者が多いのか知りたくなった。100円ショップで買った日本地図を張り付けて、旅人の写真をピックアップしたが、数が多すぎて今日は途中でギブアップした。また明日やろう。
10月28日(水) 健康サロンin明和園
 今日は健康サロンの日。いつものように入念なストレッチを行う。その後は運動量もだんだんと増えて来る。お年寄りは結構きつそうにやっていた。私の場合は体力的には、全然平気なのだが、真面目にストレッチはやっているので、結構良い運動になる。
今回新しいメニューが増えた。。その運動が出来なかった。改めて右足が不自由だというのを思い知らされた。
 普段はびっこを少しひいているが、それ程不自由を感じていなかった。確かに右足に力が入らず、安定性が無いというのは感じている。
 今日の運動は足の指の運動だった。靴下を脱いで、足の下に新聞紙を置き、足の指を丸めるようにして、新聞を手前にぐちゃぐちゃにして寄せて来るのだ。最初に半紙大だった新聞が引き寄せられて小さくなってしまう。
 お年寄りの皆さんも上手に引き寄せていた。私は左足は寄せれるが、右足は幾ら力を入れても新聞紙をつかむ事さえ出来なかった。やはり事故の影響は残るものだと痛切に感じた。
 この運動をしてリハビリィをする必要があるのかも知れない。
 忘れ物がない様にね
 次回は料理教室をやる事になった。これは当初のメニューには無かったのだが、皆さんがやりたいと言うので、番外メニューになる。
 ここ明和園の栄養士さんが指導してくれる。これも楽しみだが、我班は男性は2人しかいない。もう一人の男性は作る気は無いような雰囲気。ただ行って食べれば良いんだろうと、言っていたがどうなる事やら。
 昼食はいつのも350円定食。何故かカロリーも控えめで丁度良い食事だ。
 今日の昼食。魚のフライ、きんぴらごぼうなど
 午後からは自転車で、町をぶらりと回る。100円ショップで不足していたベルトを購入。都道府県の名前入りの日本地図も購入。これはゲストハウスに来た旅人の出身地の場所に写真入りで名前を入れる。
 日本全国の何処から多く来たかを可視化する。そしてママチャリのパンクした原因は、リムテープの破損だったので、これも購入した。

 今度はTUTAYAに行く。最近本屋に来ていないなと思い何気なく入った。本が以前よりかなり安くなっている。105円の本が凄く増えたように思う。
 3冊購入した。「ニッポン縦断歩き旅」「自転車少年記」「ホームレス中学生」と自分の趣味的な本があった。
 「ホームレス中学生」は出版した時に、購入しようと考えたが、1300円を惜しんで買わなかった。それが今は105円になっている。 安いものだ。

 我が家に来ている旅人は、風邪でダウン気味。今日は一日中寝ていて、夕方に起きて病院に行ったが、これで良くなるか?
10月27日(火) トレーニング
 朝に湯の川温泉協同組合の建屋に居る、湯の川オンパク事務局の佐藤さんに会ってきた。
 オンパクガイドとして啄木亭に紹介してくれたお礼方々話をしてくる。
 「痩せたんでない? ガイドブックの写真を代えるんだったね」と言われて、そうか前回のガイド時は断酒を始めて直ぐだったから、体重は落ちていなかった。あれから1年になるんだ。自分で言うのもなんだが、我慢強いな。
 今年のオンパクはバスで出かけるツアーが大幅に減り、私のイベントのみになってしまったそうだ。観光客の落ち込みで、経費もばかにならないのだろう。

 話の中で、函館市役所の観光推進元の組織が変わり、新しく観光振興課広域担当と言うのが出来たそうだ。函館市内だけの観光に留まらず、周辺市町村と連携を組んで、観光を推進しようとするものだと言う。
 私も以前から感じていて、今取り組んでいる「土方の道」などは、函館を除いて、9市町村にまたがったトレィルになる。一部の町は熱心に取り組んでいるが、殆どは手つかずの状態だ。
 近年、イギリスのフットパスに一部見習ったような様な動きが、北海道でも広がっているが、残念ナガラ道南には組織だったものが無い。
 何とか多くの人が歴史を感じて、堪能しながら歩けるロマン街道を作りたい。
 そのためには行政への協力も必要だろう。幸い担当者は、昨年の「地域で作るミニ旅」のプランを募集した際の担当者で、私も応募して入選しオンパクガイドになった経緯がある。
 早速話をして見よう。

 午後から函館山トレーニング。歩きだしたら下って来るMさんと会った。良く会うがいつもこちらは登り、あちらは下りになる。
 少し話をする。今度川汲山道に行こうとなったが、やはり日ハムの日本シリーズ後が落ち着けるかな。
 汐見山コースを登るが、以前に比べ心拍が上がらなくなった。急斜面でも、はあはあ言う事も無くなった。やはりトレーニングンの効果はあるものだ。
 何かあっという間に登って帰ってくるという感じになった。少し楽すぎるかな。もう少し長いコースの山にしようと思う。


 夕方に旅人鈴木君が来た。函館に向う途中の積丹半島で、リアディレイラーに針金が絡まり、ディレイラーが折れるという事態になった。
 タクシーと電車を乗り継いで札幌に戻った。自転車は直ったが、ついでにバイトをしていた。
 土方の仕事をしたが、周囲は皆煙草を吸うので、すっかり喉を痛めてしまったそうで、風邪も引いてしまった。
10月26日(月) トレーニング&弾薬庫発見
 最近何かと忙しく、朝の砂浜ウォーキングしかやっていなかった。昨日新しい防水バッグを入手してキャリアにセットしたので、と言うわけではないが、函館山にトレーニングに行く事にする。
 いつものように、登山口駐車場に車を入れて出発。今日の荷物は「土方歳三 蝦夷を歩く」の時と同じ内容でパッキングした。久しぶりの荷物は背中にずしっとくる。
 今回は旧登山口を登る。途中8人の下山者に会う。皆早朝から登っているんだと感心する。
 その中で2人で歩いていたおばちゃんと話をする。
 1人の女性が「随分荷物を持っているんですね」と言ったら、私が答える間も無く、もう一人の女性が「大雪山に登る時などは、重い荷物を背負って、トレーンングをするんだよ。ここを登って七曲りを降りるんだよ」と説明。
 「大雪山に行くんでしょう」と言われたが「ちょっと違うがトレーニングですよ」と答えた。
  入江山砲台跡で
 今日はいつもとコースを変え、9合目辺りにある駐車場まで行って、そこから入江山に行く事にする。平地なので普段はあまり行かないが、今日は気が向いたので行く事にした。。
 ここには日清戦争以降に作られた、入江山砲台跡がある。ここで一休みしてから戻る。
 戻る途中で、ここは幕末の箱館戦争の時に台場があった場所でもある。
 台場の場所は現在、特定できないが、他に何か遺跡が無いのかなと思い、道の周辺を探し始めた。
 少しして、延びた笹の頭が、少し窪みのようになっている場所が見えた。
 笹をかき分け中に入って行ったら、そこには弾薬庫らしき人工的な穴が見つかった。
 その形状は天狗岳弾薬庫や川汲の徳川鉱山にあった、弾薬庫と同じ作りだった。
 掘った穴の大きさも、高さもほぼ同じで、穴の底や壁には自然石を配置している。何て似ているんだろう。
 この砲台のから穴間に抜ける小道がある。現在は崩落して通れないが、函館山の裏から登る道の近くに砲台を構えるのは自然だろう。
 これが弾薬庫

 穴の底と壁に自然石が配置されてる
 日清戦争以降に作られた、砲台などの構造物はコンクリート製なので、その際の穴とは考えられない。
 幕末の弾薬庫に間違いな無いと確信するのだが・・・。
 いつもは行かない、入江山に呼んだのは、新選組の霊なのか。私に霊感が付いたのだろうか?
 紅葉は一部だけ綺麗だった
 帰りは汐見山コースを降りる。紅葉は全体的に、それ程美しくは無いが、それでもほんの少し綺麗な紅葉も見れた。
 暗い色ばかりだな

10月25日(日) 旅人出発&防水バッグ購入
 夜明け前の朝日
 最近は朝日にすっかり嵌って、ウォーキングの合間に、写真を撮り続けている。誰が立てたのかこの様なオブジェもあって、結構写真の被写体に事欠かない。夜明け前の太陽と、木のオブジェと散歩をしている人をフレームに入れてみた。
 走って運ぶところが凄いな
 毎日色々な人に出会うのだが、この方は材木を担いで走っている。この角材は相当重そうなのだが、走って運搬している。木はその日によって太かったり、細かったりまちまちだが、かなり遠くから走って運んでくる。
 その光景に毎日出くわすのだ。地元の漁師さんだと思うのだが、スタミナがある事には感心する。
 神奈川県横浜の杉藤さん
 昨日の夜来たのだが、今日の8時には出発してしまった。あまり話をする時間は無かったが、今度またいつかおいでと言って見送った。大学生なので来年卒業して社会人になる。
 普段は自転車に乗っていないが、今回の日本一周の旅に購入したそうだ。GIANTのグレートジャーニーはスポークが折れるので、大変な自転車だったが、この自転車は全く折れないそうだ。
 新しい自転車は改良を加えたのだろうか? でもブレーキーは一昔前のカンチブレーキーだった。今はVブレーキ全盛だが、ドロップハンドルの自転車はカンチなのだろうか。
 坂道の下りは大変でしょうとうったら、かなり手が疲れると言っていた。
 従来はこうだった

 防水バッグ1個に収まった。
 キャリアー用の防水バッグを買う事にした。少し前まで苦労して、クーラーバッグと登山用のバックバッグを組み合わせて、その上に防水カバーを掛けていた。中に入れる荷物もナイロンに入れて格納するようにした。
 完成はさせたのだが、釣り具屋の防水ウェイダーバッグを見たらどうしても欲しくなった。今回は釣り具屋さんのオープン記念特価で、店頭品を2800円と安く売っていたのと、かなり軽量なのも気にいった。それで購入しようとなった。
 それにしても、自転車用の防水バッグは2個で2万円もする。こんな防水バッグで自転車用バッグを、安く作って貰いたいな。
 私の自転車用のバッグはかなり傷んで、雨が入り込む。もう一回り小さいのがあれば、自転車用に改造するのだが・・・。
 この防水バッグならカバーも中に入れる荷物も普通の袋で済む。チャック部分も内側がチャックより高くなっていて、水が入らないような構造になっている。キャリアに付けてみたらぴったしで、これ一つに冬用寝袋を除いて、全ての荷物が入ってしまった。
 さらに良かったのが、テントやマット等の収納サイズと、バッグの幅がぴったりで、効率よく収納出来た。お陰で全く隙間が無くきちっと収納出来た。
 ショルダーベルトを外してバンドを通すプラスチックを付けた。
 バンドは100円ショップ。これで固定はOKだ。

10月24日(土) 日ハムCS優勝 
 郵便受けを見たら、、出身中学校の同窓会通信「同窓光成」と、北海道マガジン「KAI」の2誌が、一緒に入っていた。
 最近は取材される事も多くなって有りがたいのだが、自分の発信している事が役に立っているのかなと考える事もある。自分の生き方が少しでも皆の力になってくれれば嬉しいが・・・。
 「同窓光成」
 ホッカイドウマガジン「KAI」
 
 昼に「はこだて湯の川温泉博覧会」(オンパク)のプログラムの打ち合わせに行く。啄木亭の高田さんと打ち合わせしようと、プランを出して説明したが・・・ポスターと冊子を出された。
 あれ〜!既にプログラムに組まれていたのだ。昨年実施したのと同じプログラムで、やると言う事だった。私は新たなプログラムでやるのかと考えていたが・・。
 昨年と同じタイトルで出たので、これは仕方が無いとして、中味の変更をして対応しようとなった。
 話の中で、ホテルの来客に提供して、楽しんで貰えるプログラムが無いと言うのを感じた。観光客が年々減る状態で、何とか連泊をして貰うには、それなりの滞在型のプログラムが必要になっているようだ。特に箱館戦争などの、歴史に関するガイド不足なので、将来的には何かで応援出来るかもしれない。
 部屋には昨年(右)と今年(左)のポスターが貼られた

 ゆのかわ温泉博覧会

 午後からはCSの応援。見ようと思った所に来客が来た。スキー仲間のAさんで、最近会っていないので、積もった話をしばらくした。
 家に帰ったら、既に日ハムがリードしていた。試合は終始リードしていたが、放送が突然終了になる。慌ててラジオをセットして聞き入る。
 最後の勝利の瞬間は、テレビで見たかったし、試合の後、両選手が抱き合って健闘を称える場面とか、引退する楽天、野村監督の両選手による胴上げなど、感動の場面が見れなかったのは残念だ。
 
 夜には、自転車日本一周の旅人がやってきた。
10月23日(金) 何かと忙しい一日
 今日のスタートは朝の0時30分から始まった。目が覚めたのはメールだった。昨日も寝不足でぐっすり眠っている筈なのに・・。いつもは目が覚めないメールに反応した。夜遅い人はこの時間は確かにまだ寝てないだろうな。それからうとうとしていたら、メールが鳴った。9さんが出発だ。3時半に出るのが、急遽1便早くしたので、1時に出発にしたそうだ。
 起きて見送りする。来年はねぶたに来てくれうそうなので、また来年会いましょうと、写真を撮って分かれた。
  9さんとは来年のねぶたに再会する
 部屋に戻ったが、外は寒かったので、すっかり目が覚めてしまった。そのまま作成した資料を校正したり、本を読んでいたが流石に4時ころには寝くなり、一度寝て7時に起きる。
 昨日9さんが図書館に自転車で行ったが、帰りにパンクしたそうだ。それで家まで押して帰ってきた。
 その自転車のパンクを直していたら、昨日の夜到着した。ハセさんが出てきたので外で話をする。彼は大学生で、既にヨーロッパを自転車で回り、今年は日本を回っている。
 自転車が好きで、家族も自転車関連の放映があれば、しっかり録画してくれるそうで、その中の録画に「人生の楽園」があった。
 さらに人生の楽園に出演して頂いた、世界一周の自転車旅に出ている、小口さんの友人である。
 ハセさんは大学生。
 今日は11時のフェリーで出発なので、ゆっくり話す暇も無かった。来年は就職なので、夏休みなどにしか来れないそうだが、北海道はまた走りに来ますと元気よく出発した。

 午後からは北海道新聞編集委員の取材を受ける。
 函館に坂本竜馬記念館が出来るので、それの特集の紙上対談の取材だ。対談と言ってもそれぞれが取材を受けて、同じ新聞のスペースに載る。
 編集委員の取材は、カメラマンも別に来て撮影する。
 「誠」Tシャツで取材の場面を撮って貰う。手を動かしたり、表情を変えるたびに、カシャカシャと高速カメラの音がする。あの郵政社長の西川さんがシャッター音が煩いので、話すのを止めようか、と言った場面が思い出される。
 いつのも取材は音なしの1眼レフのデジカメなのだが、今日は本格的なカメラだ。
 何かいつもより手振り身振りをしたように思う。
 来月の9日前後に掲載される。
 そして12月の「土方歳三 蝦夷を歩く」の時に、函館に着いた時は、記念館を表敬訪問する事にした。
 その時は、記念館の館長と握手して、記念写真を撮ろうかとなった。
10月22日(木) 眠い日
 昨日のパリーグのCSは、日ハムが負けたなと、はっきり言って諦めていた。9回裏の攻撃で4点差の負けゲーム。今日はもう駄目だなと正直思った。何となくうつろに画面を眺めていた、所が何か少しずつ雰囲気が変わってくる。
 1点が入る。それでもな〜まだ3点差がある。
 その時である。スレッジの撃った球が外角の少し高めだろうか? 行った〜という感じだが、ぎりぎりかなと目を凝らす。すると球はスタンドに入った。
 驚いた。それは今までに無いような興奮状態だった。
 自分では負けが99%の確率で残りの1%で勝った。反省だな・・・。
 アフリカ自転車縦断娘の美緒ちゃんが、1%の確率があったら何にでもトライする事だ、と本に書いた言葉を思わず思い出した。
 美緒ちゃんと話をすると、彼女のそんな気持ちが良く分かっていた。そして、今は国際的に活躍している。1%の確率でも・・。
 自分もその様に、しようと常々思って、何事も挑戦してきたが、まだしっかり身についていないな、
 大事な1%をすっかり忘れている。

 朝の2時50分にメールが来た。9さんからだった。今日の青函フェリーは欠航になったそうで、出発は明日に延びる。それじゃ寝ようと、直ぐに眠りに入れたのだが、3時に目覚ましアラームが鳴った。アラームの解除を忘れていた。
 今度はすっかり目が覚めてしまった。仕方が無いからと古文書を読んでいたら、新しい発見があり、面白くて寝ないで読んでいたので、すっかり夜が明けてしまった。

 啄木亭に電話して、オンパクガイドの打ち合わせを24日に決めた。持って行くコースガイドの、たたき台を作成して布団に入って寝ようと思ったが寝れない。
 ベルトをしっかりつけた

 アルミボトルとバックライトを付けた

 100円ショップ品を改造して取り付け
 キャリアのベルトを2個所付けて、バックライトを改造して取り付ける所までやった。
 それにしても眠い。今日の試合に耐えきれるかな?
10月21日(水) カラオケセット完成
 カラオケとは縁が無いのに、カラオケが出来るようにしてしまった。
 妻の実家に使わないでいた、レーザーディスクがあった。相当前は使っていたようだが、今は全く使っていない。そのレーザーディスクの機械をゲストハウス「自遊旅」に持ってきた。
 カセットテープの蓋は壊れているが、テープを入れたら音が出た。ボリュームを上げて行ったらぶつ!と音声が消える。
 何で音声が消えたか、全く分からない。諦めかけていたが、また音声が出た。
 おかしいな〜。
 あちこち触ってみたら、また音声が消える。ようやく原因が分かった。
 電源コードが半断線しているのだ。ケーブルが無いので、そこは触れないようにして、次の作業を続ける。
 今度はDVDのプレーヤーを繋ぐ。カセットじゃ音楽のカセット録音機もないので、CDでカラオケでやりたい。
 外部端子に繋いだら、音声は出た。しかしカラオケにはならない。音声多重なので音声切り替えが居る。でも今度はリモコンが見つからない。
 今度は映像の番だ。私の使っている10インチのテレビを繋いだらカラオケの歌詞が出た。これはOKだ。
 
 今度はマイクの番だ。マイクは家に無いが、セカンドストリートのリサイクルショップで見た記憶がある。
 戸倉のリサイクルショップに行く。マイクの頭が取れているのが500円。他にも有ったのだが売れてしまったのだろう。
 仕方が無く他のリサイクルショップに行く。ここの音楽コーナーに2台有った筈だ。
 でも行ったら無かった。店内をうろうろしている内に、ジャンクコーナーがあった。
 ガラクタをかましていたら、何とまだ使っていないAIWAのマイクが出てきた。700円なり。
 直ぐに購入する。3ケ月の保障も付いている。

 帰り道、家の近くのガソリンスタンドで、ガソリンを入れようと思って、寄ったら105円(軽油)だった。え〜午前中に通った時は94円だったのに・・・。
 半日で11円も上がってしまった。ショックだ!
  気分良くカラオケを歌う
 家に帰ってマイクを繋ぐ。OKだった。リモコンが無いので音声付で歌う。
 普段は全く歌わないカラオケだが、少し練習するかと言う気持ちになった。
10月20日(火) トラピスト修道院へ
 旅人9さんと一緒に、ドライブに行く。天気は快晴なのだが、行く先の遠くを見れば雲が真っ黒で怪しい。
 最初に行ったのが茂辺地川。鮭の遡上が始まっているかと思ったが、10匹くらいしか見えず、まだ川が一杯になるだけの迫力が無い。
 久しぶりにトラピスト修道院に行った

 私がひ熊ではありません

 古い看板だったが9さんも撮っていた
 次に行ったのがトラピスト修道院。ここで雨になった。
 修道院は、外から見るしかないのだが、展示スペースがあって、中の様子が写真で見れる。初めて来た9さんは熱心に、展示している写真を見ていた。
 外に出たら、ひ熊出没情報の看板があった。
 写真を撮った後、良く見たらまだ上磯町になっていた。現在は市町村合併で北斗市になっている。この情報はいつの物なんだ?
 帰りに売店でトラピスト製品の跳ね品を買う。跳ね品があると言う表示はしていないが、言えばある時もある。トラピストクッキーとバター飴を購入。40%OFFで買える。味は一緒なのでお得だ。9さんもバター飴を購入した。

 北海道新聞の夕刊に、MTB50山登山の記事が載った。
 5年も掛った。昨年はあまり登れなかったので、今年は元旦から頑張って登った。
 今後70歳までに、100山登山を目指す。体力勝負なので、普段から鍛えなくては・・。
 記事の中に関係者のコメントが載っている。記者としては一方的な記事を載せてはまずいので、関係者のコメントも載せなくてはならない。
 MTB登山なので、日本マウンティンバイク協会は、好意的なコメントを載せてくれたが、北海道山岳連盟理事の方は想像した通りのコメントがあった。
 北海道に於けるMTB登山については、現在知りえる情報では、私を含めて3人しかいない。その内の一人の羅臼の方とも会って話したが、安全性や環境保護には、自分もそうだが、彼もかなり気を使っている。
 MTBを押して山に登っていると、多くの方が応援してくれる。しかし中には挨拶しても返事をしてくれない人も時々いる。MTB登山に対する嫌悪だろう。
 何事も、新しい事をやると色々な意見や考えが出て来る。それだけに、常に慎重に活動をしなければならない。
 MTB登山がそれほど増えるとは思わない。あまりにも厳しすぎるからだ。力まずにぼちぼち楽しめれば良いのかな。
 一般登山者の遭難は、今年もトムラウシで大きな遭難事故があった。やはり装備や無理な行動が、大きな要因なのだろう。
 MTB登山で遭難や事故を起こしたら、何でMTBで登山?と言われるのが落ちだ。
 北海道新聞記事
10月19日(月) ガスコンロを考える
 旅人9さんは昨日は頭が痛いと言って、一日中寝ていた。海水の入っていて冷たかった、水無海浜温泉に入ったので風邪でも引いたかと心配したが、今日はママチャリで町に出かけられたので一安心だ。
 
 夏物と冬物の衣類の、入れ替えをしていなかったので、急遽行う事にした。この時期短パンに半袖Tシャツと、言うわけにはいかない。
 入れ替えを行うがあっという間に入れ替えが終わってしまう。
 衣類はあまり持って居なく、かなり少ない事が分かる。毎年見た事のある衣類ばかりが出て来るので、新しい衣類の補充が少ないのだろう。
 
 終わってから、アウトドアショップの自然倶楽部に行き、防水ワックスを購入。合わせてカートリッジガスも購入した。自然倶楽部の社長さんとは昔、一緒に仕事をした間柄になる。
 話の中で、昔し一緒に仕事をしていた人が亡くなったり、病気になったりとの話を聞く。、この年代になればつくづく健康が大事だと思う。出来るだけ努力をしなくてはならないな。
   テントに防水コ−トをした後、ガスコンロが近くにあったので見ていたが、ふと確か暖房用のガス器具があった事を思い出した。亡くなった義弟が使おうとしていたものだ。
 出して見たら大きい。そしてよくよく構造を見たら、ガスが出て燃焼する、先に円筒の網があって、それが赤く温まるだけだ。
 かなりシンプルな構造だ。
 そこで、確か高燃焼用の小さな金網があった筈だ。探したらゲストハウスにあった。
 この網を台湾製ガスコンロの五徳の内側に入れてみたら、何とぴったりと収まるではないか。
 セットして点火して見たら、ばっちり温まる。これなら寒くても少しは暖かくなる。
 テントは登山用なので、空気の流通は出来る。寝るまでの間の暖房としては使えそうだ。
 金網をセットしたまま、湯も沸かせるので一石二鳥だ。
 これが台湾製小型ガスコンロ

 これはガス暖房器具だがかなり大きい

 金網がぴったりと収まる。燃焼面積も大きく暖かい
10月18日(日) 冷蔵庫修理など
 ドアキャッチで冷蔵庫回復
 我家の電化製品も、我々年寄夫婦と同じで段々と疲労して来ている。何年使ったか分からないが、相当使い込んだ冷蔵庫が壊れた。電気消費量も多分多いので、エコ家電でも買えれば、電気代も節約できて良いのだろうが、まだ動いているものは、古い人間だから、勿体ない精神で、なかなか変えるわけにはいかない。本当は電気代が勿体ないのかも知れない。
 壊れた部分は、扉の電気マグネットで、電気が入らないので、扉がキチンと閉まらない。いつも少し開いた状態になる。冷蔵効率も悪いし、ここは直すしかない。
 電気部分を直せば良いのだろうが、密封しているので直す事は出来ない。仕方が無くドアキャッチを付ける事にする。大きいドアキャッチを買って、ドリルで冷蔵庫に穴を開けビスで止める。
 ばっちり閉まってOKだ。下手に電気を使うよりシンプルだ。
 
 午後からは湯川オンパクガイドのコース案を作る。早く作って、打ち合わせに行かなければならない。
 今回のガイドは、箱館戦争の知られざる所のガイドをしてくれとの事だが、自分の考えている、広域的な内容のプランを作った。
 「箱館戦争初戦の地と箱館総攻撃を巡る」というタイトルだ。
 市内の単独の史跡を回っても、ストリー性が無いので、箱館戦争の流れが分からないと思っている。
 そこで一つは、箱館戦争の初戦の場である峠下を、ガイドしながら散策して初戦の状況と現地を知って貰う。後半は箱館戦争の最後になる、箱館総攻撃から五稜郭降伏まで、ストリーに沿って史跡を回る。
 こんな案にしたが、七飯町の峠下までバスを出して貰えるかな?
 箱館戦争は広域の市町にまたがっているから、箱館市内だけに限定してしまうと、内容的にあまり面白くない。市町村間の境界を越えた観光を考えないと、顧客満足度が得られないと思うのだが・・・。どうなるか?
10月17日(土) 9さんと散策
 朝の砂浜ウォーキングで、かもめとカラスが餌の取り合いをしていた。餌は魚の半身で、背骨しか残っていないものだった。両鳥が引き合う。かもめは海の方向に引く。カラスは陸の方向に引く。
 かもめが勝ったら、波打ち際に持って行くので、海が苦手なのかカラスは諦める。
 その内、波が引けたのを見計らってカラスが餌を取る。今度はカラスはずっと陸の方に持ってくる。そんな駆け引きが何度も行われていた。
 走るのを止めて面白くてしばらく観察していた。鳥それぞれの習性が出ているのだろう。
 海水が入って冷たい!
 北国育ちは大丈夫
 帰って、9さんと函館の東の方向にドライブ。
 まずは恵山の水無海浜温泉に行く。丁度満潮になりつつあって、浴槽は波が入っていた。かすかに温もりがある所に入って、海を見ながら満悦。でも寒かった!

 次に川汲の千葉さんの展望台に行く。川汲川の渓流と周辺の紅葉がまっちして綺麗だった。
 ベンチに腰掛けて見ていたら、千葉さんが奥さんを乗せて来て止まった。函館に行った帰りだそうだ。
 先日運んだ木のお礼を言われた。そして先日分からなかった、徳川幕府の鉱山跡の場所を聞いたら、私が行った所よりはるか下の様だ。周囲を良く見て行った積りなのだが、見逃したのかな?
 また改めて来よう。千葉さんから「良くあんな所に1人で言ったね、度胸があるな」と・・。ここは熊の多く居る所ではあるのだ。でも恐怖より興味が勝ってしまった。
 千葉さんから薪運びのお礼に、使っていないつなぎと地下足袋、それにゲートルをくれると言う。有りがたく貰いますと答えた。
 先日着て来た、つなぎがペンキや油で汚れてみすぼらしかったからだろう。(洗濯はしているのだが落ちない)。それにしてもゲートルが有るには驚いた。最近はしている人を見た事が無い。いつの物が有るんだろう?
 露天風呂も湯が流れていない
 千葉さんと分かれて南茅部温泉に向う。途中川の側にある露天風呂を見に行く。
 実は何人かで、60度の硫黄温泉の出る川の側に小屋を建てて、温泉を楽しんでいるグループが居たのだ。でも河川敷は市の所有地で違反なのだが、市の職員は来る事が無い。
 そこにこっそり建てたのだ。しかし、先日の大雨で川の水が増水して、家ごと流されてしまったのだ。
 行って見たら家は跡かたも無く、塩ビのパイプや備品類が散乱していた。外に有った露天風呂も湯が入らないので、すっかり濁っていた。もう新たに建てる元気は無いだろうな。

 その後、南茅部保養センターに行き入浴。乳白色の硫黄温泉はやはり温泉気分を満喫させてくれる。
 帰りの道の駒ケ岳
10月16日(金) 旅人9さん来る
 寒くなってきた今も、朝日とともに起きて砂浜をウォークする。毎日のように途中で写真を撮るのだが、毎日出て来る太陽は、雲の状態が変化すると、その都度光の具合が変化するので楽しい。
 誰かが作ったオブジェも朝日を浴びる。
 日の出を眺めれば、気持ちは前向きになれる
 今日は調子が良かったので、復路はランニングをする。砂浜のランニングはきつい。汗が一杯だ。
 これが台湾製小型コンロ
 収納すればティッシュペーパーくらいの大きさ
 午前中に買い物に行く。12月の歩き旅には今までのカセットコンロを止めて、昔台湾に行った時に購入した小型のコンロを使用する。カセットガスボンベは、手軽に手に入るのと、安くて良いのだが、寒くなると燃焼効率がかなり落ちるのが欠点だ。
 台湾製のコンロは台湾の親戚の家に行った時に購入した。価格も3000円くらいだったと思うが、安いのでお買い得だった。
 面白かったのは、購入と決めた時に、ANDREWが店員に点火試験を要求したのだ。店も試験用カートロッジガスが置いてあった。
 そして店員さんが点火した途端、あっと声をあげた。点火スイッチが感電するのだ。
 店員さんは他の物を持って来て、無事点火出来た。台湾ではこの様に物を購入する時は、かなり慎重にしている。国民性なのか品質にばらつきが多いのかは分からない。
 着いた途端雨が降ってきた
 昼には旅人9さんがバイクでやってきた流石にこの時期の北海道は寒いらしく、4枚くらいの上着を重ね着していた。
 家に入り、話をしていたら、北海道新聞から電話があり、紙上対談をお願いしたと言う事だった。紙上対談はした事がない。相手は坂本竜馬の関係者である。
 どうやら函館に坂本竜馬記念館が出来るので、その記念対談だった。
 「道の事は詳しいが、土方の事は、それ程詳しくないですよ」と話したが、歴史的な内容よりも、どちらも北海道開拓に燃えていた同志としての、話をしていただきたいとのことだった。
 坂本竜馬は旧幕府軍の敵である、土佐藩で後に長州藩になった。もう150年も前に話だ。
 でも対談を引き受ける事になった。
 9さんは少し寝ると言って布団に入る。昨日は洞爺湖のバス停寝であまり寝れなかったようだ。

 5時に温泉に行こうと決めていた、約束時間には起きて玄関に居た。何処に行こうかとなったが、9さんは北海道の温泉の本を持っていて、そこに登録された温泉は無料か割引になる。
 最初に函館温泉ホテルに行ったが、ロビーには物凄い量の荷物があった。入浴を申し込んだら、修学旅行で混雑していて、これから入浴なので、浴場も混雑するので、今回は遠慮願いますと言われ、納得して次の温泉に向う。
 次は銭湯無料券を使おうと、谷地頭温泉に行く。チケットを見せたら、ここは銭湯では無いそうなのでチケットは使えない。そこで我が家の近くの銭湯「いこいの湯」に行く事に。
 しかしここは休館日みだった。今日は風呂に入るなと言う事なんだねとなり、夕食を買いに行こうとラルズに向ったが、他に湯の川「啄木亭」の無料券も付いていたので、行ったら気持ちよく迎えてくれた。
 露天風呂でかなり長い時間話した。楽しいひと時だ。
10月15日(木) 今日は講演
 今日は公立学校事務長研究協議会に呼ばれて講演をする。朝のウォークでは講演の原稿を持ってウォークする。まるで二宮金次郎みたいなものだ。砂浜を歩きながら暗記する。
 講演はやはり暗記しなくてはならない。会場の設定によっては原稿も見れない状況もあるからだ。
 今日はかなり暑かった。朝の気温は4.3度であったので、寒いだろうと少し厚着をしたら、朝の太陽が上がった後なのでやたら厚い。結局汗を沢山流してウォークは終わった。食事後は再び暗記をして、ようやく大丈夫と言う頃には11時になっていた。
 
 12時過ぎに会場の国際ホテルに行く。会場の準備はすっかり終わっていた、大きな会場だった。多分結婚式などやるスペースであろう。すぐにプロジェクターの設定をするが、NECのプロジェクターは、ソフトのダウンロードが要らないで、繋ぐと直ぐに立ち上がる。これは便利だ。
 前の講演会の時使った、エプソンはダウンロードが必要だった。セッティングを終えて、講師控え室で待つが時間はまだ1時間以上ある。
 講演の写真は撮れなかった。講師控室で撮った。
 今回の会場は座って話せば、原稿を見ながら話せるし、マイクも固定マイクがセットされている。どうするかと考えたが、やはり立ってやるのが良いだろうと、最期に原稿を暗記して、後はウォークマンを聞いていた。
 
 やがて時間が来て、最初に丁重な講師紹介をして頂いた。そして講演に入る。
 ここのスクリーンはかなり大きくて、遠くからでもはっきりと見えるのが良い。立ったままでの話が始まる。
 箱館戦争の話しなどは聞いていて面白いとは思うが、当時の道の話はマ二アック過ぎるのでは無いかとの心配がある。道の好きな人や歩きたい人が来る講演は良いのだが、興味の対象が道とか歩く事に興味無い方には詰らない話かも知れない。何しろ250kmの道の話なので、かなり省略しても80分は掛る。
 一度にやるのは無理なのかもしれないが、単発の講演では全てやってしまいたい。そこが悩みである。
 それでも会場の皆さんには熱心に話を聞いて貰って嬉しかった。どのくらい話が伝わったのか、知る事は出来ないが、そのような道がある事と、写真を沢山載せたので、道をイメージして貰えれば良いのかな。
 実際はこの様な道を歩いて貰いたい。でも今は全ての道が安全に歩けるようにはなってはいない。
 今後の活動で、歩く人を増やさなくてはならない。
 最後に丁重な感謝の言葉と、拍手を頂いて会場を後にした。いつもの事だが、無事に終えてホッとしている。
10月14日(水) 昆布採り&おかしな人
 朝のウォークは綺麗な朝日が出たが、携帯電話のカメラでは、上手く撮れなく、真っ赤な色が出せない。仕方が無く諦める。
 昆布が大量に上がっていた
 今日の海岸は流れ昆布が大量に上がっていた。いつものおばちゃんが採っていた。
「毎日歩いて頑張るね〜」
「これ何昆布ですか」
「真昆布だよ、出汁に良いんだ」
「凄い量ですね」
「そうなんだわ、多すぎてどれを採って良いかわかんないよ、あっはっはと、笑うばかりで、手が動いていない」
でも毎日採っているので溜まるだろうな。
毎日の散歩では色々な人に会える。最初は軽い挨拶程度だが、何度も会うと会話になってくる。
朝のすがすがしい中で話すのも楽しい。

 いつもの折り返しの新漁港からしばらく歩いていたら、前からにこやかなおばちゃんがやってきた。
 挨拶したら、話かけられた。
「千葉から来て7年経つのだが、仕事をやっていないので友達がなかなか出来ない」
「そうですか」
「あなたは函館ですか?」
「そうですが」
「どこか悲しい出来事の有った場所を知っていますか?」
「悲しい場所と言ったって、箱館戦争で人が亡くなった事はしっているが・・」
「その場所に案内して貰えますか」
「????」
「団体でそんな場所を回って霊を慰めたいんです」
「????」
「ところで講演があるんですが、如何ですか」とバッグから案内状を出した。
何か宗教ぽいな。
「この講演は宗教とは関係無いんですよ」
2000円の有料講演だった。名前は全く知らない。何か大変なエネルギーを与えてくれるそうだ。
「私は海岸を歩いて海を見るのが好きなんですよ。タイタニックや洞爺丸の人や、溺れた人の霊が有るでしょう。それを供養しながら歩くんです」
ますます宗教っぽい。
「どこからここに来たんですか?」
「山の手から自転車で来ました」
こんな早朝から遠い山の手から来るんだ。早々に分かれたが、何人なんだろうか?
 いつもお変わりするので、ご飯が山盛りだ
今日は健康サロンin明和園の日。
目一杯の運動をさせて貰って食事をして帰る。
お年寄り向けの健康サロンなのだが、しっかりやれば、なかなかきつい運動になる。
真面目にやっているので、結構筋肉が痛くなったりする。

午後からは明日の講演に備えて、原稿の暗記をした。
10月13日(火) 本の印刷&講演原稿作成
朝に散歩に行こうと思ったら、強烈な雷と竜巻の様な風だった。そう言えば昨日竜巻注意報が出ていた。
そんな訳で理由も出来たので、朝のウォークは中止にする。こんな時は決断力が早い。
今日は閉じこもってやるぞと言う気持ちになれる。
 ようやく印刷が出来た
完成した「土方歳三 蝦夷を歩く」をカラーで印刷した。A4で150ページを印刷するのは大変である。両面印刷なのだが、裏面を印刷するときに何故か、考えるように止まってから、再び印刷する。何を考えているんだと文句を言いたくなるほど長い。
 それで時間がかかるのだ。それとやはりカラーインクはかなり消耗する。私のインクは何度も詰め替えしているせいか、カートリッジがもう寿命なのかインクが先端から漏れ出してくるのだ。締まりが無くぽたぽたと落ちる。それが印刷するときに紙に着いて、不良にしてしまう。そろそろ新しいのを一度、調達しなければならないな。本の出来栄えはOKだろう。

 15日の講演が迫って来た。やはり期日が迫ってこないと、なかなかやる気が出ないのは、いつもの通りだ。150ページ分のスライドの説明文を完成しさせた。後は明日から閉じこもって暗記だ。
 そのノート部分を印刷しようとしたら、黒のインクがやはり漏れて印刷が出来ない。やっぱり買うしかないか。
10月12日(月) 流石モンベル
 ゲストハウス「自遊旅」に来た、自転車日本一周の、T君のマットが、一部のみ膨らむと言う現象が発生して、使用不可能になった。本人は寿命なのかなと諦めて、新しいマットを購入して旅立った。
 捨てても良いと言ったが、一応モンベルに事情を話して、修理出来るのかどうかを、問い合わせて見ることにした。
 早速マットをモンベルの品質掛りに発送した。どうなるかと返事を待っていたが、モンベルから丁重な返事があり、

 平素より弊社製品を御愛用いただきまして、誠にありがとうございます。
 またこの度は製品につきまして御迷惑おかけしましたことを深くお詫び申し上げます。
 本日お預かりいたしましたU.Lコンフォートシステムパッド120 不具合の検査ご依頼品を検査させていただきました。検査を行ったところ接着不良によるマットスポンジ面と表生地の剥離が確認され(そのため一部しか空気が入らないように見受けられたものと思われます)、
 初期不良であった可能性が高いものと判断いたしました。お客様には大変なご迷惑をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。 
 お預かり品に関しましては弊社にて引き取らせていただきまして、お客様へは厳重に検品いたしました代替品をご用意させていただきたいと思います。
 手配及び検品に最大1週間程度お時間いただくかたちになりますが完了次第発送させていただきます。

 こんな文面で初期不良とは言え、この手のものは普段諦める方が多いのだが、新しいのと交換になった。モンベルは以前から顧客対応は良くて、2年使った物も交換してくれたと言う話もあったので、駄目もとで送ったのだが、やはり本当に対応は良かった。8200円もするものだから、T君もありがたいだろう。
 これが人気の一因でもあるのだろうか? 
10月11日(日) キノコ採り、薪運び、徳川鉱山
 昨日は豪雨で薪運びの仕事にならなかった川汲行く。
ラムシャブだからキノコ採ってきてよ」 釘を刺される。どうしても、採らなければならない羽目になった。
 いつもの落葉の林に行く。キノコはぽつぽつと有ったので、途中から今日は大丈夫だと思いつつ採る。
 その内特大の落葉キノコが見つかった。大きいい落葉キノコはあるのだが、大きいのは大体が腐っている。
 大きなキノコでは今までに無かった綺麗なキノコだった。満足して川汲温泉の前に行く。
 こんな大きな落葉キノコだ

 川汲温泉前に車を置いて、早速薪の運搬をする。20個くらいはある。1個持ち上げたら、重い!!
 何kgあるんだろう。30〜40kgの間だろう。持って坂を登る。昨日大雨が降ったので、足場が悪くぬるぬるしている。最初は順調だったが、15個辺りから手の力が無くなる。
 坂を最期まで登りきるのが辛くなった。それでも何とか持ちこたえて、最後の1個を運び終えた。
 あ〜疲れた。
 今日は千葉さんに内緒で作業した。千葉さんがいれば気の毒がって後にしようと言いだすからだ。
 桜の木を切ったが20個くらいあった

 こんな風に登る。20回も・・・

 道道の舗装路の近くに積んだ

 まだ時間があったので、徳川鉱山に行ってみようと出発。2週間くらい前に川汲で熊が出たので、少しは不安だったが、興味の方が強かった。
 昨日千葉さんと行こうとしたが雨で行けなかったのだ。私は言った事が無いので、全くの手探りで行く事になる。
 気持ちよく歩ける
 最初は川の中を歩いて行く、なかなか良い感じの景色で気持ちが良い。最初の滝が出てくる。ここは瀧の横を登っていく。
 瀧が3つも出てきた
 さらに進むと、また瀧が出てくる。ここは山側に道が付いていた。
 川の流れの中には、魚が泳いでいる。なんだろう?ヤマベだろうか?
 すれていなそうなので釣れるだろうな。今度釣り道具を持ってこよう。
 だんだん上流に行くと、苔が綺麗になってくる。小さなもののけ姫の世界がある。さらに行くと大きな滝が出てくる。ここには山側にう回路があった。
 こんな景色も
 徳川鉱山で使った道なのだろう。瀧のある所には必ずう回路があった。
 だんだんと川は細くなってくる。しかしまだ坑道の跡が出てこない。このまま行ったら日が暮れそうだ。
 今日は諦めて、また来る事にした。
 とにかく川が綺麗だ
 その帰り道に、山側の道を歩いていたが、少し広い場所に出たので、ら、付近を探索していたら。
 あれ! もしかして弾薬庫? 本当に驚いた。
 何がと言えば、その構造だ。10月2日に福岡のNさんを案内して、天狗岳の北にある旧道の側に弾薬庫らしいものがあるが、判断要素が分からないので、決めかねていると言う話をした。
 その弾薬庫らしきものと、本当に瓜二つなのだ。大きさといい、構造といい、石を配置している所、入り口のの構造までが全く同じなのだ。同じ時代の使用物が全く同じだとは・・・。
 これが弾薬庫?
 天狗岳の弾薬庫(と思う)を、そのままここに持ってきた、という感じだ。
 川汲で炭焼をやっていたかを、千葉さんに聞いた事はある。材料になる木を切り出す小屋はあって、川汲から下へ木の切り出しはやっていたが、炭焼きはここではやっていないと聞いていた。
 そうすれば、徳川金銀鉱山で使った弾薬を、保管していた場所だと言うのが濃厚になる。
 これは面白くなりそうだ。
 でもここは良い場所だ。
 「徳川鉱山探索ツアー」をやれば、良いだろうな。瀧はあるし、苔は綺麗だし。流木はあるが、これを少し整備して歩きやすくすれば、良い探索コースになるな。
 金が見つかれば・・150年も経っているので、金が川に流れ出ているかも・・真剣に見てみよう。
 金採集ツアー! いけるかも。
10月10日(土) 川汲は豪雨になった
 台風18号一過、快晴の天気になった。朝の砂浜ウォーキングも綺麗な太陽が出た。先日、海水が入って行けなかった場所もすっかり形が元に戻っていた。
 太陽に向って歩くのは気持ちが良い。歩いている途中で徐々に太陽が顔を出す。でもこの所めっきり寒くなり、素手では寒くなってきた。
 いつもの新漁港のブロック壁に手を着いてから折り返す。この場所は海が時化た後、大量の昆布が上がったのだが、漁港の工事が終わってから全く上がらなくなった。
 何故か分からないが漁港工事が自然に影響を与えたのだろう。
 折り返しは太陽に後押しされて、軽いランニングをする。砂浜のランニングは傷んだ足には優しいので走れる。舗装路走るのは厳しい。
 気持良い汗をかいて帰宅する。ここで1杯のコーヒーを飲む。このひと時がほっとする。
 こんな綺麗な朝日が出る。

 誰かが流木でオブジェを作った。
 今日は天気も良いので、昨日雨で取りやめた恵山登山に行こうと思ったが、南茅部の千葉さんに頼まれていた、薪運びをする事にして川汲に出かけた。
 川汲温泉前に着いたら千葉さんが居た。千葉さんはも〜さんが、いつも旧道に来るのでと、この辺り一帯の笹や木を切ってくれた。これで今まで藪こぎをした場所が、楽に登山口に行けるようになった。
 その切った木が下にあるのだが、千葉さんは足が悪いし、高齢なので上に運んでこれない。
 そこで応援に出かけたのだが、千葉さんは「も〜さん、薪運びは今日でなくても良いから、徳川金銀銅鉱山に行こう」となった。
 千葉さんもしばらく行っていないので行きたかったようだ。1人では不安なので私が来た時はあちこちに行きたがるのだ。
 も〜さん。杖があるから使いなさいと言う。大丈夫だと言っても楽だからと聞かない。それではと2人とも杖を付いて出発だ。
 ここには江戸から幕末にかけて金銀銅の鉱山があったのだ。今は蝙蝠が3000羽は居ると言うくらい蝙蝠の巣になっている。
 出かけて300mくらい行ったら、青空からいきなりの集中豪雨になった。
 雨足が10cmくらい跳ね返っている。あっという間にずぶぬれになってしまった。仕方がないので、今日は取りやめにする。
 千葉さんの自作展望台から見える琵琶の滝
 戻る途中、川汲トンネルを抜けたら青空だった。天候の変わり目がトンネルなのだ。
 また出直しだ。
10月9日(金) キャリアのテスト
 台風は来たの? と思えるほど静かで、被害は全く無かった。もう道東に行ったし、天気も曇りだが雨は降っていないから、山に行こうと出かけた。
 函館山も飽きたので、恵山に行く事にする。15日の講演の原稿も出来たので、車の中で暗記しながら走る。
 所が恵山に近付いたら雨が降り風も強い。登山口まで来てしばらく原稿の暗記をしていたが、全く止む気配が無い。
 諦めて、函館山に行く事にして戻る。
 高波でも果敢に昆布拾いだが・・
 途中の戸井の海には流れ昆布を拾う漁師の人が、高い波の海に入り昆布拾いをしていた。
 頭から波をかぶる事も時々あり、なんか危ないなという感じだった。昆布拾いは年配の方多いので、海に慣れているとはいえ心配だ。

 函館山の駐車場に着いて登山準備していると、Mさんが降りてきた。話をしていたら、Mさんの知り合いも降りてきて皆で話す。
 その内Mさんの知り合いの方が「何処かで見た事がある。そうだ新聞で見た」と言い、さらに「テレビの人生の楽園でも見た」と言う。昨年の放送なのに良く覚えているな。
 良い感じになった
 しばらく話して登山開始。今日は先日登った際、腰部がアルミパイプに当たって痛かったので、パットを厚くしたのと、ショルダパットを入れた。
 下りは階段を押して下がる
 担いで登ったらばっちりOKだった。担いで登って、下りはキャリアを押して、階段を下る耐久テストもした。
 何事も無く下山出来た。
10月8日(木) 台風が来る
 日ハムが優勝して、皆さんからお祝いの言葉を頂くのだが、みなさんそれぞれのひいきがあって、自分のひいきのチームが勝つのが良いに決まっている。私の日記も色々な方に読んで頂いているので、日記にはそれ程、日ハムへの思いは書かないで、簡単にしか書いていない。
 でも阪神ファンや西武ファンなどなどからお祝いの言葉を頂くと複雑である。でもここは割り切ってありがたく受けておこう。
 ある人は「監督がファイターズフアンは宇宙一だと言っていたが、も〜さんも宇宙一だね」との言葉。もしかして、も〜さんは宇宙人になってしまったかも?

 台風18号が日本上陸で、今日の夜には北海道に来る。すでに伊良湖付近に上陸し、田原市からのテレビ中継があったので、田原市で無農薬野菜の栽培に熱心に取り組んでいる、さっちんにメールしたら、ある程度はやむを得ないが、それ程でも大した被害は無かったと言う事で安心した。
 伊勢湾台風の時は凄い被害が出たが、今はそれ程大きな被害にはならない。色々な事が大きく進歩しているのだろうか。
 これから東北・北海道に来るとリンゴや梨の被害が心配だ。影響が少ないと良いな。我が家もボロなので穴が開いたりしている。 そんな個所にシリコンを埋め込んで雨対策をした。函館の我が家の付近は、風や雨であまり被害が出た事はないので大した心配はしていないが・・・。
 クーラーボックスと自転車のサイドバッグでOK

 防水カバーに「誠」のフラッグで決まり
 キャリアのバッグがほぼ決まったと言うか、自転車のサイドバッグがあるではないか。もうすっかり頭が回転していない。キャリアの事を始めれば、他の事は忘れてキャリアのバッグをどうしようかと、頭を悩ませている。
 自転車のサイドバッグを出して載せ、荷物を積んだら良い感じで、そこに100円ショップで売っていた園芸用の防水エプロン改造のレインカバーを被せたら決まったではないか。これでOKにしよう。
 色も黒とブルーでコーデネ―トが出来ている。
10月7日(水) キャリア用バッグが決まらぬ
 昨日は日ハムが優勝を決めてくれて、盛り上がった日だった。試合が終わったとも、公開記者会見やビールか掛けまで見てしまったので、夜中を過ぎて今日になってしまった。
 それでもいつもの通りの時間に目が覚める、超習慣で仕方がない。結局睡眠時間は3時間くらいになったので、流石に眠い。

下のバッグは良いのだが

上のバッグは取って付けたようでマッチングしない。
 キャリアに載せるバッグに適当な物が無い。アルペンの安売りで買ったクーラーバッグは20リットルなのだが結構物が入ってこれはOKだ。
 でもこの上に載せるバッグが無い。ホームセンターを見て回るが適当なのが無い。リサイクルショップに行っても適当なのが見つからない。
 家に帰ってきたら、我が家の買い物キャリアのバッグが丈夫そうだし、防水なので良いじゃないかとなり、借りてみることにする。
 荷物を積みこんだら、2つのバッグに大体収まった。もう少し幅の広いものがあれば、なお良いのだが、規格なのか大体みな同じ寸法なのだ。
 山菜採りようバッグと言うのがあって、これは60リットルある。大きさは十分なのだが、幅が少し広くてタイヤに当たるので不可。
 なかなか良いものが無い。
 まだ決定ではない。早く決めてまた歩いたり背負ったりとテストをしたいのだが・・・。


 11月9日に兵庫県の歩き人「流れ者出がらし紋次郎」が来る事になった。札幌から函館まで歩くそうだ。
 彼は仕事の合間を見ながら全国を歩いている人で、野宿して歩く事に関しては凄いこだわりがある人だ。
 特に軽量化に関しては、凄い実践をしている人で、テントを持参した野宿でも10kgを切る装備になっている。会ってこの辺りの話を聞きたいものだが、軽量化は値段も高くなる事から、なかなか難しいな。
10月6日(火) キャリア改造
 朝早くからキャリアの改造の構想を練る。といってもそれほど高度な改造をする訳ではない。それでもあれこれと複数の改造の方法を考える。このひと時が楽しいと言った事もある。
 100円ショップが開く時間になったので、MTB出かける。短パン半袖で出かけたが、この姿で走れるのはもう少しで終わりかな?
 100円ショップでショルダーパットやベルトを購入して、帰りにスポーツショップ「アルペン」に寄る。防水バッグが無いかなと思ったが、ここには無かった。
 20リットルの大きな保冷バッグがあり、大幅値引きしていた。これはどうかな?これと何かを組み合わせれば、65リットルくらいにはなるだろう。
 自転車のフロントバッグも保冷ボックスの改造だ。保冷しているので防水にもなっている。安いので他にも使い道があるので、取りあえず買うことにした。
 他も回ってみたら、冬用の寝袋があった。−15度仕様だった。今使っているのが−6度仕様なので、これならかなり暖かいだろうな。う〜ん欲しいな。12月の歩き旅に良いかもしれない。
 当初は旅館泊まりも考えたので、それを思えば9980円は投資しても良いのかな?旅館の2泊分で今後も使える。もう少し考えてみる。
 こんな状態だった

 100円ショップのショルダーパットを入れた

 腰部も下にスポンジを入れその上にショルダーパット
 家に帰ってから改造を始める。
 ショルダーパットを左右に入れる。これで肩は今以上に快適になるだろう。
 次に腰部のパットだが、色々な構想があり、決まらず時間が掛ってしまった。最期は安易に簡単な方法で施工した。昨日の痛みがあって、パットを当ててもその加減が分からず痛いのだ。
 取りあえずこれで使って見よう。
10月5日(月) プレゼン資料完成&キャリア改造&テスト
 向こう側には行けない
 朝5時半に大森浜のウォーキングに行ったのだが、いつもの砂浜が何と海水が溜まって行けないではないか。昨日は時化たのかな? 今まで無かった事だ。仕方がなく反対方向に歩いたりランニングして終了。
 朝日が綺麗だった。
 午前中は資料作りだ。一生懸命やったら何とか完成した。スライド数は147になった。80分だと多すぎるかな? この後時間を計測して、後は近づいたら暗記するだけだ。
 新たにアルミパイプを追加する
 ショルダーベルトを移し替え
 時間が出来たのでキャリアの改造をする。
 背負った時に位置が低くて下の方が腰の下まで来てしまう。バランスが良くないので、10cm位上に上がるように改造する。
 新たに横バーを入れて、それにショルダーベルトを付け替える。不要なアルミバーを改造して作った。
 背負って見たら上下のポジションはばっちり決まった。
 背負い心地はどうなのかテストとトレーニングを兼ねて函館山に行くことにした。前回のトレーニングは荷物をかなり積んだのだが、軽すぎてなんだかトレーニングにはならず、楽しい山登りになってしまった。
 今回は重くするのに、テント一式のほか、ペットボトル3kg分の水や、妻の工芸で使っている金属道具が4kgあったので入れて、合計で17kgになった。
 これだけ積み込むと流石にずしっと来る。車で登山口まで行き、汐見山コースを登る。
 急坂は流石に良いトレーニングになる。汗がいつもより出る。
 休憩のときはタイヤが下に着くのですごく楽だ
 途中で上から来た先輩に合う。「大変だね、トレーニングかい?」「ええそうです」となり、「年は幾つ?」「65歳です」と言ったら「まだまだだ・・私は85歳だ」と言って下って行った。
 そうは見えないな。まるで70歳くらいだった。85歳と言う事は私に当て嵌めれば後20年はある。あんなに元気なら生きていても良いなと感じる。
 横から見る

 後ろから見る

 前から見る
 その後も下山者が珍しく多く、7人も降りてきた。
 キャリアの方はかなり良くなったが、後は腰に当たる部分が、少し痛い。金属のパイプがあるのでスポンジを巻いたのだが、まだ不足の様だ。他は全く大丈夫だった。
10月4日(日) プレゼン資料の作成
 今日は気合いを入れて、プレゼンの資料を作成した。外は雨なので、こんな時に一気にやる方がストレスが無くて良い。午前中で約2/3を終えたので、後2日位で完成するだろう。
 これが終わって、10月15日のプレゼンが終われば、本格的に「土方歳三 蝦夷を歩く」の準備をしなくてはならない。
 だんだんと寒くなってきた。今回は12月に歩くので、寒さに対して、少しでも快適なテント生活が出来るような工夫をしなくてはならないし、キャリアの重心位置を自由に変えれる、仕組みも作らなくてはならない。
 またキャリアにザックを載せているが、この重さが45リットルで2kg近くある。キャリアなので防水バッグにすれば軽量化されて良いのだが、適当な大きさの防水バッグを探さなくては・・・・。
 やる事がまだ沢山ありそうだ。
 
 朝刊を見たら砂原の公園で埋められている、女性の死体が発見された。先日の歩き旅でテントを張って、泊まった公園かなと思って良く見たら、少し離れた他の公園だった。
 でも何か不気味だ。12月になればテントも張っている人など居ないから、真っ暗な場所でひとりでテントを張る。早く犯人が捕まって欲しいものだ。

 午後はやはりテレビになってしまう。
 日ハムの試合を見るのに、飲み物やお菓子を買いに行ったりして、準備万端にして見る。
 試合は勝ったのと楽天が負けたのでマジックは1になった。明日にでもリーグ優勝が決まるのかな?
10月3日(土) 土方歳三ガイド&プレゼン資料の作成
 昨日、図書館で調べて分からなかった、資料が家に有ったので、Nさんの宿泊している旅館に届ける。そこにぶんぽ研の会長も居て、しばらく雑談する。
 Nさんと鷲ノ木の徳川艦隊上陸地の碑で

 Fさんも熱心な土方ファン
 そして、Nさんは午前中は時間が空いているという事なので、東京から来ているFさんも一緒に、鷲ノ木、高森台場、砂原のハマナス台場、津軽藩陣屋等を見学して戻る。
 それにしても幕末の話をすれば、時間がいくらあっても足りない。Nさんはかなり幕末について詳しいので、ついつい話が弾んでしまう。
 「土方歳三、孤立無援の戦士」「新選組研究最前線・上」「三百藩戊辰戦争辞典」を共著で新人物往来社から出版している。
 それでも九州福岡在住なのと、函館に来た時はマ二アックな場所に、案内して貰っていないので、あまり史跡は知らなかった。今回は初めての場所をあちこちガイドしたので大変喜んでいたし、今後、この様な案内活動を確立してくれるように頼まれた。
 彼女も同じ考えで、現地を見て現地で解説する。戦いのストーリーに合ったコースの選定など意見がかなり一致した。私の執筆した「土方歳三 蝦夷を歩く」の本をプレゼントしたが、お世辞だろうが、この様な貴重な本は高くても買いたいと言ってくれた。
 新人物往来社の大出部長にも本を見せる事になった。どんな評価を受けるのか楽しみでもある。
 12時過ぎに旅館に戻ったが、彼女の講演まで1時間の余裕しかなかった。のんびりし過ぎた。

 午後の予定がキャンセルになったので家で、講演の資料作りをしていた。
 こんなに当たった
 そこに妻が帰ってきて、沢山の荷物を持ってきた。「買ってきたの?」と聞いたら「抽選で当たった」と言う。
 近所の明和園で福祉関係の記念祭が行われ、焼き鳥とかビールとか焼きそばだとか、何か一つ買うと1回抽選が出来るそうで、4回買ったので4回分の抽選が出来、何とその内3回当たってしまった。
 米5kg、ドンべェ1箱、テッシュペーパー5箱だ。恐るべき強運だ。テレビは当たらなかったと、不満そうに言っていたがそこまで当たったら、何か危険だ。
10月2日(金) 土方歳三ガイド
 今日は福岡から来て、明日大野の光明寺で「第18回戊辰役東軍殉職者慰霊祭」の中で、「土方歳三、二股の激闘」と題して講演する、Nさんを案内して、まずは天狗岳に行く。ここは二股口台場の前線基地にあたる場所で、衛鋒隊の天野栄之助他1〜2小隊が、陣取った。、正面から攻撃した新政府軍が破れず、北側の道を迂回して攻撃した場所だ。
 今でもこの北側の道は残っており、そこを案内しながら話したが、流石に新選組や土方には詳しく、話をしていても次から次と話題があり楽しい。
 大野川の近くまで降りて再び登る。まだ緑が濃くて森林浴にはうってつけだ。
 旧道歩きを終わって、舗装路に出てきた時に、歩くのが遅くなったので、どうしたのだろうと思った。
 次に二股口台場の下二股川を挟んだ向い側に行く。ここは新政府軍の陣があった場所で、ここから土方隊が陣取った台場を眺めるのは初めてだと喜んでいた。
 戦いの状況を良く知るためには、敵の陣も見た方が良く分かる。
 いつの間にか新しい木柱が立っていた
 そして二股口台場に行きますか?と聞いたら行くと言うので登る。何度も来ているとの事なので、下二股川の方まで下って周辺の地形を確認する。ここまでは来た事が無いそうだ。
 足をかばっているようなので聞いたら、足のふくらはぎが下りで痛いそうだ。登りでは大丈夫そうだ。
 次に高い山のピークにある土塁なのだが、足も痛いし無理かなと思ったが、どうしますか?と聞いたら、「行きたい」と言う事で登る事にする。
 急斜面があるので、厳しいだろうが、ゆっくり時間を掛ければ行けると判断し登る。
 この土塁に来た人はそれほど居ない。土方ファンとしては是非登りたいところだが、案内する人が居なければ行くのは無理な場所だ。
 ゆっくりと登る。最期はかなり急になるので、今回はコースを変えて笹やぶの中を歩いた。その方が歩きやすかった。
 そして土塁に出た。ここは土方隊の重要な場所で有った事は、地形からして考えられる。
 彼女も感激してくれた。九州から来て良いお土産が出来たし、明日の「二股台場の激戦」講演でも役に立つだろう。
 下りはかなり大変だった。足も痛そうだったので、手をつなぎながら一歩一歩下ってきて、何とか下まで無事到着した。
 一度大野の種田旅館に行って、彼女の荷物を置いて、ついでにソファで食事をしていたら、宿の主人が来て、「何か歴史ものでも調べて居るんですか」と聞いたので、箱館戦争の関連の場所を案内していると言ったら、自分の家のルーツを書いた書類を松前町に寄付したらしいが、見ようと思ったら無くて分からないと言う。
 種田のルーツなら本が出版されていますよと言ったら、私は種田でなく佐藤だと言う。先祖は千軒で旅館をやっていたと言う。
 その人は「佐藤甚佐衛門ですか?」と聞いたら、その人が先祖だと言う。
 彼は松前藩から宿泊場の管理を任されていたし、知内川の渡しもやっていた。確かに旅館かも知れない。その話をしたら、彼も驚いていた。
 私も道の調査の中で出てきた名前なので良く知っていたし、甚左衛門さんの墓の前が旧道になるのだ。後日資料があったら持ってきますと言って別れた。
 この後、峠下に案内したり、図書館に行って資料調査したりして、宿に送っていく。
 長い一日だったが幕末の話を堪能できた。何時間話しても飽きないくらい次々と話題があった。
10月1日(木) 講演準備&トレーニング
 講演の時間も決まったので、資料作りをする。数日前から進めてはいたが、今日は午前中一杯パソコンに向い、160枚くらいのOHPを作製した。その内の143枚を使用することにした。
 道の全体を話すとなれば、まだまだ時間が必要だが、主な道のみでもこのくらいは必要だ。これを80分に納めなくてはならないが、収まるかな。これから読み合わせて時間を計り、調整になる。
 緑の中を歩くのは気持ちが良い
 原稿も出来たし、天気も良いので山にトレーニングに行く事にする。
 45リットルのザックに付近にあった物を、びっしり詰めて函館山の登山口にある駐車場に向けて出発。函館山はハイキング程度の山なので大きな荷物を背負って登るのは、何か恥ずかしいという気持ちがある。
 セルフタイマーが失敗した
 義妹からトレーニングで重い荷物を背負っている人も登っているから、大丈夫と言われたので、行くことにしたのだ。
 コースは人があまり歩いて居なく、最初は急斜面になる、汐見コースを行く。急斜面を一気に登ったが心拍もそれほど上がらずに登り切ってしまった。
 跡は尾根道を登っていき、一般登山道の旧登山道と合流する。ここから尾根を進み千畳敷の展望台まで行く。流石にこの辺りでは人と出会う。「こんにちは」と挨拶しながら進む。
 展望台からの景色
 展望台には2人が居た。公園の管理人の方だった。
 「何処か高い山に登るんですか?」と聞かれた。
 「旧道を250km歩くのでトレーニングです」と言ったら、やはりトレーニングで登っている人がいるようだ。
 「年は幾つですか」と聞かれたので「65歳です」と言ったら「良い足しているので40代に見える」と褒め言葉。
いつも足だけは褒められる。
 しばらく幕末の話などをして、盛り上がった。同じ年代の人なので、函館の昔の話もお互いに合った。
 
 下山は七曲りを下る。緑の木々の間を歩く道は気持ちが良い。下山して函館八幡宮の前を通り、車の置いた登山口駐車場に着いた。それほどの疲れも無く、楽しい散策だった。これではトレーニングにならないな。荷物をもっと重くしなくては。
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