■ 8月31日(火) ■ テント購入に付き合い
 今日も朝から暑い日になった。
 多分30度を超えて32〜3度になっている筈だ。
 パソコンをしていても汗をかきかきやっている。

 午前中はS大学の彼女とテントの購入に行く。
 これからの旅でライダーハウスに数泊するなら、安いテントを買えば、元は取れるし、先々も使えるとなった。
 アルペン、ホーマック、BOOK OFFに行っても安いのは無い。最後はフイッシュランドに行くと有った。
 3人用が2890円。これなら失敗しても悔いはない。
 少し重いのは難点だが、そのくらい平気と言うので大丈夫だろう。
 自転車部に所属していて50人くらいの女子部員と30人くらいの男子部員が居るそうだ。
 女子はすべてツーリング派男子はすべて競技部だそうだ。
 午後からは彼女は西部方面の観光に出かけた。
 私は幕末講座のプレゼン作り。何とか大まかに完成して、後は校正するのみだ。何とか間に合いそうだ。
■ 8月30日(月) ■ 函館着&チャリダーと観光

           函館山の夜景
フェリーターミナルに女性のチャリダーが居た。輪行バッグを持っている。このフェリーは輪行が出来るかどうか分からなかったが、彼女はチケットを買った。
 近くに来たので聞いて見たら、「何も言われなかったから輪行はOK見たい」と言う。
 これが可能なら、青森の往復は通常料金で2000円は安くなる。今度の青森行きは輪行だな。
 午前2時のフェリーは意外と混んでいた。それでも枕に頭を付ければ直ぐに眠くなった。
 函館着は5時55分。早朝の函館はいつもは爽やかな空気なのだが、青森と変わらず湿度が高めだった。
 女性がゲストハウスに行く事になったので、自転車の組み立てをして一緒に走る。
 彼女は大学の自転車部で部の合宿で15人くらいの女性部員と北海道に来たのだが、物足りなかったので、皆と青森で分かれて再び北海道に渡ると言う。
 
 昼は1人で観光に出かけ、夜は一緒に函館山の夜景を見に歩いて登る。自ら貧乏女子大生と言うくらいなんで歩く事は全く平気だ。

 山頂に行くと凄い人。最前列に陣取った人は動かないし、何重になった人の群れの間から、夜景がちらちら見えるだけ。
 これではつまらないので少し道を下った所で見る。ここは人も誰も居ないし、夜景も頂上より広い範囲で綺麗に見える。
 彼女も大感激だった。
 帰って妻と3人で温泉に行く。疲れと遅い就寝に爆睡した。
■ 8月29日(日) ■  青森まで250km走る

この様な光景があちこちにある。
ここはゴミステーション

ドイツの大学生
 今回は花火終了後、何時も立ち寄る美郷町六郷にはいかずに函館に真っすぐ帰る事にした。
 朝の花火会場はゴミの山。ゴミステーションは仕方がないにしても、歩道にポイ捨てが多い。
 道の至る所にゴミが散乱している光景は夜では 目立たないのだろうが、明るい時はかなり酷い状況だ。
 このゴミを朝早くからボランティアで拾っている人がいるのを忘れてはならない。

 今回は玉川温泉経由で帰る事にした。いつもの大攪野峠よりはきつそうだが新鮮味さで選んだ。
 天気は快晴で朝は23度であったが、気温は上がりそうだ。田沢湖の近くにある茶立ての清水。
 冷たい自然水が美味しい。腹いっぱい飲んだ。
 玉川温泉の手前から道は傾斜を増す。10%は有りそうな勾配だ。
 やはり峠はかなりきつい。ギヤはインナーローに入れっぱなしだ。そして気温は33度まで上がった。
 ボトルの1.5リットルの水もあっというまに無くなる。

 やがてピークに達した。下りは豪快なダウンヒルを楽しめた。常に40Kmは越える感じてあっという間に角野に着いた。

 小坂町を過ぎた所にチャリダーがいた。
山から水が流れていて、それを背中に背負うボトルケースに入れていた。
 私も水は空なので行く事にする。
チャリダーは外人さんだった。
 金髪の髪は1m位有るので背中の半分位に垂れている。顔はめちゃめちゃハンサムだ。
 日本語が出来る?と聞いたらドイツ語だと言う。
 英語で話したら分かる様なので暫く話す。
 北海道を周り今は南下中だった。
 ドイツの大学と日本の大学と提携し、相互に授業を受けれるそうだ。
 今は日本の大学にいるので、この機会に日本を旅しているそうだ。
 交互に写真を撮り別れる。握手が強かった。

 別れてから坂梨峠を越えて碇ヶ関の道の駅に着いた。今日は青森まで250Kmを走ろうかと考えていた。
 ジュースとパンで腹ごしらえして出発と思ったら 前輪がパンク。
 ばらしたら金属が刺さっていた。
 修理はしたが、時間は6時を過ぎた。ここに泊まるか進かを考える。
 結局は走る事にした。遅くなってもフェリーは便数が多いので問題は無い。
暗くなってからはの走行は、照明不足で速度が落ちたが11時20分に青森フェリーターミナル埠頭に着いた。
結局250Kmを1日で走った。まだ走れる。2500kmの旅を終えたばかりなので、まだ筋力は衰えていなかったか?
 2時の便の予約が取れた。
■ 8月24日(火) ■ 岐阜のYさんと奉行所見学
 今日は明和園の健康サロンに久しぶりに参加した。いつものストレッチや太極拳それのゲーム的な運動をこなして昼食。
 350円でかつ定食は嬉しい。きんぴらゴボウやデザートまで付いている。

 午後からは岐阜のライダーYさんと五稜郭の箱館奉行所を見に行く。
 五稜郭公園の中がすっかり舗装されて、現代に奉行所が有る感じで、何かマッチしない。
 土のままの方が遥かに時代感覚が合っている。今は観光客が来ているが、奉行所だけでは3年持てば良い方だろう。箱物は何処でも苦しい。
 良いアイデアで客を呼べるイベントを開けるかどうかに掛っている。
 五稜郭は他にも良い幕末の資産が残っている。全てを合わせた総合的な案内が必要だろう。
 明日の朝、Y君は本州に出発。私も早朝のフェリ-で大曲に出発する。
■ 8月23日(月) ■ 割引チケットの争奪戦
 姪っ子が、昨日印刷した子供の誕生カードを追加印刷したいと来た。
 その際、大曲の花火大会の切手を貰った。7月に郵便局から発行されたそうだ。
 今年の大曲の花火大会は100年目の節目に当たると言う事で凄い人気らしい。
 秋田の妹から桟敷を撮りたいが、オークションで10万円を超えると驚いていた。
 桟敷は2万円を少し切るくらいの値段なのだが凄いプレミアが付いている。
 結局早く行って土手で見るとなったようだ。私は今必死になっている。幕末講座のプレゼン資料の目処がついたら出発したい。
 でも26日の早朝には出発しないと、チャリで行くには間に合わない。早く目処を付けたい。

 10時に近くのスーパーの割引チケットの配布に並ぶ。25円割引チケットが6枚付いていて、並んだ順に貰える。人が少ない時は何度もぐるぐる回って貰う。
 今日は雨模様なので人が少なく、3枚貰った。しめて450円分になる。
 夕方も行って2枚貰った。これで750円分になる。
 これで旅用の食料を購入した。毎日あれば良いのだがそうはいかない。月2回くらいあるのだろうか?
 過熱気味で並ぶ時間がどんどん早くなるが、そこは100戦練磨の主婦たちだ。買い物かごを先に置いて来る。ルールが有るようで、みんなが順に並べて家に帰る。そして時間が来たら再び出かける。
 要領はどんどん良くなる。果たしていつまで容認されるのか?
■ 8月23日(月) ■ 北海道新聞の取材

こんなに涼しくならなくても良いが・・・。
 今日は兎に角暑い日だ。
 朝から自転車の整備をしていた。洗車をしてブロックタイヤをスリックタイヤに代えた。
 ついでにブレーキの調整をしたら汗びっしょりで、シャツを交換した。北海道にしては湿度が高すぎる。
 そこにワゴンで来た方が、CDを持って来た。私のブログを見ているそうで、今回の旅の出発の時、船を乗る時の私の写真を撮ったそうだ。名前を聞く間もなく去って行った。兎に角有難うございました。

 濡れたシャツを着替えて姪っ子に製作を頼まれた、赤ちゃん誕生のお知らせカードが出来たので届ける。
 車の中も暑いのでクーラーを入れるが効きも悪い様だ。

 午後から北海道新聞の取材が有った。ゲストハウスに入った瞬間暑い!!!
 ドアを全開にして取材を受ける。それでも暑い。一体どうなっているんだろう。
 夕方シャワーを浴びて少しはすっきりするが、まだまだ暑い。
 たまらずアイスを買いにスーパーへ。でも一時凌ぎだ。今夜は雨の予報だが、少し涼しくなって欲しいな。
■ 8月22日(日) ■ 岐阜の旅人来る
 朝から歴史講座のプレゼン資料作りをする。以前に行った講演の資料を変更して作る事にした。
 何とかここ数日で見通しを付けたい。
 
 昼に電話来て旅人が1名来る。岐阜の吉田さんでバイクライダーだ。昨年は自転車で来たのだが、今年は1200ccの大型バイクでやって来た。
 ねぶたにも参加していたそうだが、キャンプ場では見かけなかったな。
 25日まで滞在し、その後本州に渡り、白神岳や鳥海山を登って岐阜に帰る予定だ。

 8月だが、娘から父の日のお祝いをプレゼントを貰った。父の日は6月だが旅に出ていたので今になった。
 欲しい物は孫の友瑛も持っているダイハツの軽トラだった。
 このトラックをキャンピングカーに改造するのだ。どんなキャンピングカーになるか楽しみだ。
 でも作るのは相当先になりそうだ。
■ 8月21日(土) ■ 何かと忙しい日
 朝起きたらベッドの上だった。あ〜旅が終わったのだと言うのが実感だ。
 まずは世話になった人へのメールの発信や礼状を書く、旅の最中にメールをくれた方、泊めて頂いた方、宴会を開いてくれた方々など多くの人の世話になってゴールが出来た。
 一人旅と言っても1人ではなかなか出来ないものだ。良い出会いも沢山あったし、つらい思い出もある。
 それらも終わってしまえば、全て良い思い出となって蘇る。今回の旅の最大の幸運は、梅雨前線の真っただ中に飛び込んだのだが、走行中に雨に降られたのはたったの3時間しか無かった。
 これは大変な良運と言えよう。大雨が降った時は必ず屋根付きの場所にいる事が出来た。
 これから少しづつ日記を読みなおして、紀行文に纏める作業をするが、これは冬の間にやれば良い。春までに出来れば良いのかな?
 当面、函館市主催の「歴史講座」のプレゼン資料やウォーキングガイドをするための資料作りに入らなければならない。
 休む暇は無いか?

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