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12月30日(木) 自転車が増えた
 今日は何10年ぶりに昔の友人に会いに行く機会があった。
 最初に勤務した時、同じ会社にいたのと、少年野球チームでは一緒に子供たちの面倒を見た仲だ。
 何10年ぶりだと言うのに、御夫婦とも全く変わったイメージは無かった。
 今年の3月まで仕事をしていたし、退職後はトレーニングセンターに通っているので、体は締まっている。
 何か羨ましい感じがした。
 話しは沢山あり時間が経つのも忘れるほどだった。
 子供も帰省しており、顔を出したが30年ぶりだと言う。
 もうすっかり大人になって、これでは町で会っても分からないだろうな。
 そこに山仲間のKさんも来たので、さらに話しは続く。
 久しぶりに親しみのある話しが出来た。

 家に帰ったら、近所の車屋の社長が大型ごみを捨てに行く所だった。
 ママチャリもあったので、勿体ないから下さいと言ったら、他に2台あるからそちらはどうだと言うので、見たら錆びも無いし十分使える。2台を貰ってしまった。旅人が来た時の足がわりに使える。
 ママチャリも2台増え、3台になった
 夕方GPSのデータ取りを行う。
 昨日より計測間隔を狭くしたら、軌跡の精度も上った。
 精度も上がった
 デジタル写真も取ったので、google Earthに連動させようと試みたが上手くいかない。
 今日は諦めて再トライだ。
12月29日(水) 年に一度の忘年会
 アマゾンに注文したGRSロガ―が届いた。
 早速使ってみる。
 電源を入れると直ぐに衛星を補足する。以前使っていたガーミンより感度は良い。
 まずは航跡をパソコンのGooglemapで見れるかの確認をする。
 近所を歩いてデータ取得。
 USBでパソコンとつなぐ。
 取ったデータをクリックで直ぐに表示された。
 直線的では無いが、手に持ったりポケットに入れたりしたせいかな。
 歩いた道は合っているが、振れ幅がある。
 
 

 データ取得間隔をもっと短くすれば精度が上がるかな。

 夕方「新説 土方歳三 蝦夷共和国への道」(小学館)がeーhonから入荷したので取りに行く。
 白水書店は小さな店だった。本は僅かしか置いていない。
 おばちゃん1人でやっているのかな。
 ネットでe-honに発注した人の受取り場だから、店舗も大きなのは必要が無い。
 今後この様な店舗が各分野で増えるのだろうな。
 早速本の中味を見た。
 肝心の箱館戦争当時の道だが、全く書かれていなかった。
 現在の国道を書いたもので、土方歳三が進攻した道のハイライト部分の峠が書かれていない。
 文書も峠部分は簡単で、「海沿いを進み、川汲から山中に入った」。これで川汲峠の表現は終わりだ。
 他の茶屋峠、白神山道、小砂子山道は全く書かれていなかった。
 道と言うよりは歴史書だった。
 も〜さんの「土方歳三の歩いた道」1冊完成。

 夕方から五稜郭「舛甚」で忘年会があった。
 私にとっては年に1度の忘年会だ。
 今年は新たに1人が加わった。
 各人から近況報告が行なわれるたが、面白かったのは中国に6年間勤務していて帰国したSさんだった。
 アジアではよくある、自転車やバイクに荷物を信じられないくらい、沢山乗せて走っている写真を多数取っていた。中国で一番驚いた光景らしい。そして物乞いが多いのも中国だが、70%は偽物だそうだ。
 道路で布団に寝ている子供の傍で物乞いする男性。子供が病気と言うが嘘らしい。
 そんな写真がこれも大量にあった。
 発展著しい中国にもこんな裏面がある。
 後は各人の病気の話しに終始する。
 脳梗塞で倒れた人が2人。心筋梗塞が1人。不整脈が2人。坐骨神経痛が1人。高血圧・糖尿病が1人と病気のオンパレードだ。この話しで盛り上がるのが不思議だ。
 病気も無く薬も飲んで居ない人は私を含めて2人。
 みんなからそんな人は、その内ぽっくり死ぬよと言われる始末だ。
 病気持ちの方が自慢話に聞こえる、独特の世界だった。
 みんなで記念撮影
12月28日(火) ようやく外へ出れた
 道南の旧道の本がついに完成した。
 途中で何度か中断したので、1年くらい掛ってしまった。
 年末ぎりぎりで完成したので一安心。
 タイトルは「土方歳三の歩いた道」とした。
 あくまでも土方歳三にこだわって付けた。
 内容的には、箱館戦争の出来事と、進攻した旧道との関係が分かる様にした。
 ストリーを知って実際に歩くと言うのが、今の自分の取り組みなので、それに沿った。

 ストレスのたまる仕事も終わった所に、電話が来てANAのパンフレットに載せる、コースガイドを書いて欲しいのと、ガイドの名前を毛利剛にしたが、旅人も〜さんの方が良いですかと聞いて来たので、後者にして貰う。
 午後から函館山に向かう。
 雪が随分降ったと思ったが、それ程でも無かった。
 薬師山に向かう。
 先日調査した文書に、箱館戦争で新政府軍はここでから旧幕府軍に銃撃を加えたとあるので、この付近の地形をじっくり調査した。
 新政府軍は薬師山から攻撃した。

 上から見た薬師山。
 やはり薬師山の上に陣取る新政府軍は、有利だった事が一目で分かる。
 この付近には一般人も逃げて来たようで、戦いの様子が後日談として載っている。
 この後、観音コースを下る。
 弁天台場を攻撃するのに、大砲を上げたと言うので、それならば観音山辺りだろう。
 行って見たら、弁天台場(現在は函館どっく)が良く見える場所だった。
 函館どっくが下に見える。
 ここから大砲を撃ち込まれて、水甕が相当破損させられ、水に困ったと古文書には書かれている。
 帰りは温泉でのんびりしてから帰る。、
12月27日(月) 今日も閉じこもり
 朝から部屋でパソコンに向かっている。
 昨年から書き始めた、道南の旧道の詳細本だが、校正を残して製作が遅れていた。
 ここ数日気合いを入れて校正して、ようやく今日で99%は終えた。
 B5版で181ページになった。
 この本を残す事により、今後また出て来る旧道探しの人の参考になってくれれば良い。
 最初から調べたら5年もかかる仕事になるが、ベースがあれば、これから新たに取り組む人にも役に立つだろう。そしてさらに旧道を明確に出来るだろう。
 何とか年末までに完成させよう。
12月26日(日) 2日続きの猛吹雪
 朝起きたらまだ吹雪いている。羽幌では97cmも積って、観測史上最高となった様だ。
 函館は10cm程度なのでそれ程でもない。
 吹雪の中、朝から除雪をする。
 目一杯やっているので、ひと通り終わると汗でびっしょりになる。
 まあトレーニングをしていると思えば、良い汗を流している。
 
 「新説 歴史の道 土方歳三 蝦夷共和国への道」を発注していたが、メールが来て12月29日に入荷するそうだ。函館市内の小さな本屋さんに入る。
 この本屋は在庫は置かず、WEB本屋と提携して売っているそうだ。
 店舗が小さくても良いので、この様な本屋さんも増えるのかな。
 小資本で出来るのが魅力なのだろう。
 本を見るのが楽しみだ。

 吹雪の中を町に出る。こんな日に出なくても良いと思うが、軽4トラックのラジコンカーが特売で1580円でになっていた。
 孫の友瑛が軽4トラックが大好きなのだ。
 今持っているのは、自走でないので手で押している。
 今回のはラジコンなので楽しいだろう。
 買ったまでは良かったが、帰りは大渋滞に巻き込まれた。
 家までどのくらい掛ったのか、普段の5倍は掛ったであろう。
 あ〜疲れた!
12月25日(土) 猛吹雪
 朝起きたら寒い。部屋の気温は3度しか無い。
 今季一番の冷え込みだった。
 強風雪の跡がくっきり

 車も真っ白
 外はまだ吹雪いているが除雪を始める。
 積雪は20cmくらいで、こんなに降るのは今季はじめてになる。
 ママさんダンプを押して除雪。作業が始まると体も暖かくなる。
 寒いお陰で、雪は粉雪で軽く、除雪は楽だった。
 終わって家に入ると「お父さん灯油を買って来て!」
 我が家はタンクローリーでは入れていない。
 最安値のスタンドから買ってきて入れる。
 6缶購入して吹雪の中、タンクに入れる。これで朝からの一連の作業を終えた。
 吹雪も又楽しい。
 夕方台湾から帰って来た義理の妹の所に行く。
 台湾の話しを聞く。
 台湾に居る2人の姪っ子から「叔父さんはいつ台湾に来るの?」とフォローがあった。
 行きたいな〜。台湾はビザが2ヶ月に伸びたそうだ。
 気温は今でも最高は+20度近くで最低は13度くらい。
 まだやる事も残っているし、行くなら1ヶ月は居たいし・・・。
 悩んでしまう。
12月24日(金) 外は吹雪らしい
 吹雪きだと言うので、外には1歩も出ないで家の中で過ごす。
 書き物が溜まっているので、ストレスと戦いながらパソコンに向かっている。
 一息ついた所で、妻の誕生日祝いの品を探す。アマゾンで希望の品が見つかった。
 ついでにGPSロガ―を探す。
 私の持っていたガーミンGPSは液晶画面が横縞が入り、見る事は出来なくなった。
 水でも入ったかと思い、しばらく放置していたが、復帰する見込みは無くなった。
 そこで、安いもので最低の機能があるものを探した。
 ようやく見つけたのがユピテル製だった。
 私の持っているガーミンより遥かに安い。
 地図などは表示されないが、私の希望の機能は揃っている。
 これからは、ますます道なき道に入って行かなければならないので、思い切って発注した。
 最近のGPSはGooglemapと連動しているし、デジカメで撮った写真も何処で撮ったか表示される。
 さらにユピテルマップが無料でダウンロード出来るなど、私のガーミンより機能がアップしたようだ。
 価格も12600円と安かった。

 見やすいし防水だが
 
 ついでに土方歳三の進攻した道を書いた「新説 歴史の道」を発注した。
 今まで何処も在庫が無かった(発売日に在庫が無かった)のに・・。1社のみ注文を受けていた。
 アマゾンはやはり売っていなかった。
 本当に入って来るのだろうか、書店で受け取るので来なければ損は無い。
 私の調査した道と比較してどんな内容なのか興味がある。
 発売元の小学館のリストからも削除されている。
 不思議だ。

 この本なのだが
12月23日(木) 食べ放題!
 新聞の広告に「寿司、ステーキ食べ放題 入浴料込み2000円」と出ていた。
 思えば焼き肉は随分食べていない。
 普段は食べ放題には殆ど行かない。
 今回は直ぐに出かけようとなった。
 予約を入れたらOKだった。
 行くなら早い方が良い。
 いつのも通り書きかけの原稿と、資料をかばんに詰めて出発した。
 川汲を過ぎて太平洋側の海岸線に入ると。ハワイの様な大波が岸に押し寄せていた。
 温泉に入る。
 ホテル函館ひろめ荘の温泉は乳白色の硫黄泉で、道南では珍しい。
 乳白色硫黄泉は大好きだ
 夕食は5時から始まる。
 入館の時支配人から、今日は70名の予約があるので超混むので、早くレストランに来た方が良いと言われていた。
 新聞では30名の募集なのに・・・。
 2回温泉に入り、その間は原稿のチエックをしていた。
 道南の旧道を書いているが、校正がなかなか進まない。
 今年の旅も執筆中とあちこち手を出し過ぎているのが原因だ。
 4時半にレストラン前のロビーに行く。
 まだ人は居なかった。
 その内どんどん集まり30名ほどになった。
 そしてオープン。急ぐ人も居なく全員静かに入場。
 全員が場所の確保が出来たので一安心。
 まずはまぐろと甘エビの寿司、ステーキ、サラダを持って来てテーブルに並べる。
 ステーキは小ぶりだ。それ程高級な肉では無いが十分だ。
 寿司は流石に人気がある。
 係の方が持ってくると直ぐに無くなる。
 他にもカレーライスやスープもあった。
 カレーライスは料理長お薦め品で、カレー好きとしては嬉しかった。
 私は寿司20個くらいとステーキ5枚、サラダ、カレーを食べた。
 50分でギブアップした。
 気が付けば料理の写真は1枚も撮っていなかった。
 残り30分を残してレストランを後にする。
 休憩室に戻り妻は温泉に行き、私はお腹が苦しくて横になっていた。
12月22日(水) クリスマスパーティin明和園
 朝から鈴に紐を付ける。紐が無いと安全ピンで浴衣に止められない。
 青森に行けば、紐の付いた鈴は売っているが函館では売っていない。
 昨日100円ショップで購入した鈴には紐が無いのだ。
 着替えをするが、4ヶ月ぶりに着る衣装は懐かしい。あの青森ねぶたのシーンが蘇って来る。
 着替えが終わった所に、今日の相棒のよねちゃんが来て着替える。
 その格好のままで、明和園へ行く。
 腕を出し、パンツ1枚の上に浴衣なので流石に寒い。
 会場に入って動画のセットをするが、パソコンとプロジェクターが上手く繋がらない。
 まあそれは止めて音声だけにする。
 MP3の音源をウォークマンのミニ端子から取り出し、大型ジャックに変換してミキサーに繋げる。
 高級な設備なので迫力ある、ねぶたの囃子と掛け声が流れた。
 カラオケもあるが、最新の曲も全てあると言っていた。
 明和園に入居者している方は、趣味がカラオケと言う人が多いので、充実しているそうだ。
 これでセットは無事終わる。
 相棒になってくれたよねちゃん
 パーティが始まった。青森ねぶたを何処に入れるか打ち合わせしたら、最初の準備運動になる、函館イカ踊りの後にやろうとなった。
 イカ踊りも終わり、準備体操は十分だ。
 ステージに上がって、青森ねぶたの跳ね方と掛け声を練習する。
 これでOKだ。
 音楽と共に、一気にテンションがあがる。
 「ラッセラーラッセラー」
 「ラッセラッセラッセラー」と皆が生き生きと跳ねる。
 3分で終わったが、アンコールがかかり再び跳ねる。
 そして終了。暑さで汗びっしょりだ。
 その後はゲーム、BINGO、カラオケ、ケーキを食べて終了。
 楽しいクリスマスパーティだった。
 最後に私の締めで終了。
 今日の昼食(350円)
 昼食を明和園で食べる。ホッケとピリ辛マーボ―豆腐だったが、ホッケは脂が載って美味しかった。
12月21日(火) クリスマスパーティの準備
 「健康サロンin明和園」のクリスマスパーティが行われる事になった。
 前回集まった時に話し合い、内容は大まかには決まっている。
 300円程度のプレゼント交換、カラオケ、踊りなどで行こうとなった。
 誰が何をやるかは決まっていない。
 私も何かやろうと考えていたが、「そうだ!ねぶたで行こう!」と決めた。
 1人では寂しすぎるので、誰かいないかと声を掛けた。
 馴染のよねちゃんがやっても良いよとなり、出演者は決まった。
 後は音楽が必要だ。囃子と掛け声が入った方が良い。
 探す所はyoutubeしか無い。
 「青森ねぶた」を入力したら、沢山の動画があった。
 その中で囃子とラッセラーの掛け声の良いのを選んだ。
 再生はどうするかだが、会場にはカラオケ施設がある。
 これを使おう。
 でもCDでは出来ないので、私が持っているウォークマンに囃子を入れて、その出力をカラオケの装置に入れようとなった。
 私のウォークマンはMP3で無いと再生しない。
 まずは動画をダウンロードして、音声をMP3として切り離す。
 これはいつもやっているのでOKだ。
 問題はMP3に変換した音源が1分7秒しかない。
 これでは短かすぎる。
 色々アプリケーションを探したら、MP3DirectCutと言うのがあった。
 本来は音源の不要な部分をカットするソフトなのだが、裏技でMP3DirectCutに作った音楽を1度コピーする。
 そこにペーストすると、2曲分が繋がる事が分かった。
 それを3度繰り返したら、4分以上の音楽になった。
 これでOKだ。
 カットのソフトで延長する
 夕方にはよねちゃんが来て、踊りの練習をする。
 まあ踊りは直ぐに出来た。
 後は跳ねるスタミナがあるかどうかだ。
 明日が楽しみだ。
12月20日(月) 金谷君と写真撮影に行く
 今朝は雨だった。
 部屋で金谷君と色々話す。1年半ぶりなので、色々な事がある。
 そして、今日は何処へ行こうかとなった。
 彼は湯の川のトラピスト女子修道院の写真を撮りたいと言うので車で行く。
 こんな時期でも観光客が来ていて、人気があるのだと感心する。
 でも冬期なので敷地内の見れる範囲は少ない。
 写真的にはそれ程良い所は無かった様だ。
 お土産屋を除いても、特に興味の有るものは無く次に向かう。
 金谷君と記念撮影
 次に行ったのが是非撮りたいと言う旧戸井線のアーチだ。
 旧戸井線は函館本線の五稜郭から分岐して、湯の川から戸井町まで建設された。
 軍部の手で極秘に建設が進められた工事であった。
 青森の大間と戸井の間に計画された、青函航路の連絡路線として建設された。
 工事は戦局悪化により昭和18年に中断した。
 残り28kmを残すばかりだったが、そのまま再開される事無く中止となった。
 強度的には問題らしい。
 写真を撮って帰る。
12月19日(日) チャリダー金谷君再訪
 札幌のチャリダー金谷君から電話が来た。
 休みが取れたので「自遊旅」に行きたいのだがどうか?との事だった。
 「全然平気だよ、来て〜」となり、朝9時発の長距離バスでやって来た。
 昨年の6月に来た金谷君は、北海道を一周した後、太平洋フェリーに乗ってレストランで仕事をしていたが、今はスープカレーの店で働いている。
 将来は地元の秋田県能代市に帰って、スープカレ―の店を開くのが夢だそうで、店を出したら食べに来て下さいと言っていた。
 能代市は毎年行くので絶対行くよと約束した。
 今回は、函館の12月の景色を見ると言う事で、函館山、レンガ倉庫群とクリスマスファンタジー、明日は箱館奉行所と電球で飾られた五稜郭に行く予定だ。
 彼も若い人には似合わず、幕末の歴史が大好きで、土方の歩いた道にも興味を持っている。
 これから冬の山にも入りたいそうで、いろいろな話しをした。
 自分の店を持つと言う、夢を実現するために頑張って欲しいものだ。
 夢はあきらめないで・・・か、私の好きな言葉だ。
 夕方、私のママチャリで観光に出かけて行った。
12月18日(土) 釜谷富士岳+3嶺登山
 1万3000歩、歩いた
 今日はガイドを頼まれて釜谷富士岳に登る。
 昨日から吹雪で、朝には積雪が10cmくらいあり、雷が鳴るなど不安定な天気だった。
 早速、「今日はどうするの?」の電話が入る。
 天気は晴れる予報だから行こうとなった。
 総勢5名、Misanに「今年初めて会ったね」と言ったら「春に登っているでしょうと」言われ、
 私もかなりのぼけが始まっている。
 登山口に着いて早速登る。天気は予報通り快晴になって来た。
 少し歩きだせば暖かい。雪は10cmくらいでスノーシューもいらない。
 長靴で十分歩ける。
 最初は釜谷富士。北海道で17個所ある、富士の名の付いた山の一つだ。
 ゆったりしたペースで1時間弱で登る。
 本来はこの山だけで終わる予定だが、これでは少し物足りないだろう。
 北の方向に有る、304mのピークに行きませんかと誘ったら、行くと言うので挑戦する。
 このピークは私も登った事が無かったので、行きたかった。
 WEBサイトで北東斜面からトライした人が失敗している。
 北東斜面はマップを見てもかなりの傾斜で難しい。
 私の選んだのは南斜面からだった。
 登って行ったら、林はあまり密集していなくて、歩きやすかった。
 途中の尾根のポイントは周囲に木が全く無く、景色が最高に良かった。
 さらに高度を上げて行くって、細い尾根を進んで到着。
 頂上は狭くて、高所恐怖症の私には怖すぎる。
 そこから北斜面を見れば、とても登れるような斜面では無かった。
 下山は早かった。あっという間に下った。
 昼食後、「まだ元気がある?」と聞いたら、有ると言う事なので、さらに西側の2つのピークを縦断してから下山する事にした。
 1つ目のピークをクリヤした後、先頭を変わった。
 どのコースを行けば良いのか?山のピークは見えるし、地図も渡してある。
 少しでも自力で目標に向かってコースを取る練習だ。
 見ているとコース取りに個性が出て面白い。
 最後の急斜面を登って2つ目のピークに到着。
 下りは尾根を進む。途中に鹿の寝た跡がくっきりとあった。
 この山は随分鹿が多いようだ。
 最後は急斜面を下った。落葉の上に積った雪で滑って転んだりするのも楽しい。
 最後は、ブッシュが密集して、コース取りが難しいので、私が先頭を行ってゲートまで降りた。
 皆のコース取りも上手く出来て良かった。
 低山だが、楽しみ方を工夫すれば、楽しい山歩きが出来る。
 みんなも楽しかったと、満足して貰った様なので良かった。
 道なき道を歩く楽しみは、冒険心もかきたて、決まったコースを登る登山とは一味違う面白さがある。
 
12月17日(金) 不二山調査
 今日は気温は低いが、天気も良いのでし、函館近郊の不二山に行こうと準備を整えた。
 行く前に、2月に行われる講演会の案内に使う、プロファイルをS君に送ったが戻って来る。
 名刺に書かれているアドレスはスペースがありおかしいなとは思っていた。
 そのスペースにピリオドを入れても戻る。
 電話したらアンダーバーが抜けているとの事だった。
 訂正して送って完了。
 さあ出発だと家を出ようとしたら、電話が来てANAサービスに、新選組ガイドコースの見どころの紹介と顔写真を午前中にANAに送るので何とかしてとなり、今まで撮った写真から数枚をトリミングして送る。
 そんな事で、すっかり遅くなってしまった。仕方が無いので、今日は山の麓までの、道の調査にとどめようと決めて出発した。
 山麓への道は横道に入るが、通行止めの少し手前だったので助かった。
 アプローチが長いので、ここからMTBで走って行こうと考えていた。
 道は雪はあるが良い道で乗って走って行った。
 すると温泉の臭いがしてくる。何だろう?こんな所に温泉があるのだろうかと思って進む。
 何と温泉タンクがあって、自由に温泉を持って行ける。
 タンクも設置され蛇口が4個あった
 でも18度の冷水泉だった。
 分析表の看板も立派についていた。
 分析表も立派物があった
 ここまでは道が良かったが、除雪されていたのだ。
 ここから先は雪が深い。MTBを押して行ったが、途中で諦めて置いて歩く。
 結局は1時間歩いて又戻って来る。往復2時間掛った。さらに1時間行かなければ麓に着けない。
 今日は時間が足りないのでここまでだ。
 不二山に今時期登るとすれば、もっと早い時間に出なくては駄目だ。
 残雪期に麓までMTBで行って登るのが良いか。
 こんな道が延々と続く
 帰り道、電話があり2011年3月3〜5日に行われる、箱館戦争ツアーのガイドが決まった。
 函館〜松前〜江差〜大野〜函館と道南をバスで一周するモニターツアーだ。
 政府から予算が下りたそうだ。
 そう言えば少し前に予算が成立した事を思い出した。
 2泊3日だとじっくり箱館戦争をガイド出来る。
12月16日(木) 温泉でのんびり
 義理の妹夫婦が台湾に行くので、函館駅まで送って行った。
 2人きりの娘が2人とも台湾在住なので、会いに行くのも大変なのだ。
 次女は子供が出来たばかりなので、しばらく来日できない。
 そこでこちらから会いに出かけるそうだ。何処の親もそうだが孫には会いたい。
 送って行ってから、文房具店に行く。
 来年のオリジナルカレンダーを作る材料の購入のためだ。
 昨年は、「土方歳三の道」の冬期野宿旅があり、作られなかった。
 今年は娘から孫の写真入りCDを貰ったので、それを使ってカレンダーを作る。
 文房具屋は意外と楽しい。
 専門店なので、品物の種類が凄く多くて見て歩くだけで楽しい。
 自転車のステッカーも見つけた。
 自転車の立体ステッカーもあった
 材料も揃ったので、予定通り温泉に向かう。
 行く先は木古内の「ビュウーのとや」だ。
 ここの露天風呂がリニューアルされて、朝日が見えるようになった。
 その為、年末、年始は満員だとの新聞報道があった。
 私は一度入ったが、妻を連れて行く。
 着いたら、あれ〜車が一台も止っていない。
 入口には15寺からとなっている。まだ3時間もある。
 これじゃ仕方が無い。
 知内まで足を延ばす。
 昼食は知内のレストラン「川波」に入る
 私は何度か入っているが、安くて美味しい。
 私は手打ちそばにイカ天が入った。イカ天ぷらそばを注文。
 イカが大好きなので、必ずイカ丼かイカ天婦羅そばになる。
 さらにもう一品は知内名物の牡蠣のフライ。
 牡蠣はさすがに美味しかった
 これでお腹は一杯になった。
 レストランに入るのは久しぶりだ。
 後は、こもれび温泉に入ってのんびり過ごす。
 これで寒い真冬日の一日(-9度〜-1度)も楽しく終わった。
12月15日(水) 今年度最低気温の中、登山

 18日に行く予定になっている、釜谷富士の資料作成で調査をしていたら、その北に有る304mのピークに、挑戦していた人のブログを発見した。このピークはは私も登って見ようかと思っていた所だ。
 最初はこの山に登ろうと思ったのだが・・
 ブログを見たら、1度目は失敗していて、2度目にはようやくピークに辿り着いていた。
 コースは私が登ろうと考えていたのとは全く異なっていた。
 元々道が無いのだから何処を行っても良いのだが、出来れば地形にあった、最適なコースを歩きたい。
 そこで今日行く事にした。
 彼のアタックしたのと、私がアタックしたのと、どの様に違うのか、楽しみである。
 天候は曇りで、予想気温は今冬最低気温の最高で-4度だった。
 車を降りて歩きだす。所が何か狭い怪しい道がある。
 思いがけない所に道があった
 直ぐにこの様な物に引かれる。何だろうかと興味が増す。
 こんな所に歩いた跡があるなんて・・・。
 少し行ったら、車道が出て来た。今は車は通れないが、植林をする時に作られた道であろう。
 更に行くと、土手を登っている狭い足跡がある。
 マップから、ここを行けば釜谷富士の北西にあるピークの尾根に出る。
 今日行く予定の304mピークとは違うが行って見たくなって、予定を変更する。
 笹の斜面はそれほど伸びて居なく歩きやすい。
 尾根へ笹の斜面を登る

 尾根からの景色
 尾根に出て南に向かう。最初のピークが出て来るが、ここから釜谷富士や海岸線が見える。
 釜谷富士が見える
 更に北西に行く。一度降りて再び登る。ここ辺りも人か動物が歩いている。
 斜面を登って行ったら、鹿の足跡と人間の靴のはっきりした跡があった。
 鹿の足跡
 雪の上に有る事から昨日辺りなのだろうか?
 やがて212mのピークに達する。
 212mピーク
 ここからどうするか?
 このまま縦走して、町の方に向かうか戻るかと考え、結局縦走を選んだ。
 尾根を下って行くと、かすかに道の跡がある。
 尾根の終端まで行って、急斜面を降りる。
 結構長かったが出た所には、今は使われていない車道があった。
 その跡を下って行ったらゲートが出て来た。そして国道に出た。
 国道を歩いて車の置いた場所まで行く。
 この様に道の無い所でも、誰かが来ているのだと感心する。
 名もなきピークを求めて歩いている人もいるのだろうか。
 ずっと旧道探しをやっていたので、この様に道なき道を歩くのは楽しい。
 何か嵌りそうな気がする。


 家に帰って温泉に行こうと、湯の川の無料温泉施設のある、福祉センターに行った。
 車を入れようとハンドルを切って入ったら、出て来た人が×のサイン。
 聞いたら、風呂が壊れたよ。
 仕方が無く、家に帰って自宅の浴槽に湯を入れた。
12月14日(火) 動画撮影
 動画撮影
 苫小牧の花ちゃんからメールが来て、日本一周たこやきリヤカーの旅をしている松之助君に、動画を送るので撮ってメールして欲しいとの事だった。
 妻のを1枚撮影。妻は松之助君と会っているので、相手も懐かしがるだろう。
 彼が来た時は、私も旅をしていた時だったので会っていない。
 妻の動画レターは、「函館も寒くなったよ、元気ですか〜」だった。
 私の動画レターは、「函館はまだ暖かいよ〜」と言って、その後間を置いてくしゃみのシーン。最後に「良い旅を〜」だった。
 花ちゃんに送ったら、凄く喜んでくれた。

 講演打ち合わせ
 旧大野町(現北斗市)の図書館に本を返しに行く。貸出期間が10日なので、その都度大野まで行くのは大変だ。
 その帰りに「大野郷土資料館」に行って、2月の講演の打ち合わせをする。
 タイトルは「道南の旧道を旅する」となった。
 旧道歩きの楽しさを伝える。

 旅人から訪問の電話
 冬に入り、もう旅人も来ないと思っていたら、札幌の金内君から電話が来た。
 休みが取れたので、函館に行って冬の函館を見たいとの事だった。
 一昨年、北海道一周したチャリダーで、札幌に着いた時も、電話を寄こす律儀な若者だ。
 おいでおいで待ってるよと言って電話を切る。
 19日に来る事になった。久しぶりに会うので楽しみだ。
12月13日(月) パソコンとにらめっこ
 朝5時からパソコンに向かう。2007年に旅した後に作成した熊野古道の紀行文を新たに作る事になった。
 第2版なので、やはり中味を見直したい。全てチエックして加筆し、写真も入れ替えたりしたので結構な時間が掛った。
 途中で散歩4がてらに、湯の川温泉協同組合に行く。
 昨日オンパク事務局の佐藤さんが、今回のガイドブックが欲しいと言っていたので持って行った。
 凄く喜んでくれて嬉しい。
 お客さんに喜んで頂けるサービスは、今後も増やしていきたい。
 まだアイデアは沢山ある。 
 ついでに昨日の講師アンケートも提出した。
 今回は定員に達しなかったので、来年は指名されるかどうかは判らない。
 でも他の講座も皆定員いっぱいにならなかった様だ。
 時期が遅いせいかな?
 帰って再びパソコンに向かい、夕方まで掛って「熊野古道」の旅の改訂版は完成した。
 2版などを作って、過去の旅をふり返ると、またその時の事が思い出されて楽しいものだ。
 その当時書いた文書は流石に今一つの感がある。
 だいぶ慣れて来たので、文章も変わって来た。
 何度も何度も書いて、少しづつ上達していけば良い。
 
 夕方になって電話が来た。
 ANAサービスの来年版パンフレットに、新選組ウォークが載る事に決まった。
 パンフレットに載せる顔写真とガイドコースのコメントを書いて下さいとの事だった。
 ANAの「感動旅案内人」に正式に決まった。
 2007年にツアーオブジャパンで最優秀になった、感動案内人による現地ガイドをやる事は遠い世界の話しだと思った。
 それが入り口にまで来た。
 これからがスタートだ。
 新たなガイドのやり方も視野に入れて進めたい。
 まだ2011年春まで時間は十分にあるので、更に研鑽をしたい。

 パンフレットの一部
12月12日(日) 吹雪きの中でオンパクガイド
 昨日からの荒れた天気は、今日も収まらなかった。
 スタート場所の湯川温泉「啄木亭」行く。
 参加者は8名となった。ここ数日の空模様では仕方が無い。
 オンパク実行委員長と担当ホテルの方の挨拶があって、いよいよスタート!
 オンパク 函館の歴史を学ぶ、箱館戦争探訪
 いつもの「今日のガイドを務めさせて頂きます、旅人も〜さんです」から始まる。
 「今日は皆さんついていますね」
 「徳川艦隊が鷲ノ木に到着した時は猛吹雪でした」
 「この時と同じ雰囲気の中、箱館戦争の史跡巡りはなかなか体験出来ません」
 と言ったら皆もうなづいていた。
 バスは史跡を回って行き、称名寺からは歩きになる。
 吹雪の中を歩いて回る。
 大型バスでの移動
 「寒いね、もっと着て来れば良かった」とお母さん。
 「みんな寒さで顔は真っ赤になっている」
 一回りしてまたバスからの説明。時々はバスを降りて寒い中の見学。
 最後は箱館奉行所と五稜郭タワーの見学。
 箱館奉行所は箱館戦争の関連を説明をする。
 1の間でブリューネと榎本の作戦会議が連日行われたなどは、奉行所のスタッフは説明してくれない。
 終わって五稜郭タワーに登る。
 高所恐怖症の私にとっては、絶対行きたくない場所だ。
 恐る恐る窓際に行ったら、くらくらと目眩がする。
 やばい!駄目だとばかり、中央でうろうろしていた。
  ようやく窓際から撮れた
 全て回って、啄木亭で昼食。ウに入り炊き込みご飯他5点。美味しく頂いた。
 参加者から、「何も見ないで良く話せるね」とお褒めの言葉。
 「昨日練習しましたと言うのも恥ずかしので」だまって有難うを言った。
 今回は説明のつなぎが開かないで、スムースに説明と場所が繋がった。
 新しいネタを沢山仕入れたので、手も持ちに余裕があった。
 間が開きそうになる、と直ぐに何かの話題を入れる事が出来た。
 帰りは啄木亭の温泉にのんびり入って帰宅。
 帰り際にマネージャーから、啄木亭のお客さんのガイドをして欲しいとの要望があった。
 お客さんからガイドを依頼されるが、それをやって貰えないかと言う事だった。
 ANAサービスのガイドの件もあるし、来年はガイド一色になるかも。
 マイ旅はどうなるのかな?
12月11日(土) ガイド原稿の暗記&えりさん来る
 雨で最悪の天気。明日は最高気温が+1度とこれまた寒い。
 でもオンパクは雨天決行だ。
 悪天候で人が集まるのか心配だ。最後の追い込みにこの悪天候の予報じゃ厳しい。
 歩くのを少なくしてバスで多く回ろうかな?
 ガイドの説明文の暗記と癒しのため、黎明薬湯に行く。
 いつもは1800円なのだが、2ヶ月に1回くらい600円で入れる、割引券が新聞の折り込みで入って来る。
 これを活用する。
 風呂にのんびり入ってから、休憩室のリクライニングベッドで暗記をする。
 今まで何度かやっておるので、簡単に記憶が蘇った。
 その後ものんびり湯に入ってから帰る。

 楽しい訪問者が来た
 夕方になって突然の訪問者が来た。
 苫小牧のえりさんだ。妹と一緒に来た。
 たこ焼きリヤカー日本一周の松田君が苫小牧に来た時に、知り合いその後函館に来て、自遊旅に泊まっていった。
 私は旅に出ていたので会えなかったが、妻はその時にお世話した。
 帰る時は、ゲストハウスの拭き掃除もして、記念の壁掛けも作って残してくれた。
 最高にテンションの高い子でとにかく楽しい。
 函館に来た時は大門祭で、松田君はイカソーメン早食いで優勝。
 一緒に行ったえりさんは抽選で、高級デジカメを当てると言う、強運同士だった。
 来年の秋にはえりさんも長期に沖縄移住する事にしたそうだ。
 車で寝泊まりしながら行くので、旅のノウハウを少し伝授した。
 車に簡易ベッド装備などしたらと言って、私が軽4で取りつけたベッドを教えたら付けたいと言う事で来年春になったらやろうとなった。
 楽しく過ごして、苫小牧に帰って行った。
12月10日(金) スノーシュー改善
 本が出版されない?
 小学館から出版予定の「土方歳三 蝦夷共和国への道」だが、11月30日出版予定が12月7日に延期になった。
 そこでもう販売しているだろうと、本屋に行ったが置いていない。34巻までは置いてあるが、35〜39巻までが無く、40巻はあった。
 小学館のWEBサイトを見てもアマゾンを見ても在庫なしとなっている。
 出版して直ぐに完売とは考えにくい。
 出版されたのだろうか、再度延期になったのだろうか?
 気になる所ではある。
 私の取り組んでいる「土方歳三 蝦夷の道」と同じ道に関しての内容もので興味がある。
 小学館の表紙では、鷲ノ木〜箱館迄となっている。
 このコースでは一部分からない所があり、興味があった。
 でも表紙に白で書かれた道を見れば、川汲峠・鱒川峠・茶屋峠。白神峠・小砂子山道は入っていない。
 国道を書いたコースだ。期待出来ないかな?
 砂原〜鹿部の明治の道が明確にはなっていないので知りたかったが、もう少し待つか?
 これが表紙だが


 スノーシューの改善

 スノーシューの改善を行った。
 私のスノーシューは横ずれに弱い。雪道の斜面をトラバースする時に滑る。
 そこで、リサイクルショップで見つけた、バンド無しアイゼンを追加で付ける事にした。
 アイゼンをスノーシュ―に合わせて、切り欠きボルトで固定した。
 ナットは走行中外れない様に回り止めの付いているものを使用した。
 これで雪が降ったら試してみる。
 でも函館は全く雪が降らない。
 もう直ぐ年末と言うのに、今日もストーブ無しだ。
 どうなっているのかな?


 オンパクは大丈夫かな?

 今日、湯川温泉オンパク事務所に行って来た。
 明後日の申し込み状況を聞きに行ったのだが、今日現在7名だった。
 定員は20名なので13名不足している。
 前回は11月だったので、暖かかったが、今回は12月なので寒いのと予報では天気は良くない。
 価格も箱館奉行所と五稜郭タワーも見学に入ったので1000円アップになった。
 箱館奉行所は今年オープンしたばかりなので、既に見に行った人もいるだろう。
 参加費も4000円になったので、厳しくなったのだろうか?
 温泉入浴・ホテルで昼食・バスツアー・箱館奉行所と五稜郭タワーの入場料込みなのだが・・。
 私としては人数に関係なくしっかりやるだけだ。 
12月9日(木) 30年ぶりに進水式を見る
 進水式
 前から見たかった、函館どっくの進水式に行く。何度か進水式はあったのだが、都合が悪くて行けなかった。
 会社を辞めてから初めてどっくの中に入った。
 以前いた、設計棟は昔と変わっていないので、かなり古い感じになった。
 船台に行ったら、赤い船体の舟が載っていた。
 船番は838番と言うから、私が居た時は確か400番台だったので、30年間で400隻以上を造船したのだ。
 見学者は200人くらいだろうか?
 命名式があり、EASTERN ASIAと名づけられて、シャンペンが割れ、船は静かに船台を降りて行った。
 今回の船は約2万トンなので、迫力的には物足りなかった。
 私が勤務していた時は、貨物船で6万トンクラスで、タンカーは30万トンだった。
 進水式のやり方は30年前と変わっていなかったので、懐かしさが一杯だった。
 船台に上っている、EASTERN ASIA

 花吹雪と共に浸水した
  土方歳三の宿舎
 帰りに、箱館戦争の時、土方歳三の宿舎になった丁サ(かねさ)跡を見に行く。
 色々な説があるので、古い地図を自分で調べて場所の特定をしていた。
 道の状態から調べると、意外と当時の道のレイアウトが残っている事が分かる。
 それらから判断して、ペンション「じょう蔵」辺りだと思う。ただし当時の土地は、道が改良された際に削られたので、面積は少なくなっているだろう。
 ペンション「じょう蔵」が宿舎か
 
ベイエリア
 帰りにBAYエリアを通る。観光客で人気の赤レンガ倉庫にはサンタクロースが飾られていた。
 この前の海岸にはクリスマスファンタジーのツリ―があるが、昼間はスッピンの顔の様だ。
 夜には華やかな姿になる。
 サンタも飾られた
 昼間のツリ―

 ガイドブック完成
 切羽詰まって来なければなかなか出来ないものだ。
 ようやく12日に使うガイドブックが出来た。
 中味はかなり充実して40ページになってしまった。


 すこしでも喜んで貰えれば嬉しい。

 20人分作成した
12月8日(水) いきいきサロン
 いきいきサロン
 お年寄り健康サロンに行って来た。
 行ったら先月ガイドした時の写真を頂いた。
 いきいきサロンでのガイド
 「誰が撮ったんですか?」と聞いても「あれあれ・・」「あのさ・・・」とこの年代だとなかなか名前が出てこない。
 お礼を言うのにどうしようかと思っていたら「一番おっぱいの大きい人だよ」と言う。
 「え〜その情報で探すの??」
 いちいち触って確かめる訳にもいかない。
 探して見たら、もしかしてあの方かな??
 戻って「えんじのベストの人?」と聞いたら「そうだ」と答えた。
 名前を聞くより簡単かな?
 ストレッチとマット運動など1時間半でじわっと汗をかいた。
 終わって次回のクリスマスパーティの打ち合わせ。
 内容は?
 カラオケ、ビンゴ、踊り、プレゼント交換などなどが出た。
 後は幹事が決めるのかな?

 感動案内人
 ANAサービスの観光キャッチフレーズだ。
 ANAで募集したお客さんは、現地のガイドに案内して貰う。
 この感動案内人プランでANAはツアーオブイヤー2007のグランプリを取った。
 今年、函館市内ウォークマップを作ったが、私の作成した「箱館歴史まちあるき〜新選組の足跡を辿る」のコースがANAに採用された。
 期間は来年4月から11月までだ。
 感動して貰える案内をして観光客に喜んで貰いたい。
 そしてそれが函館の観光客増加に役立てるなら嬉しい。
 プロとしての自覚も必要になるので、さらに研鑽して感動案内と言われる様にしなければならない。

12月7日(火) 久しぶりに町をぶらつく
 寒い1日になりそうだと言うので、家を飛び出し町をぶらついて、夕方に帰ろうと言う計画が決まった。
 夫婦2人で町に出るのも、本当に久しぶりだ。
 最初に最近急成長の「ニトリ」に行く。新しい店が出来たのだが、まだ行っていなかった。
 家庭用品の小物売り場は、平日なのに結構な人出だ。
 確かに値段も安いような気がする。
 購入したのは、ステンレスのスポーツボトル。290円のが30%オフで売っていた。
 相変わらずオフに弱い。
 昼はランチを食べ、MEGAドンキィに行く。
 例のごちゃごちゃ物が並べてある店だ。何度行っても何処に何があるか良く分からない。
 でも意外な物もあって面白い。飽きが来ない店なのだ。
 でも大した物は買わなかった。山用長靴の敷物とクリヤファイルのみ。
 そして温泉に長時間入って帰宅した。
 これで1日が終わった。

 来年の旅をどうするか考えているのだが、まだ良い案が浮かばない。
 ANAサービスのガイドもやるので、長期は完全に無理だ。
 9月にアフリカ縦断娘の山崎美緒さんが、世界のサイクリストを集めて、四国でイベントを開く。
 これには参加したいと思っている。
 四国に行けば、四万十川でカヌーインストラクターをやっている、和也にも7年ぶりで会えるので、楽しみが増す。来年は四国中心が良いかな?
 美緒さんは同じ地平線会議野宿党所属で「自遊旅」にも2回泊まってくれた。
 何と言っても積極的で、マネージメントもしっかり出来て凄い女性だ。
 興味ある方は こちら へ。
 美緒ちゃんのブログです。
12月6日(月) 三角点寅沢登山
 今年3度目になる同一場所の登山。
 今日は初めて登る4人が参加した。
 いつもならここを知っているリーダーが先に行って、後は参加者が付いて来るだけになる。
 先日読んだ本で、登って降りるだけの山岳会という記事があった。
 会の行事があって、それに参加して人の後を付いて行けば、コース的には考えなくともよく、楽に登って降りられる。
 そしてどこどこの山に登ったよとなる。
 山岳会の事は深くは知らないが、そんな山岳会が多いらしい。
 そんな事もあり、今日は勉強も兼ねた登山をする事にした。
 25000分の1の地図を皆に渡し、スタートとゴールを書き入れている。
 地図の見方も教えながらスタートした。
 大体の行く方向は判ったので、後は各自の判断で進むのだ。
 登山道は無いので、各自がどの様な判断をして登るのかだ。
 グループが大きく離れない様な配慮もして登る。
 沢に入って進む。ここから尾根に出るのだが、色々な意見が出る。
 何処を通ったら楽なコースを行けるのか、地形を見ながら判断する。
 ここで意見が分かれた、急な斜面を登る人、沢を更に上に行ってから登る人などまちまちだ。
 登ってから、自分の選んだコースと他人のコースを比べる。
 そっちが良かったとか、こっちが良かったとなる。
 地図と実際の現場との比較が良く出来る。そんな事で頂上まで行った。
頂上で・・・
 昼食後、今度は下りだ。
 皆の意見で下りは違うコースを行こうとなった。
 先頭集団は今回参加した人達だ。地図を見ながら、皆でああでもないこうでもないと、意見を出しながら進む。「あれここは見た事があるよ」
 「白樺の木が倒れているよ」
 登る時に、この様な目標物を覚えていた方が良いと言うのを、しっかり覚えていた。
 最後の斜面は、意見が分かれてそれぞれの良いと思った場所を降りる。
 他人の下っている姿が見えるので面白い。
 最後まで本当に楽しく下れた。
 「もう着いたの?」と言ったが、楽しかったのであっという間に時間が過ぎたのだ。
 みんなにも大変喜んで頂いた。
 こんな事を繰り返して行えば、低山でも楽しい山登りが出来る。
 ただ連れて行って貰い、帰って来るだけで無く、もっと山を知る事も大事だ。

 きつつきの跡
12月5日(日) 障子山登山
 赤い線は登りコース
 青は下りの変更部分。
 ○は三角点だが見つけられなかった。 









 朝から今年の旅の紀行文の本稿を作成していた。
 明るくなってきたら陽が出ている。何だ今日は天気が良いのか。
 そうなればじっとしていられない。
 WEBサイトから「うぉっちず」を開き、25000分の1の地図で何処かに適当な山は無いかな?
 何ヶ所か候補を見つけ、その内の一つである、障子山に行く事にした。
 アプローチが長そうなのでMTBを積んで行く。
 渡島コロニ-という施設の奥に行くと道がある。
 車を置いてMTBで走る。
 でも平坦地は長く続かず、登りは押しになる。途中で道が分かれるが、古そうな右に行く。
 徐々に雑草が増えて来て、MTBにとっては邪魔になる。最後は藪の中を押して行く。
 山の麓に着いたが、勿論道は無い。
 地図を見ながら適当に登る。何となく登っている人もいるんだなという雰囲気だ。
 三角点はあるのだが、笹が多いので見えるかなと思ったが、その部分は笹が刈ってあった。
 やはり来ている人がいる。
 頂上からは当別丸山が見えるが、それ程景色は良くない。
 早々に下る。
 下る途中の地図上に三角点があるので、登ってみる。
 なかなか探せない。
 諦めて下るが、その途中に人工的に盛られた長い土手状の物がある。
 これは一体何だろう。人が全く来るような場所では無い。
 塹壕にしては長いし、ここで戦争があったとは聞いていない。
 沿って下まで着いたが、その盛り上がった形状は、道路にが出来た時に、削られた様だが、その先はさらに深い沢にまで続いている。
 何だろう??
 帰りに男子修道院の売店でトラピストクッキーを買う。
 それも撥ね品と言って訳あり品、安く買えるのだ。
 こんな道はまだ良い方だ

 道からこの左面を登る。

 頂上に三角点があった。

 当別丸山が見える。

 これが障子山。
12月4日(土) 講演を聞きに行く
 今日も強風が吹き荒れている。
 午後から函館中央図書館に行く。東北学院大学の榎森教授による「幕末の日本と箱館奉行」を聞きに行くのだ。レィンウェアーを着てチャリで行く。風は強いがこの程度の風はどおって事は無い。
 図書館についてまずは、箱館戦争で土方歳三が宿泊していた、佐野專左衛門の場所が何処であったかを調べる。
 色々な説があって何処だかはっきりしない。やはり自分で実際にやらなければ駄目だ。
 昨日、函館の古地図の中で関係の有るものを、全てコピーして眺めていた。
 面白いもので、町並みがすっかり変わっているのだが、そんな中でも特徴的な道が残っていたりする。
 そこ辺りから追って行くと、大分様子が分かって来る。
 残りは図書館にある、函館市街地の地図の変遷を見て、最終的にここだろうと言う結論に至った。
 2時から視聴覚室で講演を聞く。
 榎森教授の講演
 前半は私も知っている事ばかりだったので、詰まらなかったが、後半で2〜3面白い話があった。
 1つは1853年から1856年にフランス・イギリスを中心とした同盟軍が、ロシア軍と戦うのがクリミア戦争である。日本は1854年に日英同盟を結んだ。
 この時イギリスは多くの軍艦が箱館に寄稿している。
 箱館港には、アメリカは捕鯨船や商船が入港しているが、イギリスは軍艦だけだった。
 フランスも軍艦。すなわち箱館を軍港として使っていたのであった。
 クリミア戦争は遠い国の出来事と思っていたが、箱館も関係していたのだ。
12月3日(金) 強風の日は家で・・
 釜谷富士は確かに登ったのだ
 12月1日に登った山が余りにも簡単だったので、その山は釜谷富士では無いのではと言われた。
 皆さんは凄い苦労して登っている様だった。

 急斜面で笹や枝葉が多くて夏は登れない。冬しか登れない筈だと言われて、家に帰って釜谷富士に登った人の記録を見た。
 GPSのログが載っていたので見たら、私とコースが違っていた。
 コースに違いがあった。
 実は私も最初はSさんと同じ場所から取りつこうと思ったが、随分ブッシュが凄いので別なコースを選んだのだ。
 軟弱物はつい楽なコースを選ぶ。
 同じ道なき道の山だが、コースによって随分難儀度が違うものだと知った。
 これは道なき道の山歩きの面白さかもしれない。
 強風と雨の一日
 今日は強風と雨の注意報が出ていた。
 最初から外に出かける気は無く、パソコンに向かった。
 まずは12日のオンパクのお客さんに渡すガイドブックを製作する。
 今回は五稜郭に関する内容は、箱館戦争当時の記載を多く盛り込んだ。
 函館の人でもここまでは分からないだろうと思う。
 見学する事になっている箱館奉行所は、箱館戦争の関係のみを掲載した。作戦会議をした部屋の事や箱館府から旧幕府軍に変わった時に太鼓楼で打った太鼓はラッパに変わった。などなど・・・。
 五稜郭は函館山方向につんのめった形になっている。これなども今まで知らなかった。
 そんな内容を盛りだくさん入れて50ページになった。
 これを当日の参加者に無料配布する。
 ガイドブック載せる昔の写真や文献を調べていたが、面白いものを発見した。
 道南のスキー場の写真だった。
 それが道南唯一のスキー場と書かれた写真で、その場所は恵山だった。
 8人の人がスキーをしている。
 え〜あの活火山が・・・。
 どこで滑るのと思ったが、どうも太陽の陰からすると北斜面の様に見える。
 写真にはスキーをしている人が8人写っている。シュプールは付いていないので、これから登って滑り降りるのだろうか?
 直登している様なのでシ―ルでも付いているのだろうか?
 年代は書いて無かったが、相当古いものである事は間違いない。
 講演依頼
 夕方になって講演の依頼が来た。今回は山歩きの話しをしてくれとの事だった。
 私は山歩きの専門では無い。も〜さんは山屋では無く、自転車屋だと言われる。
 そんな私が山登りの話しを???・・・山登りはベテランの方も多くいるので何故?と思ったが。。
 今回の講演は、山や低山のを歩く時の、
楽しみ方のノウハウを講演して欲しいそうだ。
 今、自分が活動している「歴史を歩く」や「紀行文を歩く」のアプローチの仕方から、実際までという事だった。
 ただ何処かの山に行って来たでは無く、そこに行くまでの序段で歴史を調べたり、道を調べたりしてから実行する。そうすれば活動がさらに充実する。その事を講演する事になった。
 年が明けた来月を予定しているので、近場の人は聞きに来て下さい。
 決まったらブログで連絡します。
12月2日(木) 二股台場の塹壕を発見
 今日は大野ぶんぽ研の例会。
 昨日の登った山はNさんに言われてたが「釜谷富士」では無かった。
 またトライしなければ・・・・。
 でも皆さんは登っていない山なので、それも又良いか。
 会長が腰を痛めたとの事で、菅野さんから報告が行われた。
 配布された資料の中に箱館戦争関係があった。
 会長が「北海道学」実践講座in函館、での講演内容だった。
 この中で、今のぶんぽ研を設立した時の会長さんが飯田吉次郎さんだと知った。
 彼はあの土方歳三が守備した台場山の現地に入って色々な事を調査した方だ。
 私も彼の資料は大いに参考にしている。
 現在、台場山には多くの方が訪れるが、いわゆる稲妻形塹壕を見て帰るだけで、幕末ファンはここだけが塹壕と思っているかも知れない。
 新政府軍の水原久雄氏の書いた絵には台場山全体で、16個所の塹壕が書き表わされている。
 私も何度も山に入って調査しているが、稲妻形塹壕の他の新たな塹壕は4個所しか探せない。
 今日は、雪も少し積って笹が雪の下になるので、歩きやすいと言う事もあり、今まで調査していなかった、稲妻形塹壕の南側を探索する。南側には水原久雄氏も塹壕を書いている。
 この南側は強固な二股台場の中でも、地形的には攻めやすい所になる。当然防衛のために塹壕は築くであろう。
  黄色の三角は現在の稲妻形塹壕
 南側の斜面を上がって行く。雪は20cm位でスノシューも必要ない。所々道らしい個所もあるのでわくわくする。そんな道らしい所は、小動物の足跡がある。
 動物は本当に歩きやすい所を行くものだと感心する。
 どんどん上に登って行ったら、稲妻形塹壕の南のピークに出た。
 ここから尾根伝いに南に進む。
 すると塹壕が出て来た。なかなか良い場所にある。その塹壕から下を見れば敵は真下に見えるくる。これは戦い上は有利になる。
 かなり長く掘られている。左は急斜面
 さらに尾根の先端に行くと、ここにも塹壕があった。ここは尾根の先なので、曲線を描いた塹壕があった。
 ここは曲線の塹壕。先は急斜面
 この位置は水原久雄氏の絵と同じと見て間違いないであろう。
 大正13年に調査した河野常吉さんの報告書「北海道天然記念物調査報告書」には書かれていない。
 彼の調査は近くに住んでいた前田さんからの、聞き取りがメインなのであまり正確で無い様に思う。
 また彼の使った25000分の1の地図は、大正4年の物で現在の地図とは等高線がかなり違っている。
 当時の測量の精度の問題なのだろうか?
 明日は暴風雨の予報だったので、天気の良いうちに探索しようと思ったが良い成果だった。
12月1日(水) 釜谷富士登山
 先日の恵山からの帰り道、義理の妹が「あの山は釜谷富士と言うんだよ。冬になれば登れるそうだよ」と言った。
 これが通称釜谷富士
 釜谷富士は地元の人が言う通称で、25000分の1の地図には名前が無い。
 まだ積雪は無いだろうが、行って見る事にする。
 電話をして入口を聞いたが分からないと言う。
 まあ良いかと、国土地理院の25000分の1の地図をコピーして出発。
 釜谷は雪が全く無かった。
 山の麓方向に向かう道を行くが、徐々に離れて来る。
 もっと右に行かなくてはと、沢に降りて再び登る。
 すると道が出て来た。しばらく幅の広い道を進むと、牧草の生えている場所に出る。
 牛の糞があるので、夏分は放牧しているのだろう。
 戸井の海岸が見える。
 牧草地を突っ切って、少し急な斜面を登る。
 再び牧草地が出て来る。そこを又突っ切ると急な斜面の登りになる。
 幅の広い道ではないが、道がある。昔地元の人が整備でもしたのだろうか?
 急斜面を登りきって、今度は尾根を行く。
 道は無いが、笹も短くて歩きやすい。
 30分で標高243mのピークに着いた。
 ここが頂上だ。
 景色は木が無ければ良いのだろうが、木々の間からしか海が見えない。
 ピークから先にある、別なピークにも足を延ばす。
 ここも景色は良くは無い。
 頂上でのんびりしても仕方が無い感じなので、同じ道を下る。
 帰りに義理の妹の家に寄る。
 来年の3月から4月に2度目の四国お遍路に行く。
 1度目は7人ぐらいで行ったが、タクシーなども使ったので、満足は出来なかった様だ。
 今度は1人で88個所を歩いて回る。
 航空券の手配を引き受けて来た。


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