1月31日(日)  FTW 報告会

 今日は青年センターでFTW(Follow The Women)の報告会があったので行って来た。
 FTWは世界の女性が、中近東をMTBで走ると言うもので、日本の代表はアフリカ縦断娘の山崎美緒ちゃんだ。私と同じ地平線会議野宿党にも所属している。
 FTWでの美緒ちゃんはヘルメット姿。
 昨年の10月に行って、帰国報告会も開いていたのだが、行く機会が無くて今日になった。
 中近東のレバノン、シリア、ヨルダン、パレスチナ地区の4ヶ国、350kmを12日間で走ったそうだ。
 今日は5人の女性が報告をした。1人は埼玉からやって来た。
 中東は印象的には何か危ない国の感じはするが、そんな事は無く安全を感じたそうだ。
 しかし、銃を構えた兵士がいつも監視しているので、日本とは全く違った光景なのであろう。
 国境などで7時間も待たせられる事もあったそうだ。
 そんな時、函館賛歌を歌い踊って、さらにイカ踊りもやったら、各国の人が盛り上がったそうだ。
 長い時間、それぞれの国の歌や踊りを交互にやったそうで楽しかったと言っていた。
 砂漠と乾燥した国なので汗も出ないそうだ。
 行く事は無いと思うが、世の中色々な国があるんだ。
  その美緒ちゃんは、6月にシルくロードの1万数千キロをMTBで走るそうだ。相変わらずアクティブだ。
 夏には今金のイベントにも来るそうで、その時は会えるかな。
  これが100円だった
 同じ会場でフリーマーケットが開催されていたので、ちらっと見たら、小型三脚があった。
 私がいつも旅の時に持って歩くもので、1000円くらいするが、200円で売っていた。
 う〜ん200円か?と言ったら100円で良いよとなった。即購入した。
 詰め替え用キャップ付きは使える
 その後、得意の100円ショップに行く。やはり100円ショップは面白い。
 プリンターのインク何だが、正規品は高いので詰め替えをしている。
 所が空になったカートリッジに、穴を開けなければならない。
 穴はドリルの様なもので開けるのだが、意外と堅くて難儀する。
 穴もきちっと開けないとインク漏れになる。
 所が525円でインクが入って、さらに穴がすでに開いてキャップのある、カートリッジが出た。
 これなら、インク補充も簡単になる。あなどれない100円ショップなのだ。
1月30日(土)  気がつけば土曜日
 完成した写真集
 相変わらず朝から閉じこもりだったが、製本も終わったので、今は旅の写真集の製作をしている。
 バックグランド印刷は本当に便利だ。他の仕事をやっている間、黙々と印刷してくれる。
 本と写真集を組合わせれば、さらに旅の内容が分かりやすいかなとの思いだった。
 写真集は今日で際作5日目になって、ようやく完成した。
 100円ショップの30シートクリヤファイルを購入して収めた。
 さらに表紙にタイトルをシールで作成。これで一連の作業は全て完了した。
 この1ケ月半は、部屋に閉じこもる事が多くて、何かいらいらする日々だった。
 これで一段落したので、少しは外に出ようと思っている。
 すでに家に来て購入してくれた人もいた。値段も決めていないのに1000円を置いて行った。そんな価値があるかな?
 作業時間だけはそれだけの価値がある。原価に跳ね返したら凄い金額になるだろう。
 予約も入れて貰った。○○さん有難う!
 あ〜疲れた!!
1月29日(金)  本を9冊作成&観光コース
 今日は朝から本の製作を行い、結局9冊完成した。今回は印刷さえ終われば、かなり早く簡単に完成する。
 量産向きだが、需要があるのかな??
 昨年のファイターズ感謝ディの写真が送られてきた。
 午後から、観光コースの打ち合わせ。春からの観光シーズンに合わせ、具体的な観光コースの設定を行う事になった。
 取り敢えずは、函館市内2コース、五稜郭と箱館奉行所で1コース、福島〜松前で1コースを作成する。
 これらのコースは幕末に土方が歩いた道の、全体計画の部分であるが、これらの部分を充実させていき、最終的には全コースを網羅する。
 忙しくなりそうだ!
1月28日(木)  「土方歳三 蝦夷を歩く」の本が完成
 今日は朝から本作り。一応全て整ったので、実際の本にして見た。
 表紙は文字の中に写真を入れた

 本文はカラーで印刷
 印刷はA5版で135ページの裏表の両面印刷なので、凄く時間が掛る。これが少し問題だ。
 それでもバックグランド印刷が出来るので、他の仕事が途切れる事は無い。
 印刷が出来あがって、表紙を印刷する。色々な色を試したがやはり白が良いとなった。
 黒い文字一色なら良いのだが、写真が表紙に入ったので、下地の色が出て、カラーの色が変わって来る。
 表紙も印刷して、折り曲げ、そこに本文の印刷したものを入れて、パーソナル印刷機に入れる。
 たまたま購入していた物があったので、パーソナル印刷機を使うが、アイロンでも全く変わらずに出来る。
 1分くらい入れて加熱したら、かなり強力に付いた。
 今まで、何回も手変え品を変えて、本を作って来たが、今回のは今までで一番良い出来で、簡単にできるのが良い。
 やはり、何度も経験を積んで、改善を加えれば良い物が出来る。
 後は、本文の紙質を良いものに変えたいのだが、コストに跳ね返るので、今回は安い紙で我慢した。

 今日は6冊製作した。
1月27日(水)  健康サロンin明和園
 恒例の健康サロンIN明和園に行った。
 今日は、いつものストレッチやイカ踊りに追加して、新しく気功をやった。
 気功は動きが遅いが、これもストレッチで、体にはかなり効いた。
 それなりに楽しかったのだが・・・。
 終わって食事をした後、次回の運動会の打ち合わせをした。
 この会は今年の3月で終了する。しかし、まだやりたい人がいるなら、今年いっぱいはやると提案するそうだ。
 でも来年については、もう支援はしないので組織を作って、そこで自主的に運営して欲しいとの事だった。
 そして、その組織の責任者になって貰えないかとの事だった。
 今は冬なので、まだ時間は取れるが、暖かくなったら忙しくて出来くなる。
 本当は空いている時間があったら、行くと言う事にしたいが、責任者になったらそうは行かない。
 やる事は沢山出て来る。今の会場も使えないし、有料になる。保険も入らなければならない。企画も立てなくてはならない。
 引き受けても中途半端になってしまう。断るしかないだろうな。
 引きうけてしまったら、責任を持って出来なくなるので、自分としては本望では無い。
 次回の運動会は責任者なのでやるが、この後はもう通えないな。
 通っていながら、出来ませんじゃ行きにくい。
 これでOKとした
 本の表紙のデザインがようやく決まった。
 タイトル文字はパワーポイントで作成し、文字の中に写真が入るようにした。
 これで決まりだと、表紙の用紙やプリント紙、インクを買いに行く。
 でもこの本1冊の原価は、800円くらいになってしまう。
 表紙、印刷紙、インク、接着材などだ。
 欲しいという人がいるので、読んで欲しいのだが、売価は原価800円プラス手間代200円くらいにはなってしまう。
 素人の本で1000円は、何か申し訳ないが原価の販売では、余りにもやりがい無い。
 今まで製作に掛った時間と、これから掛る製本の時間と手間を考えれば、1冊200円の手間代は許して貰えるかな。
1月26日(火)  執筆完了
 ようやく執筆が完了した。
 後は表紙のデザインなのだが、これがなかなか決まらない。結局夕方まで色々な物をデザインしたが、気にいったのが無くて、今日は止めにして明日にする。
 丸い状態の接着剤は100円ショップで購入

 クッキングシートに挟みアイロンを掛けて平らにする

 これを背表紙の幅に切って使う
 本の背の部分の接着をするのに、ステック状の材料をアイロンで平らにした。
 これをカッターナイフで切って、本の部分の背中に当てて、加熱すると完璧に付いて、本が完成する。
1月25日(月)  函館に帰る
 今日2時に寝たのに、朝は6時頃起きて札幌の街を散歩した。
 昨日はネオンで綺麗だった町も、昼は極普通の街並みで、夜厚化粧をしていた顔がスッピンになってしまったような状況だ。 
 話は今日も朝から続いたがきりが無い。今度から娘と二人きりになるから、寂しくなるので、いつでも来て泊まって良いよと言われた。
 旅人にとっては嬉しい言葉だ、今度は自転車で来ます。そして日ハムの試合を見ようと約束した。
 帰りも苫小牧までは高速を使いそこからは、下道を4走る。
 妹の家には午後6時について、そこで食事をしてまた話し込む。家に帰ったのが9時過ぎていた。
 久しぶりの長距離運転だが、疲れもそれほど無かった。
1月24日(日)  札幌に到着
 仏前に捧げる花を車に積んで、札幌に向かった。
 函館は雪が多いが、大沼公園を過ぎたあたりからは、周辺の雪が少なくなった。
 道路は雪が全く無く、北海道の国道の除雪状態の良さが分かる。
 何度も通っている国道なので、目新しい事も無く、淡々と車を走らせる。
 冬になれば車も少なくなるので走り易い。途中の八雲は相変わらず雪が多かった。
 下道を走っていたら、電話が鳴り、喪主の親戚から、今何処にいるの? ときた。
 まだ苫小牧だから少し遅くなるかなと思い、高速道路に入る。
 しばらく振りの高速道路だ。いつもは下道を走る。その方が変化があって楽しいのだ。
 それもあるが、いつもは1人なので、お金が掛りすぎるのも乗らない原因でもある。
 雪も無く100km/Hrの制限速度はやはり早い。9900円で買った小型カーナビが効果を表し、間違いなく目的の家に着いた。
 早速家に入り、花を捧げ焼香お悔やみを言う。
 62歳の若さで、冬道での思わぬ転倒で、突然死したのだが本当に残念だ。
 普通に生活していても何があるかが分からない。
 葬儀は無宗教だったので、祭壇と献花台が設けられ、好きな音楽を会場に流し、みんなが献花したそうだ。
 我々が来ると言う事で、親戚の方もわざわざ来てくれた。
 こんな事が無ければ、普段はなかなか会えないのが現実でもある。
 喪主の娘さんがSTVラジオのスタッフなので、先日私が「MTB50山登山」での出演を予定していたが、「土方歳三 蝦夷を歩く」で野宿旅をしたので、中止になってしまったお詫びを言って貰うよう頼んだ。
 電話で来たスタッフの名前が分からなかった。同じエリアにいるので伝えておきますとなった。
 さらに話しをしたら、FMイルカ(函館)の丸山潤子さんも、一緒にラジオ関係の仕事をすると目指していたそうで、夢が実現したようだ。
 丸山潤子さんは、ゲストハウス「自遊旅」から街角レポートしたアナウンサーだ。
 世の中は本当に狭い。
 話は翌日の午前2時まで続いた。
1月23日(土)  製本テスト
 製本をどうするかで、朝から試行錯誤する。
 昨日は、ミニグル―ステックで背表紙を付けたが、丈夫で申し分なかった。これで強度的な問題はOKになった。ただミニグル―でステックを溶かしても、平らにならなので再びアイロンで平らにしなければならない。
 そこを嫌った。
 今日はステックを100円ショップで購入して来た。手芸店は高いので100円ショップで十分間に合う。
 この丸棒のステックを、クッキングシートに挟んで、アイロンで伸ばす。これで平らになる。
 これを挟みで切って背表紙の接着部分に載せて、加熱してやれば一発でOKだ。
 接着テストはOKだった
 表紙のカラーサンプル
 次に表紙だが、今まで画用紙で作っていたが、紙の質もいま一つなんで、紙やさんに行った。
 紙の種類は凄い。どれくらいるのだろう。その中から5枚ほどサンプルとして購入した。
 1枚30円から60円とまあまあだろう。1画用紙に比べれば雲泥の差で恰好が良い。
 これを表紙にする事に決定。
 家に帰って、
 溶かしたステックの接着テストをする。今回の本は12〜130ページになるので、同じ枚数でテストしたいのだが、そんなに不要の用紙は無いので、色々な物を集めてテストしてみた。強度的には全く問題が無く十分いける。
 これで今日の作業は終わり。

 明日は札幌にお悔やみに行くので、本作りは中断だ。帰ってきたらまた続きをやる。
 明日からはブログでこちら
1月22日(金)  ようやく1冊をテスト製本
 一時治った風邪だが、再び引いてしまった。この2〜3日は鼻水が出て仕方が無かった。そこでヘデックパウダーを飲む。風邪薬では無く、頭痛の薬なのだ。どうせ神経を麻痺させてしまえば、鼻水の出る神経も働かないだろうという発想だった。
 これが見事上手くいって、1分おきくらいに出ていた、鼻水が止まってしまった。
 ミニグル―で背に蝋を流し込む

 クッキングシートを被せ、アイロンで平らにする

 まだ白黒だが、こんな具合に出来た

 開いても強度はばっちり

 執筆作業も終えて、本の製本をして見る事にした。前回の本は、背の部分に段ボールカッターで、切り込みを入れて、ボンドで背を固定した。
 今回はミニグル―ステックを使う事にした。手芸などで布を接着したりするものだ。
 ガンにステックを入れて溶かし背に流し込む。この時はまだ凸凹のままなので、クッキングシートを被せて、アイロンで平らにする。さらに表と裏もアイロンでさらにしっかり接着させる。
 そこに、表紙を付けて終わるのだが、ほぼ思うような成果が出せた。接着力もしっかりしているし、失敗したら、温めると、再び溶けるので、何度も繰り返し出来るのが良い。
 取りえずは白黒で印刷して、最終チエック用に使用する。
 本作りも何度も繰り返してやる事と、新しい方法を取り入れれば、だんだん出来栄えが良くなる。
 本の出版は金が掛るので出来ないが、この様な方法だと、安く出来るのでお勧めだ。
 地平線会議では、何か行動を起こしたら必ず記録に残せと言っている。
 そして、ライターになりたい人には、旅であれば何度も旅日記を書いていれば、自然と文書が良くなってくると言っている。物書き屋さんの言う事だから当たっているのだろう。
1月21日(木)  ようやく完成に近づいた
 今日も一日中パソコンに向ったお陰で、執筆作業も完了した。A4で1冊だけサンプルを作った。
 今度は何版の本にするかだ。A4版はそのまま印刷して、パーソナル製本機でホットメイルを使えば体裁はともかく簡単に出来る。
 本当は表紙を何か凝ったものにしたいのだが、プリンターの大きさが問題になる。A3のプリンターでも、表紙と裏の用紙でA4が2枚だから、A3版で良いと思うのだが、厚みの分A3では足りなくなる。
 そこでやはりA5版にしようかとなった。A4をそのまま縮小印刷しても、微妙に段落がずれるので、訂正を加えなくてはならない。
 さらにA4版だと用紙が無いから、A4版を切るか、A4で印刷した後、折りたたむかになる。
 何れにしても手間はかかる。まだ検討中して見よう執筆さえ終えれば、後は大した手間はかからない。

 午後にNHKのディレクターが来た。昨年の放送時に使用した資料を返しに来たのだが、他に放送した内容の入ったDVDと、お土産まで貰ってしまった。

 お土産は流石NHKだ。有田焼のペーパーナイフとホッチキスだった。結構品の有るものだった
 私にはどう考えても似合わない。せいぜい100円ショップの物で済む。そこで妻にプレゼントする。
 綺麗だ!と喜ばれた。
 少し立ち話をしたのだが、先輩ディレクターが「歴女」の番組を作りたいらしく、手伝い出来ないかとなったと聞かれたので、OKと答えた。歴女が函館に来て史跡を回る。そんな番組なのかな。
 テレビを見て幕末の史跡を訪れる人が、増えれば地域にとって嬉しい事だ。

 夕方になって、親戚から死亡通知の葉書が届く。昨年末なので、家族のみで葬儀を行ったそうだ。
 まだ62歳だった。犬を散歩して家に帰って来たのだが、家の前で転倒して後頭部を打って、救急車で運ばれたが、3時間後に亡くなった。突然の訃報で驚いた。
 こんな若くして亡くなるなんて・・・。本当に何があるか分からない。
 自分なんかもっと危ない事ばかりしているのにと思う。でも最近は歳を取ったせいか、単独行動のせいか、慎重になって来た。せいぜい残り10年を、どう生きらして貰えるかの、世界になって来た。
 人生は早いな。
 日曜日にでも、札幌に行ってお参りしてくる。
1月20日(水)  写真家デビュー??
 昨日、取材して頂いた「けあらし」が北海道新聞「みなみ風」にカラーで載った。
 思ったより大きな写真でびっくりした。
 撮った写真として載るのは初めてなので嬉しい。毎日カメラを持って早朝からウォークしている成果が出た。
 とにかく毎日太陽を撮っていて、その枚数も相当な数量になっている。
 今回はけあらしだが、ここは四角い朝日も15年に一度くらいは出る。
 今度はそれ狙いだ!
  北海道新聞記事はこちら

 執筆作業もかなり進んで、90%は出来てきた。後、1〜2日でパソコンの打ち込みは終わりそうだ。
 ようやく先が見えて来た。

 カセットガスのカバーを作った。カセッガスは寒くなると気化しないので、燃焼効率が落ちる。
 そこで、何処かのホテルで貰った、香の良い靴下があったので加工した。
 単にミシンで縫っただけで、それをボトルの保冷カバーに入れた。これで効率はかなり良くなるだろう。
1月19日(火)  「けあらし」が新聞に載るか?
 毎日外にも出ないで、パソコンに向かっているお陰で、紀行文もかなり出来あがって来た。
 多分80%くらいの出来具合だろう。
 そんな中、北海道新聞のK記者がやって来た。昨年の12月に、取り上げて貰った「土方歳三 蝦夷を歩く」の歩き旅に使用した写真の返却だった。
 その際、「けあらしを見たよ」の話しをしたら、興味を持ってくれて、写真を見せる事になった。
 パソコンで写真を見たら、綺麗だと言う事になり、新聞に載せる事になった。
 Kさんは気象台に「けあらし」の事や、当日の気象について、電話で確認した。
 やはり当日は寒くて、函館から近い厚沢部では−23度を記録したそうだ。
 厚沢部の記録としては、気象台の調査が始まった昭和54年以来の最低を記録したそうだ。
 その日の函館は、気温が−13度で海水温が9.5度だった。
 「けあらし」は水の蒸発したものが、空中で凍るような現象を言うそうだ。
 と言う事でもう一度、ここに写真を載せる。

 カモメが手前にいるのが良い雰囲気だ。

 函館山方面も太陽を浴びて染まっている


 函館市で製作している観光マップに、土方ルートを載せるのに協力している。
 
西方面を巡るコースは出来て、マップが出来あがるが、この後もH22年度の新たなマップを作るそうだ。
 やはり歴史ブームで、幕末コースは人気があると推定されるし、今年の7月には箱館奉行所の復元工事も今年は完成して、一般公開される。それに関係する歩くマップコース作りや、
「まちあるき」イベントもあるようだ。
 何かここにきて一気に
幕末の話が多くなってきた。忙しくなりそうだ。
1月18日(月)  一日中キーボードを叩く
 今日は朝からパソコンとにら目っ子で一日が過ぎた。
 今日の朝刊に昨日の協議会の記事が出ていたが、その中で「土方歳三ゆかりの地を巡るツアーはどうか」と載っていた。私が提案している土方ツアーが、話題になるのは嬉しい。
 私自身は、まだ公式には発表していないが、主催者側の方も興味を持ってくれていると思う。
 具体的には、今年中に実現すると思うが、プランとしてはマニアックな内容になるだろう。
 よく激戦ツアーなどと銘打って、バスツアーなどが来るが、肝心の所でも車内の説明だけで、現地を見ない例が多い。やはりファンには実際の現地を見て貰いたい。それが何よりのプレゼントになる。
 その為にはガイドする本人が、本当に箱館戦争や土方歳三が好きでなくてはならない。
 今後も、あくまでも現地主義を貫いて行きたい。
 そして、幕末ファンが喜んで貰えるツアーにしたい。

 執筆作業も60%は行ったような感じだ。パワーポイントでのマップ作りに時間が掛る。
 さらに今日は、表紙をスケッチ画にしようと思い。写真を見ながら、ボールペンで書いて見た。
 当然、上手では無いが、この方が味があるかな?


1月17日(日)  朝日の中の「けあらし」
 海面全体に「けあらし」が出た

 なかなか幻想的だ

 函館山方面も「けあらし」だ
 今日は気温がかなり低そうだ。予報では−11度となっている。
 今日も大森浜の海岸をウォークする。今日はきっと朝日の中の「けあらし」を撮れると言う期待があった。
 海岸に行ったら、朝日は完全に出そうだ。
 流石に−11度では砂は完全に凍っていて、歩いても全く沈まない。こんなに凍った砂もあまり経験が無い。
 場所によっては、砂の表面が凍っていて、つるっと滑ったりする。
 海面には予想した通り、「けあらし」が一面に出ていた。写真を相当数撮る。なかなか幻想的で良い景色だ。でも手袋を脱いでシャッターを押していたので、指先が痛くなるほどだった。
 説明会場
 午後から「北海道ランドオペレ―タ―協議会」の設立説明会に行く。
 北海道初の、地元旅行社と体験観光型事業者の、ネットワーク組織を作ると言うものだ。各官庁や事業者が主に集まっている。私の様な個人での参加者は居ないようだ。
 現在、観光の仕事をしている事業者が観光プランを作成し、一元化して大手旅行社や個人観光者に、売り込もうと言うものだ。UHBのホームページ作成会社が、動画を主体にしたHPを作製中だ。
 私の様に何も事業をしていない者は、どうなるのかが問題なのだが、観光業者とタイアップして、自分の考案したガイドプランを実行に移せる。
 一番問題になる、観光客の輸送については、輸送認可のある業者が当たるので、プランの作成とガイドをやれば良いのだ。これなら個人でも可能になる。
 土方歳三の進攻コースが、広域観光プランとして出来る可能性が大きくなった。
 今年一杯で立ち上げする予定だ。
1月16日(土)  久しぶりの散歩
 けあらしが海面一帯に出ていた
 ずっと風邪気味だったが、もうかなり良くなったので、早朝の大森浜の散歩を再開した。
 今までは海岸にすっと降りれたのだが、最近の降雪で雪が積もり、海に降りる道も雪を掻き分けて行く。
 砂浜に降りたら、「けあらし」が海面全体に出ていた。
 「けあらし」北海道の方言だと言われている。氷点下20℃以下になる、寒い朝に海面に出る霧のことで、気象用語では「蒸気霧」と言うそうだ。
 これは、風がおだやかで寒さの厳しい朝に、陸上の寒気がゆっくりと海上に流れ、海面の水蒸気を冷やして濃い霧ができるというもので、冬に何んらかの条件がそろった時にだけしか見られないものだ。
 今朝の気温は−7度だったので、−20度以下には程遠いのだが出ていた。
 太陽はいつもの上がる位置が、雲で覆われていて見えそうもない。
 太陽が出た時には、さらに幻想的になるかと思って期待していたが、残念ながら太陽は顔を出さなかった。
 それでも幻想的な光景に満足して、散歩を終えた。
 その後は夕方まで執筆活動。疲れた〜。 
1月15日(金)  真冬日の対応
 今日の予報は真冬日。朝の気温は−5度の予報で、最高気温も−4度と一日中殆ど変わらない。
 朝起きて雪かきをするが、雪はさらさらであっという間に除雪は完了した。
 気温が低いって言うのは良いものだ。寒さ的にはこの程度だとあまり、寒いと言う感じでは無い。
 スキーのレースに出ていた時は、下着の上にワンピースと言って、体にぴったりフイットする薄手のウェアを着る。この寒さは凄い。
 レースで滑っている間は、気にはならないが、滑った後にリフトで登って行く時が寒い。
 気温が−10度くらいになれば、それは寒い。
 そんな経験をしてきたから、−5度くらいで、服も防寒着も着ていれば、全く寒さなどは感じない。
 執筆ははかどった
 そんな事をいっているが、今日は真冬日だし、こんな時は温泉が良いとばかり、9時には温泉に向かった。
 部屋を借りて、食事が付いて1800円だ。今年になってから300円値上がりしていた。
 食事のボリュウムが増えたので、値上げしたと言う。
 まあ仕方が無いかと諦めて、部屋に入る。
 早速温泉に行くが、こんな早い時間なのに結構な人が居る。家にいるよりも、温泉で過ごす方が良いやと、言った人ばかりなのだろう。私と同じ年代の人が多いようだ。
 ゆっくり温まって部屋に戻り、紀行文の執筆作業をする。貸し切り部屋で、集中してやれるのが良い。
 そして疲れたら温泉に入る。これは止められない。
 食事は、メニューから好きな物を選ぶ。最高価格が600円しかないので、当然600円の物を選ぶ。
 私は天婦羅そばセット(冷)、妻は天婦羅そば(温)を注文する。
 来た物は・・何も量は増えていない。量を増やしたから値上げしたと言っていたが、どの程度増やしたんだ??
 午後からも温泉と執筆作業で過ごす。4時まで過ごして帰宅。一日のんびりと過ごせた。
1月14日(木)  ぶんぽ研例会など
 今日は今年初めてのぶんぽ研の例会。今日から気温は−7〜8度の日が2〜3日続くが、その後、また気温が上がって、雨になるそうだが、一体どうなっているんだろう。今年の大寒は、1月20日になるが、もしかしたら雨になるのか?
 ぶんぽ研で先日歩いた「土方歳三 蝦夷を歩く」の報告をさせて頂いた。短い時間なので簡単にしか話せないが、興味を持ってくれれば良い。
 いま書いている紀行文を早く終わらせて、パワーポイントの講演資料も作らないといけない。教育委員会主催の講演が入る予定と、も〜さん主催で講演を行いたい。土方の歩いた道を、多くの人に知って貰いたいためだ。

 紀行文を書いていたら、Kさんから電話が来た。
17日に開催される「北海道ランドオペレーター協議会」の設立説明会だった。それに参加依頼が来た。環境庁の支援事業で、期日が迫っているのでと、申し込み用紙を自宅まで持って来た。
 この協議会の目的は色々あるが、私の役目としては、土方歳三や箱館戦争を巡る旅のプランを作成し、観光業者や客に提案して行きたい。良いプランを作成し、これを採用して貰えれば、目指している広域観光が実現できるし、ストリー性のある観光も実現できる。
 コースはかなりのボリュウムで考えられるので、滞在型観光にも持ってこいと思うのだが、何れにしてもそれを良いと認めてくれる人が居ての話だ。
  ヘルメットもいらない時代だった
 家で写真の整理をしていたら高校時代の写真が出てきた。バイクと一緒に写っている数少ない写真だ。
 バイクが好きで、高校時代はバイクのある果物屋でアルバイトをしていた。
 そこの店は、主人がバイク好きで2台持っていたので、1台は私の配達専用兼通学用だった。
 バイクは今は無き、IMB(伊藤モーター)であった。
 学校の先生も、ようやくバイクが買えるかなという時代に、新車のバイクで通学していた。
 自分で言うのもおかしいが、恰好良かったのだ。
 このバイクで札幌までツーリングもした。まだ舗装が少ない道なので、服は埃hだらけで凄い状況だった。そんな懐かしい思い出の写真だ。
1月13日(水)  健康サロンIN明和園
 今年初めての健康サロンに行く。今日も1時間のストレッチと、イカ踊り体操で汗を流す。
 このまま行ったら、今年の函館港祭りのイカ踊りは完璧になるだろう。
 でもそうはいかない。青森ねぶたがある。あの熱く燃える青森ねぶたには、どう考えても及ばないだろう。
 そして、今日は最後にゲームを行う。ひらかなの文字を書いた紙を床に置いて、そこから自分の名前をフルネームで拾ってくる。簡単なゲームなのだが、年を取ると意外に分からないものなのだ。
 私の年齢はまだ大丈夫なのだが、70代になると人によっては、間違えてしまう。
 自分もいつかはそうなるのだなと、感じてしまう。
 幸い2班で私は2回とも一番。妻は3班で2回とも一番だった。今のところOKだ。
 具が一杯のお茶漬けだった
 昼食は、お茶漬けだった。何か久しぶりのお茶漬けが妙に美味かった。

 旅の執筆の方は、全紀行文に写真の貼り付けを終えた。これで40%の出来なのかな。
 まだまだ先は長い。
 今は夜の21時になった。外は猛吹雪だ。明日も雪かきか??
1月12日(火)  身の回りの改善
  今日は、朝から身の回りの改善に取り組む。
  昨日はベッド下に収納スペースが出来てたので、かなりの余裕でスペースが出来た。
  しかし当初の書類を整理する問題は、片付いていない。
  書類を入れる、カラーボックスにするかなと、リサイクルショップに行く。カラーボックスは無かった。
  でも、大きな洋服箪笥が900円で売っていた。
 流石に傷がある
 流石に傷はあるが、これを何とかすれば良いだろうと購入する。ついでにホームセンターで、黒の艶消し塗料を198円で買う。最近安いカラースプレーが出たので、重宝している。洋服箪笥は黒の艶消しなので、塗装は艶有りと違って簡単に出来る。
 家に帰って、まずは塗装をする。
 綺麗に仕上がった
 乾いた所で部屋に収納で取り敢えずOK。後は仕切り板盤などを入れなくてはならない。
 次に枕元に、小さな本棚を付ける。これはコンパネを買ってきて取り付ける。
 切れっぱしのOSBボードは30円だった
 ファイルを並べると倒れるので、本立てがいるのだが、ただ置くだけだと、ずれるのでファイルが倒れる。
 クリップにアルミ棒で幅が自在になる。
 そこで、幅が自在に出来るようにしようと考え、クリップにアルミ棒を付けた、本ストッパーを作成する。
 本棚の裏に付けた木のレールの、好きな場所にクリップを挟めば、ファイルの厚さに応じて自在に調整が出来る。
 これで本日の作業は終了。
1月11日(月)  ベッドの改造
 今日も午前中は執筆活動に精を出した。仕上がりは30%程度の感じだ。それにしても内容はボリュウムがある。
 まあ、あせらずやろうと言う事で、午前中でお終いにする。
 午後からはベッドの改造に取り組りくむ。
 低い自作のベッド

 足を延ばして高くして収納スペースを設けた
 部屋の中に物が溢れてきた。旧道の調査資料も、あちこちに溢れて、どうしょうも無くなって来た。
 そこでベッドの下にスペースを作って、そこに物を収納すると言う良くある手を使う。
 入れるものは、プラスチックの衣装ケースを6個とし、材料が少し足りないので入して来る。
 今のベッドも自作なので、改造しても惜しいようなものではない。足を50cm伸ばすことにした。
 足になる材料を切って4本用意した。それをベッドにビスで止めて、墓に補強材を入れて完成した。
 投資は00円と安く出来た。
 早速収納したが、予定通り収まった。後は明日の朝に、ベッドが高くなったのを忘れて、ベッドから落ちない事だ。
1月10日(日)  ちょっと車を改造
 寝床とテーブルが付いて完成
 15万km走った車の車内は掃除して、それなりに綺麗ないなった。じっと車を見ていたら、カーゴスペースの床に板を敷こうと思った。
 今まで車中泊は、カーゴスペースにマットを敷いて、その上に寝袋で寝ていた。
 それでも良いのだろうが、床は補強のためなのか、波打っているのだ。その波の部分が寝ていても感じる。
 それなら、コンパネ1枚敷けば解決する。ついでにテーブルもあれば便利だとなった。
 早速コンパネを買いに行く。正月値引きで、1180円と100円安く12mmのコンパネが買えた。
 小雪の降る中早速改造・・と言っても簡単なに出来る。30分くらいで、コンパネは敷いた。
 テーブルは、以前軽4のMAXの寝台の一部に使っていた、材料を取っておいたので、それを活用する。
 車に会わせて、足を付け直してOK.車には固定しないで、床にずれ防止のストッパを入れて完成。
 コンパネに、安いマットでも敷けばいいのだが、予算の都合で省略。でもこれで十分に車旅が楽しめる。
 2003年の車での日本一周の時は、ソファベッドや流しまで付けて、本格的なキャンピングカー仕様にしたのだが、使い込む内に、シンプルな今のスタイルが、一番やり易い事が分かった。
 それ以来、シンプルキャンプを楽しんでいる。
1月9日(土)  月世見画法を頂く
 今日は、朝から車内の後部荷物スペースの清掃をする。山からリースの材料の蔦が一杯入っている。風邪もかなり良くなったので、車で道南一回り車中泊の旅でもしようと考えている。
 先月の歩き旅のお礼も兼ねての、ぶらっと旅になりそう。テントに比べれば快適な、車旅なので楽しい。
 21年分の報告会の予告が載っている。
 掃除をしていたら、郵便屋さんが来た。何かと思ったら東京のねぶた仲間の「じんべ」さんから、地平線会議の毎月の通信誌「地平線通信誌」と会議の毎月の予告画集である「月世見画法」が届いた。
 地平線会議が今年で30年を迎えた記念に発行されたものだ。
 30年記念の行事も行きたかったが、遠くて簡単には行けないのがもどかしい。
 直ぐに家に入って「通信誌」を見る。パリダカでバイクで参戦中にトラックと正面衝突して、複雑解放骨折したのだが、今回は「運動器」の大切さをアピールしながら、世界一周をすると言う。今回は第3弾で、オーストラリアを自転車で5150kmを横断した。同行した3人も凄い障害を持った人ばかりだ。
 その凄さに、自分の右足が少しくらい障害があるなんて、ちっぽけな事だと、改めて感じた。
 ねぶたで会う、亜美さんは剣岳の山小屋で3ケ月バイトして帰って来た。本当に彼女は山好きで、送って来る写真は、冬の北アルプスの稜線など、ハッとするようなものばかりだ。私の冬山の写真を送っても、迫力が全く無い。
 そしてじんべさんは、日本山岳耐久レースに出ている。アメリカから帰って直ぐの参戦で、時差と戦いながら21時間も走っている。こんな人がねぶたで撥ねるのだから、体力で勝てるわけが無い。
 野宿党党首の安東さんは、ヒマラヤやパタゴニアに入りっぱなし。野宿野郎の千晶さんも難しい内容の投稿していた。
 時間も忘れて見ていた。地平線会議の報告会は凄いレベルが高いと言うか、世界的に活動している人ばかりなので、自分とは全く別な世界なのだが、それを知ることで、自分の活動目標を少し高く設定したいという気持ちが湧いてくる。それで良いんだ。
1月8日(金)  一日中執筆
 今日は朝の5時から、夕方の4時まで11時間パソコンに向かっていた。お陰で一気に仕事ははかどった。
 夕食も終えた7時頃、温泉に行こうと妻を誘った。こんな時間に温泉に行くのは珍しい。
 と言うのは、ここずっと風邪気味で風呂に入っていない。そのせいで臭いが漂って来たのだ。もう行くしかないとなったのだ。
 実は風邪を引いている時に、温泉に入ると風邪がさらに悪化すると言う体質なのだ。普通の人は温泉に入って体を温めて、寝れば回復するといった事が多い。
 臭いについては先月の野宿旅でも、温泉の無い場所が多いのと、冬になれば服の洗濯もなかなか出来居ない事もあり、かなりの臭が出ていた。
 今回の旅は、幕末の再現を体験するという事から、野宿場所も決まっていたので、温泉の有る無しは別の問題だった。
 あの恰好の好い写真が残る、土方歳三だが、彼も汗まみれで、髭も飲み放題で、異臭を放っていたのだろうかと思えば、、何か親しみを感じたものだ。
 松前町長を表敬訪問。髭は伸び、臭いも強烈。
 松前町長を表敬訪問した時も、衣類はかなり臭っていた。写真を撮る時に、遠慮して離れていたのだが、町長は寄って来て、ぴったり側に付いて写真を撮った。
 きっと臭った事だろう。
 自転車や歩いて旅する人の臭いは、自分も含めて強烈で、それが旅人の証でもあった。
 しばらく旅していないと、そんな方がゲストハウスに来たら、その臭いの懐かしさで、旅に出たくなるのであった。
1月7日(木)  妻の誕生日
 吹雪が続いていた函館も、ようやく天候が回復し、今度は3月上旬の暖かさになった。家の前の雪も緩んできた。
 そんな時、市が委託した排雪車がやって来た。
 暖かくなったので道路はぐちゃぐちゃ状態で、車も真っ直ぐに走れないまでになっている。この2日間で苦情の電話が700件あったそうだ。
 排雪車は、我が家の前の道には入って来ない。直ぐ横の幅広道路をやっている。そこの角に我が家の前から出た雪をどっかり積んでいる。
 この際だから、その雪を集雪機の前にスコップで出す。近所の人も皆、チャンス到来とばかりに、道路に雪を出す。
 除雪車にとっては人が出す雪なんて僅かなものだから、あっという間に大型ダンプに積んでいってくれる。
 我が家の角の雪は量が多い、スコップで出すのは間に合わないなと感じていたら、排雪車が近づき、あっという間に、ダンプに積んでくれた。これですっきりした。
   ささやかなお祝い
 今日は妻の67歳の誕生日だ。誕生日のプレゼントを買わなくてはならない。これが一苦労なのだ。
 釧路の娘に、妻の服のサイズや靴のサイズを、取り敢えず聞いて出かける。
 大型総合スーパーに行く。もう春物が出初めて、冬物のバーゲンが行われている。半額何てあるので心が動くが、誕生日祝いくらいは、少し違うものをと売り場を何度のうろうろして、ようやくブランド品(名前を見ても分からないがコーナーがあったので・・)に春物セーターを見つけた。これを買って帰った。これで一安心だ。
 誕生日会は娘が来た時に前倒しでやったので、今回はシンプルにやる。
 私の独唱の♪ハッピィバースディツユーの声が、ロウソクのみの明りがある、暗い部屋に流れる。そしてロウソクを消す。ぱちぱちと拍手も2人だけ。でも無事誕生会が終わった。
 2人とも65歳を超えて、世間で言う高齢者になっている。この先どうなるのかな?
1月6日(水)  ちろりん村の住人が来る
 少し風邪気味だ。原因は分からないが、釧路から来た孫が、風邪を引いたし、孫と一緒に寝ていた妻も風邪気味だ。そんなところから、うつったのだろう。
 それでも執筆を続け、文書だけの入力は大まかに終えた。文書だけでA4、70ページになった。これから文書の校正になる。まだまだ引きこもり生活が続く。

 我が家の近所には通称「ちろりん村」があった。付近の家族は凄く仲が良くて、いつも何処かの家で宴会をしていた。
 今日は何処の家で宴会をやるとなれば、それぞれの家で1品づつ料理でも作って、持ち寄れば直ぐに出来た。
 それだけ多くの宴会をしても、話題は尽き無いくらい楽しかった。全員で恵山に1泊旅行に行った事もあった。凄い人数だった。
 子供も大体が同じくらいの、年齢なので子供同士もいつも一緒だった。一番年上のお姉さんが、皆の面倒を見てくれるし、よその子供も自分うちの子供の様にしていた。悪い事をすれば、何処の親にでも叱られる。
 そんな「ちろりん村」の住人も、あちこちに引っ越ししたリで、今は私の家しか無い。
 今日は、その昔の仲間のY子さんがやって来た。
 いつもは昼間は飲まない、妻も「ちろりん村」の住人が来れば「Yさんお酒飲もうか」と直ぐに決まる。
 車で来たY子さんに付いて、家まで行って車を置かして、私の車に乗せて来る。
 そして2人は飲み始める。ビールを2人でがんがん開けて、昔話しに花が咲く。とにかく女性同士は昔の事は詳しい。私が聞いていても、良くそんな事も忘れないで、知っているのかと感心する。
 私は話の10%くらいしか分からない。
 ビールの後はワインになった。話しはさらに快調になる。結局4時間くらい飲んで楽しい話をして、Y子さんを家まで送って行った。楽しい一日だった。昔の「ちろりん村」の一端があった。
1月5日(火)  キャリアの改善
 現在のリンク機構。ネジが緩むと曲る。

 この様にたためるのだが、緩めばこうなってしまう。

 ここまで手押し部分が曲れば、キャリアを背負える。

 今回作った金具。溝がL型になっているのがミソ。

 L型の部分にネジが入るので前にずれない

 蝶ネジを緩めて、手押し部分を倒せば、ここまで倒れる。
 今日は執筆活動も止めて、キャリアの改善をする事にする。
 今回の旅では概ね良かったのだが、やはり細部に不都合がある。
 問題は手押し部分と本体部分を繋いでいる、リンク機構なのだ。蝶ナットが閉まっている時は良いのだが、振動でなのか、意外と緩むのだ。歩きながら何度も締めて歩いていたが、やはり不便だ。
 そこで改善をする事にした。
 リンク機構を止めて1枚のプレートにする。
 でも、キャリアを背負う時は、リンク機構が無いと、手押し部分が倒れないので、プレートの中央に溝を設け、
 リンクするのと、同じ理屈にする。これで良い筈だ。
 早速、アルミプレートを購入して加工をする。ボール盤で穴を開け、溝はジグソーで切り、最後はやすりを掛けて仕上げる。
 作業は順調に終わって取り付けたら、ばっちり予想通りになった。
 これで安定して歩けるだろう。
1月4日(月)  ストレス解消!
 冬の函館市街
 毎日のパソコン操作で執筆作業は進むが、ストレスも進む。今日もあさの5時から、ぶっ通しで13時までやった。たまらず、ストレス解消に函館山登山に出掛ける。函館山は標高333mと低いし、多くの人が散歩感じで登っているので、道はしっかり付いていて、苦労は無い。
 登っている人も結構いて、すれ違うたびに「こんにちわ」と挨拶を繰り返す。
 函館山の山頂に登って、函館市街地の冬景色を眺める。夜景とは違った、寒々とした雰囲気が楽しめる。
 展望台は流石に人が少なかく、数人しかいなかった。
 下りは、走って下る。やはり走ると早い。あっという間に下に着いた。
 汗をすっかりかいてしまった。家に帰って全て着替える。良いストレス解消だった。
1月3日(日)  ようやく天気が回復
 芸術的に下がって来た
 ゲストハウスの屋根の雪が、暖かくなって徐々に屋根を滑って来て、軒下から張り出した。
 毎日外には出ないで、家に閉じこもって執筆活動をしているが、危ないので雪を落とすのに外に出た。
 外は天気が良くて青空が出ていた。
 何処かに行きたくなるが、我慢して雪を落として、片づけたのみで、また家に閉じこもった。
 毎日こんな状況なので、ブログに書く事も少なくなる。ネタ切れだ。
 お陰で紀行文の執筆の方は、着々と進んでいる。デスクワークは嫌いなのだが、この後も、生涯学習の講演も依頼されているし、幕末の旅プランも作らなくてはならない。
 しばらくはこんな状態が続きそうだ。
1月2日(土)  今日も荒れ模様
 毎日、毎日天気が悪い。今日も外は雪が降っている。何処にも行く気がしない。
 それでも起きるのは4時過ぎ。今日は昨日着た年賀状の返事を書く、と言っても今年は喪に服しているので、年賀状は書かないで、寒中見舞いになる。
 最近は喪中を知らないで来た人への返信は、寒中見舞いで書く事が多いようだ。小寒から大寒の間に出せば良いようだ。殆どの年賀状は、初めて貰う旅人からのもので、勿論喪中と言う事は知らないので、仕方が無い。中には年賀状では無く、普通の葉書で手紙をくれる人もいる。これなら年賀でないので良いかも。何れにしても、出して貰える事は嬉しいものだ。
 今日は箱根駅伝があるので、テレビを見ながら寒中見舞いを書く。
 そのせいか駅伝は断続的にしか内容が分からない。でも最後の箱根越えはじっくり見た。2年前に車で通ったので、道は知っているので、懐かしい思いから見ていた。
 午後からは、旅の紀行文を書きながら、高校サッカーを見る。北海道の旭川実業が敗戦。
 そんな事で、家からは全く出ないで、今日も一日が終わった。
ピンクの方の下に居るのが私。
 最近、凝っているのは、写真の背景を透明化して、写真の合成をやっている。少し手間が掛るが、楽しくもある。保存はgifよりもpngの方が画質が良いようだ。
 今日の作品はこれ! 私の写真を切り抜き、背景を透明化して、食事の席に張り付けた。
 まだ白い線が見えるな。
1月1日(金)  猛吹雪の元旦
 年が明けても、喪中なのでおめでとうございますは無い。
 孫達も居なくなったので、静けさが戻った。外は昨日からの猛吹雪でかなり積っている。
 愛車も寒そう
 新年の仕事は除雪から始まる。風が強かったので、吹きだまりがある。
 結構な汗をかいて除雪は終了した。上から下まで全て着替えた。雪はかなり積ったのだが、一番下の方は溶けていた。温暖化の影響なのだろうかな。
 朝食は雑煮を食べる。2人で静かに食べる雑煮に正月さが感じられるが、後はテレビが正月らしい番組をやっている事ぐらいだ。
後は特にやる事も無いので、紀行文の執筆をやる。
 孫が居なくなったので、書き物は捗る。今日で14日分の紀行文の概略入力は終えた。
 後は、細部に手を入れて、訂正をして行く。その後、箱館戦争の出来事を、その場所場所で挿入する。
 まだまだ続くが、外は寒いから一気に捗るだろう。
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