5月31日(月) 難所願掛沢&赤坂越え
 朝は夜明けと共に起きる。
 皆も恐らく何時もよりは早い目覚めだろう。
 外に出れば清々しい。
 朝食は余り物で十分に間に合う。
 食事後、部屋を片付け、掃除して下山する。
 ところが後ろが来ない。
 毛利さん〜と呼ぶ声が聞こえる。
 登って行って見たら、原口のTさんが倒れていた。
 2人で起こしたがようやく起きた。
 どうも腰が痛いそうだが、昨日から飲みっぱなしで、まだ相当酔っている様だった。
 仕方が無く2人が両脇に付き下山する事にした。
 肩に力が掛って、汗だくになりながら下る。
 下に着いたら相当疲れた。
 車に乗せるのも一苦労でようやく乗せて、自宅に送り届ける。
 帰りにお土産にアワビを貰ってしまった。
 
 一仕事終えて我々の行動になる。
 まずは小砂子山道願掛沢、箱根以上に厳しい15の沢があると書かれた、小砂子山道は70年ぶりにその道が発見された。
 その時はイベントを開いたので道は一応整備した。
 でもその後も人は歩いていない。
 中に入ったらやはり草草はかなり伸びていた。
 そんな中を歩いたが、藪こぎもかなり疲れる。
 こんな草の深い道の連続
 40分くらいで歩き終える。
 次に向ったのが旧道の赤坂越えで上ノ国に出る道。
 ここも人は殆ど歩いていない。
 再び藪こぎとなった。
 それでも途中には蕨が沢山あり、山菜採りモードになってしまった。
 山菜採りモードは毎度の事
 今日一日藪漕ぎばかりだが、楽しい一日だった。
 藪こぎを終えて車に戻る途中で北海道新聞から、6月3日に出発する旅の、取材申し込みが来た。
 旅を終えてからの取材予定だったが、旅の出発前にも取材したいそうだ。
 2日の10時となったが、後から考えてFMイルカの出演で10時50分まで行かなくてはならない。
 あれ!ぎりぎりだ。急遽電話して2時からにして貰う。
 帰りに200円の、花沢温泉に入浴して帰る。
5月30日(日) 原口駆越山の山小屋宿泊
 今日は原口でイベントがあり、女性4人と私の5人で参加した。
 快晴の天気の中、厚沢部町に着いて、道の駅で昼食をする。
 少しのんびりし過ぎたので、急いで車を飛ばしたが、原口願掛駐車場に着いたのが予定の30分遅れだった。
 今日は4年前に植林した木の間伐をする作業だったが、森づくりの関係者がまだ伐採は早いと言う結論になり、今回は植林の周辺の雑草採りだけになった。
 4年前に植えたのがこんなに伸びた
 主催者から、最後の写真だけには収まって下さいと言われていたが、その通になってしまった。

 当初は20名くらいの参加者と言っていたが、総勢30名位はいたようだ。
 集合写真の後、駆越山に全員が登る。と言っても歩く人や車に乗って行く人など様々だ。
 ここの頂上には地元の人が作った山小屋がある。

 1年かかって作った山小屋
 原口小学校が解体した時、その廃材を貰って個人の所有地に建設した。
 50名くらいは宿泊出来、桧風呂も付いている。
 その山小屋のテーブルには、弁当、飲み物、刺身、三平汁などが並ぶ。
 刺身は地元の漁師の方が朝に採ってきたひらめだで、これは新鮮で美味しい。
 宴は各関係者の挨拶から始まった。、 
 べランダでも宴会
 松前からボランティア芸能団が来てくれて、ダンスや歌、踊りと賑やかだ。

 元バスガイドさんの歌

 ダンスもある
 十分楽しんで、5時には一応散会した。
 今日はこの山小屋に我々と原口の二人の方が泊まる。
 皆が帰った後に付近を散歩。取水場所まで行く。ここに沢水が貯められ、ポンプで山小屋まで送っている。
 驚いたのはこの取水場所に女の人の銅像が建っていた。

 こんな所に銅像が・・
 いかにも周囲とはマッチしないこの銅像は何だろう?
 山小屋に帰って、再び残った人で宴を開く。
 山小屋からの景色は良く、遠くに大島、小島が見える。さらに奥尻島もうっすらと見える。
 夕方には夕陽が綺麗に沈んだ。

 モデルを頼みました

 これも頼みました

 外に出れば星が綺麗に輝いていた。
 さらに宴は続いていたようだが、私は早々に寝てしまった。
5月29日(土) 壮行会
 ようやく天気が良くなって気温が少し上がって来た。
 昨日函館山を下まで走って下ったお陰で今日は筋肉痛になった。
 階段を下りるのが辛い。
 今日は私の旅の壮行会を開いてくれると言う事で、湯川温泉のKKRと言う旅館に行く。
 参加したのは義理の妹夫婦と台湾から一時帰国して、出産も終わった姪っ子とその子供の颯太に生まれて1ケ月が過ぎた、敬人君。
 親戚が沢山集まって貰い、嬉しい会を開いて頂いた。
 皆の応援で力も出る。
 颯太と記念撮影。桜がまだ咲いている
 出発まで5日となった。早いものだ。
 気分的には、少しづつ旅モードになりつつある。
 毎年歳を重ねて来ているので、自分が思っているより、力は落ちているだろう。
 力を過信しては駄目だと言い聞かせながら旅をした方が良い。
 野宿の経験については、昨年の冬期野宿の旅で厳しい経験をしたので、精神的には強くなったと思っている。
 そんなに力む事無く、古道の街道筋に有る古い建物をのんびり見て、時には難所の峠を越えると言った旅になるだろう。
 ここ1週間は天気も回復して、旅立ちのスタートとしては良い条件だろう。
5月28日(金) 函館山登山
 今日は函館山に登ると昨日から決めていた。
 4時半にいつも通り起きて、登山口に着いたのが5時。僅かな霧雨が降っていたが登る事にする。
 荷物はダミーを入れたザック。
 空荷だともの足りないので無理やり積めた。
 コースは汐見山コース。
 朝の登山道は清々しい
 旧登山道に比べて、最初は急な斜面を登るコースだ。
 朝の清々しい中、一気に尾根まで登る。
 涼しい筈が一気に汗が出て来た。
 尾根道を進んで、途中から函館山山頂に行く道と千畳敷きに行く道と分かれるが、今日は千畳敷に向かう。
 展望台から見える函館市街地は鉛色の景色だった。
 千畳敷展望台からの函館市街地
 長居は無用とのんびり歩いて戻ったら、後ろからばたばたと音がする。
 何! と振り返ると、人が走って来た。
 「早いですね」と声を掛けられたので「年寄ですから朝が早くて〜」と返事。
 笑っていた。
 追い越して行ったその姿の背中には雨傘が見えた。
 柄を襟首に入れて走っていた。
 朝から走っている
 そお姿を見て、そうだ私も走ろうと走りだした。
 平坦地から下りに入る。
 途中で3人の登山者に合った。
 重いザックに汗が出る。
 それでも走り続け下に着いた。
 いつもは行かない「洞爺丸慰霊碑」に寄る。
 昭和29年の台風15号で沈没し、他の船と合わせ1430人が亡くなった、世界海難史上3番目の大事故だった。
 当時私は小学校5年生で、近くの函館大火の慰霊堂に行ったら、多くの遺体が広い霊堂に並べられていた。
 その光景は56年経った今も忘れる事が出来ない。
 洞爺丸慰霊碑
 すっかり汗をかいてしまった。

 旅の準備も終わりになった。全ての物をパッキングしたが無事に皆収まった。
 最小の荷物しか持たないので、シンプルな旅になるだろう。
 荷物はこれだけで収まった

 午後から温泉に行ったら、珍しい人とあった。
 勤めていた会社の関連会社の元社長さんでSさん。
 温泉に入ったら洗い場に居たSさんに声を掛けられた。
 私は眼鏡を外して入るので直ぐには気がつかない。傍に行ってから分かった。
 そこでしばらく話をする。
 やはりお歳を召すと大変らしい。
 動脈硬化と糖尿病があり、動脈硬化は出血すると止まらないので、薬で抑えているそうだ。
 カミソリ時も出血をしない様歯数の多いカミソリにしているそうだ。
 風呂から出たら会社にいた時の庶務課の主任のKさんが来た。
 中に入ったらS元社長さんから毛利さんが来ているよと言われ、出て来たそうだ。
 ここでしばらく話しをする。
 今日は本当に懐かしい人に会えた日だった。

 夜になって妹から電話が来て、友達が熊野古道に行ったら、向うで会った千葉県の人に、函館に土方の道を歩いた人が居るのを知っている?と聞かれたそうだ。
 そう言えば聞いた事が有ると、妹に電話して来たそうだ。
 どうやら土方の道を歩きたいそうだ、しかし私はしばらく不在になるのでガイドは出来ない。
 又の機会になるかな。
 やはり朝日新聞のWEBサイトに載ったのが効いている。全国の幕末ファンや土方ファンの方が見てくれたようだ。土方の道を色々な方に知って貰えれば良いと思う。
5月27日(木) 旅の準備やら
 朝起きたら寒い。
 何でこんなに寒いの???
 思わず居間のストーブに火を点けた。
 本州では夏日の様な気温なのに北海道が異常に低い。
 農作物が冷害にならなければ良いなと思うこの頃だ。
 
 旅の出発が近づいて来たので、チエックリストに従って荷物をパッキングする。
 一部は足りない物もあったが、ほぼ準備出来た。
 名刺が無かったので作成する。
 旅で多くの人に出合うが、メルアドや電話番号、住所など交換するのに書くのは意外と大変なのだ。
 1人ならまだ良いが、集団で交換すると大変な手間が掛る。そこで名刺が大いに役に立つ。
 ダイソーでA4版100円で10枚入りがあった。
 早速購入。
 家でラベルマイティを使い、ダイソーのHPからフォーマットをダウンロードして作った。
 紙の色は真っ白では無いが安いのは嬉しい。紙代は名刺1枚1円で済む。
 名刺も出来た
 サイドバッグ2個に、フロントバッグ1個。
 これで毎日生活が出来る。
 本来は4バッグにすれば余裕が有って良いのだが、今回は難所の峠も多いので、出来るだけ荷物を軽くしたかった。
 後は出発を待つばかりだが、6月は本州では梅雨の時期だ。
 昨年は関東が6月10日だった。
 梅雨の中に飛び込んで行く。
 レイン対策は特に強化する事も無く、いつもの通りだが、梅雨の時期は何もかもが、湿りっぱなしで厭になる。 コインランドリーの乾燥機の世話になりそうだ。

 私がいない間に灯油切れが起きたら大変なので灯油も入れる。
 色々とやる事があるな。

 貴重な資料だ
 数日前、本を買って頂いた、南茅部のHiさんから資料を貰った。
 川汲山道の資料を送ったのだが、そのお礼なのか、彼が集めた資料を持って来てくれた。
 読んだが面白い。道を探す時のアプローチが違うから、また別な考え方が出来る。
 私も迷っている五段の滝の場所について彼の考えが書かれていた。
 その文書は当初の私と同じだった。
 現在ある三味線の滝ではないだろうかと書かれている。
 私も当初はそう思った。
 でも、今は黒羽尻の大岩に有ったのが、色々な資料から、今は国道を作る際切り通しが出来た場所だと変えた。でも彼の説明も説得力があるので、迷ってしまった。
 またじっくり考えよう。
5月26日(水) 旅の準備
 昨日加工が終わったソーラー充電器の手動方向変更台に、ソーラー充電器を固定する金物の製作を行った。
 金具は100円ショップの名刺入れを使った。
 形状がぴったし合った。
 作業している時間は朝の5時だ。
 2階に寝ている妻を起こさない様に静かに作業をする。
 この時間静かにラジオを聞きながらの作業も悪くない。
 2時間掛って完成した。
 ソーラー充電器を取りつけたらばっちりOKだった。
 後は白色を塗って完成した。これをフロントバッグに取り付ければ良い。
 実際の使用では、同じ方向に長い距離を走る度合いが多いので、角度の変更はそれ程の必要はないだろう。
 一度セットすればその日はしばらくはOKだろう。
 ソーラー取り付け金具を付け、白色を塗る。

 ソーラー充電器をセット

 横にも直ぐに向く

 USB、DC電源IN、5.4V-OUTの端子部分は切り抜いた

 午前中は健康サロンに久しぶりに行く
 昨年1年間通ったが、今年は組織も新しくなり今日が発足会。
 妻が役員になった。役員と言っても世話掛り見たいものだ。
 それでも何か活動するのは悪くは無い。
 私は黄色グループに入った。
 初めての集まりなので、新人も数人いたので自己紹介をする。
 何と88歳と89歳の2人がいる。
 それが滅茶苦茶元気なのだ。
 週に何回もあちこちの体操や踊りなどに行っている。
 家になんかは居た事が無いと言っていた。
 こんな歳で元気なら、生きがいがあると感じる。
 若い人(と言っても60歳以上だが・・)の方が元気が無かった。
 他の人の歳を聞いたら、とても恥ずかしくて言えないと言う。
 その意味は、歳を取ったから言いたくないのでは無く、89歳を前にしてとても若いとは言えないと言う事だ。
 みんなの生活状況を聞くと、やはり活発に動いている人と友達の多い人は元気だと分かる。
 家にじっとしている人はやはり、気力が無いと感じる。

 午後になって、テントの下に敷くブルーシートが気になった。
 昨年の12月に歩き野宿した時に、雨に降られたが結構テントに水が浸入した。
 そこでテストをした。
 スポンジに水を含ませ、上からシートを乗せて強く押す。
 そうしたら、水がシートから出て来た。防水シートなのに・・・と思ったが、2004年の自転車日本一周から使っている。もう何回使ったか分からないくらいだ。
 そこで新規に投資する事にする。
 見つけたのは1.8m×1.8mのシート。
 完全防水と書かれた文字に負けた。
 でも258円と安いのでそれ程期待はしていなかった。
 家に帰ってスポンジテスト。
 水は全く浸透して来なかった。これで行こう!
 もう十分使ったシート

 完全防水だった
5月25日(火) 色々やった日
 朝一番で北海道新聞を見たら、函館市の観光マップの記事が載っていた。
 私の名前は西部地区の名ガイドの中尾さんと並んで小さく載っていた。
 高校生が写真入りで載っていたが、若い人がこの様な事に興味を持って貰えるのは良い事だと思う。
 新島襄とは面白い。彼の足跡を書いた物は見た事が無い。

 朝早くからの資料作りはいつもの事、今日は旅の中で歩く東北地方の羽州街道の旧峠を調べた。
 やはり各峠とも人が歩いていないので、相当荒れた道になっている様である。
 その中で、雄勝峠の旧旧街道を、MTBで踏破した記録がHPに載っていた。
 この道は今回のテーマである、イザベラバードも歩いている。
 「イザベラバードを歩く」と言う本を書いて昨年出版した人は、ここは通行不可能と通行を諦めていた。
 でもやはり挑戦者は居た。
 この方はMTBで各地の旧街道を踏破している。
 何か私と同じような事をしている人もいるのだなあと思いながら読んだ。
 頂上までは藪こぎはあるが行けた。そして下りも殆どは藪こぎで進めるのだが、最後の旧街道への出口は道が切り通されて、降りる事は出来ない。
 彼はコンクリートで固められた法をMTBと共に、恐る恐る降りたのだが、途中で滑落し落差10mくらいの旧街道に落ちてしまった。 
 本人の怪我は大した事は無かったが、MTBはホィールや車体がおかしくなった。
 そんな事が書いてあった。
 ここは無理だなと思いつつ、何とか降りれないかと考えてみたが、現地の人がこんな状況だから無理だろうな。駄目だったら頂上まで行って引き返せば良いかとなった。
 イザベラバードが頂上で面白がったという、大小の双子山は見ておきたい。
  
 旧峠の資料もほぼ完成したが凄いボリュウムだ。

 午後からはソーラーパネル用の手道方行変換機?の製作を始める。
 ソーラーパネルの一番の問題は変換効率が良くない事だ。
 太陽の正面に向けても20%くらいしかないだろう。
 それが太陽に対する角度が、広角になればなるほど効率が落ちる。
 そこで常に太陽に正面になるようにしたい。
 自動太陽光追尾装置などを考えれば良いのだろうがまったく無理だ。
 そこで手で方向を変えてやる事にする。
 構想を練ったがどのような仕掛けにするかなかなか決まらない。
 得意の100円ショップに行く。品物をあれこれ見ている内に何かヒントが有るだろう。
 なかなか適当な物が無く1Fフロアーを終了。
 2Fに行って探す。
 見つけたのが折りたたみ椅子のミニ版。
 じっと眺めていたら、構想が浮かんだ。
 材料を買って帰り早速作り始める。
 何度か訂正を加えながら、半完成した。
 仰角や水平角度も手で自由に変えられる。
 これでOKだろう。
 後はソーラーチャージャーを取り付けペンキを塗れば完成だ。
 平面状態(この上にソ-ラーチャージャーが付く)

 少し角度を変えてみた

 さらに角度を変えてみた

 水平方向に角度を変える

 仰角も変える
 なかなか上手くいったようだ。
5月24日(月) 排気ファン工事完了
 今日も寒い一日だ。
 最高気温は12度くらいで肌寒い。 
 朝に向かいの整備工場に行って車検代金の支払い。
 社長も居たので話しをする。
 工場の裏に私と同じフレンディのフリートップ車(屋根が上がる)が廃車になっていた。
 どこか壊れたら部品を外して良いよと言われた。
 我がポンコツ愛車もあちこち壊れるだろう。
 有難い事だ。
 車が壊れたらお世話になろう。
 
 朝から排気ファンの取り付け工事を始める。
 新しい排気ファンの埋め込み部分が四角なのでタイルや下地を四角にカットする。
 たがねでタイルが割れない様に注意して割る。
 タイルを四角にカットした
 無事タイルはカット出来た。
 後は裏のコンクリートや材木もカットする。
 無事完成した
 そして取り付け。ぴったりと取り付けが出来た。
 電源を入れたら、静かな音で廻り始めた。
 天井の色塗りや排気ファンの工事で、上ばかり向いていたので首が痛い。
5月23日(日) ソーラーパネル&排気ファン工事
 朝一番でソーラーパネルが届いた。
 充電はどのくらい出来るのか
 容量は3000mahで大きく、太陽充電とAC充電が可能だ。
 繋げるのは携帯電話などUSB電源で使えるはすべてOKだ。
 後は太陽充電がどのくらいの時間で出来るのか?
 太陽が出ている間、1日かかって充電出来れば良いのだが・・。
 自転車旅では野宿になるので、電源がなかなか取れない悩みがある。
 ソーラーで充電出来れば一番良いのだが、まだそれ程の充電能力は持っていないのが問題。
 今度のはどうなるのかな。補助的にしか出来ないと考えておけば良いか。

 この丸穴を四角にしなければならない
 浴室の換気ファンを買いに行ったら、丸型の換気扇は売っていなかった。
 WEBサイトを調べたがもう販売はしていない。
 ファンンの埋め込み部分は全て角型になっている。
 洋室の穴は当然丸になっている。
 もう浴室の壁を四角い穴にしなければならない。
 はつり工具を使って少しづつカットする。
 半分くらい削って今日は終了。
 厄介なものだ。
5月22日(土) 浴槽の天井リフォーム
 最近は我が周辺はトラブル続きだ。
 冷蔵庫が不調から始まり、水道の配管が破損、車を車検に出せば、あちこち不具合で、直す部分多い。
 住んでいる住人を始めとして周辺の物があれこれ古くなっている。
 車は今回の車検で終わりにしようかと話し合っていた。
 でも修理工場と話しをしたら、ブレーキ交換、タイヤ夏冬交換、燃料計はキロ数で管理する。後は残量が少なくなるとランプが点くので良いだろう。ランプが切れたらガス欠だ。
 でも早めに入れればOKだ。
 後はバッテリーもそろそろ。その辺りを直せばまだまだ走るそうだ。
 11年で16万キロはまだまだ走るとの言葉に、妻と整備に金を掛けても中古を買うより遥かに費用は掛らない。行けるとこまで行こうとなった。

 そんな具合なので早めの保全が必要だと言うのが良く分かった。
 カビが出て来た天井
 そこで今日は浴槽の天井のペンキ塗り。やはりカビが出て来て色が変わって来ている。
 ブルーシートを敷いて、壁にマスキングをして2時間で塗り終えた。
 天井は真っ白になり明るくなった。
 すっかり綺麗になった
 次に排気ファンが動かない。オイルを差したがその程度では収まらないくらい頑固に錆びていた。
 これは交換しか無い。近くのホームセンターに行ったら置いて無いので今日は諦めた。
 これは明日交換だ
 天井ばかり見て仕事をしたので首が痛い〜。
5月21日(金) 旅の自転車改造
 本の在庫が無くなったので、午前中は本の製作をして過ごす。
 合計8冊の本を製作した。
 何度もやる内にかなり上手くなってきている。
 ノウハウが蓄積されているのが分かる。
 これが現状
 午後からは自転車の改造をする。
 旅用に出来がってはいたが、ふと思いついて、マップを置く場所を作ろうとなった。
 普段の旅ならこまごまと曲って歩く事も無いので、一度見たらそれ程見なくても走れるのだ。
 しかし今回は旧道を走ったり歩いたりなので、道がかなり複雑で何度もマップを見なければならないだろう。
 いちいち地図を出すのも面倒だ。
 そこでハンドルのバーエンドを改造して、地図置きを作った。
 まずはバーエンドに100円ショップのステンレスのバーを付ける。
 これはバーエンドの先端部分に入れた。
 バーエンドにステンレスの棒を取り付けた
 次にマップの下部の受けは100円ショップのプラ箱を切って作った。
 これがマップの受け
 さらにクリップをクリップを加工して、取り付け本が落ちないようにした。
 クリップを加工して取り付けた
 これで本の置く場所は決まった。
 
 次はライトだ。
 本を置くので、今の場所じゃ前が見えなくライトを照らせない。
 夜間走行はしないのだが、一応場所を変える事にした。
 ライトを付けるアルミ棒を加工
 ライトを取りつけた
 ステンレスパイプを切って前のキャリアに付ける。
 これでフロント周りは完成した
 そこにライトを付けて終了した。
5月20日(木) 雨の日
 今日の天気予報は雨。
 何処にも行く気にはなれない。
 午前中は本の執筆をして、午後から近所の整備工場に車の車検に出す。
 社長が居なく事務のお姉さんとしばらく話す。
 ここのお姉さんはかなり旅好きで、会話も楽しい。
 テンションが高いので、気持ちが楽しくなる。
 私の出た新聞も読んでいてくれる。
 先日放映した函館B級グルメの特集も、両者とも録画していたので、それも話題になる。
 そこに来たお客さんが、そのB級グルメのテレビに映った人だった。
 事前打ち合わせをしたのに、お笑いの人は、全く違う質問するので、答えに困ったよと言っていた。
 しばらく楽しい話しで盛り上がった。
 
 家に帰ったら、整備工場からこの夏タイヤの2本は車検が通らないかもと来た。
 そこで急遽、冬タイヤに交換する。
 今回が最後の車検になるのかな?
 夏タイヤと冬タイヤの両方が必要になり痛い出費になる。
 後2年持てば良いので中古タイヤになるかな。

 夕方、「土方歳三 蝦夷を歩く」の本を購入に来た方がいた。
 話しを聞いたら旧道を調べているそうだ。
 やはり、幕末期の川汲山道はいくら探しても分からないそうだ。
 一応口頭で教えてあげて、後日資料を送付する事にした。
 自分の地元の旧道を全て調べているそうで、私の調査している箱館戦争以外の道も調べている。
 以前、南茅部の千葉さんが地元にも旧道を調べている人がいると言っていたが、その人だった。
 地元に関しては私より色々な情報を持っている。
 私と考えは同じで今旧道を明らかにして後世に残さないと、道は分からなくなってしまうとの考えだった。
 同じ様な仲間がいるのは嬉しい。
5月19日(水) 色々な日
 朝から、、昨日歩いた時に得た白神山道の情報を整理していた。
 今まで蓄えた情報もファイル一杯になり、ファイルを分けて整理しなおした。
 古い資料を見て、5年前に土方の道を調べ始めた頃を思い出す。
 良くもこんなに資料が集まったものだと、自分ながら感心する。
 今は、洋たんすの中に仕切りを作ってファイルを収納しているが、それも一杯になって来た。

 本の注文も相変わらず頂いており、パソコンを操作しながらバックグランド印刷している。
 インクが無くなるピッチも早い。
 あ〜また注文だとなり、インク革命に注文する。
 2日で着くし、5000円以上は送料と手数料がただになる。
 100円ショップで売っているインクは525円だが、こちらは460円で、残量確認も出来る。
 100円ショップの物は途中で上手くインクが出ずに最後までなかなか使えない。
 安いし早いし、もっと早く知っていればと悔やむ。

 図書館に借りた本を返しに行って、家に戻ったら親戚の颯太君がおじいちゃんと来ていた。
 私の妻が海岸を散歩している時に出会ったそうだ。
 たまたま購入していた、私の孫用の自転車デザインの軽量サンダルを見せたら、喜んでいたので、履かせたが小さかった。
 皆が帰った後、チャリでサンダルを買いに走る。
 それを届けに行ったら、颯太のママが居て、颯太とおばちゃんは出かけていた。
 颯太のママとしばらく話していたら、電話が来てもう直ぐ戻るから待ってて〜となり。
 さらに話し混む。
 台湾の話しを聞かせて貰ったり、多岐に話しをして楽しかった。

 おばあちゃんが帰って来た。
 自転車デザインのサンダルを見た颯太は嬉しそうに履いて、家中を駆け回っていた。
 自動車が大好きなのだ。
 おばあちゃんが(と言っても私よりかなり若い)、今回の旅の壮行会をしてくれる事になった。
 嬉しい。
 言われて、だんだん旅の出発が近づいて来てるのを感じたが、旅の慣れも有り初めて日本一周した時よりも緊張感は無い。
5月18日(火) 松浦〜白神峠〜白神を歩く
 急遽白神山道の旧道を歩く事になった。
 メンバーはKoさん、Kuさん、Yoさんの3人。
 順次待ち合わせの場所で車に乗せて福島に向かう。
 松浦から白神峠の道は何度も行っているが、残雪期に行く事が多く、この時期はあまり山に入っていない。
 白神峠から白神の集落までは、ここも残雪期の尾根を下り白神川沿いを下ったが、今回は全て白神川に沿って進む事にした。
 私にとってもこのコースは初めてになる。
 この時期だと木々が伸びて、笹などの草草も伸びて、大変だなと言う思いがあった。
 しかしそれ以上に、新しい道を歩く事の期待感の方が強かった。
 この道は土方歳三隊も進行した道になるので、すごく興味があって早く歩かなければと思っていた道だ。
 松浦のバス停裏に車を止めて出発。
 最初は楽に進めるが、そのうち笹が出て来て藪こぎになる。
 やはりこの時期、笹は伸びている。
 藪こぎを20分くらいやれば、道は旧道の雰囲気を残した九十九折れの道になる。
 この辺りは歩きやすい。
 道の周りには、桜草やシラネアオイが沢山咲いている。
 同行した女性によれば、本州ではシラネアオイも見られなくなっているそうだ。
 北海道の山でも遠くに離れた場所に有るのが見えるだけで、この様に道の側に群生している個所は見た事がないと言っていた。
 私は道探しばかりやっているので、どうも花には目がいっていない。
 シラネアオイ

 二輪草
 その他にも色々咲いていて、女性陣は何何の花だとか言っているが、私は覚えきれない。
 吉岡方面の海岸線が見えて来る
 九十九折れの道を過ぎると、再び笹藪漕ぎになるが、かなり密集していて遅々として進まない。
 この場所を過ぎて白神岳が見える道になった。
 道の途中には、タヌキや熊の糞があり、動物が多い事を伺わせる。
 途中休憩をして、白神峠に到着する。1時間40分の登りだった。
 峠で腹ごしらえをして、いよいよ初めての沢コースの下りに入る。
 本来道が有ったと思われる個所は、植林されてしまい、た場所を抜ける。道ははっきりしない。
 植林された土地の中にコンクリートの柱が点々とある、これは何を意味しているのだろう。
 さらに四角柱の道路標見たいのもあった。
 でも字が書いていないので、何のためのもか分からない。
 さらに道らしい溝も有るのだが、決定的に道かどうかは分からない。
 やがて沢に入る。
 かんざし見たいな「はんの木」
 最初は水も少なく浅いので歩きやすい。
 しかしはっきりした道の形は無く、沢に入りながら進む。
 徐々に水は増えて来る。
 道は相変わらずはっきりしない。
 こんな流れがずっと続く
 川の周辺の左右に道が見えだした。
 とは言っても相当長い年月、人は歩いていないので、明確でない個所も多かった。
 川の左右を注意しながら道を探し歩く。
 そんな状態で長い長い時間沢や沢を迂回して下る。
 途中で山菜を見つけて採って楽しい時間も過ごせる。
 うど、行者ニンニク、フキが沢山ある。
 沢は何度も渡る

 山菜採りは止められない
 厭になるほど、沢を下ってようやくダムが出て来た。
 冬はここから幅の広い道で歩きやすいのだが、この時期は笹が長く伸びている。
 さらに密集した蔦が行く手を阻む。
 滝も有る
 一汗かきながら遂に車道に出た。
 ここから白神の集落までは近い。
  戦勝品が背中に一杯
 白神の集落に着いたが、バスの時間は1時間待ちだ。
 女性陣が通りかかった車に頼んでくれて、私が乗せて貰いスタート地点の松浦に戻る。
 車を白神に向けて走り、皆を乗せて帰る。
 今日のコースは何度も来れないと思う。
 一般の人が歩けるようになるまでは大変な整備が必要だ。
 花の宝庫はいつまでも咲き誇るのだろう。
5月17日(月) 畑を耕しそして買い物
 今日は天気も良いので、妻の実家の畑を起こしに行く。
 畑を起こし終えて、庭に植えてある花を見たが、バイモユリが今年も咲いていた。
 このバイモユリは北海道には生息していない。
 松前の限られた所にあるので、、北前船が持って来た物ではないかと思われる。
 それが何でここにあるのかは、亡くなったじいちゃんでなければ分からない。
  バイモユリは今年も咲いた
 畑起こしは少しの面積なのであっという間に終わったが、気温も高かったので一汗かいてしまた。
 そこで温泉「しんわの湯」に行く。
 平日の昼なので勿論空いている。
 かなり長い間湯に浸かって、快晴の露天の寝湯で寝ていた。
 湯あがりにランチを食べるが、680円でかつ丼とそばのセット。
 私はかつ丼で妻はそばで十分だった。
 妻は湯あがりの生ビールで顔が真っ赤になった。
 これじゃ買い物に行けない! と食後再びサウナに入る。
 私は付き合いきれないので車に戻って寝ていた。
 そよ風が心地よく窓から入って来た。
 ようやく春の暖かさを感じて来た。

 温泉の帰りにMEGAドンキーホーテによる。
 かなり前に出来ていたが、来たのは初めてだ。
 流石に店内の至る所に品物があり、何処に何が有るのか良く分からない。
 一回りするうちに、6角レンチのセットがあった。かなり軽いので自転車旅に良いだろうと購入。
 さらにスパナがあった。これも自転車用で小さい。今、旅に持って行っているのは大きくて重い。
 やはり軽くて小さい方が良い。これも購入。
 小型で持ち運びに便利だ
5月16日(日) 全日本プロ選手権自転車競技大会に行く
 プログラム
 函館開催は昭和58年の第30回大会依頼だから、27年ぶりの開催になる。
 朝8時30分の開場に合わせて自転車で出発。
 競輪場は家から5分も走れば付く。
 少しの時間待って入場。
 入り口で五島軒のレトルトカレーが貰える。
 そしてDVDプレーヤーの当たる抽選券が貰える。
 抽選券は名前を書いて投票する。
 さらにガールズ競輪の予想を書いて投票する。

 競技はスプリント、4km個人追い抜き競争、1kmタイムトライアル、4km団体追い抜き競争、ポイントレース、ケイリン、チームスプリントとオリンピックの種目が並ぶ。
 中に入ったらフリーマーケットがあった。
 一般的にあるフリーマーケットは、あまり欲し物も無いのだが、今回は競輪選手がやっていたブースがあった。見たらサイクルジャージィがあった。
 普段は高くてなかなか買えない。
 でもフリマは安かった。気にいったのが1000円だったので即購入。
 サイクルジャジィが1000円
 レーシングソックスが200円。これも購入。
 レーシングソックス200円
 その後はレースを観戦。
 個人タイムトライアル
 とにかくスピードが凄い。何でこんなスピードが出るんだ!
 機材も普段のケイリンとは全く異なるものを使っている。
 車輪も1本15万円くらいするマビックのデスクやスピナジ―のホィールを皆が使っている。
 ヘルメットもケイリン用では無く、流線形のものを使用している。
 ウェアはワンピースだ。
 それを見るだけでも凄いなと思う。
 ガールズケイリン華やかだ
 途中で素人のスピードチャレンジが有ったので申し込む。
 トレーニングマシンでどのくらいのスピードが出るか挑戦するものだ。
 昨年は負荷を沢山掛けて、どのくらいの時間でゴールに着くかを競い3位に入った。
 自転車に乗って目一杯漕ぐ。
 少しして女性スタッフが「72km!」と言ったので終わりだと思って止めたが「まだ漕いだらもっと出たのに・・」
 と言った。72kmと速度を言ったのでのこれで終わったとばかり思った。
 でも競争では無いので、記念品を貰って終了した。
 左はチャレンジのバッジ、右はカレー
 ガールズケイリン
 午前中のレースを楽しんで、一度家に帰って昼食を取り、日ハムの試合を見る。
 勝利した後、妻も行くと言うので一緒に行く。
 会場のロビーに抽選結果が出ていた。
 DVDレコーダーが「0424」だった。私のは券は「0426」。あ〜2番違いだった。
 トラックに行く。リサイクルショップにはさらに物が入っていた。
 先ほどの選手が、サイクルキャップをくれた。
 追加で持ちこんだパールイズミの上下があった。
 来てみたらぴったりでこれも購入。上下で3000円。
 これも購入3000円だった。
 そうしたらおまけにツールド北海道の記念椅子をくれた。
 そんな事で沢山の買い物をした日だった。

 レースは各種目の決勝まで見て、スピードを堪能した。
5月15日(土) 畑の土起こし
 今日は久しぶりの快晴の天気になった。
 本の執筆も最近は真面目にやっている。
 大体早朝4時からパソコンに向かっている。お陰で進み具合は良い。
 何かあってスイッチが入らないと、なかなか進まないのがやっかいだ。

 ヤフオクで落とした街道の本が送られて来た。
 560円の本が100円か80円だった。
 本は折目も無い綺麗な本だった。この本の情報も織り込んで旅に出る。
 送られてきた街道の本
 6月5日五所川原40kmウォーキングの案内が来た。
 昨年は都合が悪くて参加出来なかった。
 最初は3人で始めたウォーキングだったが、今は10数人参加するまでになった。
 もう9年目になるのかな。良く続いている。
 6月2日にFMイル出演して、そのまま旅に出るか、3日の早朝旅に出るかにして、3日の夕方からは五所川原の会社で行われるOB会に出席する。
 6月4日は五所川原付近をぶらぶらして、5日のウォークは自転車で参加するしかない。
 五所川原駅をスタートして、ゴールの千畳敷までウォークに合わせてのんびり進む。
 ゴール後は皆と分かれて、秋田県潟上の妹の娘の旦那の実家に行く。
 ここに私の妹も含め、家族皆が集合して歓談する。
 その後、秋田久保田城起点の羽州浜海道を走る。
 ここまで決まってしまった。

 午後から妹の畑の土起こしをする。妹が腰を悪くして、起こせないでいたので、手伝うよと言っていた。
 やはり力のある男性は早い。
 妹が1本の畝を起こす間に2本をやってしまった。
 汗が額からひたたり落ちて、良い運動だ。
 1時間くらいやっただろうか全て起こし終えた。
5月14日(金) 清水沢川歩きと山菜採り
 朝、パソコンを叩いていたら、電話が来て「も〜さん今日は予定がありますか?」
 「友達と函館山に登る積りだったが、うど採りをしたいのですが・・」
 と言う事で、川汲方面に山菜採り&徳川鉱山を探しに行こうとなった。
 今日は快晴で気持ちの良い山菜採りが出来そうだ。
 車を川汲温泉の私の専用駐車場(地元の千葉さんが私用にと笹藪の笹を刈ってくれた)に車を入れる。
 川汲川を渡って山に入り早速うど採りをする。
 沢山採れたうどをデポして、清水沢川を登って徳川鉱山探しに行く。
 最初の滝は小さい
 最初は弾薬庫の跡らしい場所に案内する。
 付近を探索したら、上の方に道があった。これは相当古い道だ。
 でも今回は目的が違うのでまた後日来る事にして沢を登る。
 沢の両側は岩盤に囲まれていてその景色は何ともいえずに良い感じだ。
 途中には紫や白や黄色の花が沢山咲いている。
 図鑑を調べたらオオバキすみれ(?)

 分からない
 女性軍は何の花だとか行っているが、私の頭には花の名前は全く入らない。
 随分聞いたが、ヒトリシズカと桜草しか頭に残っていない。
 ここの花は他の場所の花に比べて色が綺麗だそうだ。
 途中には滝だ出て来る。
 大きな滝が出て来る
 滝の側を登って再び沢登り、右手には滝の糸の様な落差の大きい滝が良い風情を見せている。
 再び大きな滝が出て来る。
 しばらく行ったら、行者ニンニクが密集していた。
 この辺り一帯は何処にでも有るのだが、ここで採る事にする。
 行者ニンニクは急な斜面に良い物が生えているが、ここは平坦地に生えていて採るのが楽だ。
 少しの間に、茎の太い行者ニンニクがザックに満載になった。
 先に進む。
 渓流の前に咲く桜草

 岩に咲く桜草

 良い感じの渓流
 今日は徳川鉱山の探索となっていたのだが、途中から清水沢川の源流に行って見ようとなった。
 何度も出て来る滝や沢山の花を観賞しながら上流に登って行く。
 渓流の音が山に響く

 沢歩きも滑るが楽しい
 すると右手に道がある。
 え〜こんな所に・・・。
 旧道だ!
 源流に行く予定が旧道に入る事になった。
 普段行っている旧道探しモードになる。
 道ははっきりしておりジグザグに登っている。
 息を上げながら進むと高度が一気に上がって来る。
 が・・・途中で道が崩壊している。
 どうする??
 女性陣を置いて、他の道をうろうろ探すが何処にも道が無い。
 戻って来た場所から上を見たら、何となく尾根に行けそうだった。
 早速道なき斜面を登る。
 そうしたらはっきりした道があった。
 その道を登って行く。
 そのまま行けば尾根に出そうだったが、時間が無くなって来た。
 今日は出発が遅かったので十分な時間が無い。
 今日は諦めてまた後日来れば良いかとなって下山する。
 帰りは同じコースを下る。

 花や山菜と豊富なこのコースは花好き、山菜好きには止められないコースだ。
 ただしここは熊の多い所なので、笛などの鳴り物は持参した方が良い。
  親戚にも配ってこれだけ残った
 夕方温泉に行って、何か首筋に付いていると、鏡を見たらダニが一匹付いていた。
 取ってプチリ!
 少し赤くなっているが、全くかゆみは無い。
 先日はダニも嫌われ付かなくなったと書いたが、まだ嫌われていなかった。
5月13日(木) 成人病検診
 成人病検診に行く。
 場所は五稜郭病院。朝は早く7時から始まる。
 病院が開く前に先にやってしまうと言う事なのだろう。
 決められた検査を淡々して行くが、何度も経験しているので惑う事も無い。
 今までと変わった点は、胃の検査で使用するバリュウムが、かなり飲みやすくなった。
 今までの様にどろどろ感が無く、さらりとして来た。
 それに眼底検査の光が軟くなった。
 今まではぴかっと光ると一瞬見えなくなったのだが、今は光が優しくて直ぐに見える。
 このくらいが変わった点だろうか。
 検査結果は後で送って来る。
 どんな結果が出るのだろう。
  満開で綺麗だった
 帰りに近くの桜並木を見に行く。
 何故かこの通りだけに桜が咲いている。
 距離も長く、隠れた人気スポットなのだ。
 市外のナンバーの車も良く来ている。
 花は満開だった。綺麗だ〜。

 今日も凄く寒い。恐らく10度は行かずに1桁だろう。
 何処にも出ずに、執筆作業をしていた。
 そこに電話が来て、札幌中央図書館から「土方歳三 蝦夷を歩く」の本に寄贈依頼だった。
 OKする。出来るだけ多くの人に歩いて貰いたいので、喜んで提供する。
 余の寒さに3時には銭湯に行く。65歳以上は無料という町内会の計らいだ。
 開湯の3時には4人が来た。
 暖かい湯は最高だ。十分暖まって帰る。
5月12日(水) 本作りで大忙し
 何故か夜中に目が醒めた。
 まだ12時である。幾ら早起きの私でも早すぎる。
 目をつぶって何とか寝ようと思っても眠れない。
 もう仕方が無い。本の執筆を始める。
 寒い部屋で黙々とやっていたら夜が明けた。

 今日は朝日新聞の記事を見た人から、本の注文が入って大忙し。
 在庫などないから、注文の都度数冊づつ作る。
 結局8部を作って今日の本作りは終了。
 封書に入れ、振り込み用紙を入れ、メール便で発送した。
 注文の有った方から、話しを聞いて見ると、歩く事が好きで、色々な道を歩きたいと言う人。
 司馬遼太郎の「街道を行く」に凝ってて、その道を巡って全国を歩いている方。
 子供が山歩き好きで旧道にも興味があるので購入してあげる方。
 歴史の道を知りたい方。
 などなど
 手作りで粗末ですけどと言うが、外観は気にしないので、是非読みたいと言ってくれる方ばかりで有難い。
 東京の女性はWEBサイトで検索してヒットしたそうだ。
 北海道版もヒット出来るんだと感心する。
 色々な手段が有るんだ。
 彼女は自身の幕末専門のHPで紹介してくれるそうで有難い。
 とにかく幕末の歴史の有る道を、多くの人に歩いて貰う事が最終目的なので、PRは一生懸命やり、行政を動かしたい。
 道の整備を少しやれば直ぐにでもフットパスになる。
 費用もそう掛らないし良い事だと思うのだが。
 NHKの方から情報収集の電話が来たので、イザベラバードの道を歩くよと言っておいた。さらに一緒に川汲山道に行きましょうと言ったら、興味があると言っていた。
 メディアの力は凄いから、大いに活用しなくては・・。

 それにしても寒い一日だった。
 気温は2桁に達せず。
 いつになったら春が来るのか??
5月11日(火) 食事券ゲット
 10時に市役所コンベンション部のKさんが来た。
 先日応募して入賞した「地域で作る小さな旅」の賞品を持って来てくれた。
 ひろめ荘とホテル恵風の入浴付きお食事券各2人分だった。
 温泉好きには堪らなく有難い。
 今回応募して入選したコースは、これから作成する函館のウォーキングガイドブックに載り、9月には私がガイドをする事になった。9月はガイドが5件入ったので忙しくなりそう。
 先日、市役所と作成した街歩きマップは好評で、入手が困難になった。
 Kさんに言ったら、確かに手に入らないので、市の予算は厳しいが増刷する事にするそうだ。
  食事券ゲット
 午後になって、本の注文が入り、発送作業をして過ごす。
 今回は朝日新聞の全道版に出たので、市外からの注文が入る。
 皆さん道に関心のある方ばかりで、この本で道南にも良い旧道が有る事を知って欲しい。
 以前から振替口座を作っていたが、意外に喜ばれる。
 本代を送る時、現金書留だと500円もする。
 振替口座だと120円で済む。ATMだと60円で済む。

 今、執筆している道の詳細についても希望が多い。
 なかなか進まないが、何とか今年中には執筆完了して提供をしたい。
 在庫していた本は全て発送して、今日から追加印刷を始めた。
 あまり多く作って売れなくても大変だし、少ないと直ぐに無くなるので難しい。
5月10日(月) 川汲山道(本道)を歩く
 今日は幕末の香りが漂う川汲山道の本道を歩く。
 メンバーは山の大ベテランのSakagさんと大野の山の会に所属している、KさんKさんのダブルKさん。
 早朝6時に集合と言う、若者なら厭がる時間帯に、年寄メンバーは余裕を持って集合。
 さっそく登山口である川汲公園に向かう。
 ここで車を置いてスタートする。天気は風も無く天気も晴れたり曇ったりで文句無し。
 最初は川汲川に沿って河原を進む。
 この本道は川側を歩いたり、砂防ダムが有る所は山側に迂回して歩く。
 砂防ダムになる以前は、滝の存在が古地図にある。
 土方隊が通った時は滝があったのだろう。
 ダムが出て来た所で山側に迂回する。
 最初のダムが出て来る

 迂回して登り上から見る
 この迂回した場所にも所々は旧道が現れる。しかしその道は完全に続いていない。
 時々道なき個所を行かなくてはならない。
 そんな場所で道路標識を見つける。
 道なき場所なので、え〜こんな所に・・・と言った感じだ。
 北山と書いてある標識
 やがて急な斜面を登って道道83号線に出る。
 道道83号線に出る急斜面を登る

 これも同じ急斜面
 道道83号線を横切って再び笹藪に入る。この時期ダニが付くのは避けられない。
 ナイロン系の衣類には付かないが、綿軽の物は付きやすい。
 軍手にはたくさんダニが付いていた。
  滝の上で記念撮影
 再び旧道に入る。今度は沢に沿って高度を上げて行く。
 途中何度か道がはっきりしない所もあって、探しながら行くが九十九折れのはっきりした道の有る場所に入った。
 ここまでくれば後は頂上まで深く掘れた道が続き、迷う事も無い。
 3時間で旧川汲峠に到着。
 峠付近には箱館戦争時の塹壕が残る。
 旧川汲峠から台場山に登る。
 ここには旧幕府軍の砲台が有った場所で、訪れる人は多い。
 台場山山頂
 休んでいたらFMイルカの山形アナから電話が入り、6月2日の放送に出演を決めた。
 旅に出る日だ。放送局に旅仕様のチャリで行って、放送が終わったらそのままフェリーに直行か?
 次は下りに入る。
 この下りは入り口がなかなか分からなかった。
 ようやく見つけたのだ。
 入口に着いたら行者ニンニクがあるあるある・・・。
 早速皆で山菜採りをする。
 採って少し行ったら、また行者ニンニクが密集している。
 ここは人が全く来ないから、大きき成長している。
 下りの道を行くと、右手が大きく落ちている個所がある。
 箱館戦争で土方軍に敗走させられた箱館府兵が逃げる際、多くの人が谷に転落したとある。
 当時は積雪が1mもあった。
 この斜面を歩くのは相当危険だっと思われる。
 下りの尾根道を行く
 そこから少し行くと先頭から、椎茸があった!との声が聞こえる。
 行ったら苔が生えて先端が折れている、年代物の大木に立派な椎茸が付いていた。
 大喜びではしゃぎながら採った。
 これで最後の椎茸だ
 そこにまた電話が来た。
 今日の朝日新聞に記事が載ったのを見て、本の購入希望だった。
 家に帰ってから再び電話する事で電話を終える。
 実はまだ朝日新聞は見ていなかった。(朝日新聞記事
  旧道らしい雰囲気がある
 またまた下りが続く。
 最後は道が途切れる。
 今歩いている、明治及びそれ以前の道が大正道路を作る際に寸断されてしまったのだ。
 勿論以前から知ってはいる。
 今回はロープが有るので何とか降りれるかもしれないと思ったのだが、リスクを負うまでも無く少し戻って尾根を下れば登山口に着く。
 尾根を下る前に昼食。
 清々しい空気の中でのおにぎりは美味しい。
 山って良いなと感じる一時だ。
 
 急な尾根の斜面を下りて舗装道路の大正道路に出た。
 車を置いたゲート入り口は近い。
 車でスタート地点の川汲公園に行き、今日の山道歩きは終了。
 5時間くらい歩いたのだろうか?
 楽しい1日だった。
5月9日(日) 日ハム最高!
 空気漏れチェック
 朝の散歩から帰って来て、ママチャリのパンク直し。
 空気を入れてもしばらくすると抜けて来る。
 前から同じ状況で、空気を追加しながら走っていたが、今日修理をする事にした。
 以前も修理しようとしたのだが、穴が見つからなかった。
 今回は慎重にやる。
 空気を沢山入れて、水の中に入れて空気漏れをチエックするが分からない。
 再度じっくり見ながらチェックしたら、3秒に1回くらい泡がほんの少し出て来る。
 これだ! パッチを張り修理完了。これで大丈夫だろう。
 キッズも楽しそうだ
 今日も日ハムの応援。
 楽天投手は田中ま〜君。簡単には点数を取れないだろうと思ってはいた。
 しかし立ち上がりからあまり調子は良くなかった。
 ゲ-ムは小刻みな点の取り合いで進む。
 3対3になった8回裏に高橋信二の満塁ホームランが出た。
 外野応援席は狂気の渦となった。
 それにしてもこの2日間は最高に良い試合が見れた。
 寒い函館だが寒さも吹っ飛んだ。
5月8日(土) 日ハム対楽天の試合を応援
 席取りに遅れたので、早朝に並ぶ事にした。
 朝の5時には家を出て、荷物を積んだキャリアを押して行く。
 既に夜は明けていて、寒いが清々しい空気の中をオーシャン球場に向かう。
 家から近くて30分も歩けば到着する。
 最後尾に並び一息を入れる。
 そこに女性がやって来て後ろにシートを張った。
 「この辺りにコンビニが無いですか?」と聞かれたが、少し遠いが焼き鳥弁当の「ハセスト」を教えてあげた。
 やる事が無いだろうと想定はしていて、本の原稿を持って来ていた。
 それをひたすら校正する。
 外はやはり寒い。気温は6〜7度くらいか。
 3時間半くらい校正している間に2度もトイレに行った。
 でも校正はかなりはかどった。
 着ている物はかなり多い。
 冬用のホット下着に、ホット長袖シャツ、さらにセーター、その上にフリースのパーカーを着ている。
 下はタイツも履いている。
 それでも寒いのだ。
 10時に列が動き出して無事良い場所が取れた。
 
 試合はダルビッシュに岩隈と両エースの投げ合いになった。
 どちらも全く譲らない好試合になった。
 チャンスは両チームとも何度かあったが、何れも点数を取るまでに至らない。
 そして9回まで0点で延長になった。
 ダルビッシュ150球を越えて宮西と交代したが、10回を完璧に抑えた。
 10甲斐裏、楽天も投手が小山に交代。
 1アウト後、田中賢介がヒット。その後果敢に盗塁。
 森本ファールフライで2アウト。
 そして次打者は稲葉。稲葉ジャンプが始まる。
 流石稲葉。センター前サヨナラヒットで勝利した。
 久々に良い試合だった。ダルと岩隈の投げ合いは素晴らしかった。
 今まで見た試合の中で最高の投げあいだった。
 やはり「誠」今日は新選組では無い

颯太も持ったよ!

 試合の合間に子供が参加のイベント
 娘からメールが来て、稲葉ジャンプに写っていたと、旦那さんと旦那さんの両親が言っていたよ。
 どんな服装だったと聞かれ答えた。
 夜のニュースに稲葉ジャンプが入ったが、しっかり写っていた。
5月7日(金) 雨のち晴れ
 朝から雨で肌寒い。
 今日はパソコンに向かう。
 「土方歳三の道」の本の執筆を行う。
 最近怠っていたのだが、明日のファイターズの試合の場所取りに行くためだ。
 時間は余るほどある。
 ボケッとしていても勿体ない。
 書いた原稿の校正をしようというわけだ。
 お菓子、飲み物、ウォークマンも持った。
 5月5日からやる事が出来た、シート貼り付け作業を怠ったので、その最後尾に並ぶのには、今日テントを持って野宿をするかなと思っていた。
 でも自転車で行って見たら誰も居ない。
 有料駐車場には、市外の車が居て人もいる。
 車中泊しながら、皆が並んだら出てこようという事なのだろう。
 まあ私は明日の早朝に行けば良いだろうと決めた。
 朝は何時でもOKだ。

 週末の雨の予想は変わって曇りになった。寒気が流れ込んでくるようで、最高気温は13度と寒い。
 でも明日の試合はダルビッシュ対岩隈、翌日は武田勝対田中ま〜君。
 最高の組み合わせになった。
 試合は勝って欲しいが、予断を許さないだろう。
 日本を代表するような投手が2日間も登板するのは嬉しい。
 特にま〜君は初めて函館に登場だ。
 駒大苫小牧が甲子園で決勝の試合をした時は、自転車で日本一周の最中で、北海道の名寄から興部に向かっている時だった。山中ではラジオもなかなか聞こえず苦労して、何度もラジオの方向を変えて走った。
 そして最後は道の駅「おこっぺ」に自転車を飛ばして行って、優勝の瞬間が見れた。
 そんな思い出がある。
5月6日(木) ぶんぽ研例会
 天気も良いのでチャリで北斗市まで行く。
 いつもの様に会長の資料説明がたんたんと進む。
 今日は他に見学などの行事も無いのでこれで終わってしまう。
 会員から資料の中に、もっと詳細を聞きたい項目もあるので、本人も居る場合はさらに説明をしてくれた方が良いとの意見が出た。
 身振り手振りで話すM子さん
 早速、M子さんの報告が行われた。
 先日の新聞に出た、南米の秘境ギアナ高地にある、ロラマイ山(2810m)に登頂の登頂の話しだ。
 凄い奥地なのでセスナを7回(だったかな?)乗り継いで、車で10時間も乗ってようやく登山口に着いた。
 そこから2泊3日のテント泊で頂上に着いたそうだ。
 景色が最高と言っていた。
 女性の年齢は言ってはいけないのだろうが、私より年上で遥かに頑張っている。
 今回も8人中6人は女性で、全体でも再年長だったと言っていた。
 歳を取ると女性の方が気力が充実している様な気がする。
 体力・気力とも充実していないと、行くだけでも簡単には出来ない。
 私も野宿旅に出る時は、最初はやはり億劫だなと思ってしまう。
 でも旅になったら、すっかり嵌って満足する。
 いつまでも気力を失いたくない。気力が有れば体力を付ける方が簡単だと思う。
 海外の山はヨーロッパにスキーに行った時に、ゴンドラで3000mくらいの山の山頂に行ったので、景色が日本とは違った景色を見れて感動した思い出はある。
 でも歩いては登っていない。
 これからも行く事は無いだろうな。


 ぶんぽ研の帰りに土曜日は日ハムの試合があるので、場所取りの様子を見たが、指定の場所は全てシートが張られていた。
 でもこの最後尾に並んでもまだゆったり見れるので、当日の朝早くいけば良いかと諦めた。
 そこに電話が来た。
 FMイルカのYさんからだった。
 最近、新聞を賑わしているので、ラジオ出演の依頼だった。
 出演は2年前の年末特別番組依頼になる。あの時は放送が終わって家に帰り、直ぐに御来光を拝みに恵山にMTBで登った。
 あれから2年経ったのか・・。
 6月中頃の放送と言っていたので、その時はすでに函館に居ませんと話したら、他の出演者と調整して20日頃にどうですかと言われたのでOKした。
 年末の放送も聞いていたそうだ。
 面白い方と思っていたそうだが、普段の私は暗い。あの時はテンションを上げられた。
 放送番組は「人ネットワーク」
5月5日(水) 坂口さんが訪れる
 登山では超有名な坂口さんがゲストハウスを訪れた。
 日に焼けて顔が黒かった。
 現在、日本300名山の完登を目指している。
 300山と言えば気が遠くなりそうな数字だ。
 5月1日の男鹿山を最後に登って函館に戻って来た。
 これで258山になったそうだ。
 彼のブログ
 今回は2週間掛けて、本州の雪の残る今時期でないと登れない、道無き山を11座も登ってきた。
 彼の活動は活発過ぎるなんてもんで無い、同じ様な年代としては、良い目標になる。
 その彼も組織には属していない、一匹オオカミ的だ。
 山は1人で登る事が多い。そんな面は私も一緒だ。(登る山の高さは遥かに違うが・・)
 山の話し、スキーの話し、街道の話しなど、話は尽きない。
 2時間も話してしまった。
 そして10日に川汲山道に一緒に行こうとなった。
 この山道は4月27日に発見したのだが、途中道が崩壊していて、1人では突破するのは難しいかなと思っていた。
 2人で行くなら安心だし、山の事は良く知っている。
 ロープもあると言うので、木にかければ登れるだろう。


 遂に不動
 燃料計が動かない。
 最近不安定な指示をしていた燃料計が、エンプティになったまま動かなくなった。
 センサーの接触が悪いのだろうと、セカンドシートの下にある、タンクの上部のコネクターを抜いて接点を研磨したが直らず。
 テスターで断線チエックもしたが問題無し。
 後はユニットのフロートが、下がったままになったか?
 フロートに穴などが開いて、油が入れば浮かなくなる。
 ばらそうか悩んだが、もう少し考える事にした。
 エンプティの赤ランプが点くから、ガス欠にはならないが、どのくらい入っているか心配になる。
 満タンにして、トリップメーターで残量は確認している。
 これで問題は無いのだが・・・何となく不安。


 夕方メガネ店に行き、眼鏡を発注した。
 最近流行りのフレームを掛けてみても、年寄には違和感がある。
 やはり落ち着く先が、大きめのお年寄りが多く掛けているデザインになった。
 お年寄りらしい眼鏡がやはり合う。
5月4日(火) 朝の自転車
 最近は暖かくなってきたので、朝はウォーキングから自転車で走る事に変わっている。
 自転車だと1時間でゆっくり走っても、15kmくらいはうろうろ出来る。
 今日は朝の4時過ぎに、湯の川温泉付近まで行って来た。
 湯川には湯川寺(とうせんじ)がある。
 ここに入り西国33ヶ所の地蔵を見る。
 ここの地蔵は以前、函館山に有ったのだが、砲台を函館山に作るので、一般の人は入山禁止となった。
 そこで地蔵は下に降ろされて、湯川温泉付近に持って来た。
 その地蔵も道路工事などで、置く場所が無くなって来たのを、湯川寺の住職がここに集めたものだ。
 この中の12番像は、箱館戦争の時、新選組が守備した大江山に有ったものだ。
 当時の新選組も見ている筈である。
  12番観音
 湯川寺から出て、湯川温泉の足湯でのんびりする。
 観光客も10人くらい足湯に浸かっていた。
 長い時間浸れば汗がじわっと浮き出て来る。
 そんな事を楽しみながら家に戻る。

 旅の計画も概ね完成した。
 今は詳細な旧道を調べているが、やはり昔の道は厳しそうだ。
 峠は現在の国道とは離れて、山の中を歩かなくてはならない場所が有る。
 山中の野宿も考えなくてはならない。
 結構厳しそうな道がありそうだ。
 MTBに荷物満載で越えるのは、結構大変そうだ。
 最高到達地点は南アルプスの1700m近くになる所もある。
 熊野古道も厳しかった。それから3歳年齢が増えた。
 大丈夫なのだろうか?

5月3日(月) ネット購入&オークション
 朝の散策に4時30分からMTBで出かけた。
 世間ではGWになっているのだが、毎日が休みの年寄には関係が無い。
 むしろ人ごみの中には出たくない。桜も咲いていないし・・。
 近くのホテルも満室の看板が出ていた、やはり人では多いのだろう。
 ライダーハウス「ライムライト」の前を通ったら、2人が話していた、挨拶を交わし通りすぎたが、バイクや自転車が10台くらい宿泊しているようだ。
 中央ふ頭に行くが釣り人が6人程度いた。
 1時間くらいで家に戻る。

 最近ネットで物を購入した。
 まずはプリンターのインクだ。
 私のCANONのプリンターのインクは4色プラスブラックで3900円程度する。
 それがインク革命.comで2300円程度で売っている。
 それも購入金額が5000円を超えると、送料、代引き手数料も無料になる。
 インクはリサイクルだが、残量表示もする。
 注文したら2日で送って来た。
 ネット購入は便利だ。
 これは80円だった
 次にネットオークション。
 これから旅する街道には、その道の情報が少なく苦戦している。
 ポイントポイントの情報は有るが、道の全てを書いた物がなかなか無い。
 かなり調べはついたが、旧道は国道とはかなり違った部分が多い。
 特に急峻な峠は、昔のままの道を行かなくてはならない。
 それが大変なのだ。 
 ネットオークションで「週刊日本の街道」の全巻が出ていた。
 2003年物だが旧道は変わらない。
 「羽州街道@A、三国街道、羽州浜海道、会津図街道」の5冊を460円で落札した。
 今回走る街道の本ばかりだ。
 売価1冊560円の中古の本だが、情報を得るには安い買い物と思う。
 折角の旅行なのでなるべく多くの情報が有った方が良い。
5月2日(日) 案内板設置&マップ完成
 昨日函館元町ホテルの社長さんから、新選組屯所跡の案内板が出来たので、見て下さいと電話があった。
 早速MTBで走って見に行く。
 後ろは函館元町ホテル
 着いたら丁度お客さんがチエックアウトする時間で、社長さんも見送りをしていた。
 GWなので結構な人が泊まっている様だった。
 ホテル前の歩道の所に立派な案内板が建っていた。
 このホテルは明治期に称名寺が有った場所で、箱館戦争の時は市中を警備する新選組の屯舎になった場所になる。
 観光客の為にと建ててくれたもので、文書についてはお手伝いさせて頂いた。
 なかなか立派な看板だ
 函館は箱館戦争に関連する案内板が少ないので貴重である。
 今後も各所に案内板が増えてくれれば良い。

 春から函館市と進めていた、「函館まちあるきマップ」が完成した。
 全部で10コースあり、そのうちのNo.6は私の作った街歩きコースになる。
 中味は土方歳三関連の史跡巡りになる。
 なかなか分かりやすい
 このマップは目的別になっているので、自分に興味のあるマップを手にして歩けば、大変便利だ。
 このマップは秋にも10種類出される。その内の1つは先日の「地域でつくる小さな旅」で優秀プログラムになった、私の提案コースも載るそうだ。
 函館も観光客が減少している。
 色々な手段で何とか観光客を増やしていきたい。
 今後は、さらに内容を充実させながら、まちあるきマップを良いものにしていく。
5月1日(土) 訪問者&眼鏡購入?
 朝に電話があり、これから自宅に伺いますときた。
 家の場所を知らせて、間もなく到着した。
 凄い高級車が来て驚いた。CIMA V8  VIPだった。
 我が家に来た車で最高車種か?
 やって来たのは栃木那須塩原の石黒さんだった。
 介護事業の社長さんで、本も3冊出版している。
 出版した本
 北海道新聞に載った私の記事を友人が送ってくれたそうだ。
 そして1部購入したいとの事だった。
 ゲストハウスで話す。
 出身は今金町で連休を利用してお墓参りに来たそうだ。
 彼もも菅江真澄や松尾芭蕉の「奥の細道」に興味があり、彼らの足跡を追っている。
 「菅江真澄と霊場大田権現」、「おくのほそみちを尋ねゆく」と言う本も出版されていた。
 私の手作りと違って出版会社で製作した立派なものだ。
 名刺交換代わりと言って1冊頂いた。
 私の本も差し上げますと言ったら、それとこれは別だと言って、お金を置いた。
 やはり菅江真澄の旧道を尋ね歩くのを趣味としていて、本州や北海道を何度も訪れているそうだ。
 これからも旧道の情報などで、お付き合いをしましょうと言って分かれた。
 彼は恵山から森に向かった。菅江真澄のコースをまた回るそうだ。
 本当に好きなんだなと思うと共に、同じ趣味の仲間に会えて嬉しかった。
 
 その後、眼鏡屋さんに行く。
 昨年の川汲山道で無くした眼鏡は、ついに見つからなかった。
 もう諦めて新規に購入を決めた。
 目の視力は変化するが、右目は以前よりも良く見えるようになったが、左目が少し落ちていた。
 現状で作っても良いのだが、左目を一度医者に見せてから、作ったらどうですか?と言われた。
 やはり歳を取ると白内障などの可能性もあるので、作ってからレンズを変更するのはお金も掛る。
 病院で見て貰って問題ないかどうかを確認してから、作った方が安心でしょうとなり、後日注文する事になった。
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