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■ 10月31日(日) ■ 511m峰に登る

急な斜面を登る

3等三角点があった

ここも景色が良かった

山を降りての帰り道で滝があった
 昨日Naさんから山に行かない?と誘われ特に予定も無いので参加する事にした。
 ダイエー前で待ち合わせ、1台の車に4人が乗り出発する。
 同行の皆さんも初めて登る山だった。林道をかなり奥まで入り、目印の場所から登る。
 以前登った人のレポートを見たら、沢を登って行って、途中から尾根に出ると言うコースを取っていたが、間伐材の伐採なのか道の雑草が刈られていた。
 そこを少し行ってから沢に入り、その後尾根に出る。紅葉は真っ赤な色はあまり無かったが、黄金色になった葉が、至る所にあってそれなりに綺麗だった。
 511mのピークまでは50分と短い登りだった。
 道は無いものの笹は低くて歩きやすい藪漕ぎだった。
 頂上から少し離れた所に3等三角点もあった。
 頂上で20分くらい居て下山する。途中降りる尾根を間違えて下ってしまうハプニングもあったが無事下山した。
 帰りは途中でキノコ採り。私の知っているキノコは無かったが、皆さんは良く知っていて、むらさきシメジやハツタケだそうで、まあまあ獲れた。
 その他にもキノコは有ったが、持って帰って保健所でチエックして貰うそうだ。
 私もハツタケとむらさきシメジは覚えたが、ハツタケは味が今一つなので佃煮が良いそうだ。昆布を切って入れるのがコツだそうで、今度取ったら作ってみよう。
 家に帰って温泉に行って、一日が終わった。
■ 10月30日(土) ■ 箱館戦争の砲台跡なのか?

木で給餌器の台を作った

セットしたらこの様になった

子供のおもちゃを製作スタート

石垣がある

石垣の右の方はコンクリートが間に入っている
 昨日セットした自動給餌器を見に行ったら、受け皿の部分が、引っ張り出され咬んだ跡があった。
 また元に戻して、給餌時間に見ていたら、餌が振動と共に出てきた。
 これなら給餌は大丈夫だ。
 全体にもっと頑丈な物にしなくてはと加工する。
 午前中に完成した。これでOKかな?

 次に子供におもちゃを作る事にした。昔良くおじいちゃんに鉄砲とかパチンコを作っ貰った。そしてそれで毎日遊んだものだ。今の子供はおもちゃ屋で買って来るので、良い出来なのだが何か味気ない。
 そこでじぃじが作る事にした。来月の釧路行きに間に合うように作ろう。今日は板に穴を開ける加工をした。何が出来て行くのだろう。

 天気が良かったので函館山に行く。家のペンキ塗りで忙しく何処にも出かけていなかった。
 少しは運動をしなくてはと車で函館山の麓の駐車場まで行きそこから歩く。汐見山コースを登る。このコースは最初に一気に登るので、高度が稼げる。
 まだ歩き始めに一気に登るので息が切れる。それがまた快感なのだ。
 登り切ればやや平らな尾根道を行くのだが、そこは道を外して違う所を歩いて行く。
 登りきって平坦な道を入江山方向に進む。
 今日は穴澗の方に降りて行く事にした。下った先には砲台跡があるのだが、しばらく行っていないし、その時は幕末の事をあまり知らなかった。今は少し幕末を勉強したので、違う目で見れるかも知れない。
 幕末の形跡を探しながら歩く。九十九折れの道は穴間海岸に向かう。
 下って直ぐのカーブに石垣がある。良く見ると城の石垣に似ている。裏の方を除いて見ると四角錐で弁天台場と同じ構造だ。
 これは面白そうだ。さらに下ってまたカーブに石垣がある。これも同じ構造の作りだ。
 何れも土砂が崩れるのを防止している様だ。どんどん下って行く。最初の砲台跡が出てきた。
 函館山には明治29年に計画し、明治35年に出来た函館要塞がある。
 その中には穴澗台場は入っていないので詳しくは分からないが、時代的には近いと思われる。
 階段があり、その先には砲台の台座跡が残る。函館山の上にある台場とイメージは同じだ。
 周辺をじっくり見ると石垣がある。この石垣は弁天台場や五稜郭の石垣と類似している。
 この砲台の他の個所を見ても、この時代はコンクリート製になっている。何故ここに石垣があるのか?
 さらに入り口の階段付近を見たら、明らかに2つの工法の違う石垣がある。
 古い石垣は石を積み上げただけのものだが、そこが何かがあって後に補修したようだ。
 その石垣は間がコンクリートで固められている。
 そうなれば箱館戦争で砲台があった事は確かなので、ここが新選組が守備した台場と考える事も出来る。
 そこと同じ場所に、明治後半に函館要塞とか津軽要塞になった砲台を作ったのではないだろうか。
 そうすればつじつまが合うが・・・。

 その後も下の台場に行き、穴間龍神社に行き海岸近くに行って再び登って来た。
■ 10月29日(金) ■ ペット自動給餌器購入

これが自動給餌器だ
 今日もペンキい塗りに明け暮れる。ガラス戸4枚も塗ったら見違えるようになった。
 ほぼ完成したので、ちらかった追具などの片付けも終えた。 後は細部の手直し程度で良いだろう。

 ペットの自動給餌器をネットで購入した。今日届いたがこれなら行けそうだ。見たらUSA製だった。
 以前から探していたが良い物が無く、自作で自動給餌していたが、24時間後に1回しか出来ない。
 餌は1日1回なので、3日目に与えれば良いのだが、娘一家は釧路なので遠い。
 片道車で12時間かかるので、1日滞在しただけで帰らなければならない。
 そこで新たな装置を考えていたが、部品はなかなか簡単には手に入らない。
 勤務時の仕事は生産技術なので、その手の部品はいくらでも注文で来た。
 でも退職すればそうは行かない。部品の調達は難しい。
 見つけたのが、毎日4回給餌時間を設定でき、量も設定可能、給餌日は何日でも設定できる。
 餌入れも10リットルと大きく、2週間分くらいは入る。
 早速設定して、犬の住みかに持って行き置いた。
 餌の臭いがするのでクンクン鼻で探したが、見つからず諦めて気にしなくなった。
 明日の朝8時に自動給餌される。どんな反応を示すのだろう
■ 10月28日(木) ■ 作業が拡大してしまう

内部の柱も塗った。左側は塗装前だがこんなに違う

戸もすっかり変色してしまった

全て塗装をして綺麗になった
 今日は昨日より暖かい。
 朝から塗装を始める。細部の塗装も終わりこれでお終いかと思ったが、綺麗になった分、外から見える中の戸が日に焼けてまだらになっている。
 それが外から見えるので、これも色を塗ってしまおうとなった。
 戸を1枚づつ外し色を塗るが、3枚目で雨が降って来て取り敢えず中断する。
 それなら室内でと、色の変色した柱や戸のレール付近を塗装する。
 やればやるほど綺麗になるのだが、きりが無くなって来る。
 当初はバーベキューコーナーを作るのでその周囲の壁のみを綺麗にしようと思ったのだが、どんどんエスカレートしてしまった。
 家が綺麗になる事は良い事だ。後は細部の手直しをして終わろうかな。
■ 10月27日(水) ■ 寒い中の作業

こげ茶色の壁は全て塗ったので見栄えは良くなった
 朝の気温は何度だったのだろう。1〜2度くらいだろう。
 昨日の夜の天気予報で朝の気温は−5度の予報が出たので、慌てて布団から抜け出し、凍結栓を操作して水を落とした。
 雨が降っていないのでペンキ塗りを始める。作業している手が冷たい。軍手をしているものの真冬と同じだ。
 当初は、壁の縁の木だけを塗ろうと思っていたのだが、塗った所は綺麗になるが、それ以外の所と明らかに差が出る。
 仕方が無く家の南面の全ての壁を塗る事にした。
 これで時間も相当かかり、午後2時にようやく完了した。
 でも綺麗になったので満足だ。
 体もすっかり冷えたので、湯の川温泉「湯多里」に行く。熱めの風呂に入れば冷え切った体に効く〜。
 かなりの時間を温泉で費やし帰宅。夕食は豚肉のステーキとなった。味付けは、帯広の豚丼のたれがあったので、最後に絡ませる。う〜ん美味しい!!
■ 10月26日(火) ■ 冷たい雨が降る

 娘の作った表札も汚れてきた

オイルステンで綺麗にした
  西高東低の気圧配置になり、北海道上空に寒気が入って函館も初雪が降った。例年より1週間早いそうだ。
 札幌付近及び中央部は雪でかなりの通行止めが出たようだ。
 流石にこの時期はまだタイヤ交換は行われていないので、走行困難な車が多く出たのは推定できる。

 朝一番で湯の川温泉協同組合に行く。12月に行われる「オンパク」のコース打ち合わせだ。
 チャリで行ったのだが、曇っていた空も途中から雨になった。 そんな事もあろうかとレインウェアを着て行ったので大丈夫だった。
 昨日、今年のオンパクの「歴史を学ぶ、箱館戦争探訪」のコース図が出来きて、私のパソコンにメール添付で送ってきたのだが、開けないのだ。
 拡張子は、jpegでOKなのだが何故開けないのだろうか?
 事務所に行ってコース図を手直しする。私の顔写真は青森ねぶたの時のもだが、これは良いとするか?
 今回は、箱館戦争史跡巡りの中で、有料の五稜郭タワーと函館奉行所の見学が入って、啄木亭で食事して、温泉入浴をする。
 これで参加費4000円に設定した。食事を除いても2400円はする。そして食事とバス見学が入るのでかなりお得な設定になった。
 
 帰って壁塗りの最終仕上げをしようと思ったがまた雨が降りだし、風も冷たく強いので、今日の仕事は諦めた。

 近くの整備工場に行って、今回購入したタイヤを見に行く。かなり綺麗で溝もしっかりしていて良かった。1本5000円は安い。
 交換するタイヤを工場に持って行き、事務の女の子と話しをする。
 いつもの事だが、話しは面白い。旅の事とか山の事とかアウトドアの事が詳しい。
 栗城のエベレスト無酸素単独登頂のテレビも見ていたそうだ。
 話しの中で、クマ除けスプレー2本とガスカートリッジが沢山あるが、もう必要ないので使ってくれとなった。
 何だかんだで30分くらい話しは続いた。
寒い雨の日も楽しく終わった。

 同窓会通信「同窓光成17号」に投降した随想が載った。
             こちら
■ 10月25日(月) ■ 今日も壁のペンキ塗り

明治17年に出来た旧博物館も残る

今日はこの壁を塗る

綺麗になった

ついでにこれも塗った

郵便受けも赤く塗った
 朝は雨だったので、今日のペンキ塗りは駄目かなと思っていた。
 先日の飛鳥Uのガイドをした時に、マイク&スピーカーを返さないで持って来たので、市役所に持って行く。
 いつも世話になっている高橋さんに「大分ガイドも上手くなったでしょう」と言われたが、まだまだそうは上手くいかない。
 飛鳥Uの乗客は九州の方だったので、もう少し薩摩藩とか長州藩との関係を話した方が良かったかもしれない。
 幕末関係の史跡巡りなのだが、そこは観光で初めて函館に来る客も居るので、他の施設も簡単に説明する様にしなければと思う。
 今回はガイドさんが居たので、説明してくれて良かった。

 市役所から函館公園にある博物館に行く。箱館戦争の時に千代ヶ岡陣屋で果敢に戦って亡くなった、中島三郎之助の書簡の展示があったので、見たかった。
 着いたらあれ〜閉まっている。今日は休館か。
 雨も上がったので、家に戻って壁塗りをする。
 前面は別な色を塗ろうと思ったのだが、ペンキもまだ残っていたので同じ色を塗る事にした。
 明日は寒気が入ると言うが、今日も結構寒い。壁を塗り終えて、明日は縁の木にこげ茶色を塗れば完成だ。
 でも明日は雪の予報も出ている。あまり寒かったらどうするかな。
 体もすっかり冷えたので、明日使うペンキを購入に行ったついでに温泉で温まってから帰る。
■ 10月24日(日) ■ 壁のペンキ塗り

現状はこんな壁だった

バーべキューコ―ナ―付近は綺麗になった

でも全面塗る事になった(奥がバーベキューコーナー)
 早朝からホィールにペンキを2本塗った。これで4本のホィールのペンキ塗りが終わった。
 
 その後借りた本を図書館に返しに行ったら、凄い人出だった。旧大野町のフェステバルがあって、多くの人が来ていた。ぶらっと会場を覗いて見たが、特に興味深い物も無かったので早々に引き揚げる。
 
 家に帰って、なかなか手が付かずにいたバーベキューコーナーを作る場所の壁の塗装を行う。今のままでも良いかとい思ったが、折角新しいバーベキューコーナーを作るので、リニューアルした方が良いだろう。
 ペンキは缶が潰れて半額になっていた物を2缶購入してあった。
 早速塗装を始める。直ぐにマスキングテープが無いのに気が付きチャリでホームセンタ-に行く。
 そして塗装開始。ローラーで塗るので綺麗に塗れる筈だ。でも合わせた筈の色が結構違うのだ。
  妻と二人でかなり慎重に選んだのだが・・・。
 これだとバーベキューか―ナ―付近だけだと、おかしくなるので、全面を塗装した。
 でももし色が合わなかったら、ツートンカラーにしようとなっていたのでそれ程困る訳ではない。
 20歳代に建てた我が家は既にポンコツの域に達しているので、今より綺麗になれば良いだろうと言う感じだ。
 夕方まで掛って壁は塗り終えた。後はドア回りなど壁以外の木に塗装をすれば完成だ。
 その後、どうするかは妻が釧路から帰って来てから相談だ。
 ペンキが着いた顔を洗いに、銭湯に行ってすっかり綺麗になった。
■ 10月23日(土) ■ 「飛鳥U」乗客ツアーのガイド

日本一周クルージングだ

ガイドさんも写真撮りが忙しい

これが「飛鳥U」だ

添乗員の方が撮ってくれました

人気の元祖バスラーメン

お土産ラーメンもある
 朝8時30分に市役所のFさんが迎えに来た。今日は豪華客船「飛鳥U」の日本一周クルージングの橋脚のオプションツアー「地元ガイドと巡る幕末」のガイドをする。
 まずは「まちづくり交流センター」でプレゼンの準備をする。
 やがて一行33名が到着。「今日は九州の方のツアーなので、私のTシャツの誠を見て、にっくき新選組と思う薩摩・長州藩を先祖に持つ方がいるかも知れませんが、私の名前は長州藩の毛利と同じなので・・」と話しをスタートさせる。
 箱館戦争で行われた総攻撃の模様と、史跡について説明する。皆さん熱心に聞いてくれた。幕末に詳しい人も居て質問も出た。
 その後はバスに乗って称名寺まで行く。今回は年配の方が多い。中には車いすの方や透析をしている方、足が不自由で杖を必要としている方などがいた。多かれ少なかれからこの歳になると、障害も出て来ると思うが、それでも旅に出て歩くという気力はすばらしい。
 称名寺からは歩いて回る。天気も快晴で気持ちのいい日だったので良かった。車いすの方は添乗員の方が押してくれる。
 高龍寺を見て、検疫場近くの景色の良い場所で、函館市総攻撃の説明をする。
 ついでにここから見える景色も説明する。駒ケ岳がはっきり見えて良かった。
 その後はバスで弁天台場、沖の口役所を回る。ここで昼食場所の時間調整があり、予定外の立待岬に行く。ここからは女性のバスガイドさんに代わって貰う。
 昼食後は土方歳三死亡地の一つになっている、異国橋、一本木に行く。
 さらに千代ヶ岡陣屋に行って、五稜郭で終了した。
 ここで終わりなのだが、飛鳥も見たかったので、皆と一緒にバスに乗って飛鳥に行く。
 やはり見上げるような大きな船だった。客室は4層になっていて1番上は値段も高いのだが、高い方から予約が埋まるそうだ。各部屋の外にはバルコニーも付いている。
 船の着いている岸壁では土産物店や元祖バスラーメンがいる。
 ここで市役所のFさんにラーメンをおごって貰った。どうやら馴染なようで、各種イベントの際は、このバスラーメンを出して貰っている様だ。
 バスラ-メン人気は高いそうだ。来年の正月は青森でのイベントがあるそうで、参加要請していた。
「夫婦2人なので何処にでも行くよ」と主人も奥さんもジプシー的感覚だ。
 今日の出港時には岸壁でイカ踊りがあるそうだ。そして船は秋田船川さらに九州に向かう。船旅も良さそうだな。
■ 10月22日(金) ■ タイヤホィールのペンキ塗り

 錆を取ってもここまで

塗装を塗ったら良さそうだが・・

今日はこんなイラストを書いていた
 今日は快晴の予報で何処かに行きたい所なのだが、明日の幕末ガイドの資料を見直したり、少し暗記をしたりした。
 朝に、わざわざ電話が来て、昨日の講演は感動したとの事だった。1人でもその様に感じて頂ける方がいた事は嬉しい。
 でも昨日の講演を聞いていた方々は皆、真剣に聞いていた。観客の方を見ながら、話しをしているので、お客さんの反応が良く分かるのだ。寝ている人などいると、私の話しは面白くないのかなと思ってしまうのだ。
 
 午後からはゲストハウスのトイレの水洗タンクを修理をする。
 完成した筈なのだが、微妙に水が漏っている。フロートをいじっていたらポキっと折れてしまった。
 古いフロートは何度か軸を曲げられたので、折れそうな状態になっていたのだろう。
 しかたが無くホームセンターに行って購入して来る。取り付けを終えて、配管のパッキンも新しいものに取り変えたら水漏れは止まった。
 その後はタイヤのホィールの塗装をする。今年は冬タイヤを購入すると決めていた。近所の車屋に行ったら1本15000〜16500円と言う。4本で6万円を超える。厳しいな・・・。
 1番安くて人気なのが韓国製なのだが、私の車に合うタイヤが残念ながら無いのだ。
 仕方が無く、中古タイヤが無いか調べて貰ったら、8分山のタイヤがあった。
 1本5000円だった。4本で2万円なので、これに決めた。折角だから錆びているホィールの化粧直しをする事にした。
 錆をブラシで取ってから、錆があっても塗装できるスプレーカラーを塗る。
 こんなカラーってあるのが面白い。錆がぽろぽろ取れて来たら、やはり色は取れて来るのだと思うのだが、どうなのだろう。
■ 10月21日(木) ■ さわやかミドル会講演

接続コードが短くて中央でPC操作をした
 風邪気味だが、それ程良くはならず、悪くはならず状態だ。
 郵便ポストに入っていた電気料金の請求書を見たら、前月より4000円も安かった。
 単身シンプル生活も1ケ月経ったので、その効果が出てきた表。夜は早く寝るし、朝は太陽が上がったら起きるという、自然とマッチした生活は体にも家計にも優しいのかも知れない。

 今日は「さわやかミドルの会」の講演なので、原稿を読んで、あらかじめストリーを頭に入れる。実際に行っている活動なので、それ程暗記する部分も無く、活動して来た内容を話すのでそれ程の苦労は要らない。
 ママチャリの前かごにパソコンを積んで出発。20分くらいで福祉センターに着いた。
 プロジェクターをセットして準備OKだ。ここのセンターにプロジェクターがあるのは知らなかった。
 以前ここのHPを見た時、備品名簿にプロジェクターが載っていなかったので、自分がやりたい講座をここでやるのを、諦めた事があった。
 今後は利用出来そうだ。ここは市の施設なので、スペースを安く借りれるのが良い。
 6時30分から予定通り始まった。約25名くらいの参加だった。ミドルの会の他一般の方の参加もあった。
 喉が枯れて声は今一つだったが、1時間半の公園は無事終えた。皆さん熱心に聞いてくれたので、やりがいのある講演だった。
 講演の後の、質問も多く出て時間が大幅に過ぎてしまった。 自転車旅と言う、一般の人には馴染の少ない内容だったので興味があったのだろうか?
■ 10月20日(水) ■ 風邪気味

 多すぎるかな?

お詫びにと貰ってしまった
 2日前辺りから風邪気味になった。咳が出るので、薬を買って来て飲んでいる。
 明日講演があるのでタイミングが悪い。声が枯れていて出にくい状態だ。
 でもこれ以上悪化しなければ良いだろう。
 食欲はあるので大丈夫だが、最近食べ過ぎている様な感じだ。食事を作る材料があるので、ついつい作ってしまう。
 するとおかずが一杯になり、何とか食べようとする。これがまずいのかもしれない。
 今日の夕食はイカ飯、肉と野菜のすき焼きソースからめ、キャベツと胡瓜だった。

 夕方近くの整備工場の社長がやってきた。
 昨日、駐車場に置いていた車のエンジンを止めるのを忘れて、家に帰ったそうだ。
 エンジンは朝まで掛っていたそうだ。
 近所から煩いとの苦情が来たそうで、我が家のも誤りに来た。でも昨日は音が聞こえなかった。
 ボロ屋なのに裏の車の音が聞こえないとじは・・。
 耳が遠くなったのかな??
■ 10月19日(火) ■ 単身生活も忙しい

今日はハンバーグ。大好きなキャベツは盛りだくさん
 単身生活が始まってもう17日になる。生活はシンプルになった。食事もあまり手間暇を掛けないし、冷凍庫のものを消化しているので、スーパーに買いに行く事も少なくなった。
 足りない野菜などを購入する程度なので、お金は使わないしゴミも出ない。
 やっぱりシンプルな生活をこころがけなくてはとつくづく思うこのごろだ。
 今日は、冷凍庫にひき肉があったので、解凍してハンバーグを作る。玉ねぎの微塵切りとパン粉、卵を加えて練る。10分くらい練って4枚も出来た。
 これで4食分あるのだ。他に貰ったイカも刺身では食べたが、足や耳を煮付けてあるので、これも4回は食べられる。
 そんな事で1週間くらいは購入しなくても良さそうだ。

 今日は天気も良いので洗濯をした。それ程多くは出ないが時々しないとあまり貯めると大変だ。1回分溜まると洗濯する。

 ゴミも捨てなければならないが、購入品が少ないのでゴミが出ない。シンプルな生活はなかなか快適だ。

 
 飛鳥Uのガイドの資料も完成した。プレゼンは簡単で良いと言うが、お客さんに対しては、やはりしっかりしたガイドは必要だと思う。
■ 10月18日(月) ■ Hさん出発&トイレ修理完了

Hさんが出発した

活きの良いイカ刺しは美味しい

取り付け台板も替えた

完成した。これで不便さが無くなった
 朝早くHさんが五所川原に向けて出発した。津軽33観音も回ってから帰るそうだ。
 今回来たのは、退職した後の活動については、自転車旅をしたいそうだ。今から将来の事を考えて準備しておけば、、良い退職後の活動が出来るだろう。
 トイレの修理を始めようとしたら、高校の同級生のK君がやってきた。
 今年のクラス会の時に、自転車をあげると言ったので取りに来たのかと思ったら、イカを持って来た。
 朝に獲れたばかりのイカとイカ飯だった。
 親戚のイカ漁師の家の手伝いをしているのでイカはいつでも手に入るそうだ。
 しばらくグストハウスで話して、自転車を車に乗せて家まで送る事にした。
 家に帰って早速刺身にして4杯分食べるが、まだ6枚が残っている。
 耳と足は煮付けにした。これで当分のおかずが出来た。

 午後からトイレの水タンクの交換をするが、微妙に水が漏れる。
 フローとのゴムだけを買おうと思ったが、受けの方も摩耗していると、対策が出来ないので、セットで購入した。
 早速取り付けてOKとなる。
 これで冬期に水抜きを忘れて、修理したが少しの水漏れがあって不自由していたが、解決した。
■ 10月17日(日) ■ トイレ修理&友人来る

修理の跡が痛々しい
 朝から21日の講演の手直しをしてから、ゲストハウスのトイレの貯水タンクの交換作業に入る。
 今使っているタンクは冬に水抜きをするのを忘れてひびが入ったので修理をしたが、また水が漏って来た。
 そこで手に入れたタンクと交換する事にした。古いタンクを散り外して、新たなタンクを取り付けたが、配管から水が少し漏れていて、その対策をしていた。

 そこに元会社のHさんがやってきた。五所川原を朝に出て、昼過ぎに着いた。
 本当に久しぶりに会う。一緒にタンクの取り付けをして貰ったが、配管の水漏れは止まらず明日に持ち越しとした。
 
 夕食はキムチ鍋にする。寒い時には暖まって良い。夜9時近くまで色々な話をした。
 明日は6時にはゲストハウスを出て五所川原に戻る。
■ 10月16日(土) ■ 車で約12時間で函館へ

天馬街道の紅葉はまだ早かっ
 得意の早朝出発。皆には起きなくて良いよと前日伝えてある。
 湯を沸かしコーヒーを飲んで、朝の5時30分に出発する。この時間だと順調に行けば夕方明るい内に函館に着く。
 最近夜走るのは好まなくなってきた。自転車の時も余程の事がないと夜は走らない。
 早朝の国道は流石に車は少ない。まして土曜日なので尚更だ。
 快調に天馬街道を走る。ここで横道に行きたくなった。渓谷が綺麗だったので林道に入った。
 途中まで入ったら狭くなってきた。ふと鵡川で砂利に埋まった事を思い出した。娘にも帰りは変な所には入らないでと言われていた。この山中で埋まったら、町まで40kmはある。Uターンして戻った。

 苫小牧が近づいたので友人に電話を入れる。おばあちゃんが出て来た。
 子供の同級生の名前を言い「私は同級生の毛利と言いますが・・」と言ったが、とにかく知らない。息子は苫小牧に帰ったと言った。
 振り込み詐欺に間違われたのかな??
 その後も快調に走り、11時間30分掛って函館に着いた。途中寄ったのがガソリンスタンド2個所とコンビニ2回だけだった。
 愛犬ももの自動給餌機も作動していたので安心した。
■ 10月15日(金) ■ 忙しい!

愛葵(あき)はぐっすり寝ている

孫と一緒に記念撮影

今日は出前を取り誕生祝いをした。

 朝6時に起きてSTVラジオを聴いていたら、親戚のもなみさんが出ていた。
 昨年は街角レポーターをしていたが、いつの間にか、番組を持っていた。
 相変わらず爽やかな声だった。
 昨年、家に遊びに行った時は、日本酒ファンで酒を飲むと面白いトークで楽しかったが、酒を飲ま無くてもトークは快調だった。

 瑞葵の要望で、幼稚園行きの瑞葵のバスの見送りをする。
 バスを待っていた、若いママさん連中に「寒くないの?」と言われてしまった。
 釧路は寒くてみんなかなり着込んでいる。
 そこに真夏の国から来たような半袖Tシャツに短パン姿のおじさんだ。違和感があるのは当然か。
 でもそれほど寒くはないぞ〜。

 昼は買い物を頼まれる。スーパーに行き、娘に依頼された食料を買うが、連れて行った友瑛が寝てしまい、ただ荷物が増えてしまった。
 帰って瑞葵を幼稚園まで迎えに行き、夕方は孫のインフルエンザの注射を打ちに病院に行く。
 これで一日があっという間に終ってしまった。
 子供のいる家庭は何だかんだと用事は多い。
 明日の早朝に函館に帰る。


■ 10月14日(木) ■ 釧路に向けて出発

作った弁当

タイマーとサーキュレーターをセット

こんなに埋まってしまった

ウィンチで引き上げる

 朝食を食べ、弁当を作り、24時間後に愛犬7ももに餌を自動で与える器具をセットする。
 この器具はサーキュレーターの羽根部分にカッタ―の刃を貼り付け、24時間タイマーをセットして、餌を糸で吊るす。
時間が来てサーキュレーターが回れば糸が切れる仕組みだ。
 準備も終わって、6時30分には函館を立つ。
 天気も良く順調に走り鵡川まで来た。
 ここで事件が発生する。
 昼になったので、朝に作ってきた弁当を食べようと川の傍に車で行った。景色の良い場所で食べようと思ったのだ。
 車の跡も有ったので大丈夫と思って行ったのだが、玉砂利に埋まってしまった。
 2時間脱出を試みたが出られず、救援を求めに鵡川の町まで歩いて行った。
 途中で車屋さんの場所を聞いたら、鈴木商店の前を通って、交番を右に曲がるだった。
 鈴木商店?
 もしかしてあのノーベル賞受賞者の鈴木教授の弟のししゃもの店ではないか。
 ししゃも店には客が沢山いた。でも名前を見たら鈴木商店ではない。
 少し隣の誰も客がいない店が鈴木商店だった。
 何で?と思ったが、訳が分かった。みな売り切れて物が無いのだった。

車屋さんに頼んで車の引き上げを頼む。サファリのウインチで直ぐに上がった。料金は7000円取られた。痛い出費だった。
 暗くなって釧路に着いた。生まれた3人目の孫は寝ていた。
 子供って可愛いな。

■ 10月13日(水) ■ 明和園ウォーク&箱館奉行所見学

みんなで記念写真
 今日は明和園ウォークの日。総勢30名くらいの参加があった。
 距離にして3km程度のウォーキングなのだがお年寄りも多いので事前準備に相当の時間が掛ったようだ。バスグループはバスで出発。
 徒歩組は明和園をスタートしたが、年寄が多いのに意外と早足だ。少し歩いたら暑くてベストを脱いでしまった。
 話しながら歩いたのであっという間に五稜郭に着いた。折角だから五稜郭のガイドをする。
 そして復元した箱館奉行所に入る。説明する女の子が付いた。色々な説明を受けたが、太鼓楼に箱館港からの艦砲射撃の弾が当り、伊庭八郎他が亡くなったとの説明があった。
 伊庭八郎は木古内の戦いで重傷を負い、五稜郭に運ばれたが、なすすべもなく、五稜郭開城の前の日、榎本武揚が差し出したモルヒネで安楽死した。
 衛鋒隊隊長の古屋佐久左衛門が重傷を負い、他に死者が出た。古屋は湯川温泉の野戦病院に運ばれるが亡くなったというのが定説だ。
 建物はそれ程の興味深いものは無かった。欄間もどの様な物であったか不明なので、簡単な欄間になっている。ふすまも書いてあった絵が分からず、白紙になっていた。
 展示物も目新しいものは無くかった。建物の工法とか材料に興味のある人には良いかもしれないが、歴史を知りたい人には物足りない。
 帰りに再びガイドを頼まれる。みんな真剣に聞いてくれた。
■ 10月12日(火) ■ 原口で収穫祭決定&孫の写真

旅の様子が分かる資料も作った。

笑っている・・

エンジンもぼろぼろだ
 プレゼン資料は完成したがまだやる事はある。
 先日脳溢血で倒れたが、その後の経過が良く私に会いに来てくれた原口のSさんから電話が来た。
 入院中に皆を呼んでやるのが夢だった収穫祭をやる事になったと言う。
 でも流石に実行力のある人だと思う。脳溢血で倒れて歩くのも不十なのに、病院の先生や看護師の方に同行してもらい松前原口の自宅でやる。
 自分なら絶対出来ないで、病院で落ち込んでいるだろう。
 「毛利さんに旅の自転車の展示と実際のキャンプを来客者に見せて欲しい」との事だった。
 「そんな事簡単なのでやりますよ」と答えた。随分喜んでいた。
 少しでもお客さんを楽しませると言う案なのだろう。私の野宿で有ればいつでもOKだ。
 折角なので、旅の様子も模造紙に張り付けたのを作った。旅の様子が1少しでも分かれば良い。

 娘が退院したが、孫の写真が送られてきた。にっこり笑った顔は可愛い。
 明日か明後日には釧路に出発しよう。会うのが楽しみだ。

 エンジンオイルも交換してばっちりOKだ。
■ 10月11日(月) ■ プレゼン資料完成
NO FHOTO  朝からプレゼン原稿の最後の追い込みをする。今日で完成するので気が楽になった。
 北斗市のM子さんが旦那さんと一緒にやってきた。写真の処理の仕方が分からないと言う事だった。デジカメから撮り込んだ写真をワードに貼り付ける作業なのだが、パソコン教室では一般的な事は教えるが、個別の問題点はなかなか直ぐに聞けないので大変だ。作業手順を教えてOKだった。
 野菜などを貰ってしまった。またまた食料が増えた。今は冷蔵庫にあるものを処分しながら生活しているが、なかなか減らないのが現状だ。
 どのくらいの物が冷蔵庫に入っているのだろうか、冷蔵庫以外にも缶詰などの食料はあるので相当な量だ。災害が起きても1ケ月は暮らせそうだ。
 2006年賞味期限のシチューがあった。早速作って食べたが全く問題ない。
 夕方には2講演で100ページに及ぶプレゼン資料が完成した。
 温泉に行って疲れを疲れを取る。大勢の人が来ていた。今日は連休最終日か・・。
 近くの銭湯の方が良かった。

 出産で入院していた娘が退院する。病院にいる間に見舞いに行きたかったが、間に合わなかった。
 いつ行くか思案している。
 これから先は13、16,17,18,19,23日に予定が入っている。う〜ん・・・。
■ 10月10日(日) ■ クラス会終わる

朝食は美味しくいただいた

全て時効で始まった高校時代の出来事
 年寄なので朝は早い。皆温泉に入ってのんびり話したり、ロビーで話したりとそれぞれが行動している。
 朝食も美味しくいただき、部屋に皆が集まって、在学時代の話しになる。
 もう50年になるので全てが時効と言う先生の言葉に、色々な話しが出てくる。
 煙草検査の日は先生が事前に「今日有るぞ」と教えたり、誰が何処の女子高生と付き合っていたとか、誰と喧嘩したとか色々だ。
 このクラスは汽車通学が多かった。頭の良い人は汽車通学生が多かったと感じる。
 女子高では遺愛高校が一番の憧れだったそうだ。
 私はそんな思い出は無い。兎に角野球部の練習で明けくれた。夜はいつも11時ころ家に着いた。
 グランドの周囲が田んぼだったので、ファールした玉が田んぼに入ると探すのが大変だった。
 1個でも無くしたら叱られる時代だった。学年で前の年と後の年が甲子園に行ったほどの強豪だったので、練習も超厳しかった。

 家に帰ってプレゼン資料を作る。後少しで出来そうだ。
 そんな時、脳溢血で倒れた原口のSさんから電話が来た。今月の19日に収穫祭をやる事になった。
 脳溢血で倒れて、初めての外出は毛利さんの所に行くと言って来てくれた。
 そして、自分が植えた野菜が出来たので、皆を集めて収穫祭をやるのが夢だと言っていたが、もう実行に移すそうで、元気が出て良かった。
 医者や看護師も同行になるが、私に自転車旅について実際家の前にテントを張って、来る人に見せて欲しいと言われたのでOKした。
 Sさんの家の前で、キャンプを再現する。写真の展示も行おう。皆が元気になれれば良い。
■ 10月9日(土) ■ 旅館一之松でクラス会

全員で記念撮影前

今年は椅子にテーブル

尺八の先生の演奏

アワビの踊り食い
 前回のクラス会から3年目のクラス会が湯の川温泉旅館「一乃松」で行われた。
 参加者は担任の先生を含めて26名が集まった。
 3年ぶりなのだが、この歳になるとそれ程大きな変わりようはなく、会って直ぐに誰だか判断出来る。
 卒業して40数年ぶりに開いたクラス会の時は、お前誰だったっけと、名前を確認しなければ分からないくらい、変わっていた人も居た。
 今回は宴会の前に、希望者に対して、私のガイドで「幕末ツアー」を行った。
 弁天方面と五稜郭を案内したが、喜んで貰えた。
 宿に入って直ぐに温泉に浸ってのんびりする。浴槽の中でも話しは続く。3年間やはり色々な事がある。
 宴の最初に今年亡くなった、O君に対して黙とうが行われた。卒業以来3人が故人になった。
 同じ青春時代を共にした友人の死は悲しい。
 宴の席は座布団では無く、椅子とテーブルだった。
 格段の配慮?に、もうこんな歳になったのかと思わせる。皆もそんな思いだった様である。
 最初に「函工校歌」を全員で歌う。ギター伴奏は音楽部のS君だ。
 「天にひばりのさえずりや・・・」懐かしい校歌に思わずタイムスリップする。
 その後、東京にも支部が出来、そこの挨拶。札幌支部の挨拶と続く。
 そしていきなり私にマイクが振られてしまったので、今年の自転車旅の話しをした。
 宴会の途中でK君の25年のキャリアを誇る尺八演奏、関東地区の大先生だ。
 そしてコーラスをする。校内の音楽祭で2年連続優勝した、「はにゅうの宿」を歌う。本来は二部合唱だったが出来る筈はない。全員で同じフレーズでコーラス。
 宴はあっという間に終わり2次会になる。
 宿泊部屋で行われたが、もうお酒も相当入り、楽しい宴が続く。
 50年誌の発行をする事になった。3年後には完成させる。
 楽しい宴も終わって早々に布団に入る。
■ 10月8日(金) ■ 娘に3人目が誕生&旅人出発

長い刀は邪魔そうだ

北海道のステッカーも増えた

カブ50で出発だ
 娘に3人目が生まれ。昨日の22:08分、3445gの女の子だった。
 母子とも健康で良かった。
 名前は愛葵(あき)と名付けたそうだ。
 長女の瑞葵(みずき)の1字を貰ったようだ。
 釧路に行かなくてはならないが、明日は高校時代のクラス会があり、18日の講演会の資料もまだ完成していない。早くしなくては・・・。

 朝に16歳ライダーの金子君が出発した。大間に渡りそれから日本海を南下する。
 北海道の網走刑務所で、衝動買いした日本刀が如何にも邪魔そうだ。
 番傘を衝動買いしたりと、長いものが好きなようだ。バイクに積んでもかなり邪魔になるそうだ。
 元気で四国お遍路、九州、沖縄を回って欲しい。
 旅人もそろそろ終わりになるのかな?
■ 10月7日(木) ■ 道新綜合印刷 函館工場見学

ロビーにはダルのパネルがあった

説明を聞く。江差からも来ていた

こんな形で写真が配られる
 大野ぶんぽ研の例会に行く。家に閉じこもるのが多くなったので、今日はママチャリで行く。1時間で到着した。
 まだ時間が早かったので、図書館で本を見ていたらイザべたバードの『日本奥地紀行』があった。
 今、講演のプレゼン資料を作っていたので、文書を参考にしようと思っていた。函館中央図書館で借りようと思っていたが、こちらの本が文字も大きいので借りた。
 例会は特に目新しい事もなくすんなりと終了した。 終わった後、皆で道新総合印刷 函館工場に行く。昨年出来た最新の印刷工場だ。
 入り口で記念写真を取られる。直ぐに出かしてくれるそうだ。
 中に入って、最初は工場案内のDVDを見る。ファンである函館遺愛高校出身の松本裕子アナが出ていたのでOK。
 DVDが終わったら、記念写真が新聞の紙面になっているものを頂いた。流石に出来るのが早い。
 そして実際の印刷が始まる。兎に角スピードが第一なので、能力は相当あり、1時間に15万部出来るそうだ。実際には朝刊115万部、夕刊57万部なので
6台の能力は90万部になり、1時間少しで作業が終わってしまう。
 稼働率は極端に低いが、スピード重視なので仕方が無いのかな?
 輪転機が動いてからトラックに載るまでが、本の僅かというオートメーション工場だ。
 工場内ではAGV(無人搬送車)も動いていた。半導体工場ではずっと昔から導入していたが・・。
 構造は違うが懐かしかった。

 12時前だと言うのに、今日の夕刊を貰って帰った。
■ 10月6日(水) ■ 足場作り・本増刷・旅人来る

ここに足場を付ける

完成

ガイドブックも土方の本も出来た
 今日は灯油タンク付近の整理整頓&足場作りを行った。灯油はタンクローリーを頼まないで、自分で売れている。その足場を新しく作り変えた。
 1時間程で完成した。

 その後は「箱館総攻撃ツアー」のガイドブック印刷と「土方歳三 蝦夷を歩く」を増刷した。
 クラス会で売る予定だ。
 製本は冶工具に改良を加えて以前よりやり易くなった。

夕方高校中退して大検を取った16歳のライダー金子君がやってきた。
 最初に来た時よりは大人になった感じがする。話し方も以前はやはり16歳との感じだったが、少し話し方も変わっていた。
 旅の中で大人に囲まれ良い勉強になったかな。
 明後日下北に入り、日本海沿いに進んで、四国お遍路をして、九州久留米に一度を戻り、残りの九州・沖縄は自転車で回るそうだ。
 若いから自転車簿方が良い経験が出来ると思う。
■ 10月5日(火) ■ 豪華客船飛鳥U

飛鳥の見学会が載っていた
 単身生活も忙しい。
 朝は自分の食事を着くって食べて、犬のトイレの始末して、食事と水を与える。
 さらに洗濯をして、親戚から貰ったじゃがいもを妹の所におすそわけに行く。
 その帰りにホームセンターに行き、ママチャリのシートポストを買ったが、チエーンは売ってないので自転車屋に行き購入。
 さらにさらに『土方歳三 蝦夷を歩く』の表紙の紙を購入してようやく家に帰る。
 帰って表紙を印刷しようとしたら5枚でインク切れになった。
 昨日、発注しているので明日には着くだろう。それまで印刷はストップだ。
 そこで自転車の整備をして、パソコンに向かい「自転車野宿旅」の講演資料の作成にかかる。
 夕方までやって夕食を作って食べる。
 こんな具合で、本当に一日は早く過ぎてしまう。

 朝刊に豪華客船飛鳥Uの見学会が乗っていた。見学したいのだが、この船の乗客の「幕末講座」と「バスツアー」のガイドをやるので見れない。
 以前船の設計をしていたので、豪華客船の作りには興味があるのだが・・・。
■ 10月4日(月) ■ パソコンに向かって過ごす

鳥肉と野菜のすき焼き風
 雨なので外での活動は止めて、朝から資料作りをする。「箱館総攻撃 ガイドブック」はようやく完成した。今後のガイドに活用する予定だ。
 電話が来て、毛利さん居る? あれ・・家に居たのだが・・。ラジオを聞きながらパソコンを夢中でやっていたので、チャイムに気が付かなかったと言うか、妻の部屋にあるので聞こえなかった。
 函館観光コンシェルジュセンタ―のKさんだった。
 先日の函館市内で行われたウォーキングの時の交通費を4日分持って来てくれた。
 多くはないが有難い。色々話しをしたが、このウォーキングコースのイベントは現在市役所でやっているが、その内に民間が主体になって観光客を対象にして実行する計画になるようだ。
 市役所で作ったプランに、さらに味付けしたプランを提出する事にした。
 観光客対象の観光コースとして、ガイド付きでやる事になるのかな?
 疲れたので温泉でのんびりして、帰ってから夕食作り。今日は「鶏肉と野菜のすき焼き風煮物」にした。家の冷凍庫を探せば、がちがちの凍った食材が結構ある。これらを使って幾日過ごせるのか?
 在庫一掃整理をしてしまおう。1ケ月幾らで暮らせるだろうか?
 そう言えば何処かのテレビで、そんなのをやっていたな。相変わらず貧乏性は直らない。
■ 10月3日(日) ■ 今日から単身生活

シンプルな夕食飲み物は水だ。
 今日からおよそ2ケ月の単身生活が始まる。娘の出産が釧路になるため、諸々の手伝いに妻が行った。
 考えて見れば、私が自転車日本一周に出て、半年も居なかったりした事はあるが、妻が家を空けて私が家に居ると言うのは初めての事だ。
 今日から家事一切をしなくてはならない。それでも料理は何とか出来るし、旅に出て1人の事も多いので、生活にそれ程違和感は無い。
 キャンノプに比べれば遥かに快適であり、大した苦労は要らない。
 それよりも妻の方が大変だろう。孫2人の面倒も見て、今度3人目が出産したら、さらに忙しくなる。自分の時間も作れないので、どっと疲れが出るだろうな。

 今朝は昨日の疲れからか朝はのんびり起きた。そして「幕末ツアー」の資料作りをする。
 何度かやっているので資料作りにあまり時間は掛らないが、少しづつ中味を充実して行きたいので、少し調べて作成をする。
 夕方までにほぼ出来あがったので、後は校正するだけだ。
 単身生活の食事だが、朝はご飯に目玉焼きとウィンナーと野菜炒め。昼はホットケーキ。夕食はカレーを作った。経済して肉は鶏肉にした。
 妻はカレーはそれ程好みでは無いので、普段はあまり作らない。単身になったら直ぐに大好きなカレーを作る。
 キャベツの千切りは包丁で切る。それに自宅に植えてあるミニトマトを添えて完成。
 シンプルな遊食だが満足だ。
■ 10月2日(土) ■ 釧路から函館まで走る

 チセも沢山あった

展示物は充実していた

バードの記念碑があった
 瑞葵が幼稚園に行っている間に釧路を出発する。快晴の天気で快適なドライブが出来そうだ。
 高速無料化になったので白糠から高速に入ろうと走っていた。高速までの道はくねくねした道なのであまりスピードも出せない。大型トラックの後をのんびり走っていたら、後ろからライトバンが結構なスピードで追いつき、直ぐに2台を一気に抜いて行った。随分飛ばしているなと思って走っていたら、数分しない内にパトカーに捕まっていた。可哀想に・・。

 高速を日高で降りて、日高町二風谷に向かう。今年のバードの旅の時は早朝に着いたので「萱野茂二風谷アイヌ資料館」は見れなかった。
 そこで、今回寄り道して見る事になった。

 入場料は400円だった。中はかなりの点数の展示物があって楽しかった。
 2階には他国の先住民族の生活用品も展示されていた。
 アイヌ関連の生活用具は殆どが手作りで、みなしっかりした作りだった。これなら相当の年月使えそうだと思った。
 手間暇を掛けて作った物は、大事に使われるだろう。現代は安いものを買っては直ぐに、捨てたり買い替えたりする傾向にあるが、そんな消費化時代を考えさせられる。
 そう言う自分も安物買いなのだが・・・。


 受付の女性としばらく話す。
 「どこから来ましたか?」言われ「函館からです」と答えた。
 話しの流れで「イザベラバードの事を知っていますか?」と聞いたら、「知っている」と答えた。
 そして「函館の人がバードの道を歩いたという記事を新聞で読んだ」と言っていた。こちらでは見れない道南版なのだが、誰かが手に入れたのだろうか?
 受付の女性が帰って、犬を連れた女性が来て窓口交代だ。
 閉館も近いので人も来そうにない。
 そのお母さんと話す。その話しの中で「バードの記念碑出来た」と言う。
 これは知らなかった。ここからかなり離れた場所で、私も旅の途中にバードが渡し舟で渡った川と言う事で、写真などを撮ったが、記念碑は気が付かなかった。
 行ったらあった。「イザベラバードを辿る会」が設立したものだ。
(財)北海道開発協会から資金が出ている。

 暗くなってきた。一気に函館まで行く事にした。
 着いたのが23時30分。釧路から函館まで実に13時間の旅だった。
■ 10月1日(金) ■ 快晴の釧路

友瑛も大きくなった

石段からジャンプする

クレーンは大好き

幼稚園バスに乗せて貰った
 昨夜は運転の疲れからか眠くて、9時には寝ようと布団に入ったのだが、ブログを書かなくてはと携帯電話で入力し始めた。途中で何度も寝てしまい。何を書いているのかぼやっとしたまま送信した。

 朝起きたのが7時過ぎなので、10時間寝たようだ。
 布団の中でのんびりしていたら孫達がやってきた。朝起きるのが早い孫達だ。
 瑞葵は幼稚園に行くので、友瑛を連れて車で出かける。
 米町公園の坂を登ったり下りたりして遊んだり、大好きなクレーンを見たり、働く車を見たりした後でひぶな幼稚園に行く。丁度帰る時間なので沢山の園児が外で遊んでいた。
 お姉さんたちは優しい。滑り台の上でまごまごしている。友瑛に滑りなさいいと親切に言ってくれる。
 他の女の子は「この子なら抱けるよ」と友瑛を抱き上げたので、大喜びだった。
 幼稚園の若い先生達も運転手さんも親切だったな。
 随分遊ばせて貰った。

 アパートの駐車場に着いたら市役所から電話が来た。
 客船の乗客をガイドするコースを一部変更して貰う案を提出したのだが、こちらの案で良いとなった。
 ツアーの前に「幕末講座」もやる事になった。
 また資料作成も忙しくなるなと思って家に入ったら、電話が来た。湯の川啄木亭からだった。
 今年のオンパク(湯の川温泉博覧会)のガイド依頼だった。
 これで3回目になった。
 オンパクは沢山のブログラムがあるが、参加者が少ないと廃止になってしまう。
 幸い過去2回は定員になったので、今年も採用されたのかな?昨年より充実した内容を目指したい。


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