■ 9月30日(木) ■ 函館〜釧路まで走る

友瑛は待ち疲れて寝ていた
 天気は良く最高の秋晴れだった。
 7時藩には函館を出発して国道5号線を走る。平日のせいか車も少なく快調に走った。
 苫小牧で昼食にラーメンを食べたのみで、釧路まで走れた。
高速無料化もあり、時間にして11時間30分だった。
 娘の家に行く前に温泉でも入ろうとなり、娘に電話したら孫の瑞葵も行きたいと言うので家に寄ってから温泉に行きのんびりと疲れを癒す。
 出る時痛かった腰だが、長い時間座ったままなので悪化すると思ったが、むしろ痛みもなく良くなった。
 どうしてだろう??
 家に帰ったら旦那さんも居たので荷物運びを手伝って貰う。女性が移動するので、家出したくらい荷物がある。
 部屋に入ったら友瑛が待ち疲れて寝ていた。夕食のハヤシライスを頂いて早々に寝る。
■ 9月29日(水) ■ 明日、釧路に向けて出発

この本は是非読みたい
・釧路に行くぞ!
 娘の出産が近づいたので、家事を手伝う為に妻が釧路に行くのだが、親戚の姪が出産の際、貸していたベッドや風呂、チャイルドシートを運ばなければならない。
 そこで車に荷物を積んで私も釧路まで走る事になった。その準備や借りていた本を図書館に返したり、お金の支払いを済ませたりと、何だかんだで大忙しだった。
 それでも夕方までには何とか終わった。

・バスガイドを依頼される
 函館市役所からガイドを依頼された。客船が函館港に入港するのだが、そのお客さんを案内して、幕末関連の史跡をバスで巡る事になった。
 業者の作成したコースを見たら、箱館戦争や新選組関連を回るそうなので、私に依頼が来たのかなと思う。
 まだ詳細の打ち合わせは終わっていないが、箱館戦争総攻撃関連史跡を巡り何とか対応したい。
 以前に旅関連のセミナーを受けた時、大手旅行会社の講師から、箱館は歴史を変える大きな出来事があったのに、その歴史について観光客を案内する人は1人も居ないと言われた事があった。
 そのセミナーから3年は経過しただろうか、今回案内出来れば、函館に来た幕末ファンに、何とか役立てるのかも知れない。

・ストリーのある旅
 今年の自転車旅は「イザベラバードの道」を巡るだった。この旅の途中で秋田の図書館に寄って、資料も調べたりしたのだが、その中に宮本常一と言う人がいて、その方は誰かが旅した、同じコースを実際に旅して執筆をしていた人だと知った。
 亡くなる前に「イザベラバードの道」を歩きたいと言う事だったが、実現しないで亡くなった。
 その方の関係者が、イザベラバードの旅の一部を追悼旅の様な形で旅して、その様子を書いていた。
 その時は、そんな人がいたのんだ、程度にしか思わなかった。
 最近になって地平線会議野宿党の「じんべ」さんのブログに、『宮本常一とあるいた昭和の日本』と言う全集が没後30年記念で発行されたが、必見だと書かれていた。
 ここで再び宮本常一さんという、名前を見た。
 彼が言うのは「旅と言うのは本来、何のためにするのかということになりますと、自分の目で確かめて見る。そういうことのために旅があるはずなのです」
 「自分自身が体験を持たない限り、その本物は分かりようがないのです」
 「物を外側から見るのでは無く、内側から見る事が大事」と言っている。今の自分には何か凄く共感できる。
 全集は読みたいのだが、25巻で73500円と全く手が出ない。  図書館に入るのを待つしかないだろう。
 そんな時、北海道新聞社の札幌本社から、昔旅した人の紀行文を読んで、それと同じ旅をしている事に興味があるので取材したいと申し込みが来た。
 私は過去に実際に歩いた人の足跡を追って旅している。彼が言うには、土方歳三やイザベラバードが実際に歩いた道をストリーに沿ってする旅の事を書きたいそうだ。
 函館市内のウォークガイドも「土方歳三散華の道」とか「新選組の足跡を追う」とかで、ストリーに沿ってガイドしている。
 講演でもストリーのある旅を提案している。
 何だか一度に関連事項が湧きでて来た。
■ 9月28日(火) ■ 家の改修

ゲストハウスの壁が完成した
 今日は午後から雨になると言う予報なので、ゲストハウスの外壁を完成させることにした。
 主な作業は塗装なのだが、これがなかなか厄介だ。壁や柱は簡単なのだが、窓枠を塗る作業には時間が掛る。
 窓ガラスに塗装が付かない様に、マスキングテープで全てを覆わなければならない。
 この作業を終わってようやく塗装に入る。
 こげ茶色の塗装を塗ったがなかなか良い感じだ。
 これで良ければ、家の壁全体を塗り替えようと思っている。
 こげ茶色は渋くて良い感じだった。これでOKだろう。

 今日は日ハムの重要な試合がある。作業は早く切り上げて観戦準備だ。
 飲み物とお菓子を購入し観戦準備が万端整った。
 ペナントレースも終盤は面白い試合が続き、日ハムの応援は勿論するのだが、パリーグ全体も凄く楽しい。
 野球ファンにとってはたまらないシーズンだ。
■ 9月27日(月) ■ キノコ不調・・温泉へ

久しぶりの外食、海鮮丼は美味しかった。

ドアに貼られていた

時間を掛けて作り、置いて行ってくれた

台所に張られていた

調理の好きな方が書いた

誰かが書いた禁煙お願い

旅人の味方、たつみのメニューもある

新選組カードは誰が置いたのか?

ご自由にお飲み下さいと書いて置いて行った

コーヒーも置いて行った

トイレットペーパーの寄付は有難い

ガスも置いて行ってくれた
 昨日ウォークに参加した妻が、集合場所の松林でキノコを採っていた人が居たと言う。
 そこで例年行っている千葉さんの落葉の木がある土地に行く。ここは千葉さんから幾ら採っても良いよと言われている場所だ。
 妹も誘い、朝早く車で出発する。天気は良くなりまた夏が戻った感じだ。
 でもこの様な天気でキノコは有るのか?と半信半疑だった。
 いつもの場所に着いたら、やはりキノコがある雰囲気では無い。土は乾燥して草が青々として伸びている。一応探すが1個しか無く全く出ている感じは無い。
 諦めて他の場所に行くがそこも全く無し。
 結局温泉に行く事になった。南茅部ひろめ荘の入浴食事券があった。
 函館市のウォークングコース募集で入選し、貰ったものだ。入浴券と3000円分の食事が出来る。
 海鮮丼を注文する。12時に持って来てくれるそうで、その間温泉に入る。
 ここの温泉は乳白色の硫黄温泉で、道南では珍しい。以前は函館市で運営して赤字だったのが、指定管理団体が運営したら黒字になっている。
 のんびり入って上がって海鮮丼を食べる。久しぶりの外食だった。
 最近は全く外食はしていない。久しぶりにプロの味を楽しめた。
 最近ゲストハウス「自遊旅」が色々変わっている。旅人が何かを作ったり、消耗品の寄付が有ったりと、今まで無かった事だ。
 寄付は要りませんと言うのだが、この「自遊旅」が長く続く様に少しでも援助したいと言う。
 好意に甘えて、トイレットペーパーやカセットガス、洗剤などの消耗品は有難く受取っている。
 「自遊旅」も皆で考えて、快適になって行ければ良い。
■ 9月26日(日) ■ 元気を与えられるのか?

偶然に作ったのが「夢をあきらめないで」だった。
 函館の街歩きイベント「てくてくはこだて秋の特別版」も今日で終了した。
 今日は「土方歳三 散華の道」で4.1kmのガイドをする。函館市の受付に行ったら、スタッフが「も〜さんのコースは人気で参加者が多かったよ」と言ってくれた。有難い事だが、参加した方の満足度がどうであったか心配だ。
 それでも4日目になるのでだんだん慣れて来て余裕も出来た。まだ定期的に開催されれば、しっかり覚えて良いガイドが出来ると思うが、来年あるかどうか分からないので、多分内容は忘れてしまうだろうな。

 久しぶりの電話があった。原口の佐々木さんからだった。「実は脳溢血で倒れて入院している」との電話だった。衝撃だった。あの元気な人が・・・。
 旧道調査の時に知り合い、それ以降原口でのイベントがあればいつも原口に呼んでくれていた。
 そして何度も彼の家に泊まり、時間を忘れて楽しい話をした。  その彼が7月に倒れ、救急車で函館に運ばれ入院した。
 回復状態はかなり良いそうで、少しは安心した。
 私が病院に見舞いに行きますよと言ったら、自分の方から行くと言う。
 会って私のエネルギーを貰いたいと言う。外出許可を貰って最初に合うのは、毛利さんに決めていたと言う。他の誰よりも会いたいと言う。
 本当に嬉しかった。私で役にたつなら何度でも会いたい。
 午後から息子さんの家族と共に車でやってきた。流石に車から降りて、ゲストハウスに行くのは困難で、車の中に座ったまましばらく話す。話しぶりは以前とまったく変わっていなかった。
 障害があると言うが気が付かないくらいだった。
 手には「自転車でイザベラバード道2500km踏破」の新聞がしっかり握られていた。
 先生にその新聞を見せて、自分の友達にこんな人が居る。その人にパワーを貰って来るので、外出させて下さいと言って許可されたそうだ。
 その私の記事を見て自分も夢を捨てないで頑張るという気持ちになったと言う。
 10月に収穫祭をやりたいと言う。自宅に植えた野菜がしっかり育っているので、皆に来て貰ってバーベキューを自宅でやるのが今の夢だと言う。
 病院の先生や看護師の方も一緒に来てくれるそうだ。体調によっては日帰りになるかも知れないが、皆と会って話しがしたいと言う。
 そんな前向きな気持ちが有って良かった。彼に少しでもパワーが伝わるように、手を強く握ったら強く握り返してきた。
 力があったので完全な回復は困難と言うが、相当回復する感じがした。
 帰り際、色紙を渡した。今の自分に出来る事は、何かで元気を付ける事しかない。時間が無かったので色紙に書いた。
 毎日ベッドで見て頂いて、元気になってくれれば良い。
 「夢をあきらめないで」
■ 9月25日(土) ■ ウォークガイド&家の工事

この壁だったが・・

この様に。今日はここまで
 まち歩きガイドも今日と明日を残すのみとなった。今日は函館西部地区の新選組の関係史跡を巡るコース。
 函館もめっきり寒くなった。今日の参加者は14名だった。中には西部地区のトップガイドのNさんも来ていた。1人で年間凄い回数のガイドをしている人だ。
 私のガイドに参加しても得るものは無いだろうな。
 今日のコースは2回目なので、前日の特訓暗記はしなかったが、なかなか言葉が出なかったり、言い忘れたりと有るものだ。
 何とかゴールの高龍寺に到着して解散した。

 妻も湯の川地区のウォーキングに参加していたので、終わった所で迎えに行き、ホームセンターで材料を購入。家の工事をする事になった。
 今日は壁に板を張る作業。これは本来は柱になるのだが、この改造は家の上に板を張り付けているので、壁を綺麗にするため、昔風に見せかける工事になる。
 夕方4時までやって一部を残し終了した。明日また続きだ。
■ 9月24日(金) ■ 旅人出発&ガイド

理江さんも出発

床が腐って風が入って来る

3時間で修復

寒そうなSHOHEI
 午前中に里江さんが出発する。結局7日間滞在した。会話も楽しい人で、あっという間の1週間だった。
 シーツなどの洗濯ものを干したり、座布団を外に出して乾燥させたり、後から来た旅人の布団をセットしてくれるなど、「自遊旅」の主になりつつあった。
 冬には彼と来ますと言ったが、本当かな? 青森ねぶたは必ず来るそうだ。冬はスキー場でバイトして夏の旅資金を貯めるようだ。
 朝から3人で話していたら、あっという間に時間が過ぎ、9時10分になっていた。
 今日のガイドは函館の西の方なので少し遠い。チャリだと間に合わないかも知れず車で行く。
 受付を行ったら17名の参加だった。今日は「新選組の足跡を巡る」コース。
 肌寒い天候だが、天気は快晴だ。今日は女性のお客さんが多かった。旧称名寺跡や弁天台場などを回るが歩くと丁度良い暖かさだった。
 最後は高龍寺に着いて解散。そこからスタート地点まで歩いて戻る事にした。
 一緒になった90歳の男性と話しながら帰る。いつも山ばかり登っているそうで、町の中を説明を受けて歩くのは初めてだったが、楽しかったと言ってくれた。
 ガイドは人相手なので、なかなか難しい。その人その人によって満足度が違うからだ。
 歴史の詳しい人と、あまり歴史が分からないので参加した人とは知識レベルが違うので、話す内容も異なれば良いのだがそうはなかなかいかない。
 100%に人が満足する事は難しいな。

 家に帰って風呂の入り口のドアの下の柱が腐って、かなり朽ちている。そこで修理する事になった。
 作業開始して3時間かかってようやく修理出来た。
 その後、久しぶりの温泉でのんびりする。

 夜にはチャリダーのSHOHEIが出発。夜中のフェリーで寝て行くそうだ。でもこの寒いのに半袖だ。
 どうしたの?と言ったら、これしかないと言う。青森に行ったら買わなくてはと言ったが、寒そう〜。
 来年の青森ねぶたには来るそうで、また来年には会える。
 旅人もみんな南下する季節になった。 
■ 9月23日(木) ■ ガイド&旅人来る

初めての町歩きガイド
 朝早く函館山を出発した。朝の日が上がる前の景色も光がきらきらして綺麗だった。理江さんは七曲りコースをMTBを押して下って谷地頭温泉に行く事になった。
 早朝の函館山車道を降りて来ると、散歩の人がゴミを拾いながら歩いていた。
 こうした人が居るから道の周辺が綺麗に保たれているのだろう。頭が下がる行為だ。
 
 家に帰ってガイドの準備をしてチャリで出発。今日は「土方歳三散華の道」と題して、土方歳三の最後の足取りをウォークする。
 五稜郭を出発して、旧道を一本木まで歩く。途中史跡を巡りながら、約2時間のウォークは終了した。
 最後にアンケートがあって、それぞれ参加者に書いて貰う。90%の方は大変喜んで貰ったが、もう少しお客さんが喜ぶ事をすべきとの意見があった。喜ぶ事とは何をすべきなのか・・。

 夕方チャリダーがやってきた。ねぶたにも参加していたそうだが、お互い分からなかった。
 キャンプ場は人数が多いので、会ったとしてもなかなか覚えてはいないものだ。
 山道を下った理江さんは重い荷物を持ってMTBで下って行ったので、登って来た人にMTBで登ったのと、みんなが驚いていたそうだ。
 登りは車だったので笑ってごまかしていたそうだ。
 中には肩に触って流石チャリダー筋肉が凄いと言われたが、彼女はライダーだ。でもこれにも笑顔で答えたそうだ。
 明日理江さんは青森に行き、遠野方面に向かう。
 冬も来たいそうで、その時は彼を連れて来ると言ってたがどうなるかな?
 チャリダーは明日の夜中に青森に行くき、太平洋側を南下する。
 北海道はそろそろ寒くなるので、旅人には厳しくなってくる。
■ 9月22日(水) ■ 旅人出発&函館山野宿

荷物が満載だ

出発前の記念撮影

明和園の健康サロンでウォークの打ち合わせ

変わった雲が出た

展望台から見えた駒ケ岳

展望台にテントを張った

貰ったヘルメットとサドル
 昨日来た旅人はチャリダーの札幌のきよさん。きよさんは何度か来ているし、私もきよさんの家には訪れているので親しい仲だ。
 一緒に来たのは16歳の少年で金子君。50ccのスーパーカブに荷物を満載してやって来た。
 どう見ても荷物が多すぎる。最初の旅は荷物が多すぎるのが良くあるのだが、それが半端ではない。
 どの様にここまで走ってきたのか想像つかないくらいだ。
 みんなに多いと言われて、不要な荷物を整理してたら、大型バッグ1つが不用品になった。(赤いバッグ)
 それでもまだ荷物が多いが、取り敢えず今回はここまでで、不要な荷物を宅急便で送り返した。
 そして2人は旅立って行った。きよさんは札幌なので旅は終わるが、バイクの少年はこれから北海道を回るので寒そうだ。寝袋も夏用で厳しい。

 
 午前中は健康サロンに行く。今日は簡単なストレットで終了し、次回は五稜郭までウォーキングだが、2グループに分かれて行くが、1つのグループのリーダーになってしまった。
 
 午後には台湾から帰って来た妻の妹がやってきた。
 長女の旦那さんが自転車メーカーに勤務しているので、お土産にヘルメットとサドルを貰った。
 ヘルメットはテストで使ったそうだがSCOTTの新品だ。SCOTTはスキーのポールで使っているが、ヘルメットは日本では見た事が無い。サドルも高級品でどこか少し傷があるそうだが見ても分からない。

 夕方から理江さんと函館山野宿に行く。以前「自遊旅」に泊まった旅人に話しを聞いて是非行きたかったようだが、やはり女性1人は不安そうで、一緒に行く事になった。
 車で函館山登山締め切りの5時ぎりぎりに通過して、頂上の下の方の駐車場付近の空き地に置き、チャリで展望台に向かう。
 テントを張るが風が強く寒い。ダウンを着て鍋料理にする。所が箸が無い! でもそこは旅人同志。木を折って来て直ぐに箸は出来た。暖かい鍋は良い。食べたら少しは暖かくなった。
 夜景はたそがれ時から真っ暗な時の夜景まで綺麗に見えた、寒くなったので空気も澄んで特に綺麗だった。
 寒いのでテントに入る。理江さんは頑張ってしばらく夜景を見ていたようだ。
■ 9月21日(火) ■ 中村君出発

朝から居間で歓談

みんなで記念撮影

山形敦子アナと
 今日は中村君が旅立つ。この数日間は楽しく過ごせた。彼は津軽海峡フェリーで大間に渡り、太平洋沿岸を通って横須賀を目指す。いつもの出会いの後の別れだ。
 みんなで記念写真を撮って元気に出発した。

 残ったえりさんは妻と近くのスーパーの金券ショップ配布に一緒に行った。後で聞いたら1度受取って次に2枚目を貰うのに並ぶのだが、凄い勢いで、妻には付いて行けなく、走ったと言っていた。
 私はFMいるかのスタジオに向かう。約束の9時50分に到着。
 「も〜さんお久しぶり」と山形敦子アナ。一度会っているので気持ちは楽だ。
 簡単な打ち合わせの後に、本番スタート。最初は天気予報などを行ってから私の出番になる。
 今回の旅の話しが中心で、楽しく話しが続く。やはりアナウンサーの話しを引き出す技術が上手いのか、話しは途切れなく続く。
 あっという間に予定の時間が過ぎた。今日は少しゆっくりした口調で話そうかと思ったが出来たのかな?
 CDを貰ったので後で検証だ。
 FMいるかの「暮らしつづれだより」のブログはこちら

 返ってえりさんと神社巡りと四陵郭に行く。車の中で旅の話しをするが、彼女はなかなかの旅人なのが分かる。
 アジアのバックパックから日本の各地をかなり回っている。野宿も私が心配する様な場所に泊まっている。あまり怖がるような性格では無い様だ。
 四陵郭を見てもキャンプに良い芝生だと直ぐに思う辺りは旅人だ。
 今日は函館山野宿に行くと言っていたが、天気も悪いので予定変更して、今日来る旅人と一緒にわいわいやろうとなった。
 札幌のキヨさんから昨日メールが入り、十和田湖に居るので、函館に寄って良いですかと来たのでOKのだ。
 今日の夕方のフェリーでやって来る。ライダーも1人来るようでまた賑やかになりそうだ。
■ 9月20日(月) ■ 敬老の日だ!

月光仮面を見る2人

手をしっかり洗い参拝

孫からのプレゼント

旅人からのプレゼント

夜景は綺麗だった
 「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」と兵庫県多可郡野間谷村が1945年に制定したのが始まりだと言う。皆さんも大事にして下さい!
 それが今は国民的祭日になり、当初の9月15日から9月の第3月曜日になっている。
 何かイベントでもあるのかと思ったが特に分からない。一部の温泉と銭湯が無料になるくらいなのかな。

 今日は朝から神社とお寺巡りをする。えりさんは神社好き、中村君はお寺好きと言う事で巡る事にした。
 やはり好きな人が行くと味方が違う。亀田八幡宮旧社殿の上にある彫刻は珍しいそうだ。竜と何かの鳥が合体した様な彫刻だった。
 とにかく神社と周囲の雰囲気が好きだそうで、じっくり時間を掛けて見ていた。
 鳥居をくぐる時は頭をさげ、参拝もきちっと2礼2拍1例としっかりやる。それに日本の色々な神社を見ているので詳しい。
 その後、護国神社、函館八幡宮を巡る。
 中村君には高龍寺に案内した。中にも入ってじっくり見れた。ここも彫刻は素晴らしいとしばらく見入っていた。
 他にも観光で立待岬、今日は無料の公会堂、外人墓地などなどを巡って帰る。
 午後からは私はファイターズの試合。他は各自が観光やらまったりするやらして過ごす。

 釧路の孫から敬老の日のお祝いが送られてきた。靴下だった。
 孫達に選ばせた靴下だそうで、妻には瑞葵からピンク色の靴下。友瑛から私には黒い靴下。友瑛に黒で無いのを選びなさいと言ったが、どうしても黒だと言って聞かないので、黒になったそうだ。
 私には黒の靴下が無く、葬儀の時などは慌てていたが、まさか3歳の友瑛が知っている筈は無いよな。


 夕方、えりと中村さんが家に来て、花束とホッピーを持って来た。敬老の日のお祝いだった。
 敬老の日に旅人にお祝いを貰ったのは初めてだった。嬉しいものだ。

 3人で夜景を見に行く事になった。中村さんは明日のフェリーで大間に渡るので、今日しか夜景を見る日が無い。
 車で函館山の登山口駐車場に入れる。ここに来るまで見た函館山はすっきり見えていた。
 そこで頂上まで歩く事になった。しかし頂上に近ずくに従って雨になって来た。
 頂上に到着したら外の展望台には1人も居なかった。建物の中もまばらに人が居るのみだ。
 急遽下って3合目の穴場に行く。ここはいくら天気が悪くても見える場所だ。
 行ったら綺麗に見えた。皆さん満足してくれた。
■ 9月19日(日) ■ 横須賀の旅人来る

シンプルな表紙です
 朝から神社を見に行く。
 旅人えりさんが神社を見るのが好きだと言うので、旧東照宮に案内した。
 特に鳥居が好きだと言うのでここを選んだ。ここの鳥居は備前の石工井上喜三郎が奉納したものだ。
 石作りの立派なもので、さすが石工の造った物だ。
 井上喜三郎は五稜郭の石垣を作った石工で、石垣工事中に部下の施工した石垣が崩れその責任を取って自決した。
 侍の様な魂を持った人だった。えりさんは神社ファンらしく賽銭を入れて丁重に2礼2泊1礼をした。

 次に亀田八幡宮に行こうとしたら、横須賀の旅人が函館の啄木ロマン館に着いたので迎えに行く。
 みんなで「自遊旅」に戻り歓談した。
 日中はそれぞれの旅人が自転車やバイクで観光に出かけた。
 私は日ハムの応援をテレビを見ながらしたが、オリックスのエース金子には押さえられて残念ながら敗戦した。

 野宿野郎編集長の加藤千晶さんが「野宿入門」の本を草誌社から出版する。9月22日の発売でamazonで購入できる。野宿をしたい方はぜひ買って下さい。
 多分面白いと思います。
 こちら 
■ 9月18日(土) ■ ペンキ塗り&えりさん来る

椅子も綺麗になった

壁も塗った
 腰も良くなってきたので、ペンキ塗りをやる。最初は長椅子を塗る。外に長椅子を置いているが、旅人には好評で暑い時はこの椅子に座って日記を書いたり、雑談をしたりしている。
 ベージュ色のペンキを塗ったがもっと濃い色が良かったかもしれないな。

 次にバーベキューコーナ―のゲストハウス側の壁を塗る。防水効果のあるオイルステンの塗料が有ったので、これを布で伸ばして塗った。
 壁の塗装は完成したが、窓枠や淵の板はまだ残っている。これから少しづつ進めよう。

 夕方になってバイクライダーのえりさんがやって来た。女性ライダーで青森ねぶたでも一週間跳ねていたそうだが、お互い気が付かなかった。
 ねぶたの後、北海道を旅して、今日函館に着いたのだから、結構長く北海道を回ってきた。
 青森ねぶたは初めての参加だったが、もう来年も絶対来ると、すっかり嵌ってしまった様だ。連休中は函館に滞在する。
■ 9月17日(金) ■ 四辻君出発

元気に出発した四辻君

 「蕗の雫」

小物類
 昨日は野球のTV観戦を止めて、旅人と大いに話しをする。今回は時々は話しをしていたが、じっくり話す機会が無かった。それが最期の日に沢山話す事が出来て良かった。
 明日は大間に渡り、日本海を沖縄目指して南下して行く。沖縄ではバイトをして次の行動に備える事になるだろう。
 「自遊旅」に泊まった鈴木君も沖縄に居るし、他の旅人も冬は沖縄が多い。何処かで会って皆でワイワイと楽しくやるだろう。
 私も5時に起きて「自遊旅」に行ったら、準備中だった。準備が終わって出発になるのだが、雨が降っていた。
 旅人としては雨には慣れているものの、濡れてフェリーに乗りたくは無いだろう。
 車に自転車と荷物を乗せてフェリーターミナルまで送る。握手して「またいつか・・・」と分かれる。

 今日もバーベキューコーナーの作業は中止する。腰はだいぶ良くなったが、早く直さなくてはウォーキングガイドに差し支える。少し自重だ。
 「土方歳三蝦夷を歩く」の本も既に完売して手元にないので印刷をする。
 高校の同窓会が来月あるが、そこで売って欲しいとの要望があるので有難い。
 もう一つの講演の際も売って良いそうで、少し頑張って印刷しなくては・・。
 でも家庭用プリンターは遅いな。裏表両面印刷なのでインク乾燥待ちが長い。でも勝手にやっているから良しとするか。

 近くで行われた第38回「縹(はなだ)展」を見に行く。染物の展示会だ。私も所属している大野文化財保護研究会の高坂さんが出展しているので見に行った。
 展示品は意外と少なく、10数点だった。結構派手な作品が多かったが、高坂さんの藍染(だと思うが・・)はしっとりした味わいがあり、客観的に良い感じだった。藍染のバンダナ?ハンカチ?もあった。バンダナは良い感じで良かったので欲しかったな。

 その後、図書館に行って本を借りる。イザベラバードの道を旅した人の本があった。他の本は読んだが、この本も自転車と徒歩で踏破したそうなのだが、旅の様子は全く書かれて居なく、バードの紀行文の解説と現在との比較が多かった。
 礼文華峠を除いて全ての峠を踏破したと書いてあるが、峠越えに関してはその内容を書いていない。さらっとした簡単な文書の峠越えだった。
 自分の書く内容は、やはり自転車旅の内容を中心に書こうと思う。あの厳しかった峠越えは、イザベラバードの紀行文でもハイライト部分だと思う。
 そこを書きたい。
 毎日旅日記をテキストで打ち込んでいるが、まだ12日目の日記だ。先は長いな・・・。
■ 9月16日(木) ■ ツール・ド・北海道開幕

開会式

ゴールの役員を務める務めるSさん

シマノレーシングは自転車と車の色が統一
 完成したまちあるきガイドの資料を市役所に持って行く。後は市役所でコピーして当日配布して頂ける。
 ウォークの途中で長々と話しても、内容は絶対に覚えていないと思う。ウォークが終わった後に、ゆっくり読んで貰えれば良いだろう。
 古図も沢山入れて、分かりやすい資料を心がけたがどうだろうか?
 帰りに千歳図書館に寄る。腰がまだ痛いので、バーベキューコーナーの製作は休んでいるが、暇なので本でも読もうと5冊借りて来た。当分は本を読んで安静だ。

 午後からは、今日開幕するツール・ド・北海道の開会式とタイムトライアルを見に近くの函館競輪場に行く。
 タイムトライアルを競輪場でやるのは、日本では初めてだそうだ。でも選手との距離が、かなり離れているので、盛り上がりに欠ける面があった。
 昔のレース仲間である恵庭のSさんが、大会のお手伝いをするため来ているので、久しぶりに顔を見たかった。
 ゴールにいたSさんと手を上げて挨拶する。トラックの中には役員・選手しか入れないので、これしか出来ない。
 大会初日は例年だと一般参加のレースもあるので、知り合いが大勢来るのだが、今回の一般タイムトライアルは3日目の倶知安なので、函館には見に来る人は少なく寂しかった。
 レースの後半、ゲストハウスにいるチャリダーのS君とも会場で会って一緒に見る。
 S君も明日は朝のフェリーで大間に渡って沖縄を目指す。旅人ももうそろそろ終わりかな?
■ 9月15日(水) ■ 写真整理

高校時代のツーリング。ヘルメットも要らなかった。
 腰が痛いのに、昨日も作業したのでなかなか治らない。今日は壁の色を塗る準備として壁をデッキブラシで水洗した。
 後は壁に塗装を塗るのだが、下地のシーラーを塗るかどうか迷う。
 新しい家なら下地塗装をしっかり塗って、塗装の付きを良くするのだが、ポンコツの家だ。
 万が一剥がれて来ても、良しとするかの結論に達した。そこで少しでも塗装がはげにくくなるように、ブラシで壁板のゴミと表面にある粉っぽいものを落とした。
 今日の作業はこれで終わり腰の養生をする。

 軽作業で写真整理をする。もう残り人生が少なくて写真整理をする事は、いずれ来るのだろうが、何か気が向いた。
 出て来た写真が左の写真。高校時代はライダーだったのだ。 ツーリングの時に、静狩峠を越えた後に撮ったものだ。当時は峠も舗装されていなくダートだった。
 服やパンツが埃まみれなのが良く分かる。
 高校時代にバイクが乗りたくて免許を取り、果物屋で学校が終わった後に、配達のバイトをしていた。
 バイク好きの店主はバイクを2台持っていて、1台は私専用で使わして貰った。バイクは今は無きIMC?(伊藤モーター)だった。
 当時は高校の先生でも新車のバイクに乗ってればカッコイイという時代だった。懐かしい1枚だ。
■ 9月14日(火) ■ 尾藤君出発

尾藤君が出発

束石も入った
 朝に尾藤君が出発した。これから大間に渡り日本海を南下して岐阜に戻って日本一周が終了する。
 そこに新たに日本一周の旅人Y君が来た。入れ替わり立ち替わりに人が来る。
 旅人は殆ど南下したので、これからはぐっと減って来るだろう。北海道はでの旅人の季節は終わろうとしている。
 Y君は尾藤君の紹介で来た。最近紹介で来る旅人多くなった。
雑誌などには掲載しないので、口コミが丁度良いペースかもしれない。
 
 バーベキューコーナー作りをやる、。腰の状態はあまり良くないので、軽作業をしようと思って始めたのだが、ついついエスカレートして束石の設置工事までやってしまった。
 重い束石を持ったり、砂利の運搬をしたので、また腰が痛い。
 少し休まないとウォーキングに差し支えると大変だな。
■ 9月13日(月) ■ 歩き人ふみさんTV出演

良い感じのキャンプだ

サンドイッチを食べるシーン

川で体を洗シ-ン。素っ裸だった
 今日は雨のせいもあるが、昨日のパネル張り作業の時に腰に負担が有ったのだが、そのまま作業を続けたら腰が痛くなり。今日は作業もせずにのんびり過ごす。
 昨日の夜の事だが、既にベッドに入りラジオを聞いていたら、妻が来て「エチカの鏡」で、旅人の特集があるよと言って来た。
 まあ良いかとそのままラジオ聞いていたら、ふみさんが出ているよと再度連絡に来た。
 起きて居間に行き、一緒にテレビを見る。そこには懐かしいふみさんとあゆみさんが映っていた。
 ふみさんは世界を歩いて旅しているが、北海道から出発した今回の旅の途中で「自遊旅」に泊まってくれた。
 本州に入ってから札幌のOLだった、あゆみさんに一緒に歩いて良いでしょうかと、を掛けられ2人の歩き旅が始まった。
 あゆみさんは物凄く綺麗好きで、部屋はいつも綺麗にしている人だった。
 そのあゆみさんは毎日会社に行っては、帰って来ると言う人生に疑問を感じ、歩き旅を志望したのだが、綺麗好きな女性に野宿旅が出来るのかと言う不安も有ったそうだが、今回のテレビを見たら、川で体を洗うなど完全なノジュラ―になっていた。
 2人で歩いたら絶対結婚するだろうなと思ったら、やはり九州まで南下してから、故郷の徳島に帰り結婚するそうだ。
 でも徳島まで後、何年かかるかな?
 北海道から奈良まで3年掛っている。後最低でも3年はかかるだろうな。
 でも2人は凄く楽しそうだったな。こんな旅も良いなとは思うが現実にはありえない。
■ 9月12日(日) ■ バーベキューコーナー作り開始

 壁は張り終えた

缶は潰れているが問題無し
 今日は朝からバーベキューコーナー作りを開始する。まずはOSBボードを6枚購入する。1枚950.円だ。
 後は胴縁を10本、さらにビスを1箱購入。
 これで取り敢えず壁を張れるのだが、店のアウトレットコーナーに壁用ペンキが訳あり品で売っていた。
 凡そ半額なので買い得だ。
 見たら缶が潰れているだけの事だ。我が家の壁も古くなっているしこの際、色を塗ってリニュウ―アルする事になった。

 壁を張る前に下地の木を取りつける。少しやった所で作業中止にして、日ハムの試合を見る。
 八木が何処まで頑張れるかにかかっていたが、やはり四死球やデッドボールと全くリズムが無く、2回しか持たなかった。そして負けてしまった。

 作業を再開し何とか板は張り終えた。この後塗装して化粧板などを張り付ける。
 まずは壁を綺麗にしてそれからウッドデッキの製作にかかる事になる。

 
 
■ 9月11日(土) ■ 雨の日は資料作る

突然来た大森稲荷の神輿

楚石を置いて、このくらいのスペースかな?

尾藤くんのバイク。タイヤも予備で持っている

 昨日の事だが、部屋で資料作りをしていたら、「わっしょいわっしょい」と元気な掛け声が聞こえる。
 え〜何処の祭り?。今まで祭りの関係が家の前を通る事が過去に一度も無かった。
 急いで野次馬になって窓から覗いて見たら、神輿が一台通っている。他に人は居なく神輿と神輿を担ぐ人のみだ。
 半纏を見たら大森稲荷神社と書いてあるので、そこの例大祭なのだが、どうしてこの狭い裏道を通る事になったのだろうか。

 今日は朝から雨だった。今日出発する永瀬君はどうするのかなとゲストハウスに行ったら、すでに出発していた。早い〜
 尾藤君に聞いたら6時半頃出発したそうだ。
 大学院生なので休みの関係で、そう多くは休めないらしい。学生も日本縦断するのは大変だ。

 雨なのでバーベキューコーナ―も作業に着手出来ず資料作成に徹する。
 ゲストハウスの尾藤君も世話になった人への礼状書きや日記整理に時間を費やしていた。
 確かに旅の中ではなかなか落ち着いて書く事は出来ない。ここならのんびり出来るだろう。

 夕方までにウィーキングガイドの際、参加者に渡す資料の作成が終わった。
 ウォーキングの際、あまり長々説明するとウィーキングがその都度停まる事になるのでリズムが取れない。また沢山の内容で話しても覚えている事は少ない。
 そんな事で、ウォーキングが終わった後で歩いた史跡の詳しい資料を読んで貰った方が良く分かるし、資料が手元に有ればいつでも読める。

 さわやかミドルの会の講演が9月21日(木)に決まった。演題は「も〜さんの人生の生き方」などと、言われたが内容が重すぎる。人に語れるほどの人生では無いし、人生はひとそれぞれある。話しを聞いて、もし同じ様な人生をこれから進むとしても、残り時間が無いので、参考にはならない。
 「自転車貧乏旅」についての話しに決まった。おそらく自転車旅について知っている人は少ないと思うので、幅広い知識を得るために、変わった内容も良いだろう。
 でもこの話しを聞いて、自転車旅に出たい人がいれば良いが、無理だろうな。貧乏、汗臭い、危険、などなど。
 話しを聞いただけで行きたく無くなるかも知れない。
 良い事も沢山有るんだけれど・・・。
■ 9月10日(金) ■ 姪っ子台湾に戻る

こんなに大きくなった
 昨日の夜はゲストハウスで、姪っ子の台湾帰国の送別会を開いた。
 子供を日本で無事生んで実家に7ヶ月滞在した。そしていよいよ台湾に戻る日が来た。
 長男の颯太も帰りたいやら日本がいいやら何とも複雑な事だろう。
 「おじさん台湾一周自転車旅に来てね」と言われたが、行きたい事はやまやまなのだが、資金が厳しい。
 飛行機代があれば、後は台北、台中と姪っ子がいるので、1ヶ月は滞在できる。
 姪っ子の旦那の親戚がミカン農家なので手伝いながら台湾を回ればとの話しも有るのだが・・・。

 家の間にバーベキューコーナーを作る整地も終わり。今日はウッドデッキの構造を調査に行く。
 大体のイメージは沸いて来た。帰りに土台にするブロックを9枚購入して来た。
 並べて見てイメージを浮かべる。少し時間を掛けて製作に入ろう。
 
 夕方旅人がやって来た。永瀬君は大学院生で昨年来た福岡の岸本君の紹介だ。
 尾藤君はねぶたで一緒して、その後北海道を回り、今帰って来た。
 ねぶたの後、風邪を引いたが、石狩で旅人を泊めているお寺のお坊さんに世話になったそうだ。
 さらに紹介されて焼鳥屋を手伝い、そこで経営している旅館に3食付きで滞在していたそうだ。
 北海道は旅人に親切だ。
■ 9月9日(木) ■ 山崎美緒ちゃんがいいともに・・

コンクリートも撤去

家と家の間がすっきり。ここにバーべキューコーナーが出来る

いつも美味しい明和園の食事

美緒ちゃんも元気そうだ

こんなに沢山貰った
 今日も朝から家の周辺の整理をする。奥の部分のみ整理したのだが、出来てしまえば手前の方も気になり。
 コンクリートの床剥がしや整地をやる。結局ゲストハウスと自宅の間を全てを平らにして、石も取って綺麗にした。

 終わって健康サロンin明和園。今日は工場見学だ。 イカ飯やイカそうめん、イカの沖漬け、イカの塩辛などを加工している。
 工場の生産ラインを見るのは久しぶりだ。元勤務していた会社では生産技術だったので、装置の開発や作業分析などやっていたので、その時の事が頭をよぎる。
 イカが沢山入った、かなり重い製品をかご持っているが重量は幾らと決められているのか?
 イカの皮むき機械では剥き終わったイカがコンテナからはみ出して落ちている。
 その都度作業者が拾って洗って再び戻す。これって作業ロスになるなとか、梱包ラインは安全通路が全く無く、製品があちこちに置かれている。
 などなど沢山あったが、友好的な工場の対応も有り、質問が有りませんかと言われたが、場の雰囲気には合わないので口に出す事はしなかった。

 明和園に戻っての昼食は、鮭のフライだった。350円でいつも美味し食事が出来るのは感謝だ。

 帰って録画したテレビを見る。昼のフジテレビの「タモリの笑っていいとも」に私と同じく地平線会議野宿党でもある、サイクリストの山崎美緒ちゃんが出たのだ。
 アフリカを自転車で縦断した日本人初の女性だが、ゲストハウス自遊旅にも2回宿泊している。
 今は海外での活動が多くなっているので、久しぶりに顔を見たが、元気そうで良かった。

 台湾のANDREWからプレゼントがあった。彼は私の妻の妹の長女の旦那で台湾在住だ。
 物はTOPEAKのサドルバッグ、工具、ライトだった。 彼の勤務している台湾の工場がOEMでTOPEAKの製品を作っているのだ。
 他に色々な品を作っているそうで、サドルやヘルメットも上げるよと言っていた。
 ヘルメットは2万円の物だそうで、私にはなかなか高価で買えないので有難い。
■ 9月8日(水) ■ 物置撤去&歴史特別講座

奥左の物置を撤去する

ようやく解体


いつものスタイルで講義

沢山の方が熱心に聞いてくれた
 ひと雨ごとに朝晩、寒くなって来た。やっと北海道らしい気候になった。
 昨日はバーベキューを堪能した後も、ゲストハウスで続きが行われた。
 男性2人は酒を飲まない。女性2人はワインんでハイテンションで話している。
 古い話ばかりでさっぱり着いて行けない。もう一人の男性も飽きて来て、男性2人が早々に」撤退。
 勿論私はその内の1人だ。
 結局女性2人で夜中の12時まで話しをしたそうだ。
 
 朝起きて、今日は物置の撤去をする。物置を撤去して空いたスペースをバーベキューコーナ―にするのだ。1時間くらいで写真の奥にある物置をばらして、さらにゴミ捨て場に持って行く。
 503円で引き取って貰った。これですっきりした。後は壁を新しくするのと、ウッドデッキでも作ろうかと構想を話したがまだ決まっていない。

 夕方FMイルカの山形敦子アナから、「も〜さん無事で帰ったのね」と電話が来る。
 そして旅の報告を9月21日の放送でして下さいとなり、出演が決まった。

 夕方から市役所主催の、まちあるきガイド育成のための講座の講義の内「歴史特別講座」を行う。
 参加者は30名くらいだろうか。中にはそうそうたるボランテイアガイドの方もいる。
 「土方歳三の歩いた道と箱館総攻撃」のタイトルで1時間30分話をさせて頂いた。皆さん随分熱心に聞いてくれた。
 「土方歳三 蝦夷を歩く」の本も買って頂いた。
 有難い。
 在庫が無くなり、また印刷だ!
■ 9月7日(火) ■ 近藤さん出発

近藤隊長と一緒に

土方君も乗ってみる

「自遊旅」のステッカーも張ってくれている
 昨夜なのか今朝なのか時間が分からなかったが、集中豪雨的に雨が降った。ねぼけながらも開けていた窓を急いで閉めた。
 朝は天気が良かった。今日は近藤さんが小樽まで日本海側を走る。
 昨年に続き2回目の訪問だが、来年も是非来れるように頑張ると言った。
 小樽からは一緒にフェリーで来て、北海道をそれぞれ回っているサイドカー仲間と再会し、一緒にフェリーで舞鶴まで行き、そこから京都迄走る。
 
 出発した後、昨日片づけた鉄製のごみを捨てに行く。そうしたら石油タンクと自動車部品は受け付けないと言う。
 法律で決まっているから専門業者に出すようにとパンレットをくれた。
 読むとどうやら有料らしい。
 専門業者に行く。市役所と同じように入り口で重量を測り指定の場所に車から降ろす。
 後はクレーンで処理する。その後は再計量し事務所に行く。重量分お金が掛ると思ってお金を持って行く。
 受付の女性が今回の分は「買い取りになります」と言う。買い取り・・・?
 と言う事はお金が貰えるの??と半信半疑で居たら、977円払ってくれた。
 な〜んだ鉄として、買い取ってくれるんだ。少しの金額だが嬉しくなった。
 これなら大型の鉄製ゴミは市の清掃場に出すんでは無かった。お金を取られるのと少しでも払ってくれるのとどちらが良いの?直ぐに分かる。
 
 大学生日本一周の旅人中川君からメールが来て瀬棚に着いたそうだ。数日中に伺いますと連絡が入った。北海道を十分堪能して戻って来た様だ。1人が旅立てば1人がやって来る。良いサイクルだ。

 近所のスーパーに行ったら、元近所の人も居て、我が家で焼き肉をやろうとなった。
 今日も楽しく終われるな。
■ 9月6日(月) ■ 家の周囲を清掃

今日はこれだけ整理した。
 イザベラバードの自主本製作は1日に旅の1日分の日記を取り敢えずパソコンで打ち込む事にした。
 そうすれば順調にいって80日で文書の書き込みは終わる。その後に写真の貼り付けや、文書の手直しをやろう。そうすれば来年の2月頃には何とか完成にこぎ着けるだろう。

 ゲストハウスと自宅の間にバーベキューコーナーを設ける事は決定したが、先日仮バーベキューコーナーを作ってやった際、不用品を違う場所に移動した。
 しかしそれを片付けないと、新たな物置が作れない。新たな物置が出来たら、そこにさらに荷物を移動して、バーベキューコーナーになる部分の物置を撤去する予定だ。
 そこでこの暑い中、ディスクサンダーで金属を切ったりして燃えない金属ごみは片づけた。
 後はゴミ処理場に運搬して捨てるのみだ。

 夕方「さわやかミドルの会」の会長さんと妻の友人のOさんがやって来た。
 この会では毎月例会をやっているのだが、ゲストを読んで講演をして貰っているそうだ。
 今回はOさんが知り合いと言う事もあり、私に依頼が来て、その打ち合わせをした。
 も〜さんの生き方の話しをしてとなったが、人生を語れるほどの事も無いので、趣味の自転車旅の話しに留めて貰った。
 1時間半の講演だが、年配の方々に自転車旅の良さを伝えても、それを実践してくれる人はいないだろうな。でもこんな趣味があるのだと言う事を、知って貰う事だけで良いのか?

 夕方BMWサイドカーの近藤さんがやって来た。京都の近藤さんなので土方歳三を名乗る?も〜さんとしては、上長になるので弱いのだ。
 昨年に続き来てくれた。今回は時間が無く、明日小樽から舞鶴→京都と帰る。
 わざわざ離れた函館まで来てくれて嬉しい
■ 9月5日(日) ■ チャリダー山本さん出発

山本さん
 今日東京のチャリダーの山本さんが出発した。大間にフェリーで渡り、南下して東京で日本一周を終了する。
 山本さんは名刺のデザインや日本テレビの火曜日7時の「火曜サプライズ」のキャラクターもデザインしている。
 個展も開いているそうで、旅人ノートにもイラストをすらすらと書いていった。
 チャリダーと言ってもなかなか恰好が良いし、礼儀も正しい人だった。
 帰り際、宿泊のお礼にと洗剤とトイレットペーパーの購入費を置いて行った。
 さらに旅人に飲んで下さいと焼酎の「喜多里」も置いて行った。
「自遊旅」がいつまでも存続するようにとの寄せ書きも頂いた。
 先日は九さんが洗剤とカセットガスを購入して置いて行った。皆が「自遊旅」の維持に協力してくれるので有難い。

 北海道新聞に「函館まちあるきマップ」の記事が載った。春に10コースを作成して印刷したが、あっと言う間に無くなってしまった。大好評だったが、今度は追加で8コースが増えた。
 この中の1コースは私が市役所の「ウォーキングコースコンテスト」に応募して入賞したものだ。
 今、函館の観光ガイド養成講座を開いていて、8日には私も特別講座の講師を頼まれているが、このマップのコースガイドを9月23〜26日の4日間行う。
 これからガイドを目指す人を対象に行うのだが、私のガイドは会話形式で行うなうのが基本なので、団体対象の、テキストを読むだけのガイドはあまり好きではない。Q&Aなどを織り込んでするガイドの方が楽しい。
 持ち歩きに便利なマップなので、皆さんに使って貰いたい。

■ 9月4日(土) ■ 広島の板谷さん出発

板谷さんも出発
 台風が低気圧に変わり、快晴の天気になった。広島の板谷さんが出発する事になった。
 皆で記念写真を撮り、出発しようとしたがエンジンが掛らない。セルモーターは廻るのだがエンジンが掛らない。
 あわやもう1泊かと言う状況の様に見えたが、何とか原因も分かりエンジンが始動した。
 そして元気よく出発して行った。交差点を曲がるときにもう一度手を振って行く。
 いつもの分かれのシーンだが、旅人同志はまたいつか会える機会があるので、楽しかった思い出を残して旅立つのも、決して寂しくは無い。

 午後からは日ハムとロッテの試合を見る。延長12回劇的な勝利だった。これで4連勝。少し面白くなった。
 夜はジャパンのサッカー。WCの試合でPK負けしたウルグアに1対0で勝った。これも劇的だった。
 明日はチャリダーの山本さんが出発する。誰も居なくなるなと思ったら、京都のBMWライダーの近藤さんが6日に来る事になった。
 28日に宿泊したヨッシーさんカップルが別海に着いて、昔の旅仲間で弟子屈に移住した人と宴会だと言う楽しそうなメールが来た。ここで旅を終え東京に帰るそうだ。
 人との交流が絶えなくて楽しい。
■ 9月3日(金) ■ FFFTPが復活
 プレゼン資料が完成した。約100枚のスライドになった。配布資料も23ページ作成し、これで一連の資料作りが終わった。
 間に合って良かった。後は原稿を読んで時間調整をやれば良い。
 資料も完成したので、HPのアップが何故出来ないかの原因調査をした。そうしたらプロバイダーのFTPのアドレスが変更になっていた。プロバイダーのHPはあまり見ないので連絡事項を知らなかった。
 設定を修正してアップが出来るようになった。


 この日日ハムがロッテに勝って3連勝した。何とか3位に入ってCSに出て欲しいが・・明日はダルビッシュが登板。4連勝になれば良いが・・・。
■ 9月2日(木) ■ 東京の旅人来る

左が山本さん、右が板谷さん
 今日は大野ぶんぽ研の例会に久しぶりに出席した。旅で3ヶ月出席できないでいた。天気も良かったのでチャリで出発する。
 いつもの例会報告の後に今回の旅の報告を少しさせて頂いた。
 帰ってからプレゼンの資料を夕方までやってかなり出来あがった所にライダーの板谷さんがチャリダーのBON山本さんを連れて来た。
 函館に入る前に蘭越の道の駅で有ったそうだ。山本さんは旅の途中で知り合った。居酒屋「どん」さんの家に世話になっている。彼が道の駅にいた時に居酒屋「どん」の主人が「今日は何を食べるの?」と聞いので「パンを食べます」と言ったら、食事をおごってくれたそうで、その縁で家に世話になっていた。
 世の中、何かと支援してくれる人が居るものだ。
 その彼が今日はゲストハウス「自遊旅」に宿泊する事になった。
 台風が来ているし、書き物が残っているのでここは気兼ねが要らなくて良いと言っていた。
 「どん」の主人も私が居ない間にここに来たそうだが、妻との話しの中で、私と同じ大野ぶんぽ研の郷土史家の近江さんが行きつけの飲み屋だそうだ。
 思わぬ所で繋がりが合った。
■ 9月1日(水) ■ 女子大生旅人出発
 東京のS大学自転車部のWさんが旅立った。昨日も広島のライダーIさんと函館夜景に行ったので、2日連続して夜景を見れた。良い思い出になった事だろう。
 ガスなどが掛って見れない人も居るので、2日も見れたら満足だろう。
 彼女は部活動で女性15人と道内を回って青森に行ったのだが、まだ走り足りなくて北海道に戻って来た。
 これから1週間かけて道内を回り、苫小牧から大洗にフェリーで帰る。
 最近は女性のチャリダーも増えて来た。環境に優しい自転車旅がもっと増えてくれれば良い。
 いつもの出会いと別れ。もう何度繰り返したのだろう。でも旅人同士は必ず何かの形で繋がっている。
 
 ライダーの広島板谷さんが自転車で函館観光に行った。そして汗を一杯かいて戻って来た。「自転車はきついよ〜!、立待岬の坂はきつかった!」やはり自転車はチャリダーに敵わない。

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