2月28日(月) 感動だった伊勢鉢山

 たかだか255mの山なのであまり登る人もいないようだ。
 前回は頂上手前10mで登れずに引き返した。
 今回はSさんとMさんも行く事になった。
 最終人家付近に車を置いて出発する。
 少し歩いてからスノーシューを付ける。
 天気も良いし最高だなどと話しながら、歩いていたら犬ずれの男性が後ろから来た。
 天竜君もガイドした
 「あの〜江差で土方歳三の道で講演した方でないですか?」と聞く。
 「ええ講演しましたが」
 「あの講演を母と一緒に聞きに行ったんですよ」
 しばらく立ち止まって話しをする。この下に住んでいて、この周辺の山はかなり入っているそうだ。
 今度家に遊びに行きたいと言うので、是非来て下さいと言って、分かれて進み始める。
 15分くらいしたら、後ろからまたやってきた。
 お母さんにやはり彼は「江差で講演した方だった」と話したら、「案内しておいで」と言われたそうでまた追いかけて来た。
 前回来た時も車を見ていて気にしていたそうだ。それがまた来たので見に来たそうだ。
 歩き方や雰囲気が普通では無かったと言っていたが、そんな風に見えるのかな。
 有難く案内をして貰う事にする。
 伊勢鉢山への最後の斜面
 登山道だと思っていたのは、植林用の道兼防火帯だそうだ。
 道も急になって来て一気に高度が上る。
 後ろを振り向けば、当別丸山が目の前に見え、遠くには駒ケ岳が真っ白な山容を見せている。
 駒ケ岳が見える
 この山は海岸線が見えることでは道南で一番だそうだ。
 恵山の方から白神岬まで海岸線が綺麗に見える。
 大潮がはっきり見えるのもこの山だそうだ。
 これは函館山
 函館山も見えるし、白神山も見える。色々な山が見える。
 やがて頂上に着く。
 伊勢鉢山山頂で
 三角点は雪の下だった。ここの三角点は北海道で2番目に出来た三角点だそうだ。
 因みに1番目は当別丸山だ。
 頂上に着いたがどうするか。
 時間が有ったら湖らしきものが地図に載っているのでそこに行こうと思っていた。
 道は無いから適当に歩いて行こうと思っていたのだが、案内してくれるそうだ。
 北側にあるピークまで来た。私はここから降りようと思ったが、難しいらしく、さらに尾根をかなり歩く。
 千軒岳、桂岳、横津岳、烏帽子岳、袴腰岳とかなりの山が見える。
 何と景色が良いのだろう。
 こんなに知っている山が全て見える山はそうは無いだろう。
 湖に向けて進む
 かなり長い間尾根を歩いて行く。
 途中に大きなミズナラの木があった。
 大きなミズナラの木
 そして山体崩壊現場に来る。
 遠くから見た時は、崖が少し崩れた程度と思っていたが、近くに行ってびっくり。
 山全体がずれて崩壊したのだ。距離的には300mくらいあるのだろうか?
 すざましい光景だった。こんな光景は今まで見たことが無い。
 木が斜めになっている。
 山体崩壊現場は広範囲だ
 歩くのはかなり大変だが、まだ残雪があるので救われる。
 ずっと下ったら、山体崩壊によりせき止められた湖に出た。
 まだ凍っていて水は一部しか見えない。
 こんな山奥の静まり返った場所にある、湖に来れて最高だった。
 水の中には木が立っているが、もう枯れているそうだ。
 堰きとめられて出来た湖
 道東にあるトドワラの様な雰囲気だ。
 でも静かだ。全てが静まり返っている。
 トドワラみたいだ
 案内したかいさんは熊の写真を撮って歩いているそうだ。怖くないのかな。
 この付近は鳥獣保護区なので、熊を始め多くの動物がいるそうだ。
 鳥もクマゲラや鷲がいるそうだ。
 少し歩いた所に小さい水溜まりがあった。
 ここは凍らない。イワナが生息
 ここはいくら気温が下がっても凍らないそうだ。
 イワナも生息しているそうだ。
 堰きとめられた川だが、一部は水が通る様になった。
 ここからは沢に沿って何度か渡りながら下る。
 砂防ダムが4個所あるそうだが、一番上の砂防ダムは大水により破壊され下までコンクリートが流されていた。第2、第3砂防ダムを通過して、第4砂防ダムに着く。
 ここからは急斜面を登り、急な斜面をトラバースする。
 登りきって、伊勢鉢山の山麓に出た。
 後は平地を歩いてゴールになる。
 天気は快晴で最高の景色を見られて良かった。
 案内が無ければ絶対に湖まで行けなかっただろう。
 案内したかいさんも50年ぶりに案内したそうだ。
 本当に縁とは不思議なものだ。
 湖までは1人では歩いているが、脚力の無い人は案内出来ないと言っていた。
 それが50年ぶりの案内だったのだ。
 標高僅か255mの低山だが、景色の良さ、奥が深い山に満足した。
 山体崩壊も初めて見て、その上も歩けた。
 帰りは沢沿いを進む
 帰りは家に寄ってお茶を御馳走になる。
 お母さんは宮崎出身だった。お父さんも宮崎出身で、その後京都に住み、そして北海道に渡る。
 これで分かった。お父さんは土方歳三のファンだったのだ。
 土方歳三の足跡を追って京都から蝦夷へ。
 この地に入り酪農をして一時は牛を150頭も飼育していた。
 お父さんが亡くなってから酪農は止めたそうだ。
 残っている独身寮は大正期の建物で、おしゃれな出窓などがある。
 また牛舎はおそらくはここしかないあろう。
 船大工が作る事になって、屋根は船をひっくり返したようになっている。
 内側の梁はカーブしている。本当に珍しい。
 その子供が今日案内してくれた方で、父の跡を継いで土方ファンだった。

 本日の所要時間=5時間
2月27日(日) 結婚記念日は啄木亭で
 昨日の日記で今日は親戚と合同で温泉&ディナーに行く事になったが、実は今日が結婚記念であった。
 何と43年目の記念日だ。
43年になりました
 二人で祝うよりは合同でわいわいやった方が楽しい。
 昼はランチも付く。これが結構な弁当と刺身が付いて結構お腹が一杯になる。
 ランチも美味しかった
 ランチの後は温泉三昧でのんびり湯に浸る。
 午後は部屋で絵を描いたり本を読んだり、話しをしたりと楽しかった。
 皆歳を取って来て夫婦の何れかがぼけになる。その時はどうするかとの話しをした。
 実は妻が痴呆宣言をしたのだ。私が早く痴呆になるから後は頼むと頼むと言いだした。
 そこでこんな話しになったのだが、義妹は行動的なので、旦那が痴呆になったら、家で看護しないで車に乗せて全国を旅すると言う。どうせ看護しなければならないなら、家でするよりも旅しながらする。
 どこかで具合が悪くなったら、その人の寿命なので仕方がない言う。
 因みに義妹は看護師なのだ。
 我が家の場合、私が痴呆になったら妻は運転が出来ないので、何処にも行けない。
 しかし電動車いすがあるではないか。それを2台連結して旅する。
 充電はその頃は電気自動車も増えて充電ステーションがあるだろう。
 こんな話しをして大笑いだったが、いつか必ず老いて来る。その時どうなるのかな?
  第1回目。あと3倍は食べた。
 夕食はバイキングだ。物凄い人がいた。
 宿泊客と一緒なので日帰りの人との比率は分からないが、とにかく盛況だった。
 夕食はお腹が一杯で動けなくなるほどだった。
 そして夜8時半からは500円を払ってのビンゴゲーム。
 15名くらいは商品が当り、その他は参加賞だ。
 ビンゴが始まる。まもなくリーチがかかり、10番目くらいでビンゴ。
 ビンゴ!どれにするかな?
 イカの縫いぐるみか猫の縫いぐるみアンカが欲しかったが先に取られた。
 釧路の孫のお土産と思ったが駄目だった。
 当てたのはお菓子だった。
 これです。
 でも当ったから良いとするか。
 楽しい一日だった。

 ライトアップされた庭
2月26日(土) スノーシューの改善?
 千葉のT子さんから写真が送られてきた。
 もう梅の花が咲いているそうだ。
 すっかり春の雰囲気だ。
 送ってきた写真は白梅で別名に好文木(こうぶんぼく)とか春告草などがある。
 今は花見と言えば桜だが、これは江戸時代以降の話しで、奈良時代以前は花見といえばむしろ梅だった。
 因みに我が家の家門は梅鉢だ。
 函館は昨日の夜に雪が降り、朝方は道が白くなっていた。
 まだ春は遠いのか?
 すっかり春の雰囲気だ
 春になるとスノーシューの裏に雪が付く。
 歩くには重くなるし、さらに雪団子になって歩きにくい。
 ワックスを塗れば良いよと言われていたが、何かやってみないと気が済まない性分で、朝からビニールシートをスノーシューの裏に付ける作業をする。
 ぶらぶらするブルーシートに雪は付かないだろうという発想だ。
 午前中に完成した。これで果たして雪の付着が防げるのか?
 28日の山行で試して見よう。
 これでテスト
 義理の妹夫婦が来た。
 義妹にANAから購入してあげたチケットの支払日なのでローソンに行って聞きながらやろうと思ったら、若い店員さんが簡単にやってくれたそうで、覚えようとしていた操作がまた先伸ばしになったそうだ。
 3月10日には四国歩きお遍路女一人旅に出発する。
 50日間の歩き旅になるが良く決断したものだ。
 男なら簡単に行こうとなるが、60歳を過ぎた女性の一人歩きは不安があるのだろうが、本人はやるきまんまんなので何とか歩き切って結願するだろう。
 激励会もやるのだが、その前に両家族合同で温泉に行こうとなった。
 「ホテル啄木亭」のプランにあるのを利用する。
 昼前にホテルに入って、部屋付き、昼食付き、温泉はいくらでも入れて、夕食はバイキングで宿泊客と同じ。
 夜は8時頃まで居て良い。
 これで4000円を切るし、割引券もあるので直ぐに決める。
2月25日(金) 工作その他
 以前ダルマの階段落としを作ったのだがなかなか思う様に下まで落ちなかった。
 先日図書館に行ったら、日本の古い玩具の作り方の本があり、その最初に載っていた。
 そこで未完成だったのを、再び製作を始める。
 はしごの木の幅が問題であった。
 そこを代えてダルマも代えたらうまく落ちる様になった。
 100%ではないがまあまあOKだろう。
 後は色を塗って孫の好きなトーマスの絵でも描いてやろう。
  後は絵や色付け
 夕方、北斗市のSさんが来たので、ゲストハウスで話す。
 昨年の6月3日の私が旅に出る時、以来なので懐かしかった。
 山の話しをしばらくした。
 成り行きで山に行こうとなり、28日に決定。他にも誘って行く。
 
 スノーシューの改善に取りかかる。
 スノーシューにジュラルミンのアイゼンを付けて、横ずれが無いようになったのは良かったが、今時期のように 雪が緩んでくると、アイゼンに付着する。
 重くなるし歩きにくいので改良を試みるみる。
 アイゼンの下にブルーシ−トを配置しようと言うわけだ。
 取り敢えずはブルーシートの裁断とミシン掛けを行った。
 ブルーシートで何とか出来ないか
 明日、取りつけて見よう。
 テストは28日の山行でしよう。
2月24日(木) 古部丸山(691m)登山

 昨夜参加者から電話があり、岩部丸山登山は、雨も様なので中止にしたいとなった。
 私は1人で行くつもりで準備をしていたが、その後、天気が夕方までは大丈夫なので行きたいとなり、今日の8時に待ち合わせて出発した。
 朝は快晴で気温は10度まで上ると言う予報。雨は午後3時から降る予報。
 4月中旬の天気だそうだ。
 何とか下山するまで雨に当らないようにと願う。
 登山口手前の椎茸栽培を行っている家の近くに停めさせて貰う。
 今回の丸山は全員初めての山になる。
 私は2日前から地図とにらめっこでコースを決め、GPSに地点登録をした。
 少し雪の中を歩いたら、直ぐに深くなりスノーシューを履く。
 林道からいきなり丸山が見えた
 最初は林道を歩く。1.5km近く林道を歩いた地点でどうするか考える。
 得た情報ではここから左に入り尾根を通って行くコースを取っているパーティもいた。
 しかし急なコースなので、机上で考えた比較的楽であろうコースを選択する。
 林道から外れてショートカットで進む。道が無いが雪なので何処でも行ける。
 予想ではショートカットを突っ切れば上部の林道に出る筈だ。
 登って行ったら予定通り林道に出て、そのまま林道を歩く。
 途中から急斜面を登る。雪は1mくらい積っている。
 スノーシュ―で一歩一歩登ると高度が一気に上って来る。
 斜面を2/3くらい登った所で振り返ったら、恵山がもの凄くクリヤ―に見えて一同感激した。
 596mピークの登りからの恵山
 さらに急斜面は続き、体も汗がじわっと出て来る。
 さらに596ピーク付近まで登る
 ようやく急斜面を登り切り、さらに591ピーク付近まで行って、腹を巻いて頂上への道を進む。
 見えるのが古部丸山
 木々の間を進み、頂上へ向かうコースに出る。
 ここからは木も少なく真っ白な雪の斜面が頂上まで続く。
 雪は締まっていてそれ程埋まらない。
 寒くて凍っていたら、頂上アタックは迂回して行こうと、出来るだけ真っ直ぐに登る。
 大分近づいて来た
 尾根は風当りが強く飛ばされそうになる。
 急斜面を上まで登ったがアイスバーンにはなっていなかった。
 皆で写真を取りながらのんびり登る
 少しの雪屁を乗り越えて頂上に直登した。
 ここには1等三角点がある。
 スタートから3時間25分かかったた。
 頂上からの見晴は良いのだが、少し曇り気味になってきた。
 一等三角点がある
 恵山、海向山、さらには函館山も見える。

 SONYデジカメのパノラマ機能を使って撮影した。
 写真を沢山撮って下山。
 皆それぞれのポーズで撮影
 帰りは別コースを下る。
 急斜面の木々の間を尻滑りをする人なども居て、みな子供に帰った様にはしゃいでいた。
 少し下って風が無い所で昼食を取る。
 再び尻滑りを「したり雪だるまを転がしたりと、それぞれが楽しみながら下って林道に出る。
 ここからは林道を下ってスタート地点に向かう。
 林道の右手の斜面は急で雪崩も少し発生した跡がある。
 今日は気温も上がっているので注意して進む。
 斜面を落ちた雪のバームクーヘン
 この林道の周辺は多くの杉が植林されており、青々とした色が美しい。良い森林浴になった。
 途中ショートカットで急斜面を尻滑りと思ったが湿って来た雪に意外と滑らず。
 軽い人は滑っていた。
 下りは2時間少しで到着。
 椎茸栽培の家の方にお礼を言って車に戻る。
 家の方も出て来た。
 ここに1人で住んでいるそうだ。
 かなりの量の椎茸を栽培しているねと言ったら、今は最盛期の10分のだそうだ。
 現在83歳で腰は曲って入るが元気そうだ。
 ここから丸山に入る人は2年に一回くらいだと言っていた。
 無雪期は熊が良く出るそうで、山菜採りの方は良く会ったそうだ。
 車をスタートさせ20分も走ったら、大粒の雨が降ってきた。
 ラッキーだ。
2月23日(水) いろいろあった一日
 朝はいっつもの大森浜の砂浜をウォーク。
 ますます春らしい気候で歩けば体が暖かい。
 今日の太陽はと眺めるが、雲が多くて綺麗には出なかった。
 雲が多い分、雲の隙間から光が漏れるのが綺麗だった。

 ウォークの終了は石川啄木小公園。
 海を眺めている銅像も顔が和らいできている様にも感じる。
 
 昼食後健康サロンin明和園。
 今日も元気なお年寄りが沢山集まって来る。

 今日は体力測定の日だ。半年運動をして変化があったのか?
 結果は60歳の判定。
 体脂肪が22%、体重が68kgなのでこの辺が減点だろう。
 皆、和気あいあいと楽しく過ごせた。
 ストレッチ体操を入念にやって終了。
 そして昼ご飯になる。
 今日はにしんそばだった。

 ここの施設には管理栄養士がいるので、味はなかなか良いのだ。
 この昼食が楽しみと言う人も多い。350円なり。

 午後からもやらねばならぬ事が目白押し。
 冬タイヤを古いのに切り替えるのにタイヤの置いてある実家に行く。
 最近は全く雪が無いので、今のタイヤの前に使って居た物と代える。
 舗装路走行ばかりだと勿体ない。

 帰りの途中でリサイクル会社に行き家電を引き取って貰う。
 妹の所から預かった電子レンジが315円で引き取ってくれた。

 そしてDOKOMOに行く。
 携帯電話が凄い雑音で全く聞こえない。
 お姉さんが、水に入れなかった?、濡れた手で触らなかったなどなど問い詰める?
 「いえ!そんな事は全くしません」と答える。
 お姉さんは「電源を切って良いですか?」と言って電池を外してまた入れた。
 すると直ったではないか。
 こんな事は良くある事だが、またなるかも知れないという。
 実はスマートホンを買いたかったのもあったので、この電話はこのまま使って、新たにレグザムを注文した。
 納期は1ヶ月は掛るそうだ。
 随分人気だ。
 さらに本を送る。メール便で6冊送付した。
 そしてコンビニに行って函館新聞を見たら、先日の講演の記事が載っていた。
 かなり大きなスペースでびっくりした。
 イザベラ・バードのコースが函館〜日高になっていた。
 横浜〜日高なのに・・・。
 新聞はこちら
 これで一日が終わった。
 明日の山行きの準備をする。雨の予報・・・降らなければ良いが。
2月22日(火) 本の製作完了
 本の製作も終わって、今度は発送業務。
 これで少しは気が楽になった。
  本は沢山作った
 今日は近くのスーパーの割引券配布日。
 10時に25円割引4チケットが配布される。
 私は20分前に並んで開店待ち。
 妻は遅れて来て私の後ろの20m位にいる。
 ウォークマンを聞きながら待つ。
 やがてチケットの配布。
 貰って直ぐにまた後に並ぶのが通のやりかた。
 2枚貰えれば300円の割引チケットが貰える。
 直ぐに後ろに並んだが、かなりの人が居る。
 これはもう一枚は無理となって、私は卵の配布場所に行って、安い卵をゲット。
 これでOKと妻を探したら、割引チケットを2枚持っていた。
 直ぐに後ろに並んだらぎりぎりOKだったそうで、卵もしっかり握られていた。
 このチケットを使い商品を買う。
 今日は割引で66円商品が多いので、これを6個買う。
 合計で396円が246円になる。
 さらに今日は65歳以上は5%引きなので234円となる。
 1個39円となり格安だ。
 これが毎週行われるので大混雑だ。
 時々旅人も参加するが、妻には絶対勝てない。
2月21日(月) 伊勢鉢山不登頂&茂辺地旧道探索
 注文を受けた本の印刷をプリンタに任せて寝たが、直ぐにインクが切れたらしく朝起きたら止まっていた。
 再び印刷をかける。300枚くらい印刷して、お金を頂いた分は出来あがった。
 直ぐに製本をやれば良いのに止めてしまう。
 今日の予報は一日中快晴で、気温は5度とまるで春の感じだ。
 出かけない手は無い。
 直ぐに出発する。
  今日のコース
行き先は釜谷の伊勢鉢山。何度か行こうと思っていたがまだ行って無かった。
 国土交通省の25000分の1とカシミール地図でコースが違う。
 どちらが合っているか分からない。
 カシミールの地図で行く事にする。
 釜谷から山の中に入る。
 集落があった。酪農をやっていたのだが、廃業したのだろう。大きな畜舎やサイロが無残な姿になっている。
 車を置くのに許可を貰おうと思ったが、誰も居そうにない。
 道路脇に車を止めて出発。
 登山道は車道になっている。勿論雪が深いので見えないが幅を見れば分かる。
 途中で人道もあったが、先の方は車道と合流している。
 伊勢鉢山(左)が見える
 広場に出た。夏は牧草畑なのだろうか。
 道が無いのでまっすぐに突っ切る。
 途中でスノーシューの右の前バンドが切れた。
 仮に繋いだが緩い。何度も先が引っかかり転びそうになる。
 長〜い広場を突っ切った。
 当別丸山
 当別丸山の西斜面が見える。
 そこの腹には道がある。
 桂岳からの縦走も計画にあるが、最後は丸山の山頂に登らないで腹を巻くのが分かった。
 はっきりした道がある
 広場を突っ切ったらはっきりした道が出て来た。
 杉の木が林立しているので、この道は植林用の道だったのだろうか。
 尾根をひたすら行くのだが、真っ直ぐに登っているので、汗がひたたり落ちる。
 一度頂上手前のピークに登って、平坦な尾根を進んで最後の急斜面に入る。
 雪が深い。スノーシューでもかなり埋まり、さらに急斜面だ。
 ここを登ったが10m手前で戻る
 軟弱な登山者は何度もトライしたが、ずり落ちるばかりで進めない。
 後10mくらいなのにと頑張ったが諦めて下山。
 南の176m峰
 帰りは暖かい日差しの中をのんびり下り、途中で昼食を取る。
 もう直ぐ春が来ると感じさせる日差しだ。
 下に着いたら人が居た。伐採をしていた。
 「山菜採りかい?」
 「いえ山に登ってきました」
 短い会話だが声を掛けられるのは嬉しい。
 登り1時間40分、下り1時間30分。
 
 帰り道茂辺地の旧道探しをする。
 道南の旧道の本を書いたが、その中で茂辺地に坊主坂と言うのがある。
 昔の絵で高台の上にお寺があり、そこに行く道であった。
 私も何度も調べたが、今ある坂が坊主坂と思っている。
 この事を上磯のOさんに指摘された。
 確かに絵のように直線的ではないが、後年改良されたと判断していた。
 そこで行って見た。
 こんなに急だが
 ここも急だ
 沢を登って行けない事は無いがかなり急な斜面で、一般の人が歩くには厳しすぎる。
 当時は登れたが、水などが流れて荒れ果てたのか?
 はっきりした道跡としては残っていなかった。
 今後の課題になるかも。

 人工的に掘られた跡がある
2月20日(日) 本作りで一日印刷
 昨日の講演会で注文を受けた本の印刷を朝からやっている。
 印刷にかけたまま、ほっていても良い様なものだが、何かと傍に居ないとならない。
 まずはインク切れ、6本入っているインクが適当な間隔で切れてしまうので、入れ変えなければならない。
 どんどん減るインクに、また追加発注しなければとなって来る。
 その内、プリンターがギ―ギ―と音をしだす。
 かなりの枚数を印刷をしているので、そろそろガタが来ている事は間違いない。
 これもいつまで持つのか不安になって来る。
 そんな訳でパソコンにつきっきりになっている。
 その間にやる事もないのでHPをいじった。
 取り敢えずはトップページを代えたが、そろそろ中味も手を掛けていないので、新しくしなくてはと思っている。
 資料は随分溜まったので、掲載したいのと、本にした紀行文は電子図書化にしようと思っている。
   位置データはインプットした
 24日は初めて行く山があるので、googlemapや国土地理院の25000分の1をコピーして、位置データをGPSに入力する。
 ガーミンとアトラスの2台のGPSにデータを入れた。
 道なき道もあるのでやはりGPSにも頼らなければならない。
 天気の時は良いのだが、ガスなどかかったら初めての山は慎重にやらなければならない。

 この山に登る
 そんな事で一日が終わった。
 プリンタ―は休まずに働いている。偉いな。
2月19日(土) 北斗市で講演
 今日は北斗市での、平成22年度第2回北斗市郷土資料館「歴史講座」での講演会の日だ。
 今日の講座は「道南の旧道を旅する」のタイトルで講演する。
  原稿の暗記は朝から行って直ぐに終了。
 実際に旅したから、そのシ−ンが頭に入っているから覚えやすい。
 今回は旅の自転車とキャリアも展示するので、早めに家を出る。
 天気は快晴だ。あ〜山に入りたいなという気持ちが湧いてくる。
 会場でセッテイングも終わって、急いで食事を取る。
 やがて開始になる。
 最初の主催者挨拶で、郷土の歴史を・・・とあり、あれ今回の講座の中味には地元の話しはあまり入っていないなとなる。
 少し入れておけば良かったかな?
 二股台場の旧道など入れておけば良かったかもしれない。
 地元大野の古いマップは入れたが・・・。
 会場は開始時間間際に多くの人が来て、受付が混雑し時間は少し遅れた。
 総勢50名が出席してくれた。
 有難い事だ。
 参加人数は今までの講座の中でトップクラスと言っていた。
 話しは進んで時間が来たがまだ終わらない。
 最後は急いで進て何とか15分オーバーの1時間45分で終了。
 講演の後は、自作本を3種類持って来たので販売と展示を兼ねて見て貰った。。
 「土方歳三蝦夷を歩く」は7冊しか在庫が無かったが、直ぐに完売になった。
 新しく書いた「土方歳三の歩いた道」と「街道踏破」は今回は、売る積りで無く、サンプル展示となったのだが、どうしても売って欲しいとの要望があったので売る事になった。
 直ぐにお金を払う人も居たので、これから印刷しなくてはならない。
 忙しくなるけれど嬉しい事だ。

 こんな大きな講座名が張られた

 自転車とキャリアーも展示した

 本も販売と展示

 いつもの自転車グッズを付けて講演

 こんなに多くの方が聞いてくれた。
2月18日(金) ともちゃん旅立ち
 今朝はのんびり起きてまた話しの続き。
 話しはいつまでも尽き無いな。
 外で妻が雪割りを始めた。
 ともちゃんもやってみたいと言うので、つるはしを借りてやるが。腕力が無いので、打ちおろして氷に当った瞬間手首が曲り、なかなか氷が割れない。
 妻が身本を見せる。
 かなり良い勢いで打ちおろすと大きく氷が割れる。
 氷にも目があるそうで、そこに打ちおろさないとなかなか割れないそうだ。
 その後は雪捨て、やはり腰が入っていない。
 ここは妻に軍杯があがる
 年は取っても経験の多いは妻が何枚も上手だった。
 お〜さんが仕事だというので、自遊旅を出る。
 今日は近くで仕事があるそうだ。
 パソコンの一連の業務を行っている。
 何処かに行こうと思ったが、今日のフライトは12時40分なので遠くには行けない。
 まずは大森浜海岸に行く。
 大森浜は春の雰囲気だ
 もう春の気配がして暖かい。早く春にならないかな。
 その後は温泉に行く。
 ともちゃんは大の温泉好きだと言う事だけあって、温泉の無料券が沢山付いている本を持っている。
 その中で湯川温泉の「湯多里」に行きたいという。
 この温泉は私も良く行くのでここに決める。
 40分くらい入って出て来たが、内湯は熱くて大変だったようだ。
 今日の温度では私は大丈夫だ。
 多分45度くらいはあると思う。
 熱い時はもっと温度が上る。
 温泉を出たら、もう12時まで10分前だった。
 でも函館空港は近いので大丈夫。
 チエックインをして、旅人得意の試食をして回る。
 美味しいお菓子を一杯食べて満足。
 やがて搭乗。
 今年のねぶたで再会出来れば良いねと分れる。

 美味しかったピーナッツサブレー
 お土産に栃木のピーナッツサブレーを頂いた。
 栃木は落花生の生産量日本一だ。
2月17日(木) ともちゃん来る
 同じ地平線会議野宿党で、ねぶた仲間のともちゃんと同じく、ねぶた仲間のう〜さんがやって来た。
 ともちゃんはスノーボードで、旭川、ニセコと回ってやって来た。
 う〜さんは大沼在住で、大阪から移住した方だ。
 ともちゃんとは昨年のねぶたで、一緒に跳ねて依頼なので懐かしかった。
 しばらく話しに花が咲いた後、元町方面に夜の観光に行く。
 主な建物はまだライトアップされて綺麗だった。
 カトリック教会

 ともちゃんと

 ハリストス教会とヨハネ教会

 ベイエリア

 光が海に反射して綺麗だ
 雨が降っていたので車で周り、観光スポットでは下りて見学するを繰り返した。
 元町からベイエリアも見て、西ききょう温泉に行く。
 ここはヒュウ−ム管の浴槽なので珍しいしし、泉質も良いので温泉好きのともちゃんにとっては打ってつけの温泉だ。
 今日も恵山の水無海浜温泉に入ろうとして行ったのだが、すでに波が浴槽に入っていたので断念して、無料の御崎温泉に入ってきたという温泉好きだ。
 体もすっかり暖まって帰宅した。
2月16日(水) デジカメが直った
 部屋の中を整理をしていた。
 壊れたデジカメが3台もある。
 全てCASIO製だ。旅に出るときにバッテリーを予備に持って行きたいので、同じバッテリーのカメラを選んでいた。
 3台目のカメラは14日に行った山で電池カバーが破損して使えなくなった。
 電池カバーが破損して使えない
 新しいカメラも買ったので、もう捨てようとなった。
 でも折角のチャンスだから分解して見ようとなった。
 以前に壊れたカメラから電池カバーを取って、付けられないだろうか?
 ネジを1本づつ外した。
 そして、フロントのカバーを外した。
 レンズが剥きだしだ。
 これがレンズの出ないカメラ。充電用に使っていた。
 でもふと思った。レンズが出ないのは、レンズとカバーがぴったり合っていないのではないかと考えた。
 レンズカバーが無いので接触は無い。
 電池を入れてレンズを出して見た。
 動いた! やはりカバーとの接触が悪かったのだ。
 何処かにぶつけたりして、狂ったのだろう。
 以前メーカーに修理に出そうとしたら1300円くらいかかると言うので、それなら新しいのを買った方が良いとなり。壊れたカメラはそのままにしていた。
 それが今回の分解したら簡単に直ってしまった。
 レンズが出るようになった。直ったのだ。
 普段用に使おう。何か凄く得した感じだ。
2月15日(火) 早朝ウォーク
 早朝の大森浜を歩く。
 春を感じさせる海になって来た。
 冬の間は波が護岸まで押し寄せて、湯川漁港まで歩いて行けない事がある。
 それが春になると、波も護岸から離れて空きスペースが増える。
 こんな事も春を感じさせる場面だ。
 湯川温泉まで早めに歩くと汗がにじんでくる。
 砂は足に優しくて歩きやすいし、運動負荷も掛るので重宝している。
 温泉の湯気が上がる
 人気ホテルの「渚亭」の前で朝日が出た。
 今日はあまり綺麗には出なかった。
 気温は−7度だった。それでも歩けば暖かい。
 黒松は今も健在だ
 帰りコースは黒松の林の中を歩いて帰る。
 明治22年から32年にかけて暴風砂防の目的で植えられた松なのだ。
 沼津から約20万本の松苗を船で運んだ。
 今もその一部が残っている。
 この松を植えた方は初代の渡辺孝作という方で
 歌も残している。。
 「植えおきし われは冥土にかえるとも 千代まで栄 まつのみどりを」と。
 122年後の今もまだ緑は健在だ。
 2時間歩いて帰宅。
 
 午後からはゴミ捨てに行く。
 燃えない大形ごみを車に積んで、義妹の所でも回収して到着。
 「家庭ごみです」
 「中を見せて下さい」
 見た結果、電子レンジは別な所で民間業者が回収という事で持ちかえり。
 他を全てすてて252円と安い。
 少しは家に中がすっきりした。

 家に帰ったら元近所のYさんが居た。
 昔話しに花が咲く。
 色々な話しが出た中で、私の中学時代の彼女の話しが出た。
 今と違って堂々とは会っていなかったと思っていたが、Yさんはその事は良く知っていた。
 もう50年以上も昔の話しだ。
 その彼女も今は何処に居るのか分からない。
 家に1枚の写真のみがある。
2月14日(月) 日浦山道&バレンタインデー
 今日は日浦峠を2つ越えるコースを歩く。
 4人も同行する。
 天気は快晴で気温は1度くらいまで上がるようで絶好のコンデションだ。
 1つは前回行ったコースが間違って正式な旧道で無かったのと、2つ目の旧道は古いのと新しいのがあるのが分かったので確認したかった。何れも明治大正の道になる。
 昭和3年に海岸を行く道がトンネルの完成により出来たので、山道はすたれた。
 最初の旧道を登って行って途中から、前回分岐で右に行ったが、今回は左に行く。
 やはり深く掘れた旧道が出て来た。この道を進んで行く。
 良い雰囲気の山道だった

 熊の爪跡なのか、沢山あった。
 一旦旧道から外れて291mのピークに足を延ばす。
 恵山が綺麗な姿を見せていた。
 下だって次の峠に入る。
 前回行った道の右手にもう一つの旧道がある事が分かった。
 そこに向かって行ったら道があった。
 やはり旧道はあったのだ。この旧道は前回歩いた旧道以前の旧道と思える。
 天気が良いので気持ちが良い。
 二つの峠をクリヤして朝に置いた自転車で車に戻る。

 今日はバレンタインデーだ。いつもの数のチョコレートを頂いた。
 トラックに一杯になった。
 トラック満載になった
 孫の瑞葵からのチョコには手紙が入っていた。
 自分が貰ったお年玉からじぃじへのチョコレートを買ったと、泣かせる手紙が入っているではないか。
 ホワイトデーは何とか頑張らなくては。
2月13日(日) しばらくぶりにのんびり
 インク切れで本の印刷も出来ず、今日は朝からテレビを見て過ごす。
 普段からテレビよりもラジオが多いので、こんな事はめったにない。
 それでも午前中一杯見ていたら、何か手が疼く。
 山で使用するフロントバッグの改良をしようとなった。
 テレビを見ながら、のんびりやろう。
 山に行く時は、カメラや資料やGPSなどなど持って行くものが多いので、フロントバッグを作った。
 これは凄く便利で重宝しているのだが、バックルでザックと固定する方法だったので、ザックが変わると使えない。
 全てのザックにバックルを付ければ良いのだが、それは大変だ。
 何か良い材料が無いかなと、洋服ダンスを開いたら、あった!
 ズボンベルトの代わりに使う、釣りバンドだった。
 今まで使った事は無い。誰かから貰った物だろう。
 これは良いとなり直ぐに交換にかかる。
 あっという間に完成した。
 これならどのザックにでも付けれるので良い改良だ。

 従来はバックルだった。

 見つけた、ズボン釣りベルト

 これで挟めばOKだ。
2月12日(土) 本の印刷&GPSテスト
 「街道踏破」の本の印刷に入った。
 2冊完成した。
 本の作り方は以前よりは進歩し、綺麗に製本も出来るようになった。
 何度も繰り返せば、だんだん良くなる。
 2冊目の印刷を終えて、講演会の資料を印刷している最中に、インク切れになった。
 予備を見たら無い。
 これで数日間は印刷が出来ない。
 直ぐにWEBサイトに発注したが2日は掛るだろう。
 
 GPSのテストとウォーキングを兼ねて家を出る。
 GPSに設定した場所に行けるのかテストをするのだ。
 5個所を登録して、その順番に歩く。
 アトラスのGPSには矢印がでる。その方向に行けば間違いなく着けるはずだ。
 最初はラルズマート。ぴったりと数値が合って到着。
 次は郵便局。ここも数メーターの違いで着いた。

 そしてNTTさらにはローソンと進む。
 矢印の先を見ながら適当に道を進む。
 カーナビがルートを外れると、リルートするが、このGPSは何処に行っても矢印の方向が変わるだけだ。
 好きなように歩いて、方向が分かるのだから使いかっては良いのだろう。
 欠点としては止まった時には、矢印も停まったままになる。
 その時は1〜2歩歩けば、また正常な方向を示す。
 ローソンはぴったりだった。
 GPSも理解して散歩も終えて帰宅。

 今日の散歩コース
2月11日(金) 片づいた!
 今日は建国記念日で、世の中は3連休だそうだ。
 そんな事も関係は無く、毎日が休日生活を送っている。
 本の完成を見たので、久しぶりに大森浜の散歩に出かける。
 従来は毎日のように砂浜散歩をしていたのだが、執筆を始めてから殆ど行って無かった。
 大きな仕事が終わったので、これからは散歩も出来そうだ。
 海岸は波も静かなに寄せては返す状態だった。
 歩けばじわっと汗ばんでくる。これが気持ちいい。
 函館山も綺麗に見える。やはり外は良いな。
  函館山がはっきり見える
 午前中に2冊の印刷と製本を終えた。今後順次製作して、旅で世話になった方へお礼の代わりにする。
 その後も気合いを入れ、19日の講演のパワーポイントも作ってしまった。
 これで手持ちの仕事は全て無くなった。
 あ〜すっきりした!!
2月10日(木) 大野ぶんぽ研例会
 今日は大野文化財保護研究会の例会。
 参加者はほぼいつも通りのメンバー。
 話題は北斗市で開催された、合唱劇「村に咲く花」だった。
 秋田で教員になり、明治44年に29歳で校長になった木村文助が綴り方教育に専念する。
 大正5年に先輩の和田喜八郎から函館周辺に優秀な教師を迎えたいと誘いを受けて、大野尋常小学校に就任する。愛読していた児童文芸誌「赤い鳥」に数編を投稿したら、いきなり第一席になる。
 それが自信になり以降も投稿を続け、全国的に有名になった。
 これを合唱劇にしたのが「村に咲く花」だった。
 北斗市カナデールには1000人の入場者があり、多くの感動のシーンがあったそうだ。
 
 本作りも終わったので、のんびりしようと午後から温泉に行く。
 流石に午後の早い時間は空いていて、のんびり出来た。
 露天風呂の寝湯でしばらく瞑想にふける。
 昨日テレビで毎日毎日スケジュールが一杯の人は、狭心症になると言っていた。
 酒を飲まない休肝日と同じく、何も予定の無い日を設ける事も大事らしい。
 でも自分の性格上なかなか難しい。温泉入浴でのんびりしてるので良しとするか。

 明日から、講演で使うパワーポイントでの原稿作りをしなければ・・・。
2月9日(水) 健康サロンin明和園
 朝から本の内容の最後のチエックをしていたら、妻から「行くのかい?」との声がかかる。
 そうか今日は健康サロンin明和園の日だったのか。
 パソコンを止めて、運動靴を持って出かける。
 今日は冬の大運動会だった。
 お雛様がたくさんあった
 来ている人を見渡すと、圧倒的に女性が多い。
 早速大会委員長を頼まれる。
 準備体操の後に大会委員長挨拶をする。
 運動会の内容はお年寄り向けなので簡単な種目が多い。
 オセロゲームに夢中
 最後は障害物競争なので、紅組のキャプテンとしてここは一発やるぞ。
 スタート! まずは片足で5秒立つ。その後ははしごの絵の中を決められたステップ。
 次はお菓子食い。釣り下げたお菓子を咥える。
 そして魚釣りをやってゴール。
 魚を釣ってゴールする
 ダントツでトップで入った。
 その後リレーして最後は快勝。もう1ゲームも圧倒的に勝利。
 まあ楽しい一時だった。
 昼は350円のカレーうどん。これも美味しい。
 昼はカレーうどん
 街道踏破の本も目次を入れて完成した。
 長かった執筆活動も終わった。
 長かったな。
2月8日(火) 紀行文の表紙が完成
 今日は外は吹雪いているし真冬日の気温らしい。
 一歩も外に出ないで、閉じこもっている。
 完成した紀行文「街道踏破」の表紙を作った。
 既に出来ていたのだが、家族他に写真がおかしいよと言われて代える事にした。
 単純に代えれば済むものを、写真の切り抜きに何か良いフリーソフトが無いか調べた。
 あったのだが操作が少し複雑だったのですっかり嵌ってしまった。
 結局難しいので、他のソフトを探してPhotoFilterを使う事にした。
 写真を切り抜いて出来たのが下の表紙。黒沢峠で撮った写真だが、これで良いとするか。

 凝ってやってたお陰で?19日の講演の原稿作りは進まず。
 明日からにしよう。
2月7日(月) 観音山登山→大江山→御殿山(函館山)山頂
 昨日に続いての函館山登山。
 天気は良いが風強しといった感じ。
 体感温度も天気予報よりは低い。
 5名で称名寺をスタートする。
 称名寺の方から、墓参りは滑るので冬期は奨励はしていない。
 「気を付けて行って下さい」と言われる。
 背中にはザックとスノーシューを付けている。墓参りでは無いと分かる筈だが・・・。
 それとなく称名寺内への駐車をお断りしたのだろうか。
 称名寺の墓地内を通り観音コースを登る。
 歩いている人も多いのでコースはしっかり踏み固められている。
 のんびりとしたペースで登り、箱館戦争の砲台跡らしき場所に着く。
 まだ決定的ではないが、弁天台場が良く見渡せる場所に、人工的に作られた丸い穴と周囲には道らしき掘られた跡が一周している。
 古文書には新政府軍の仮砲台は観音山に設置とある。
 実際の観音山はもっと上にあるのだが、この辺りも観音山の裾ととらえれば可能性が高い。
 さらに登って観音峠を越え、スノーシューに履き替えて観音山に向かう。
 昨日の夜は雨が降った様なので、雪は締まっていた。
 スノーシューも埋まる事無く、1人は長靴で歩いた。
 この観音山は登山道は無く、夏分だと木々の枝などで苦労するかと思うが、今は雪の上を歩くので歩きやすい。観音山の尾根に
 取りつき細尾根を登って行く。
 こんな尾根を登って行く
 頂上は狭くて人は数人しか立てない。
 ここが観音山頂上
 この尾根筋には仮砲台の設置は困難だろうと推定する。
 この観音山は景色が良い。
 函館市内も別な角度から見える
 函館山の山頂とは違った景色が見えて、函館山山頂からの景色を見なれた人には新鮮に見える。
 函館山山頂をバックに記念写真
 下りは雪の中を自由に下り、観音コースに戻る。
 明るい日差しが雪に反射する。尾根に風が遮られ暖かい。
 その後、入り江山に行き、函館山山頂に至る。
 暖かい展望台でのんびりしてから下山。
 良い一日だった。
2月6日(日) 函館山登山道ウォーク
 函館山登山道ウォークに参加した。キャンドル1000本が並ぶ、4kmの車道を歩いて下るイベントだ。
 一般的には500円を払って、ロープウェイで登り、下り道だけを歩く。
 私と妻の妹夫婦は歩いて登山し歩いて下る。
 妻はロープウェイを使って登る。
 駐車場に車を置き、登山開始。気温も高く無風状態なので、登山としても最高のコンデションだ。
 まだ明るい登山道をって行ったら、上から中学生らしき男子3人が下りて来た。
 それぞれ「こんにちは!」と礼儀正しい。
 頂上に近づいたら、ロープウェイ組が上から下りて来た。
 妻は山頂で待っているので、下りて来るよう電話する。
 こちらも登って途中で合流して下る。
 下り始めたら、前を歩いていた男性がいきなり滑って転ぶ。
 頭を打つ寸前だった。危ない!
 今日は日中暖かかったので、溶けた水が凍ってかなり滑る。
 さらに暗くて道路状況が分からないので大変だ。
 私と妻の妹はスパイク長靴なので滑らない。
 妻は靴に縄を巻いている。
 長靴にはしっかり縄が巻かれている
 道の傍のワックスキャンドルを見ながら下山する。
 みんな写真を撮ったり、滑ってキャ〜キャ〜言いながら下っている。
 2合目に来る、ここは夜景スポットで有名な場所なのだが、ここの雪壁にHAKODATEとキャンドルで書かれ、背景には夜景が広がると言う、写真スポットを作っている。
 早速写真撮影。新しいカメラの実力はどうなのだろう。
 まあ綺麗に移っている

 道路の傍にHOKODATEと書いたワックスキャンドル

 実際はもっと綺麗だが。カメラでは限界か。
 夜景手持ちモードで撮影。先にシャッターが切れて、その後CPUで処理する様だ。
 ゴールも残りわずかとなった。
 前を歩いていたファミリーのお父さんと娘が転倒。
 幼稚園くらいの娘は膝から落ちで泣く。
 それをお母さんが、無理やり手を引いて起こす。
 「もう転んでしまったのだから仕方がないでしょう!」と厳しい。
 さらに先では、前を若い男性1名、女性2名のグループにあった。
 かなり滑るので歩くのがやっとだった。
 LEDで足元を照らしてやる。
 そして一緒に話しをしながら下る。
 ほのぼのとしたキャンドル
 他の2人はカップルらしく後ろから来た。
 「おじさん、滑ったらつかまるからね。共倒れになるかも知れない」と言う。
 「全然平気だよ」と共倒れを期待したがならなかった。
 ゴール手前で、後ろの2人を待つからとなり別れる。
 帰りはみんなでラーメンを食べて暖まり帰宅。
2月5日(土) 紀行文の校正・講演会資料作成
 今日は気合いを入れて、パソコンに向かう。
 まずは2月19日に行われる講演会の資料作りをする。
 午前中までに220枚のスライドを作った。
 でも全てを講演する訳で無いので、これを精査して1時間30分に纏める。
 まずは大目に作成した。

 同じのを作成していると、飽きるので、紀行文の校正を一気にやってしまった。
 後は最終的にチエックをして、目次を付ければ完成だ。
 B5判で183ページになった。

 そんな訳で外にも出ずにひたすらデスクワーク。
 目がしょぼしょぼして結構疲れる。

 明日は夜の函館山に行って、光の小道というイベントに参加する。
 昨年も参加したが、函館山の山道の上から下までワックスキャンドルが灯るので、本当に綺麗なのだ。
 夜景に強いという、今回買ったSONYのカメラの実力を試すのだ。

 明後日は函館山観音コースにある砲台跡を見に行く。4人くらい行くのかな。
 2日間は外に出てストレス解消だ。
2月4日(金) ゲストハウスの雪が落ちる
 昨日から温度があがり、昨日は6度を越え今日は最高気温が4度の予報だ。
 朝起きて新聞を取る時ふと見たら、ゲストハウスの屋根の雪が、ひさしから凄く出ていて、芸術的と言っても良いほどだった。
 過去にこんなに出た事はない。
 こんなに張り出したのは初めてだ
 下を行くのは危険だが、まだ朝も早いので下をくぐって行く。
 写真を撮ってから、雪を落とす。
 下敷きにならない様に離れて突っつくとどさっと落ちた。
 片づけは朝食を食べてからやろうと、食事をしていたら、凄い音がして他の雪も一気に落ちてしまった。
 ドアも全く開かなく、閉じ込められた。
 ドアも開かなくなった
 窓から出て、雪捨てをやる。
 湿った重い雪だった。
 凄い量でかなりの良い運動になった。

 アンテナの支柱も曲ってアンテナ線も切れた
2月3日(木) 丸山登れず・・庵原道路を歩く
 今日は天気も良いので、恵山の銚子岬の西にある、丸山に行こうと出発した。
 地図上では山の上には道があるが、下からの道は書かれていない。
 気温は7度くらいになるというので、車内も暖かい。
 銚子浜に着いたが、道の有る尾根には何処から行くのか分からない。
 斜面は相当急なので、南側からは無理だ。
 結局あちこち探して見たが分からず次回にする。

 帰りは鉄山から亀尾に向かう。
 ここにある庵原道路を歩いて見ようとなった。
 庵原は水戸藩士で安政元年に開拓の志に燃えて、箱館奉行の竹内保徳に従って箱館にきた。函館に来た。亀尾の土地が耕作に向いているとなり開拓を始め、稲は反当り2石7斗。畑も豊作になった。
 私が興味を持ったのは、道路の開拓も行った事だ。
 亀尾から鱒川峠に繋がる道を作った。
 その道が今でも存在する。
 最初はスノーシューを付けないで入った。
 道は深く掘れて旧道の特徴的な「うとう」が出来ている。
 雰囲気のある旧道

 雑草もある

 上の方の道は植林の際、道が改良された
 とにかく暑い。汗をかきながら旧道を楽しむ。
 木々からは溶けた雪が落ちて来る。ばさっと落ちる音にドキッとする事もある。
 かなり行ってから戻る。
 出口まで行くと帰り再び戻らなければならず、今日は諦めた。
 それでも静かな旧道を歩いて良い気分だった。

 共同墓地に寄る

 お墓もあった
2月2日(水) 姪っ子一家台湾に帰る 
 台湾の姪っ子一家が帰国するので見送る。
 雪の無い台湾から来て、スキー・そり・スケートと寒い冬を満喫して帰った。
 空港までは私の車に乗ると言って、子供2人が乗った。
 色々な話しをする。とにかく質問が出る。
 妙子おばあちゃんは何故眼鏡をかけているの?
 「もう歳だからだよ」
 おじさんは何故眼鏡をかけてるの?
 「目が悪いからだよ」
 「そう」と納得したが・・。こんな答えで良いのかな?
 「日本語は今日迄で、台湾に帰ったら中国語を使わなくてはならない」と小学生の優華。
 「中国語忘れたよ」と言うが、忘れる筈は無い。
 空港に着いたら中国語の歌を歌ってくれた。
 「おじさん台湾に来たくない?」と聞くので「行きたい行きたいと答えたが・・」いつ行けるかな。
 とにかく2人とも人懐こくて可愛い。
 優華

 ゆうたつ

 優華
 孫と同じ感覚になる。
 搭乗の時はハグして分かれる。
 また6月に来るので直ぐに会えるのだ。
2月1日(火) 光の小道イベント参加 
 今日から2月だ。
 「あっという間だ。昨年の12月に250kmを歩いて、その紀行文を執筆してようやく完成した。」
 上の文書は昨年の今日の文書だ。「土方歳三の道」250km踏破の執筆が終わったとこだ。
 今年執筆中の「旧街道MTB踏破2500km」は今、最後の校正中と同じサイクルで活動しているのが分かった。
 今日は「光の小道」というイベントに参加する。
 冬の夜のイベントなので、寒さに弱い妻は行かないのかと思ったら行くという。
 早速出発。元町公園にある、写真歴史館で受付る。総勢56名くらいが申し込んだ。
 例年定員の100名を越すそうだが、今日は何故か少ない。
 今日は購入した新しいSONYのカメラで写真を撮る。
 夜間に強いという実力を試したかった。
 電源をONしたが動かない。
 そうだ!電池を充電したまま来てしまった。
 写真は諦めていたら、妻がカメラ持って来たよと言う。
 今まで持っていたのを見たことが無いので聞いたら、いつも持って歩くが写真は撮っていないそうだ。
 借りることにする。
 10名に1人のボランティアガイドが付いて出発する。
 道の傍にはワックスキャンドル5000本が灯されている。
 元町公園のLED照明

 写真歴史観や公会堂もライトアップされて綺麗だ

 レンガの図書庫も綺麗だ

 新しく塗装しても綺麗になったハリストス教会

 カトリック教会は2色のライトアップ
 電灯の明かりがあるので、今一つキャンドルのほのかな明かりが負けてしまう。
 函館山の登山道で行う。キャンドルは素晴らしいが、こちらは暗闇の中でやるので効果的だ。
 旧函館公会堂・ハリストス正教会・ヨハネ教会・カトリック教会を見て歩く。
 いずれもライトアップされて綺麗だ。
 ヨハネ教会の案内板で宣教師W・デニングが函館に教会を作ったと書いてある。
 今執筆中のイザベラ・バードがここに来た事は知っている。
 旧イギリス領事館からここの坂を登って来たんだと思いを馳せる。
 ゴールはFMいるか。ここで抽選会がある。
 皆方アナウンサーの司会で始まる。
 皆方アナの司会で抽選会
 39点くらいの辺りがあるそうだ。
 1等は湯の川温泉ペア宿泊券。
 参加者は50名程度で確率は高い。
 抽選が始まって直ぐに妻が函館観光カレンダーをゲット。
 どんどん進むが私の番号の前後は出たが、自分のは出ない。
 今年のおみくじの大吉はどうしたんだ!
 番号は11番。昨年のダルビッシュだ。これでは駄目かな??
 最後の商品は私の隣の男性がゲットした。
 私の昨年のウォーキングに参加してくれた男性だった。おめでとう!
 それでも参加者にはロープウェイの搭乗券が貰える。
 今日限りなので、乗る事にする。
 妻と乗るのは記憶が無いくらい昔のことだ。
 函館山にはかなり登るがいつも歩きなのでロープウェイは乗らない。
 妻は夜景の良く見える、後部に行く。
 私は進行方向の右側ドア付近。
 これには訳がある。
 箱館戦争の際、新政府軍が薬師山から箱館市内に攻め込むが、同じ様に下ってみたいと思っていた。
 高い所から見たら、道らしき跡もあり、下れることが分かった。
 今度行って見よう。
 久しぶりの冬の夜景を堪能して、帰りは谷地頭温泉に浸かって帰宅。

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